大福 りす の 隠れ家

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ハラカルラ 第10回

2023年11月13日 21時26分44秒 | 小説
ハラカルラ    第10回




水無瀬だってクナイくらい知っている。 現物を見たことは無いがアニメで見た。 そのクナイが転がっている。

さっきの音はクナイがアスファルトに弾けた音?
足音が耳に響いた。 顔を上げて見ると数人の男が水無瀬を目がけて走って来ている。

「入って来た方に走れ! 入口を出た看板の後ろにバイクが隠してある、それに乗っていけ!」

「え?」

振り向いた。 どこから聞こえてきた声だ、誰の姿もない。

「早く!」

逃がそうとしているのだろうか。 ということはキツネ面の仲間ということなのだろうか。 それともまた違う団体か。

(どうすればいいんだよ・・・)

入口くらい迄なら走れることは走れる。 どうする・・・。 俺はどうすればいい。
下げていた顔に誰かの足元が見え顔を上げる。 カオナシに似た面をつけた男が目の前に立っている。

「逃げられると困るんだよな」

この声はサングラスの男だろう。 その男が水無瀬の腹に拳を打ち込もうとした時、カンと、またあの音がしてアスファルトに矢が刺さった。

(矢!? なんで?!)

「くそ、あいつら!」

サングラスの男が矢が放たれた方向を見、場所を特定しようとしているようだ。 そしてもう一人が水無瀬の腕を取ろうとした時、またヒュッと軽く風を切る音がした。
男が「うっ」 と自分の腕を抱える。
その一瞬を逃さず水無瀬が走った、もう迷ってなんかいられない。

水無瀬は気付かなかったが、水無瀬の後方ではかなり色んなものが飛んでいた。 どこから飛んでくるのか分からず、ましてや腕や足に刺さるものもある。 水無瀬を追いたくても簡単に追える状態ではなかったが、何度か飛んでくるとその方向と位置が分かるようになってきた。

「居た! あの上!」
「あそこの影だ!」
「あの木だ!」
「あっちにも!」

何人もが指さす。

「見つかったか」

仕方があるまい、水無瀬を逃がすためにいくつも打ち込み足止めをしなければならなかったのだから。
隠れていたキツネ面を着けた四人の男が躍り出て水無瀬のあとを追って走る。 出入り口近くにいけば人の目は完全にない、忍刀が使える。
向こうはこっちが四人と思い込んでいるだろう、ライとナギが見つからないように移動していく。

「うそん」

言われたように入り口を出て看板の後ろに回り込んだ。 たしかにそこにはバイクがあった、二輪だ。 間違いない。 目をこすって見てみても、目の前には確かに大型ではないバイクがある。 普通二輪がある。 プレートナンバーは白く緑の線で囲われてはいなく、二輪の普通免許を持っていれば乗ることが出来るバイクである。
だが・・・。

「なんでスクーターじゃないんだよー!」

持っている免許は、取った免許はオートマではなくミッションだ。 だからスクーターでなくとも乗れることは乗れるが、いや、免許の問題ではない。
教習所で普通自動二輪免許を取ってからは、いわゆるミッションペーパードライバーである。 従ってエンストを起こすのは確実であり、完全なる自信がある。
それに。

「なんでチョッパーなんだよぉぉぉ」

チョッパーハンドルであった。
遠い昔、一度友達の自転車を借りた。 その時の自転車のハンドルがチョッパーだった。 ずっとママチャリのハンドルで乗っていたから、思ったようにハンドルが操れなかった。 変に左右にハンドルがブレてしまっていた。 大きくブレるのを抑えてもプルプルと小刻みに動いてしまっていたのを覚えている。
自転車ですらそうだったのだ、バイクともなればそれにスピードがついてくるし、なによりペダルではなく、手でスロットルを回してでのアクセル。 チョッパーのスロットルなど回したことは無い。

チョッパーということを抜いて、スロットルを回すというだけならスクーターもそれは一緒である。 スクーターなら知り合いのものを借りて何度か乗ったことがある。 だが・・・いま目の前にあるバイクはクラッチ付き。 スクーターにはクラッチなどついていない
クラッチが繋がったと思った途端、急発進をするかもしれない。 その時にハンドルがぶれたりしたら、そのハンドルがチョッパー・・・。 考えただけで怖気(おぞけ)が立つ。

