大福 りす の 隠れ家

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国津道  第43回

2021年06月14日 22時07分56秒 | 小説
『国津道(くにつみち)』 目次


『国津道』 第1回から第40回までの目次は以下の 『国津道』リンクページ からお願いいたします。


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- 国津道(くにつみち)-  第43回



浅香は早足だが、祐樹はほとんど走っている。

社まで戻ってくると、きっとやられるだろうなと覚悟しながら、社の裏にタライを置いてその中に袋に入れたままの木切れを入れた。 木切れが重石になってタライは飛ばないだろうし、袋はきっちりと括った。 その袋に入れてあるから万が一雨が降っても木切れは雨に当たらないだろう。 やられなければ、だが。

浅香が小さな袋にまとめてあったゴミの袋の中に二人分の軍手を入れると、隣に置いてあった金槌と釘、祐樹の両手に持たれていたコテとヘラも袋の中に入れる。

「よし、じゃ下りよう。 急ぐからバラけないように手を繋ぐ、いいね」

ここまでは手を繋ぐことなどしなかった。 小川から社までは木々も生え、登り坂にもなっている。 湿った地面の上の枯葉で足を滑らせるかもしれない。 それを考えると手を繋ぐより、手をフリーにさせておく方が体のバランスもとりやすいし転んだ時に手をつける。
浅香が手を出す、祐樹がその手に自分の手を乗せる。

「走るよ。 曹司、ついて来いよ」

坂の上までの平坦な道を走り坂を降りる。 雨が降った後だ、地面が濡れていて滑りやすい。

「祐樹君、気を付けて」

「うん」

言った途端、ズっと祐樹が足を滑らせた。 浅香が握っていた手を上に上げる。 尻もちを着きかけた祐樹の身体が持ち上げられた。

「大丈夫?」

「うん・・・」

言われた途端にやってしまった。 顔を上げられない。

「亨、それくらい気を使えんのか」

自分にもそれくらい気を使えということであろう。

「要らないこと喋ってないで周りに気を付けとけよ」

「話し方にしてもそうだ。 どうしてもっと敬えん」

「だからー、ちゃんと辺りを見張ってろって」

「見ておるわ。 誰も居らん」

浅香の足が若干緩んだ。 元々祐樹に合わせているのだ、さほど早いものではない。 とはいっても祐樹は何と言っても、もうすぐ五年生になる元気な小学生だ。 坂が乾いていればそこそこ走れるだろうが、調子に乗って走ってしまうと足を滑らせて転げ落ちてしまうかもしれない。 特に今は何があるか分からない。

「あ? え? そうなのか?」

詩甫は大丈夫だったのだろうか。 だが今はまだ坂の途中だ。 まだ詩甫に近付いていない。

「花生って人は?」

「・・・居られん」

ここに花生が居なくて良いのか悪いのか。

花生の存在を知らない祐樹。 今の話の内容では花生というのは曹司にしか見えないようだ。 浅香は “花生って人” と言っているが、その花生というのは人ではない。

「浅香・・・姉ちゃん幽霊にどこかに連れて行かれてない?」

そんな発想もあるのか。
そう言えば妖怪は人をどこかに連れて行ったりする。

(って、こんな時に俺ってば何を考えてんだ!)

「きっと大丈夫だよ。 とにかく急ごう」

「うん」


詩甫が腕時計を見た。 午後二時を過ぎている。 浅香たちが山に入ってから既に二時間半は経っている。 社までの往復を五十分と考えて、一時間四十分の作業ならそろそろ下りてくるはず。 それとも作業に二時間くらいかかるのだろうか。 それとも何かあったのだろうか。

花生にもうここに来るなと言われた。 その “ここ” とは何処のことなのだろうか。 社なのか、話していたあの場所なのだろうか、それともこの山に入るなということなのだろうか。
山の中に入るのが怖い。
花生が最後に言っていた。 今度こそ殺されたいのか、と。

だがここでただ待っているだけなんて・・・何度時計を見たことだろう、もう待てない。
山の中に入ったところで浅香や祐樹の何が変わるわけではない、それは分かっている。 変わるのであれば詩甫自身だろう。

