ハラカルラ 第7回
「どうして連絡がなかった」
後ろと横には何人もの爺(じい)が座り、そして中年以降の男たちが囲うように土間に立っている。 その中、目の前には一人が背を丸め胡坐をかき、もう一人が背筋を伸ばし端座している。 それぞれの傍らにはキツネの面が置かれているが、片方は面が負傷しているようでテープで貼り付けてある。 だがそのテープからは簡単に剥がれ落ちるだろう。
「あ、えと・・・、ちょいバイクが故障しちゃって・・・」
「単車が故障したとて、敵に攫われたと連絡くらいは出来ただろう」
「いやー・・・それがぁ・・・」
言いにくくはしているが、水無瀬が敵に攫われたことにさほど責任を感じていないのか、小さくなることもなく胡坐の中でヘラッとしている。 そんな中、隣で端座していたもう一人が口を開く。
「申し訳ありませんでした。 簡潔に言いますと、このバカの・・・コイツのバイクのライトが急に消えたと。 夜であった上、無灯火のまま走れないということで、予備に置いていたヒューズを持ってきて欲しいと連絡がありました。 そこで場を外してしまいました。 私の失態です」
「場を外したがため、彼が襲われたことに気付かなかったということか」
「はい、申し訳ありません」
爺が口ではなく今度は目を動かし、目の前でヘラヘラしている青年を睨む。
「アハハ~・・・すみません。 時間が時間でどこも開いてなくて」
「アハハで済むことか、っとにお前は」
「はい、ちゃんと整備しておきます」
「そんなことを言っているのではないわ!」
「長(おさ)の言う通りだ、今回は偶然にも奴らの動きを察知したから良かったものの、下手をすれば水無瀬君が連れて行かれるところだった」
「そうなればどんなことになっていたか、分からんわけでは無かろう」
「はーい・・・」
「はーいって、お前は・・・。 もういい、今は煉(れん)と炭(たん)が見ている。 交代してこい、持ち場に戻れ。 長、宜しいでしょうか」
煉と炭を駆り出したということは、かなり人員不足のようである。
頷いた長を見た二人が立ち上がると残っていた者で車座に形を変えた。
「彼、水無瀬君で間違いないということか?」
「いや・・・まだ分からんが、少なくとも向こうは何人かの候補の内の一人だとは思っているようだな」
「候補か・・・矢島が接触した内の一人、ということか」
「だろうな」
こちらもその線で探っている。 矢島さえ見つかれば、こんな回りくどいことをする必要はなかったのに。
ある日突然矢島が消えた。 別部隊が足跡を追いその矢島を探しているが、未だに見つかっていない。 ただ、接触があった者が数人いたということが分かった。 今回のことはその数人の様子を見ている最中のことであった。
「だが・・・候補程度ならあのような手に出るか?」
「うむ・・・かなり絞り込んでのことか、それとも・・・」
「うむ、もう水無瀬という青年に絞り込んだということか・・・」
「その絞り込みはどうやってのことでしょうか」
「うむ、そこまでは分からんがのぅ・・・」
「うむ、どうせろくな手を使ってのことでは無かろうのぅ」
同じ顔をした爺二人が同じような仕草で応えると、次に別の同じ顔をした爺三人が言う。
「ふむ、それとも・・・」
「ふむ、水無瀬という青年が誰かに見たと言ったか・・・」
「ふむ、それを直接聞いたか間接的に聞いたのかもしれんか」
「見たんでしょうか・・・」
「ふーむ、それは分からん」
「さてさて、で? 長、これからどうしようかのぉ?」
「ううむ・・・」
水無瀬に見えるのかどうかはわからないが今の話からするにその色は濃い。 だがそれは向こうの判断の中でというところが大きい。
こちらとしては、矢島が接触したという相手、というところ止まりである。 他に数人と接触をしていたようだが、そちらを見張っている別部隊からは特にという知らせはない。