「あいつ、何やってんだ!」

いつバイクが走って出て来るかとチラチラと見るが一向にその様子がない。 エンジンをかけた音すら聞こえてこない。

「くっ、限界か・・・」

キィンと音をたてて相手の忍刀を受ける。 あちこちでその音がしている。 何人かの足をクナイで刺し動けなくさせたが、それでもまだ向こうの方が人数が多い。 十五人そこらではなかったようである。

「抜けた! 抑えろ!」

「任せろってな、その為に俺がここに居る」

ヒュッと軽く風を切る音がしたと同時に、走っていた男の足に十センチほどの矢が刺さった。

「つっ!」

矢の先には即効性のある痺れ薬が塗られている。

「抜けた!」

「またかよ」

圧倒的に不利なのは分かっているが文句が出てしまう。
水無瀬がバイクで逃げない限りこの戦いは続く。 そして続けばキツネ面側が敗れるのは明白。 その時がすぐそこまで近づいている。

「と、とにかく」

バイクに跨る。

「えっと・・・右手のスロットルがアクセルでレバーがブレーキ、左手のレバーがクラッチで、左足がギアのチェンジペダルで、右足が・・・右足が・・・あぁ、なんだったっけぇ・・・」

後輪ブレーキである右足の役目を思い出せないが、アクセルと水無瀬の覚えている前輪ブレーキとクラッチとギア、これだけが分かってれば発進と停止は出来る。 急ブレーキをかけるとかなり危ないが。

キーは刺さったまま。 キーを回すとエンジンがかかった。

「ニュートラルがローとセコの間で・・・いまニュートラルの状態で、だから、ローは下だったよな。 で、セコ、サードとあとは順に上げていく。 だったよな?! 俺?!」

左手でクラッチを握り、足先でチェンジペダルを下げる。 右手のアクセルスロットルを軽くひねり、左手で握りこんでいたクラッチレバーをゆっくりと離していく。

プスン。

エンスト。

「もー、やだー!!」

車ほどではなかったが数回エンストを繰り返し、やっと発進することが出来た。
車と違って身体を守ってくれるボディがない。 風を切るという慣れないこともあり、スピードを出すことが怖く、四十キロちょっとを出すのが精一杯で、三速まで入れることしか出来なかった。

よろよろとチョッパーハンドルで運転していると、すぐに何台かの車とすれ違った。 それが応援の車とは知らず水無瀬は運転に集中していたが、特徴のあるバイクである。

「あれって、ライのバイクだよな・・・」
「なんだ? あのおぼれてる感」
「ハンドルプルプル、酔っ払い状態じゃないか」
「補助輪付けなくていいのか?」
「あの状態でこけないのが奇跡だろ、ある意味天才じゃないのか」

車に乗る全員が振り返っていた。

クタクタになった水無瀬が部屋に戻って来た。 疲労困憊である。
気を失っていたのはそんなに長くはなかったようで、以前のように山の中を走るということは無かった。 道路標識に出る地名は全て知っていて道路標識に従って走る、それだけでアパートに戻ることが出来た。

「もう二度とバイクなんて乗んない」

教習所ではそんなに怖さを感じなかったのに、やはり実際の道路は教習所とは違う。 知り合いのスクーターを借りて乗ったと言っても、住宅街をトロトロと走った程度で幹線道路など走ったことは無かった。

「あ・・・」

今気が付いた。 今も車で逃げた時も。

「免許不携帯」

あんな運転をしていてパトカーに遭遇しなくて良かったとつくづく思った。 だが幸運にも過ぎた事、これからのことを考えなくては。

「・・・どうしよう」

大の字になって寝ころんだまま蛍光灯を見つめる。

「そうだな、まずは」

重い身体でゆっくりと立ち上がると電気の紐を引っ張った。 部屋の中が暗転する。

「居留守を使うに限る」

これだけ連続して連れて行かれかけたのだ、またすぐにやってくるかもしれない。
ドシンと尻をつく。 下の階にひびいただろう、明日文句を言われるかもしれない。 いや、一度くらいで言われないだろうか。

暖まってきたこたつにモゾモゾと入り寝ころぶと、消耗した体力のなさを感じる。 薄手のジャンパーで出たのも大きな原因だった。 こんな時間にバイクに乗るなどと考えもしていなかったのだから。 身体を強張らせてバイクに乗っていたと言っても、それなりのスピードを出していれば身体も冷える。

ここで寝てはいけないと思いながらも、ベッドに移動する体力も気力も残っていない。 そのままウトウトとしてしまった。
ふと気づいてスマホで時間の確認をすると一時間が経っていた。

