大福 りす の 隠れ家

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国津道  第40回

2021年06月04日 22時00分11秒 | 小説
『国津道(くにつみち)』 目次


『国津道』 第1回から第30回までの目次は以下の 『国津道』リンクページ からお願いいたします。


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- 国津道(くにつみち)-  第40回



「えっと・・・一昨日はごめん」

その一言ですぐに祐樹が気付いた。 頬が緊張する。

「ちょっとこっち、いい・・・?」

星亜たちから離れようとする座斎に手招きされ、詩甫が浅香から離れたが、優香のことを気にしながらも祐樹が詩甫について行く。 一昨日の犯人を前に詩甫一人にさせるわけにはいかないのだから。

浅香にしても最初の一言に何があったのか気になるところだが、祐樹のようについて行くわけにはいかない。

星亜と優香も何のことかという顔をしているが、座斎のことを “兄ちゃん” と星亜が呼んでいた。 星亜に回していた腕をそっと外す。

「あの、さっきの続きですけど、ちょっとした切っ掛けで耳にしたってどういうことですか?」

「あ? ああ、僕と彼女、大学時代に社サークルってのに入っていてね、あちこちのお社のことを調べたりしてたんだよ」

「それで大蛇のことを?」

「まぁね、大蛇のことを知ったのは最近なんだけどね」

「中途半端に調べられたのなら、社には行かない方がいいです。 ましてや修繕なんて。 その道具で修繕しようと思っているんでしょ?」

「まね、でも僕は大丈夫に出来てるから」

「大丈夫に出来てるからって、そんないい加減な・・・」

入り口を出て、充分星亜に聞かれない所に行くと再度、座斎が謝った。 今度は腰を深く折っている。

「ホンットに御免」

詩甫が首を振る。

「願弦さんから聞きました。 こってりやられたみたいですね」

腰を伸ばした座斎が情けない顔を詩甫に向ける。

「うん。 弦さんが帰ってから親父とお袋からも怒られまくって、当分田舎に行っとけって言われてさ」

「あ、で、こちらに?」

「うん。 有休全部使って長期休暇をとれってね」

「願弦さんはそんなこと仰っていませんでしたよ。 月曜日に・・・その、謝らすから許してくれって。 それにもう謝ってもらいましたし」

「怖い思いをさせたね」

「もういいですって」

「ね、うちでお茶でも飲んでって。 せめてそれくらいさせて」

ということで座斎の祖父母の家に向かうことになった。

星亜と優香は星亜が運転してきた軽トラで、浅香と詩甫と祐樹は座斎が乗ってきていた黒のコンパクトカーで移動をした。

軽トラの中では優香が祐樹の説明をしていた。

「へぇー、優香が可愛がってんだ」

「うん、祐樹が聞いたら怒るかもしれないけど、ずっと一年生みたいな感じ。 あんな弟が欲しいなぁ」

「一人っ子だもんな」

「戸籍上はね」

「・・・そうだったな」

優香は片親であった。 父親に引き取られた優香には妹がいる。 その妹はまだ小さいからと母親が引き取った。

「妹、元気にしてるの?」

「まだ小学生だからすれ違い」

同じ小学校の時には学校で話していたが、優香が中学に上がってからは会えなくなっていた。 小学校の時は毎日でも当たり前に顔を見られていたし時間があれば話も出来ていたのに、進学中学に入学して授業や塾に忙しくしている今は顔を見ることさえままならない。

妹の話になって会いに行くのもいいかな、などと考えていると、そうだ、中学校の特別半日休日があった。 創立記念日だが、午前と午後に分かれて授業がある。 優香は午後授業だ。 午前中は塾に行きたい。 塾は午後十二時まで。 学校の午後授業は二時から始まる。 その合間に小学校に顔を出そう。 昼休みに会いに行こう。

「そっか・・・」

優香が考えていたことを言う前に星亜が返事をした。

浅香は助手席に詩甫が座ったことが気に入らなかった。 だが座斎のことを知らない浅香が助手席に座るのも可笑しな話だし、助手席を空けてコンパクトカーの後部座席に三人が座るというのも狭苦しい話である。

車を降りると座斎の祖父母の家にお邪魔をした。
そして何故か今、祖父母の前に座らされた浅香と詩甫である。

星亜から浅香が社の修理をしようとしていると聞いて、祖父母が浅香を呼んだのだった。 詩甫もまたどんな話がもたらされるのかと同席をした。

祐樹は優香と星亜と共に、星亜の部屋に入った。

「うっわー、すっごい本だらけ・・・」

浅香の漫画の単行本だらけとはエライ違いだ。 難しそうな本がずらりと並んでいる。

「星ちゃんね、東大に合格したの」

「えー!?」

祐樹にも東大のすごさは分かっている。 すごいとだけしか分かっていないが。

「来年は優香だよな」

星亜が優香からのプレゼントを開けながら話している。
来年優香は星亜が卒業した凜魁高校を受験する。

「受かるといいけどなぁ・・・」

「優香ちゃん、お兄さんと同じ高校に行くって言ってたよね」

お兄さんと呼ばれた星亜がこそばゆい顔をする。 年の離れた兄との二人兄弟だ。 お兄さんなどと呼ばれたことなど無い。

「うー、祐樹君気に入ったー」

「わ、わ」

星亜が祐樹を抱きしめる。
妬くのならどっちへのやきもちかは分からないが、そんなやきもちを妬くことなく、微笑んでその姿を見ている優香だった。

祖父母の前に座る詩甫たちに既にお茶を置いていた座斎が、まだせっせせっせと茶菓子を運んでいる。
そんなに食べられないだろうという程である。 漆塗りの長卓が茶菓子で埋まりそうである。

