大福 りす の 隠れ家

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国津道  第41回

2021年06月07日 22時48分04秒 | 小説
『国津道(くにつみち)』 目次


『国津道』 第1回から第40回までの目次は以下の 『国津道』リンクページ からお願いいたします。


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- 国津道(くにつみち)-  第41回



「弟さんから山の中の社に行かないように言われたんです、何故かご存知ですか?」

手で田舎饅頭を半分に割る。 それ以上は小さく出来ない。 あんこがブニッとなって欠片でも落としてはいけないだろう。 半分に割ったものを少し口に入れて噛んだ。

「ああ、大蛇のことだろうな」

「大蛇って?」

すっとぼけて言ったが、今までならそんなことは言えなかっただろう。 いや言えたかもしれないが、もっと不自然だっただろう。 かなり浅香に感化されたようだと自覚をした。

「あの社には大蛇が居るって昔語りがあるんだよ」

「社に?」

山ではないのか。

「ああ。 いつの時代からは知らないけどかなり昔からみたい」

「単純に大きな蛇っていうことですか?」

「昔語りからすると多分恐竜並みのね。 でもそれは現代的に考えてどうだろうかとは思うけど、昔はそう言われてたみたい。 でもおかしいだろ? 昔語りに残ってるだけなのに、大昔からずっと大蛇が生き続けてるみたいに思われてる。 だれもあの社どころか山にも入らなんだよ? まっ、山の神が遣わした大蛇ってことだから寿命が長いって考えてるのかもしれないけど」

「山の神?」

「そっ、今の時代にそれを信じてるっておかしいだろ?」

「座斎さんも入ったことは無いんですか?」

「べつに大蛇が怖くてじゃないけど、用がないから入らないってとこかな」

「お社があるのに?」

「この村には村の社と祠があるからね」

そういうことか。

「どこの村にもあるんですか?」

「多分ね」

「さっきお婆さんが言ってらした僧里村にも?」

「うん、あるけど。 あそこはどっちかって言ったら今話していた山の中の社を重視してるみたい。 あの社に祀られてる、朱葉姫って言うんだけどね、その義理のお姉さんの出身の村だから」

そこまでは分かっている。

「出身とかって関係があるんですか?」

「うーん、昔のことだからね。 昔は領主・・・あ、えっと朱葉姫の家が領主だったの、その朱葉姫のお兄さん、領主の長男に嫁いだんだから鼻が高かったんだろうね」

「でも代々誰かが嫁ぐわけですよね?」

簡単にいってしまえば領主の妻、朱葉姫の母親の出身の村も鼻を高くしていたということになる。

「朱葉姫がいたから特別だったんだと思うよ。 朱葉姫の義理の姉になったんだから」

単に領主の跡取りの元に嫁いだということではなく、朱葉姫の義理の姉になったからということか。

「朱葉姫と義理のお姉さん、お二人は仲が良かったんですか?」

「そう言い伝えられてるね、だから余計と僧里村は鼻が高いんだよ」

「こちらの村は代々の領主の所に嫁いだなんてことは無いんですか?」

「うーん、どうだろう。 聞いた事ないけど、って、嫁いだことがないっていう意味じゃなくて、やっぱり朱葉姫の時のことが残ってるんだろね。 この村からじゃ、朱葉姫の時代に領主の家に入った者が居るってのが残ってるってくらいだから、多分どこの村も同じだと思うよ」

「家に入った?」

「そっ」


星亜の部屋ではトランプが広げられていた。
三人でババ抜きである。
オセロをしても手加減をしてもらえず星亜と優香にボロ負け。 トランプに切りかえて七並べをしても星亜が一番に上がって次に優香。
「手加減してよぉー」 と言ってもしてもらえず、運に頼るババ抜きとなったのである。