「寝ちゃってたか・・・」

身体に寒気は覚えていない。 鼻風邪は引かなかったようである。

「こんなこと、いつまでもやってられない」

だがどうしろというのだ、自分から何かをしているわけではない。 逃げているだけ。

「逃げてるだけ・・・」

そうだ、逃げてる。 逃げるのをやめればいい。

「ってことは連れて行かれるわけで・・・」

それは固く断る。

「いや、一度だけなら・・・」

ああ、一度だけが無かったのだった。 永久にだった。 はっきり永久にと聞いたわけではないが。

「ったく、どうしろってんだよ!」

駄目だ、前にも考えたがやはりループするだけで何の解決策も出てこない。
と、バイクのエンジンの音がした。
乗り終えたバイクをどうしろということは聞いていなかった。 だが逃がしてくれたことから、きっとキツネ面の仲間だろうと判断して・・・というか、これ以上団体さんを増やしたくなく、それ以外考えたくなくて車の時と同じようにキーを差したままアパートの前に停めておいた。

車はさほど目立つものではなかった。 外車でもなければ国産高級車でも人気車でもなかった。 なんせ、コラムだった。 かなり古かったから乗り取られるという心配より、路駐を取られるという方が気になっていたが、あのバイクは違う。

バイクのことはよく知らないがそれでも目立つバイクだ。 キーを差したままなのだから、動かせる奴が乗れば簡単に持っていかれてしまう。
思わず外廊下に躍り出る。

「あ・・・」

長い黒髪。

バイクに跨った、キツネ面をつけた黒いライダースーツを着た女性がこちらを向くと、軽く手を上げ前を向いた。 水無瀬から見れば後ろ姿となった。 キツネ面を取る様子が見える。 そしてミラーに掛けてあったメットを被るとそのまま走り去っていった。 エンストをすることなく。

「やっぱ・・・」

キツネ面の仲間だったのか。

「って、てか、お・・・女の人のバイクだったのか!?」

乗り方が堂に入っていた。 自分の乗っていた時の姿を思い浮かべると悲しくなってくる。

「ん? あれ? あの髪の毛の感じ・・・どっかで見たような」

あの馬の尻尾を思い出させるような感じ。
いや、それより。

「えー! あの人のメットをおれは被ったのか!?」

臭い頭皮臭をつけなかっただろうかと思う水無瀬だが、単にナギが面倒くさがってミラーにかけてあったライのヘルメットを被っただけである。


「水無瀬の部屋から何も聞こえてこない」

盗聴器がなくなったのだ、聞こえてこなくて当然のことである。

「戻ってないってことか?」

「あ、待て。 ・・・反応がない」

「え? ・・・見てくる」


部屋に戻った水無瀬。 玄関に上がる前にパンパンと足の裏を払う。 廊下に付けられている外灯で台所には多少の明かりはある、部屋の電気は消したままにしておこう。
台所に行きコーヒーを作る。 電気ポットからカップに湯を注ぐと、暗くとも歩き慣れた部屋に入りこたつに足を突っ込んだ。

「俺・・・こんなことしてていいのかなぁ・・・」

もっと切羽詰まった行動をしてなくてはいけないのではないだろうか。

「あー・・・、んー・・・、そだなぁ・・・」

個室。 個室で人の目がある所。 そしてお安い所。
スマホでネットカフェやカプセルホテルの料金を見るが、連日となるとやはりそれなりになってしまう。 それにこの状態がいつまで続くのか全く想像が出来ないのだから、簡単に散財するわけにはいかない。

当初の予定では講義を全て終わらせ、バイトを増やして金を貯め、それと並行して就活をし、早々に内定をもらうつもりだった。 それなのにこの状況、予定というものは簡単に遂行できるものではないらしい。


「裏も表も電気は点いてないな」

『まだ戻ってきてないのか?』

「いや、それは分からんが、いつもなら居れば電気は点いているはずだ」

『そのまま見張ってるか?』

手の痺れはまだわずかに残っているが、それでも足を手裏剣やクナイで刺されたわけではない。 いつもは運転席に座っているこの通話相手の男は、脹脛(ふくらはぎ)を刺され運転席に座ることが出来なくなっている。 痛みを堪えてアクセルくらいは踏めるだろうが、走って水無瀬を追うことは出来ない。 いつも居るあとの二人もいない状態である。

