大福 りす の 隠れ家

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国津道  第46回

2021年06月25日 22時36分20秒 | 小説
『国津道(くにつみち)』 目次


『国津道』 第1回から第40回までの目次は以下の 『国津道』リンクページ からお願いいたします。


     『国津道』 リンクページ




                                   



- 国津道(くにつみち)-  第46回



数日後、浅香から連絡があった。

スマホの画面に『浅香さん』 と出た時点で、詩甫がハンズフリーにした。 しっかりと祐樹も聞いているということである。

『曹司がやって来まして』

うぇ、っと祐樹が声を上げる。 幽霊が部屋にやって来たということなのだから。

『朱葉姫に聞いたらしいです。 当時は十人程が館に仕えていたということで、出身の村は全ての村から来ていたそうでした』

朱葉姫から聞いた曹司が言うには、村は七つほどあったということであった。 朱葉姫の父親が村に偏りが出ないよう、まんべんなく全ての村から仕える者たちを選んでいたということであった。

「座斎村から来ていた人が誰かは分からなかったんですか?」

『朱葉姫も今となっては誰がどこの村から来ていたのかは記憶が曖昧だそうです。 それに座斎村から誰が来たのかを訊いておいてくれとは曹司に言っていませんでしたから』

山での時のことをよくよく思い出すと『ついでにどの村出身とかも』 と浅香は言っていた。 たしかに座斎村のことを口にはしていなかった。

「そうでしたね」

「ちっ、浅香の失敗かよ」

『おーい、祐樹くーん』

祐樹の突込みに浅香が答えているのを耳にしながらも、反対をされるのは分かっているが、社から戻ってきてずっと考えていたことを口にする。

「あの、浅香さん・・・私、お社に行ってみようかと思うんです」

『え!?』

「何言ってんだよ姉ちゃん!」

「祐樹から話を聞きました」

「え? オレ? オレ何言ったっけ?」

「お社の様子よ」

「あ、うん。 話した」

「お社がかなり腐ってきているみたいですね。 それに基礎部分も崩れかけてきているみたいで」

『・・・ええ、それは確かです。 急に傷みが進んだという感じがしなくもないです』

「大蛇を探している時間なんてないのではないでしょうか」

『それは・・・強引にお社に手を入れるとかっていう意味ですか? その話をしに朱葉姫に会いに?』

詩甫が首を振ったが、それを見られるのは祐樹だけである。

「ならどういうこと?」

話しが飛んだように感じた浅香だったが、取り敢えず黙って聞いていよう。

「あ! まさか! 姉ちゃん囮になろうと思ってんじゃないだろな!?」

『え・・・』

「祐樹と浅香さんとで守ってもらえない?」

『ちょっと待って下さい! どういう意味ですか!』

「浅香! 声デカイ!!」

祐樹の大声に思わずスマホを耳から離す。

『あ、ごめん・・・』

だがその言葉をそっくりそのまま返したい。

『野崎さん、それは出来ない相談です』

「それじゃ、一人で行きます、と言ったらどうします?」

『野崎さん!』

「姉ちゃん!」

「大蛇に会わなくては話が進みません」

『会うで終わらない事は野崎さんが一番分かっているでしょう? それに僕と祐樹君が隙なく見張ることが出来たとしたら大蛇は出て来ません』

「姿は現さないでしょう。 ですが私を探っているはずです。 浅香さんと祐樹の隙をつこうとずっと見ているはずです」

『それは・・・曹司、ということですか?』

「はい」

詩甫のことは完全に浅香と祐樹に守ってもらい、曹司に気配を探ってもらう。 そして出来れば押さえてもらう。 その為に曹司には姿を隠してもらう。 相手にも気付かれないように。