「矢島を見つけることが何よりも先決だが、矢島に何かあってからでは遅い。 接触のあった者たちに積極的に探りを入れるよう、見張っている者たちに伝えよ」
二日後のことであった。
「獅子たちは、まだ何も言ってきておらんな?」
「はい」
「烏の元には戻っていないということか」
まさか、という顔で男たちの顔が硬直した。
烏の元に戻る、それは死に直面していることを意味している。
「だが自死であれば、烏の元に戻るにもヒマがかかる」
事故、傷害事件等であれば肉体の内にあった光霊(ひかりたま)がすぐに烏の元に戻ってくる。 光霊が戻ってきた事で死に直面していると分かる。 烏はすぐに獅子に報せ、獅子が肉体の救出に向かうが、自死であれば光霊が烏の元に戻ってくるのがかなり遅れる。 それは自死であるから。 自死である以上、助けを求めていなく、また烏たちの居る世界が自死を認めていないからでもある。 そうなれば肉体の救出は遅れ本当の死を迎えることになる。
「爺!」 叫びながらバンと木戸が開けられたかと思うと、若い男が膝を着いて飛び込んできた。
「どうした!?」
「し、獅子たちが走りました!」
「なんだと!」
「烏からは、自死・・・と聞いたようです」
一刻を争うということだ。
「なんということか!!」
矢島の身体はダム湖に繋がっている川に沈んでいた。
もう手遅れだった。
烏の元で光霊がその輝きを失っていった。
「矢島が見つかったってな」
「ああ、今朝のニュースで言ってたな。 多分、川上にあるダムに自ら落ちたんだろうって」
「靴が揃えてあったたらしいな」
「それで自殺ってことになった、か」
矢島は自殺などしない、揃えたのは矢島ではないだろうことは分かっている。 だがそう考えると、どうしてあっちはそんなことをしたのだろうか。
「浅瀬まで引き上げられてたらしいけど・・・お獅子が引き上げてくれたんだろうな」
「そうだろうな」
「いま長たちが向かっているらしい」
「くっそ、結局寝られなかった」
身体はあれほど疲れていたのに脳内がスパークしてしまっていたのか、目を瞑っても頭の中がふつふつと煮えたぎっているようで今はもう昼前である。
いつ何時(なんどき)襲われるか分からない。 襲った相手から言わせると夕べは失敗に終わったのだ、即やり直しということはないだろうから寝られる一番のチャンスだったというのに。
今からでも遅くない、暗くなる前に寝ればいいだろうが、まだ頭の中が煮えたぎっているままである。
「どうすりゃいいんだよ・・・」
頭をかかえたところで名案など浮かばない。 自分の身を守るためにどうすればいいのか。
「いや・・・待てぇ・・・」
大学は卒業させると言っていた。
「それなら・・・」
話を聞いてみてもいいんじゃないのか?
「いやいや」
何を考えてる、戻って来られる保証などどこにもない。 それどころか一度来てみないかと言われたが 『一度? 一度で済むはずは無さそうなんですけど?』 そう言ったではないか。 それにその返事が 『そうだな・・・』 だったではないか。
「もっと根本的なこと」
“見える” と言っていた。 そして “水” とも。
それに分かり合っている者同士で暮らせばいいと、他の人には分かってもらえないからと。
「トリガーはアレってことだ」
どうしてあんなものが見えたのか、どうして水無瀬に見えたのを知っているのか。 誰にも言っていない、雄哉にさえまだ言っていないというのに。
「俺自身わけわかんないんだから」
スマホを手に取る。 水というワードで何かヒントになるようなものはないだろうか。
「ん?」
画面に映った気になる記事をタップする。
「え!?」
そこには写真があった。
「こ、これって・・・」
『君だ! やっと見つけた、これを頼む!』
この写真の人物はそう言ってあの紙を渡してきた、少し田舎臭さを感じた中年男性ではないのか?