「そうする」

水無瀬におじさんと呼ばれた男がスマホをポケットに入れ、表側の物陰に隠れるとタバコに火をつけた。 紫煙をふっと吐き出すと、少し前のこととその前のことを頭に浮かべる。
一体向こうは何を考えているのだろう。 水無瀬を逃がすだけ逃がして接触しようとはしていない。

「まぁ、接触されちゃ困るんだがな」

矢島の死体が上がったと報道された。 向こうもその報道を見たはずだ。 となると誰にかは分からないが、矢島が何かを残していたか言い残していたか。 水無瀬に関することを。 でなければ向こうが水無瀬のことを知っているはずがない。 だがそう考えると接触をして来ないのはおかしい。

「何を考えてやがる・・・」

それとも・・・。

「水無瀬じゃない?」

自分達は矢島を追っていた。 その矢島が接触した人間をしらみつぶしに当たった。 その中で水無瀬が、水無瀬だけが “見えた” 。 そして矢島が最後に接触したのが水無瀬だった。

「水無瀬が見たのは間違いないはず・・・。 だが・・・水無瀬以上に見える者が居たかもしれない?」

自分たち四人は水無瀬の担当になった。 他の接触者には他の者があたった。 その探りが甘かったのだろうか。 矢島が最後に接触をしたのは水無瀬だった。 水無瀬以前に接触した者に “見える” 者が居たのならば水無瀬に接触するはずがない。

「・・・カモフラージュ?」

水無瀬はカモフラージュだったのか? では水無瀬の前に接触していた者の可能性が高い? ・・・いや、そんなことを言っていればキリがない。

「くそっ!」

矢島を逃がしてしまったことが悔やまれる。


結局どこかに行くこともなくベッドにもぐりこみ朝を迎えた。 朝と言うか、もう昼前である。 ましてや自ら目を覚ましたのではなく、こたつの上に置いていたスマホの着信音が目覚まし代わりとなっていた。

『水無ちゃーん、何してんのー? 今日ヒマ~? ヒマだよね~、バイトも休んじゃってるしぃ』

「・・・なんだよ」

どうして雄哉はいつもテンションが高いのだろうか。 悩みというものは無いのだろうか。 ってか、単位が危ないんだから悩め。

『ね、紹介したい人が居るんだけどぉ~』

紹介したい人? そう言えば 『お近付きになりたい人と・・・うふふ、ハート、って感じでさ』 と言っていた。 その女性のことだろう。

「上手くいったのかよ」

『えへへ~』

気持ち悪い。

『ね、今日もヒマだろ?』

“も” って言うな。 連日忙しすぎるくらい忙しいしクタクタなんだよ。

「気分が乗らない。 じゃな」

通話を切った。 スマホの向こうでがなり立てていることだろう。 だが万が一のことがある、雄哉を巻き込むわけにはいかない。

―――コン。

「え?」

思わず振り返りベッドのある部屋との境の襖を見た。 襖は閉められている、その先を見ることは出来ない。

―――コンコン。

窓を叩く音。

いや、どちらかと言えばノック。

―――コンコン。

誰かがベランダに居る。
あの時の嫌なことを思い出すが、それならば勝手に入ってくるはず。
顔を戻して玄関との境の硝子戸をじっと見る。
そっと立ち上がり硝子戸を開けドアスコープを覗いた。 誰も居ない。 あくまでも見える範囲では。 振り返り襖を見る。 靴下の底を払って部屋に戻るとそっと襖を開ける。

「え・・・」

窓の向こうにニット帽を被ったキツネ面の男が立っていた。 おじさん体形ではなく細身である。
キツネ面の男が、よ、というように片手を上げた。

「なん、で?」

次に紙とテープを使って応急処置をしていた部分を指さしている。
開けろということだろう。
おじさん団体と比べると礼儀はあるようだが、あくまでもそこは水無瀬の部屋のベランダである、不法侵入だろう。 とはいえ、ベランダは専有部分ではなく共有部分だが。
だがそんなことより、どうしてこのキツネ面はプラスチックの面なのだろうか。 祭か何かで買ったのだろうか。

キツネ面は何度か見た。 初めて見たのは車のライトに照らされたキツネ面だった。 あの時は驚いた。 まるで生きているかのような、引き込まれるような面だった。
ということは、この面は水無瀬を逃がしてくれたキツネ面団体ではないということだろうか。

(どうする・・・)

コンコンと、またノックをされた。
“逃げてるだけ” “逃げるのをやめればいいんだ”

(逃げてばかりじゃいけない、か・・・)

キツネ面を睨みながらゆっくりとクレセント錠を開錠する。

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