もう一度時計を見た。 詩甫がぐずぐずと思い出してから更に五分経っていた。
山の中を覗き見る。 木々の間の先に階段が少し見える。
詩甫が足を踏み出す。

丁度階段の下に来た時「姉ちゃん!」 という祐樹の声が聞こえた。 祐樹が階段を駆け下りてきている姿が目に映った。

「祐樹!」

無事だった。
ずっと後ろには浅香の姿も見える。 浅香は走って下りてきてはいないようだが、無事であったようだ。

「花生って人の気配はないんだな」

回りくどいから “花生” とだけ言いたいが曹司が怒るだろう。 当の曹司は “様” まで付けているのだから。

「ああ、花生様だけではなく誰の気配もない」

「もしかしてだけど瀞謝が花生って人と会っていたかもしれないけど、どうする?」

「・・・」

「僕としてはどっちでもいいけどな」

祐樹が走って詩甫に飛び込んできた。

「姉ちゃん、何ともなかった?」

詩甫の背に手を回し、一度埋めていた顔を上げる。

「うん、大丈夫だったよ。 祐樹は? 何もなかった?」

「うん、曹司がずっと見張っててくれた」

「そう、ちゃんとお礼を言った?」

「あ・・・」

幽霊にお礼を言うなんて発想にもなかったし、思い返せば急いで下りてきて社にも供養石にも手を合わせてきていなかった。

「ここまで来てくれるといいけど、その時にちゃんとお礼を言おうね」

「うん・・・」

曹司と話す・・・幽霊にお礼を言う。 気が遠くなりそうだ。

「浅香さんは怪我をしてない?」

まだゆっくりと下りてきている。 どこか怪我をしたのだろうか。

「うん、全然何ともない。 曹司と言い合いをしてるんじゃないかな?」

「言い合い?」

「浅香、曹司に無茶苦茶言うんだもん。 いつ曹司が怒り出すかヒヤヒヤもんだった」

浅香が曹司であろうと誰かに無茶苦茶に言うなどと信じられないが、曹司は長年を生きているのだ。 生きていると言うのは語弊があるかもしれないが、器は大きいだろう。 それは失礼を平気で言っている祐樹に対しての浅香も同じだろう。

「曹司も浅香さんみたいに心が広いのよ」

「そうかな、曹司も結構言ってたよ?」

「祐樹も浅香さんに結構言ってるよ?」

「う・・・」

詩甫はそれが言いたかったのか。 浅香が怒ったのは “おじさん” と言った時だけだった。 それも本気で怒ってはいなかった。
だが今更浅香との間での態度を変えられるものではない。

「星亜さんに対してと同じくらいの態度にしなくっちゃ」

「うぅ・・・」

「あ、ごめん。 こんな時にお説教だなんて。 なんだかずっと心配で待ってたからほっとし過ぎちゃったみたい」

「・・・浅香・・・汗かいて大工仕事してた」

「え?」

「ちょっと見直した」

左官とは言わなかった。 祐樹が左官という言葉を知っているのかどうかは分からないが、金槌や釘を買っていたのを見ている。 きっと祐樹が言うように汗を流しながら大工仕事をしていたのだろう。

「野崎さん、大丈夫でした?」

「はい」

お待たせしましたではない。 心配してくれていたのだろう。 祐樹を見ていた顔を上げて答えると、その後ろに曹司の姿があった。

「曹司・・・」

ここまで二人を送ってくれたのか。

「弟から聞きました。 お世話になり有難うございました」

祐樹も詩甫に回していた手を解いて「ありがとう」 と震える声で言った。

「大儀ない」

「文句ばっかり言ってたくせに」

「なんだと!」

祐樹が詩甫をつついた。 詩甫が祐樹を見ると「ずっとこんな感じ」 と小声で言う。

「野崎さん、もしかしてですけど花生って人と会いました?」

曹司を無視して浅香が言うと、次を言いかけていた曹司が口を閉じ詩甫を見る。

「はい」

「花生様は何か仰っておられたか?」

浅香の後ろからずいっと出て来て詩甫に近付く。
ひいぃぃーっと小さな悲鳴を上げて祐樹が詩甫の後ろに回り込みしがみ付く。

曹司の質問に詩甫が頷き、花生との話を話し始めた。

「確かに言ったと? そんなことを? それで笑うしかないと? 花生様が?」

村で花生が朱葉姫に対して良くないことを言っていたらしいが? と、花生にその話を聞かせると花生はたしかに言ったということを曹司に説明をした。

村での話のことは既に浅香から聞いて知っていたが、それを花生が認めたということ。
瀞謝が嘘をつくはずはない。 花生にしても然りだ。 だが曹司には簡単に信じられるものではない。