まさかここで曹司が出てくるとは思わなかった浅香が言葉に詰まっている。

「姉ちゃん、駄目だよ。 オレ、姉ちゃんを守る自信あるけど、それでも万が一失敗したら・・・それに言ってたんだろ? 花生って人が今度こそ殺されたいのかって」

「うん、それも気になってるの。 出来ればもう一度花生さんにも会いたいと思ってるの」

“花生さんにも” という詩甫の言い方は、大蛇と花生は別であるということだ。 それは以前にも話していたこと。

『どういうことですか?』

「花生さんの言ったその台詞が気になって、その意味を教えてもらおうかと」

浅香が大きく息を吐いたのが聞こえた。

「姉ちゃん・・・」

祐樹も溜息交じりである。

『野崎さん、相手は人間ではないんです。 いいえ、たとえ人間であっても危険な人っているでしょう。 誰もが皆、自分と同じ価値観ではないんです』

「浅香、花生って人・・・幽霊、今度こそ殺されたいのかって言ったってことは、前に姉ちゃんを突き落としたのがその花生って幽霊なんだよな?」

『見たわけじゃないからそうは断定出来ないけど、その可能性はあるよね、そんな言い方をしたんだから。 少なくとも野崎さんが落ちたのを知っているんだから』

詩甫が大婆の話を祐樹に聞かせていなかったということは、花生の色んな話も聞かせていないはずだ。 今度こそ失敗しないように話さなければ。

「そこなんです。 それが気になるんです」

詩甫自身、最初に花生にそう言われた時には浅香や祐樹と同じように考えた。 だが何かが違うような気がしていた。

「どういうこと?」

「あとからよく思い出してみたら、今の祐樹や浅香さんの言う意味じゃなかったんじゃないのかって。 それに何かを忘れているか・・・覚えていないのか、とにかく何かがあるような気がして」

『それは?』

「思い出せないんです」

『そうですか・・・』

浅香が聞いた花生が言ったことは、詩甫が曹司に聞かせたことを聞いただけだ。 どういう流れでそんな話になったのかということなどは聞いていない。
詩甫はどうして花生の肩を持つのだろう。 いや・・・花生に何を感じているのだろうか。 スマホを耳に充てたまま上を見る。

浅香が眉をしかめた。
・・・天井しかない。

ここに青空が広がっていれば何か流れてくるものがあったのかもしれない。 閃きとか、詩甫を説得する何かとか。

(・・・雲もないか)

顔を元に戻す。

(雲外蒼天、か)

次のステップが要るのは確かだ。 そのステップが、空があり流れて来る雲であればそれに越したことは無い。。
甘いだろうかな、と思いながらも口を開く。

『ですが祐樹君と僕が野崎さんを守るということはどうでしょうか』

「え・・・」

『祐樹君と僕はお社の修繕をしたんです。 その時に曹司に見張りを頼んでいたんです』 

「はい」

それは知っている。 詩甫も一緒に社までは行っていないものの、一緒に山まで行ったのだから。

『曹司が誰の気配もないとは言っていましたが、どこで見ていたかは分かりません』

「あ・・・浅香さんも祐樹も狙われるかもしれないってこと・・・」

『そうです。 僕たちのことを見ていて覚えていれば』

「そう、ですね・・・」

そうだった。 修繕した者も手にかけられていたのだった。

『だから、祐樹君聞いてる?』

「うん」

『僕が曹司だってことは覚えているよね?』

「うん」

『どうして僕が生まれたかも説明したよね?』

「うん」

『僕は瀞謝である野崎さんの手伝いをしなきゃいけない』

「え? 浅香?」

『僕は瀞謝を止めてはいけないんだ』

曹司にそんなことは言われていないが、理解の仕方で変わってくる。 詩甫があまりにも無茶を言うようなら止める。 今も無茶を言っているのは分かっている。 だがこのまま止まってしまっては誰の想いも叶えられない。 朱葉姫も瀞謝も詩甫も、そして曹司と曹司の分霊である自分自身も。
叶えられるのは “怨” を持つ者の想いだけ。

『留守番をしていてくれる?』

「なっ! なに言ってんだよ!」

「浅香さん・・・」

詩甫は瀞謝であった時からこの事が始まったと思っている。 詩甫としての色んなことには諦めはつく。 いや、諦めなどではない。 やっと知り行えるとさえ思っている。
自分はそれでいいが、詩甫とは違う浅香に危険が生じるかもしれない。 だが浅香とて浅香の生まれた意味を分かっている。 浅香には感謝しかない。

「祐樹、お願い。 祐樹には怪我をさせたくないの」

「嫌だよ! 浅香が行くんなら、うううん、浅香と姉ちゃんが行くんならオレも行く!」

「祐樹・・・」

「浅香、この間みたいに浅香の足手まといになんてなんない。 だからっ、連れて行けよ!」

足手まといと言うのは、きっと階段で転びかけたことを言っているのだろう。

『足手まといだなんてなんて一度も思ったことは無いよ。 でも今回は曹司に堂々と守ってはもらえない。 野崎さんが階段を落ちて行った時、一瞬だったんだ。 相手は幽霊なんだよ、姿を現さなければ僕たちには見えないんだ』

「でも! どこかで曹司が見張ってるんだろ? それならオレたちに近付く前に曹司に分かるんじゃないのか!?」

言われればそうであるが・・・そんなに上手くいくだろうか。

浅香との通話を切って祐樹を何度か説得したが、全く応じてもらえなかった。
挙句に翌日からは、勝手に詩甫と浅香が行かないように朝早くから起きてきて、出勤の時には有休を取って社に行かないかと駅までついてくる始末だった。
通勤の為のホームではなく、反対のホームに行くと社に向かうということだからだ。
どちらの階段を下りて行くのかを、ごった返す通勤者の中で改札口の向こうからじっと詩甫だけを見ていた。