「社にいる大蛇のことを知っておって社の修理をするとな?」

口を開いたのは祖母の方であった。 この家も女が仕切っているのだろうか。
この家も大婆の家と同様、見るからに古くからある家である。 大婆の親戚筋だろうか、少なくとも同じ村だろうか。

大婆が言っていた『わしらの村はその血筋の女が仕切るということになっている』 と。 村の大きさはどこでどう区切られるのか分からないが、来た道から考えると同じ村なのだろうか。 でも大婆の家とは結構離れている。 山の途中にあった大婆の家と違って、ここはどちらかと言えば谷に近い。

「はい」

「大蛇のことはどこから聞いた」

どこから・・・誰にではないのか?

「ここより山に近い方です」

「僧里(そうり)村か?」

「すみません。 土地の者ではないので村の名前までは知りませんし、色んな人のお話しからですので」

大婆の家のことは言わない方がいいだろう。

「花生の親戚筋からか?」

詩甫の心臓が止まるより先に時が止まってしまったが、浅香にそういうことは無かった。

「親戚筋かどうかは聞いていませんが、花生さんのお名前は聞きました」

花生の名前を知っていると言って浅香はどう話を持って行くつもりなのだろうか。

「ふん、きっと僧里村だの」

襖が開いて座斎がまた盆に茶菓子を乗せてやって来た。 もうどう見てもどこにも置けないだろう。

ふと詩甫が考えた。 座斎と二人きりになるのは避けたいところだが、祖父母からの話は浅香に任せて座斎から話を聞くのも一つではなかろうか。 もしかして祖父母が口を噤むことを座斎が話してくれるかもしれない。

「海斗(かいと)! ええ加減にせんか! 糖尿病になるわい!」

海斗と呼ばれた座斎が煩そうな顔を祖父母に向ける。

「爺さんも婆さんも食べんでええだろが。 俺は詩甫ちゃんに出しとんやから」

いつも話している言葉ではないし、イントネーションも違っている。 ここの方言なのだろう。 そういえば大婆の所とイントネーションや言葉が少し違うようだ。
それに今の話し方から大婆の村とは違うようだが、村によって少しづつ言葉やイントネーションが違うのだろうか。 そう遠く離れてもいないのに。

「詩甫ちゃん、この話は彼に任せ・・・って!? えー!? 詩甫ちゃんの彼氏なのー!?」

遅いだろ、気付くのが。 今までのシチュエーションの中に居れば最初に気付くだろう。 と、浅香も詩甫も思ったが、それを認めているわけではないし、ましてや確認し合ったわけでもない。 普通ならそう考えるだろうということだ。