「それと村も曹司も甘いと」

「甘い、と?」

「はい、曹司には期待をしていたのにと」

「曹司、心当たりはないのか?」

曹司が首を傾げながら考える様子を見せていた。 だが間髪を入れず詩甫が続ける。

「あとは私にはもうここには来ないようにと。 今度こそ殺されたいのかと」

「え・・・姉ちゃん・・・」

「ここというのが何処か分かりません。 話していたこの場所のことなのか、社なのか山のことなのか」

「・・・花生様」

「曹司、何か思い出したらどんなことでもいい。 すぐに知らせてくれよ。 僕たちだってこうしてすぐに知らせてるんだから」

「曹司、教えてほしいことがあります」

「あ、今度訊いとくって言ってたのはもう聞きました」

詩甫が首を振る。

「人の背景が分からないんです。 私たちが耳にするのは村の昔語りだけです。 当時のことを誰よりも知っているのは曹司だけです。 人間関係その他、それを教えてほしいんです」

すると曹司が首を振る。

「教えないわけではない。 だが朱葉姫様が居られた時には己は幼過ぎた。 一度亨と話した時に昔を思い出すことが何よりも肝要、人の機微を思い出そうとしたが、朱葉姫様が亡くなられてからもずっと朱葉姫様のことしか考えていなかった。 力をつけ盗賊からお館を守る仕事はしていたが、周りに目を配ってはいなかった。 己には人が何を考え何を言っていたか、はなから記憶にはない」

「そうですか・・・」

「曹司、これは分かるだろう。 “家に入る” ということを聞いたが、それはきっと今、曹司が言った館、そこに入るという意味だと思うんだけど、朱葉姫が居る時に村からそうやって館に入って来た人達が居ただろ、何人いた?」

「お館に仕える者は全員そうだ。 お館に入る。 だが嫁いでいく者もあれば、嫁をとって辞めていく者もいる。 数えていてはきりがない」

「大体でいい。 そうだな、朱葉姫が亡くなる前、合計で何人くらい?」

思い出そうとしているのか、曹司が空を見上げる。

「そうだな・・・知っているだけ、覚えているだけで七人はおったか」

「知ってるだけってのは?」

「言っただろう。 朱葉姫様がお亡くなりになった時には己は幼かったと。 己にはその時仕事があったわけではない。 庭で遊んでいただけだ」

「ってことは、その七人ってのは遊んでくれた相手か?」

「そうだ」

「それは今、お社に居る人達か?」

「全員ではない。 当時遊んでもらっていたのはお社に居る中の数人だ」

「でも今お社に居るのは、朱葉姫のことをよく知ってる人だよな? 誰かに訊いといてくれよ」

「・・・そうだな」

「ついでにどの村出身とかも」

「朱葉姫様が待っておられる。 今日のことには感謝する」

すぅーっと曹司の姿が透けていく。

「なんだよ急に! おい! 分ってんだろうな! ちゃんと情報寄こせよ!」

曹司の姿が消えてなくなった。

詩甫が驚いた顔をしているが、それに全く気付かない浅香だった。

「野崎さん祐樹君、出ましょう。 曹司が居なくなっては何があるか分かりませんからね」

「はい・・・」

祐樹が言ってた、浅香が曹司に無茶苦茶言っていたという意味が分かったような気がする。


タクシーを降り、持っていた袋から不要な物を選別すると駅のゴミ箱に入れ電車に乗った。 使いまわしたいものは袋の中に入ったままである。

絶好のタイミングで電車が入ってきた。 三人で乗り込み座席に座るとすぐに詩甫が訊いてきた。

「曹司に訊いて下さったこと、なんて言ってました?」

「ええ、その様な人は誰も見なかったようです」

花生に代わり朱葉姫の社に謝りに来た人は誰も居なかった。 いや、正確には見なかった聞かなかった、当時の曹司の耳目には映らなかった、ということであった。 それに後年になってからはきっとそんな話を朱葉姫からも聞いていないのだろう。 本当にいなかったのか、それとも浅香が言っていたように、その頃の朱葉姫にはまだ力がなかったのか。