「祐樹・・・」

毎朝祐樹の視線を背中に受けて通勤電車に乗った。

そして一週間程が過ぎた。

タクシーを降りたのは三人の姿であった。 その内の背の高い二人が荷物を持っている。

「祐樹君、ここで待っててくれないか?」

詩甫から祐樹の様子は事前に連絡を受けて知っていた。
今日のことも部屋を出るにも祐樹を括りつけるわけにはいかないし、駅で祐樹の分の切符を買わなければいいのだろうが、それはあまりにも可哀そうなことだと出来なかった。 そんなことを電車の中で詩甫が言っていた。

浅香もここまでくる間に何度も祐樹を説得していた。

「ふざけたこというなよ」

「怪我では終わらないかもしれないんだ」

「お社を潰さないんだろ?」

「それはそうだけど、今日のこととは直接的には関係がないよ」

「ばーか」

「なんだよ」

「まずは外掘り固めだろ」

「ん?」

「自分で言っといて忘れたのかよ。 その大蛇が朱葉姫の味方にさえ付いたらいいんだろ」

その大蛇が元凶なのだが。 それにしても、ここに来て外掘り固めの話をしてくるとは・・・。

「外掘り固めって?」

「あ、いえ、何でもありません。 そんな話を前に二人でしてただけです。 アニメの話で」

祐樹は今も学校での問題のことを詩甫に言っていないようだ。 これは男同士守らなければならない秘密だ。

「ほら、浅香も姉ちゃんも行こ」

祐樹が浅香と詩甫を後ろから押す。

二人が目を合わせとうとう諦めた。 祐樹を置いていくには縄で縛っておくしかないだろうが、そんな事が出来るはずもないし縄も無い。

山の中に入り階段の下まで来ると詩甫が何度も花生を呼んだが、花生が出てくることは無かった。

「十五分経ちましたね」

時間のチェックは浅香に頼んでいた。

「仕方ないですね」

花生からは来るなと言われていたくらいなのだから。

「じゃ、行きましょうか。 まだ曹司には頼めていません。 辺りに気を付けてください。 祐樹君も」

祐樹が無言で頷く。 緊張しているのだろう。

「僕が野崎さんの斜め後ろを歩くから、祐樹君は野崎さんの手を繋いてあげていて」

もう一度祐樹が頷き詩甫の手を取る。 二人が階段に足をかけた。

社に着くまでにかなりの気を消耗した。
だが何もなく社に着くことが出来た。

「朱葉姫に会っていかれます?」

今から詩甫は囮になるのだ。 いや、もう始まっている。 そんなことを朱葉姫が察したらどれだけ心配をかけるか。
詩甫が首を振りかけたとき、朱葉姫の声が心に聞こえた。
『瀞謝』 と。

「朱葉姫がわたしに気付かれたようです」

社の前で手を合わせようと祐樹と繋いでいた手を離しかけた時、朱葉姫の方から姿を現してきた。

「瀞謝」

辺りを見回していた祐樹が聞いたことの無い声に振り返った。

「朱葉姫様」

「どうして来たのですか」

「諦めないと、逃げないと申し上げました。 今日はお社の様子を見に来ました」

朱葉姫が浅香に目を向ける。

(うわっ、嘘だろ・・・可愛っ)

詩甫と並んで立っている祐樹もあまりの可愛さに口をポカンと開けている。 曹司や薄を見た時とはえらい違いだ。

「曹司の分霊ね」

「は、はい」

「社を有難う」

「いいえ・・・その、いい加減にしただけで、あまり役には立たないでしょうが」

朱葉姫が首を振る。 長く美しい黒髪が僅かに揺れる。

「わたくしたちは気持ちが嬉しいの。 社から分霊の声が聞こえていたわ」

「え? 声、ですか?」

曹司と言いあっていた時の声だろうか。

「ええ、頼む、頼むと。 そして社に向けてくれている気持ちを感じていました」

違ったようだ。
今朱葉姫が言ったことに記憶がある。 確かにそうだ。 釘を打つたびに『頼む頼む、持ってくれ』 そう念じながらだった。

「嬉しく思います。 ですが・・・」

朱葉姫の可愛らしい顔に影がさす。

「朱葉姫様、瀞謝のことは僕が・・・僕と瀞謝の弟が守ります」

瀞謝の弟というのは、今詩甫である瀞謝が手を繋いでいる少年であろう。
朱葉姫が祐樹に目を移すとぽかんと口を開けている。

「可愛らしいこと、曹司を思い出すわ」

いつ頃の曹司のことを言っているのかは分からない。
少なくとも今の曹司は浅香より長身だ。 そして祐樹は平均よりかなり身長が低いだろうことは分かっている。
きっと曹司が言っていた朱葉姫と曹司が一緒に居た曹司の幼かった頃、その時のことなのだろう。
朱葉姫の言葉を聞いて詩甫が祐樹の頭を撫でようとした時、祐樹の背が高くなっているのに気付いた。