「海斗! うるさいわ!」

「ほんにお前は星亜のように落ち着けんのか」

初めて祖父が口を開いた。

「ねー詩甫ちゃん、どうなのよー?」

「違います」

あまりの即答に浅香が肩を落とす。

「わっ、じゃ」

座斎が喜んだ途端、その額に見えないお札を貼っておく。

「願弦さんですから」

浅香が素知らぬ顔をしながら(誰だよそれー) と心で叫んでいる。 反して口に出したのは座斎だ。

「やめてよ、弦さんの名前出すの・・・」

お札は効いたようだ。 それもかなりの即効性がある。

「おら、海斗、出て行かんか」

「あの、途中に申し訳ありませんが、すこし座斎さんとお話しをしたいので中座をさせて頂いて宜しいでしょうか」

「ほぉー、この馬鹿もんとか?」

馬鹿もんと言われて “はい” とは言いにくい。 返事は頷くだけに収めておいて次に浅香を見る。

「浅香さん、いいですか?」

詩甫が何を考えているのか分からないが、こんな所で駄々をこねるわけにはいかない。
精一杯ニコリと応え余裕をぶちかます。

「あ、じゃ、俺の部屋に行こうよー」

「馬鹿もんが! 娘さんを部屋に引き込んでどうする!」

座斎より祖父より祖母が一番元気なようである。

「見えるとこに居れ!」

「婆さんの言う通りや、ここから見える庭に居れ」

「ちぇ・・・」

ちぇ、とはどういうことだろう。

「ではすみません。 少し失礼します」

立ち上がり際小声で浅香に「浅香さん、足を崩させてもらえばどうですか?」 と小声ながらもしっかり座斎に聞こえるように言った。

「ああ、うん、崩してくれ。 爺婆なんか気にしないでいいから」

詩甫の彼氏でないのなら苦しませる必要など無い。

「あ、でも・・・」

「ああ気にせんでええ、あとで立てんようになる方が面倒やろ」

「はい、それじゃあお言葉に甘えて。 失礼します」

ごそごそと動くと浅香が胡坐をかく後ろで座斎と詩甫が座敷を出て行った。

お爺さんも酷なことを言ってくれたものだと、あとになって詩甫が思った。 まだ四月にもなっていないのだ。 庭に居れとは・・・。
ダウンジャケットを着て玄関を出た。

いつの間にかクッションを二つ持った座斎が前を歩いて、庭の石造りの椅子に座るように言う。 クッションはその為であったようで、石造りの椅子に敷いてくれた。

石造りの椅子は四つあってテーブルもある。 季節の良い時にここに座るとさぞ気持ちがいいだろう。 今は寒い風に身体が当たってしまうが、庭の木が綺麗に選定されていて清々しい気分にさせてくれる。
そしてそこはしっかりと座敷から見えるところであった。 振り返ればこちらからも座敷の様子を見ることができる。

「待ってて」

と言うと座斎がどこかに消えて行った。
再び現れ、また消えて、それを四度繰り返した。 石造りのテーブルの上に見覚えのある茶菓子がずらりと並んでいる。 きっと座敷から取ってきたのであろう。
そしてポットに急須。 最後に持って来たのは膝掛であった。
結構、気が利くようだ。

座敷では何度も座斎が出たり入ったりとしていて落ち着かなかったが、外の様子を見てようやく落ち着いて話すことが出来る。
長卓には最初に出されていた茶菓子が一皿といくらかの茶菓子が残っているだけである。

「ここは座斎村と言ってな」

「え・・・」

たしか詩甫があの男のことを座斎と呼んでいた筈。

「ああ、村長の苗字が村の名前となる。 僧里村を除いてな。 あそこはその昔、僧がよく通った場所でな、村人がよう泊めとったらしい。 それで僧の里と書いて僧里村となった」

「では今此処の村の村長さんはこちらのお宅ということですか?」

祖母が首を振る。

「厳密に言うと、もう村なんぞないわ。 村から群、次に市に代わっとる。 まぁ、昔の村同士の何某かがあればその昔の村長が出るがな。 もう滅多なことは無い」

何もかも市で決められるということだろう。

「きっとアンタは僧里村から聞いたんだろ」

「こちらでは違うということですか?」

どういうことだ、昔語りが二つもあるのか? いや、それより村ごとに違うというのだろうか。

「僧里村は花生のことを庇ぼうておったろ」

「いいえ、そんな風には聞きませんでした」

おかしいな、という顔をして祖母が見る。

質問されては困る。 どこまで言っていいのかが分からない。 花生の悪態を知っていたのは村の者だけであると大婆が言っていた。 挙句に花生のやったことを知っているのは親戚筋だけ。 他の村の者は知らないはずだ。

それに大婆の話したことと、この村の昔語りが違うのであれば、単にこの村の昔語りを聞かせてくれればいいだけである。 質問をされる前にこちらから質問を突っ込めばそれでいいだろう。

「花生さんは朱葉姫のお兄さんの元に嫁いだと、それくらいのものでした。 花生さんを庇うとはどういう意味でしょうか?」

「僧里村やなかっんかの、爺さん」

「さぁー、どうだか」

「その僧里村なら花生さんを庇うと?」

「ああ、花生の出た村だでな」

間違いない、大婆の所は僧里村だ。 だがどうして庇うという言い方になるのだろうか。

「花生はな、一人の女を疑ごうとった。 その女がわしらの村の女」

そんなことは大婆から聞いていない。 話がややこしくなってきた。

「あの、詳しいことを聞かせて頂けませんか?」

座斎が甲斐甲斐しく詩甫に温かな茶を淹れてくれた。
これが他の人間なら詩甫が代わって淹れただろうが、座斎を甘やかす気はない。

「どーぞ」

「有難うございます」

「ね、食べて。 ほんの謝罪の気持ちだから」

さっきの “ちぇ” というのを考えると、謝罪の気持ちというのは疑わしいが、訊きたいことがある。 防御線を張らせることなく調子に乗ってもらわなければ困る。

「じゃ、頂きます」

田舎饅頭を手に取る。

「へぇー詩甫ちゃんって、あんこ好きなんだ」

確かに田舎饅頭は薄皮で所々にあんこが見えていてぎっしりとあんこが詰まってはいるが、出されているもの全部が全部にあんこが入っているではないか。

「嫌いじゃないです」

「じゃ、みんな食べて」

お婆さんではないが、糖尿病になるわ! と叫びたくなる。

「一人じゃ食べにくいんで座斎さんも食べて下さい」

「あ、そだね」

座斎も田舎饅頭に手を伸ばす。

「お訊きしたいことがあるんですけど」

「ん?」

もう田舎饅頭が半分口に入っている。

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