優香の手に並べてあるトランプを難しそうな顔をしながら祐樹が選んでいる。

「ねぇ、祐樹君、あのお兄さんと社に行く気?」

お兄さんとは浅香のことである。
祐樹がお兄さんと呼ぶお兄さんが、浅香のことをお兄さんと呼んでいる。 浅香、と言ってしまってはお兄さんに悪いだろうか。

「出来れば行きたいなと思ってるけど、姉ちゃん一人置いていけないし」

一枚を選んで引っこ抜いたが、同じ数字のカードがなかった。 三分の一の確率だというのに。 トランプを後ろ手にして混ぜると手に持って星亜の前で扇型に広げる。

「お姉さんは行かないの?」

社のことを分かっていない優香が問う。
星亜が一枚づつ指に充てながら祐樹の表情を見ている。 五枚目で祐樹の顔が引きつった。
星亜がニマリと笑って引き抜く。

「あー! 今優香ちゃんから回ってきたところのカードなのにぃ」

「祐樹、顔に出過ぎ」

星亜が揃ったカードを二枚前に出す。

「優香、あの社には大蛇が居るって言われてるんだよ」

「あ、さっき話してた?」

星亜が扇形に広げたカードに優香が手を伸ばす。

「うん、大昔からの昔語りだけどね。 昔語りの始まりは千年くらい前でその後、何年後か何百年後かは分からないんだけど大蛇が出るって言われてるんだ」

「じゃ、それって当時は本物の蛇だったかもしれないけど、今は本物の蛇じゃないってこと?」

鶴は千年、亀は万年というが、蛇が鶴と同じくらいも生きられないだろう。 それにそれは本当の寿命の話ではないことくらい分かっている。 大きな蛇の妖怪というのだろうか?

「いや」

星亜が首を振る。

「どういうこと?」

優香が一枚抜いて持ち手のカードと合わせようとするが、同じカードがない。 そのまま広げた扇型の端に持った。

「優香ちゃん早く」

優香が祐樹に扇型に持ったカードを向けると、すぐに祐樹がその一枚を抜く。

「おーっし!」

同じ数字のカードを二枚前に出す。

「あ、しまった。 祐樹ずるい」

「優香ちゃんがぼぉ~っとしてたからだよぉ」

ゲームは続いている。 星亜の前に扇型に広げる。

「昔語りは大蛇だって言ってるけど、その昔も大蛇でも蛇でもなかったんじゃないかと思ってるんだ」

「どうして?」

「山に入った人が山から落ちてるんだ」

「それって、蛇の呪い?」

無意識に星亜と優香の手が動いている。 意識して動いているのは祐樹だけである。

「まさか。 優香はそんなことを信じるの? 理系にいこうとしてるのに」

「理系は関係ない、女子ってけっこう占いとか信じてるから、その範囲かな」

そういうことかと、星亜がカードを広げて優香の前に広げる。

「落ちるのは女性・・・お婆さんだけ。 簡単に後ろから突き飛ばすことが出来る」

ピクリと祐樹の指が動いた。

(突き飛ばす?)

「誰も見てないの? 一緒に居た人とか」

「それが一人で上ってるお婆さんだけなんだ」

「怪我で終わって何か話とかは?」

「全員亡くなってる」

(姉ちゃんが怪我で終わったのは奇跡なのか・・・それとも姉ちゃんがお婆さんじゃなかったからなのか?)

「じゃ、あのお兄さんと祐樹がそこに行っても大丈夫ってこと?」

「いや、あのお兄さん修繕しようとしてただろ? 修繕しようとした者も突き落とされたって話しを聞いたことがあるんだ」

「なに? 分かんない。 修繕って言ったら男の人でしょ? それに一人じゃなかったんでしょ?」

「そう。 たまたま一人になった時。 それも突き落とされるだけじゃなくて、先の尖った枝に刺されたり」

「やだぁー、ホラー? それだったら聞きたくない」

「え? じゃあ、浅香・・・浅香兄ちゃんがそんな目に遭うかもしれないの?」

「あくまでもこの村の昔語りだけどね、でも何かあったら大変だから。 だから止めたんだ。 でも僕としては・・・当時の誰か、人間がやったと思ってるんだけどね」

祐樹が優香のカードを一枚抜いた。 手に持っている最後のカードとぴったり合った。

「はい、上がり」

「え? うそいつの間に?」

「優香ちゃんがボォーッとしてたからだよ」

優香は合わなかったカードを全て端に持ってしまっていた。 負け続きの祐樹がそれを見逃すはずがない。

「おお、祐樹君はババ抜きの最強王か。 よし、優香、最弱王争いだ」

配られた時からずっとババを握りしめている星亜のカードが一枚多い。
最強王の気分に浸りながら出されていたシュークリームを食べると、一緒に置かれていたお手拭きで手を拭き、星亜の後ろに回り優香がどのカードを引くのかを見た。


村同士の対立があった。
大婆からは聞かなかったが、それは花生を朱葉姫の兄に嫁がせた余裕からだったのだろうか。

「あんまり大きな声じゃ言えんがな」

「いえ、参考になりました」

「で? どうする?」

「修繕にだけは行きたいと思います。 長居をする気はありませんので、応急的なものですが」

「これだけ言ってもか」

「お話しは有難く聞かせていただきました。 ですから応急的なもので終わらせようかと思います」

「・・・そうか」

この青年は大学時代あちこちの神社や社をまわっていたと言った。 そこで色んな神社や社を見たが、紅葉姫社はあまりにも悲しい状態である。 だからどうしても修繕したいと言っていた。
大蛇の昔語りのことは勿論あるが、同じ様に昔語りにある紅葉姫社のことを思ってくれてのこと。 これ以上反対が出来ようか。