写真を大きくしていくが、あの時は咄嗟のことだった。 顔の特徴など覚えていないし、元がデジタルの写真ではないようで大きくしていくと段々とぼやけてくる。 だが写真から田舎のおじさんっぽさが漂っている。
記事を読んでいくと、ダムに飛び込んだと考えられると書かれていた。
「すごい勇気・・・」
身元の分かるものは携帯していなかったようで、現在身元不明となっているらしく、この写真は唯一携帯していた物で何人かと一緒に写っていたものらしい。
もしあの時のおじさんなら・・・
『あとを頼む』 そう言っていた。 あとを頼まれた。
「いや、返事してないし」
だがこんな結果を見てしまっては多少なりとも責任を感じなくはない。 あの紙を誰かに渡して欲しいということだったのだろうか。 簡単に読めるものではなかったのだから、単純な遺言等ではないだろうが、手渡す相手が居たのだろうか。 それならばその人の名前くらい教えて欲しかったものだ、そう思った時、その前に付けられていた言葉があったことを思い出す。
『君だ! やっと見つけた、これを頼む』
「俺の知っている誰かってことか?」
でもあの時の切羽詰まった顔。 来た方を見て・・・。
「来た方を見て?」
そうだ、誰かに追われているようだったのだ。
「一緒、じゃん・・・」
つい数時間前に水無瀬も経験した。 水無瀬の場合は車だったが。
「え? ええーーー!!」
「だっ! ほんっと、うるさい奴だ」
スピーカーのボリュームを絞る。
あの紙は・・・不幸の手紙ということだったのだろうか。 いやいや、それは古臭い言い方だ。
「チェーンメール・・・」
メールではないが今どきならこの言葉だろう。
ボリュームを絞ったが為、着信音は聞こえなかったがどうもメールを受けたようだ。
「チェーンメールってか。 ろくでもない友達しかいねーのかよ」
盗聴というのは正確さに欠けるのかもしれない。
どこの警察署か確認し地図アプリで場所を確認する。 そこは今から出ても充分明るい内に戻って来られる場所であった。 スマホを置くとダウンジャケットに袖を通す。
「んー? 昼間にこれは暑くなるか」
ボリュームを絞り過ぎたようだ、何をしているのかが分からない。 ボリュームを上げる。
電車とバスを乗り継がなければいけないし、バスを降りてからもそこそこ歩かなければいけない。 そして今日は風もなく快晴である。
現在ではまだ身元不明となっているということである、行方不明の届けがまだ出ていないということだろう。 だが顔写真が出ている、家族が気付いて警察に来ることも考えられる。 もしそうなら、もし家族に会えることが出来るのなら、何かを知っているかもしれない。 何かを聞くことが出来るかもしれないし、あの紙に書かれている文字らしきものを読むことが出来るかもしれない。 そうなれば誰に渡せばいいのかが分かるかもしれない。
ダウンジャケットのポケットから例の紙を出し、ボディバッグのポケットに入れかけUSBスティックの存在を思い出した。 USBスティックを取り出し顔の前にかざす。
「あー、忘れてた」
殆どマイクの前で喋っているようなものだ。 大音声となって車内に水無瀬の声が響く。
「ぐわっ! 馬鹿が!!」
またもやボリュームを絞る。
USBスティックを本棚の上に置き、ダウンジャケットを脱ぐと薄手のジャンパーに手を通す。 水無瀬曰くの不幸の手紙はボディバッグのポケットに入れ、カンカンカンと鉄筋階段の音を高く上げ階段を駆け下りて行った。
「え? 外に出たか?」
鉄筋階段の音が遠くに聞こえた。 その前に戸を閉めるような音も聞こえた。
昨日のことがあった為、いつどこで敵が見ているか分からないということで、今日、水無瀬の周辺には誰も張っていなかった。 その上、走るのに長けている誠司は今日は別行動となっている。
助手席から飛び出たサングラスをかけた男が走る。
「ねー、煉、やっぱ気になる」
「だよねー、炭」
同じ顔をした二人が顔を見合わせ、そして同時に顔を横に向ける。 まるで鏡に映った一人を見ているようである。
「ねー、いいでしょう?」 二人がハモる。
「好きにすれば? けど爺さんたちに怒られても責任は持たないからな。 煉炭が勝手にやった、俺は知らない。 ってかお前たち、まだ迎えが来ないのかよ。 あー・・・また落ちた」
キツネの面を修理しようとするが、接着剤を使ってくっつけても、少しの衝撃を与えると左顎の部分がポロリとまた割れ落ちてしまう。
あの時、競争なんて言わなければよかった。
「だって電車賃ないんだもん」
「ないんだもん」
「え? 迎えが来るんじゃないのか?」
「忙しいから電車とバスで帰って来いって」
「電車賃はもらえって」