(え・・・)

でもそれが間違っていたことにもすぐに気付いた。 祐樹の背が伸びていたのではなく詩甫の背が縮んでいたのだ。
瀞謝の姿になっていた。

(あ、やっぱり朱葉姫様の前では瀞謝の姿になるんだ・・・)

それは社の外であっても。
浅香が瀞謝の姿を見ているかと思うと、どんな顔をしていいのかが分からない。 自然と顔が下がっていく。

「この山に居る間は、わたくしが付いていましょう」

それは困る。 それではおびき出せない。

「朱葉姫様のお手を煩わせるわけにはいきません。 そんなことをしては曹司に何と言われますか」

「当たり前だ」

曹司の声がしたと思ったら、その姿を濃くして朱葉姫の斜め後ろに現れた。

「まぁ、曹司。 どうして分かったの?」

社の中にある世界。 この山とそっくりな世界で小川の方に居たはずである。 今日は皆で小川まで出かける。 清流を眺めに行こうということであった。 その下見に曹司が出掛けていた筈なのだから。
社の中ではあれやこれやと行事を行っていた。 朱葉姫が皆を退屈させないようにと、そして皆も朱葉姫が退屈しないようにと、互いに互いを気づかっていた。 それは心からのものであった。

月夜の綺麗な夜には月見をし、夜に限らず朝な昼なに自然を愛でていた。 花鳥風月、春夏秋冬を楽しんでいた。

「丁度戻って来ましたら、薄姉から瀞謝が来たと仰って姫様が社の外に出られたと聞きましたので」

「まぁ、そうなのね」

「皆が心配しております。 それに小川に行くのを楽しみに待っております」

「そうね、今日は皆で小川に行くのですものね」

「どうぞ社の中にお戻りください」

朱葉姫が “怨” を持つ者の存在を知った時、敢えて朱葉姫が皆に言った。

『わたくしの責任です。 皆に危害を加えられたくありません。 その者にもそのようなことをしてほしくはありません。 社の中に居ればわたくしが守ります。 まだその力は残っています。 社からは出ないでちょうだい』

そう言っていたのだから皆も心配をするだろう。 朱葉姫は曹司にもそう言ったが、曹司は首を横に振っていた。

『お館をお守りするのが己の役目、ですがお館はここには在りません。 今は姫様をお守りするのが己のお役目。 それはお社を守ることにも繋がります』

そう言っていた。 そして今まで通り山の中を見て回っている。 その曹司に何某かが降りかかって来ることは無かった。

「・・・ええ」

柔らかな笑みではあるが、少なくとも浅香が今日見た中で見たことの無い戸惑いのようなものを顔に浮かべていた。
それは詩甫のことを考えると下がるわけにはいかないし、社の中の者たちを心配させたくもないという表情だ。
だが朱葉姫が社に戻りたくない理由、それを消すことを曹司が言った。

「瀞謝のことは己が見ております」

今の朱葉姫の心配は瀞謝であることはよくよく分かっている。 瀞謝を守ることが今の朱葉姫の望みである。 曹司はただそれを叶えるのみであった。

「・・・ええ」

たとえ朱葉姫の力が衰えてきたといえども、曹司の力は朱葉姫ほどにはない。 曹司はそれを重々分かっている。 だがここで引くわけにはいかないし、力が劣っているとはいえ詩甫を危険にさらす気もない。

「ご安心ください。 瀞謝について山の下まで送って行きます故。 どうぞ皆の元へ」

「そう、ね・・・では頼みます」

朱葉姫が可愛らしい笑みを添えて曹司に応え、そしてその目を詩甫に送る。

「瀞謝・・・」

「はい」

「社のことは、決して瀞謝が逃げるというわけではありません。 あの時の瀞謝もです。 決して瀞謝は逃げてはいませんでした」

「朱葉姫様・・・」

「それを心に置いておいてね」

分霊、瀞謝を頼みますね、と言い残して朱葉姫の姿が揺れて薄くなり、そこに居なくなった。

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