「それどころか人死にがあったことも知らなかった様です」

「全くですか?」

「ええ、あの村の人のこともそうですし、修繕に来た男達のことも」

「修繕に来た人たち?」

そこで浅香が祐樹が星亜から聞いてきたことを話した。

「昔語りの中の噂の域かもしれませんが」

修繕に来た者のことはタクシーの運転手からは聞いていたが、浅香は座斎の祖父母からそんな話は聞かなかったし、詩甫にしてみても座斎からそんな話は聞かなかった。
村々で昔語りが違うのか、単に昔語りから枝葉が生えただけなのか。 だが一蹴できるものではない。

「どうしてでしょうか・・・少なくとも曹司が見回っているんですよね?」

「曹司が言うには当時は今のような力もなく、社から出ることも無かったそうですから社の外で何かあっても気付かなかったということでした。 力を持った後も山を下りることが無かったようです。 見回っていると言っても最初は社のあるあの辺りだけだったようで、今はその時と比べて広い範囲をとっているようですが、それでも滅多に山を下りることは無いようです。 あくまでも社を守っているということで、それも民が来なくなって大分してからということでした」

そういうことか。

曹司のことは分かった。 そしてもし噂ではなく本当のことであったとして、修繕に来た者達が亡くなってしまったことを曹司と同じように社の中に居る朱葉姫が知ることは無いだろう。
そしてもう一つ、やはり大婆の言うように、朱葉姫に謝罪しようとしていた大婆の家の筋の女たち・・・婆たちは社に辿り着く前に突き落とされていたのかもしれない。

「座斎さんから何か情報はありましたか?」

「少し。 お爺さんとお婆さんからは?」

「村同士は対立していたみたいです」

「対立?」

「ええ」

詩甫の方を向いていた浅香が何気に前を向いた。 正面に座る中年の男と目が合った。 その男は耳を澄ませて聞いていたのだろう。 すぐに下を向いた。
話しの内容に興味を持ったのか、おかしな三人組に興味を持ったのか、それとも単に退屈だったのか。 どちらにしても人に聞かれたくはない話だ。

浅香が腕時計を見る。 午後二時四十分。 自分はいいが、小学生の祐樹はお腹を空かせているだろう。

「途中、乗り換えのところで遅まきながらの昼ご飯を食べませんか?」

詩甫に話しかけた後、二人の間に座っている祐樹を見る。

詩甫は座斎の家でたらふく和菓子を食べていて昼食時を過ぎているのに気付いていなかった。 うっかりしていた、祐樹はお腹を空かせているはずだ。

「ん? オレならまだそんなにお腹空いてない。 お兄さんの部屋でおやつ一杯食べたし」

「え? そうなの? じゃ、野崎さんは?」

「あ、私も座斎さんが和菓子をいっぱい出してくれて」

浅香だけが茶で終わっていたようだ。

「あ、そうなんだ。 じゃ、お腹の心配はないんですね」

浅香が急にお昼のことを言い出したのには気付いていた。 前に座る男が聞いていたからだろう。

「またお電話します」

電話で情報交換ということだ。

「えー、それじゃあオレが仲間はずれになる・・・」

「ちゃんと祐樹にも聞こえるようにするよ?」

「・・・ならいいけど」

その方法を知らないのだろう。 信じていないのか、少し不貞腐れているようだ。

「今日はお疲れでしょうからゆっくりと休んでください。 明後日、ご連絡を入れます」

浅香の出勤形態を考えるとそうなってくる。
今日は祐樹から浅香が汗を流して大工仕事をしていたと聞いていた。 疲れているだろう。

「姉ちゃん、それじゃあ、オレが姉ちゃんのところに居ないよ」

「あ、そっか」

「慣れないことをして疲れていないとは言えませんけど、そうですね・・・それじゃ今日、六時ごろにこちらからお電話を入れます。 祐樹君そんな時間になっても大丈夫?」

電話の前に腹に何かを入れたいし、風呂は諦めても取り敢えずシャワーだけでも浴びたい。

「おう、余裕」

余裕、ではないが、仲間外れにはなりたくない。 帰る時間が遅いと母親に何か言われるより仲間外れの方が嫌だ。

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