「もらえって、誰に」
二人の人差し指がこちらを指さす。
「はぁー!? なんでだよ!」
「ってか、追わなくていいの?」
「いいの? 走ってっちゃったよ?」
「え?」
キツネ面に集中していてついうっかりだった。
「やば」
ドタバタと後を追って行ったのを見送った煉と炭。 互いが針金を見せ合う。
「どっちが開ける?」
「じゃんけん」
「じゃんけんはずっと相こになるよ?」
「んじゃ、あみだくじ」
「そうしよう」
カチャリと音がした。
「開いた?」
見張に立っていた練が訊く。
「うん、ちょろい鍵。 いい?」
「うん、誰も見てない」
そっとドアを開けると炭が滑るように中に入って行く。 練も後ろじさりながらドアの中に消えて行くと音をたてないようにドアを閉める。
サングラスをかけた男が水無瀬のアパートまでやって来たが、ここまでに水無瀬とはすれ違わなかった。
「くそっ、どっちに行った」
『さて』
『さてさて』
『どこかなぁー?』
『どこだろうねぇー?』
楽しそうに、ある種の手話で会話を楽しんでいる。
『絶対にあるよね』
『うん、ピーピーが言ってたもん』
『ピーピー持ってきた?』
ポケットからそれを出すと、口の形で 『じゃーん』 と言ったのが分かる。
『ピーピー使う?』
『使ったらすぐに見つかって面白くないしぃ』
部屋の中を見回すが、最近の盗聴器は一目でそれと分かるものではないという事は知っている。
『ピーピーが鳴ったってことは』
『まずこっち側だね』
『それでこの辺りで・・・ん? これなに?』
二人が本棚の上を覗き込むと白い小さな物体がある。
『USBスティック?』
『うーん、それの形をした盗聴器もあったよね』
『あった』
『んじゃ、これかな?』
『試してみる?』
頷くと、ピーピーと命名された盗聴発見器の発見時のサインを音ではなく、電気点灯に切り替えスイッチを入れる。 途端、手の中で電気が点滅する。 USBスティックに近づけると、点滅から完全な点灯に変わった、
『決まりだね』
『早すぎたね』
『探検できなかったね』
声なく笑う二人だが手元はちゃんと動いている。
『そっとそっと』
『静かに静かに』
今も盗聴器に耳を傾けているかもしれないのだから。
持っていたキャラクターが描かれたタオルハンカチ二枚に包み込むと、更に妨害電波を発する物が入っている小さな箱にしまい込む。
互いに口元に人差し指を立てながらクスクスと笑っている。
「警察?」
キツネ面を置いたまま水無瀬の後を追って来たはいいが警察署の前に着いた。
「警察に助力を求めるつもりか?」
それならそれでいいがSPが付くわけでもないだろうに。 良くて巡回の道に入れるくらいだろうが、それなら地元の警察署か交番に頼むはず。 どうして離れた地域の警察署に来たのだろうか。
当の水無瀬は何かを考えるようにしていたが踏ん切りをつけたのか、歩を出し数段の階段を上がって行った。
水無瀬の姿を見送りあたりを見回すが不審な人物は見当たらない。
「余裕ブッコキってか?」
敵は水無瀬を見張っていなかったのだろうか。 昼間は放っておいてまた夜にでも事を起こそうとしているのだろうか。
数人が警察署に出入りしているが、その中の誰が怪しいとまでは区別はつかない。 だがここで問題を起こすことは無いだろう。
スマホの振動が伝わった。 ポケットからスマホを出すとナギと表示されている。
「なに?」
『どこ』
「警察署の前」
『どこの』
「花咲警察署」
『花咲警察って。 すぐに行く』
切られた。
ほとんど溜息交じりで答えられた。 なぜ溜息を入れられなければいけないのか。 それに花咲警察署と聞いてすぐに此処と分かったようだ。 なぜだ。
「あれ? あれって・・・」
目の前を知った顔が歩いて行く。
「え? それじゃあ・・・」
「ああ、連れて帰られたよ」
「あの、どこのどなたかは?」
「君、ご遺体の知り合い?」
「あ、いえ、そういうわけじゃ」
「悪いけど教えることは出来ないねー」
「・・・ですよね」
遅かったようだ。
待合のベンチに座る。 電車とバスを乗り継いでここまで来たというのに収穫は無しとなってしまった。 遺体を引き取りに来た家族に会えたとしても収穫があったかどうかは分からないが。
「食料買い込んで帰るか」
醤油味に塩味、とんこつ味。 いや、ラーメンばかりもなんだ、今日は贅沢に幕の内弁当でも買おうか。 金が全く無いわけではないのだから。
ベンチから尻を上げ前を向くと少し太っている見知った後姿が目に入った。 カウンター越しに何かを書いている様子だ。
「うん?」
だがこんな所に居るはずはない。
書き終わったのか、こちらに身体を向けた。
「あ、やっぱり」