「他所の者からすりゃあ単なる昔語りと思うだろうが、それでもあのお嬢さんだけはやめとけや」

話しの間にちょくちょく入ってきていた祖父も最後に念を押してきた。

「はい、それは絶対に」

正座に座り直して身を正し、ちゃんと礼をする。

「貴重なお話しを有難うございました」

「アンタ、海斗とそんなに歳が変わらんようだに、しっかりしとるのぉ」

「あのお嬢さんもしっかりしとったで」

詩甫が褒められて悪い気はしない。

「それじゃ、そろそろお暇を」

「ああ、海斗に送らせよう。 待ってな」

祖父がそう言うと立ち上がり、硝子戸を開けると座斎を呼んだ。


座斎の車でいつもタクシーを降りる手前で降ろしてもらった。 ここならUターンが出来る広さがあるからだ。 座斎がトランクから浅香の買った荷物を出し浅香に渡す。 小さい方の袋は祐樹が持った。

「詩甫ちゃんが待ってるなら俺も一緒に待ってるよ。 寒いんだから車の中に居れば?」

「祐樹と待ってますから大丈夫です」

祐樹が座斎の誘いに嫌なものを感じた。 それに詩甫も断っている。 浅香が居なくなるというのに、コイツを詩甫に近づけることなど出来ない。

「あ、そうだ。 お兄さんが優香ちゃんと一緒に凜魁高校に連れて行ってもらう約束してるって言ってたよ?」

つい白々しく言ってしまったが、頭の中で考えていることと口から出た言葉のトーンが違うのを自分で感じた。 まるでコナンのような気分だ。

「あ、そうだ、忘れてた」

詩甫がニコリと笑った。 それはホッとした笑顔でもある。

「それじゃ、ここで。 有難うございました。 月曜日会社に来て下さいね」

「うん・・・そうさせてもらう」

三人が背中を向けると歩き出した。
弟の彼女が凜魁高校の見学をしたいと言っていたのだった。 兄として連れて行ってやる約束をしていた。
受験勉強をしながらも十八歳になってすぐに免許を取りに行き、一発合格をした弟だったが家の車は軽トラしかない。
最初は軽トラで行くつもりだったらしいが、座斎が昨日コンパクトカーでやって来た。 それを見てしまってはコンパクトカーではあるが、軽トラよりましに見えたらしい。 だから学校まで送迎をしてくれと頼まれたのだった。

「たぁー、東大合格ってなぁ・・・」

凜魁高校に合格しただけで驚きだったのに。 身長はいつの間にか抜かれていたし、顔の造形も違う。 彼女がいてまだ中学生と言っていたが、きれいな顔をした子だった。 その子も来年凜魁高校を受けるという。

「あいつは突然変異なんだよ、変異変異。 どっかで遺伝子が狂っちゃったんだよ」

両親も祖父母も平々凡々だった。 平々凡々の顔に平々凡々の身長に平々凡々の生活。 座斎と変わりはしなかった。
祖父母は根っからの農業で身を立て、両親は高校に行っていない。 だからたとえ三流の私立高校だったとしても、合格した当時は喜んでくれていたというのに。

「兄として・・・そりゃ、そっちの道に走るだろ」

コスプレに。

他人が聞くと、いや、一般的にはどうだろうか、と応えるだろう。

ハンドルを切ると何度か切り返してUターンをした。


頑張って荷物を持っている祐樹を微笑ましく見ながら、いつもタクシーを降りるところまでやって来た。

「じゃ、ここで待っていて下さい」

「・・・姉ちゃん」

「ん? なに?」

祐樹の顔を見て何が言いたいか分かった。 だから頑張って荷物を持ったのだろう。
それは嬉しいことである。 その祐樹の気持ちに応えるべきだろう。

「浅香さんから離れちゃダメよ」

「え? 野崎さん、それは危険です。 曹司はそこまで信用できませんよ」

浅香が何度もそんなことを言っているが、曹司が聞けば張り倒されるだろう。

「浅香が修理してる間、オレがキョロキョロして周りを見ててやるから」

星亜が言っていた。 先の尖った木に刺されるかもしれない、怖い。 でも浅香一人だと修理をしてる時に背中から刺されるかもしれない。

そうね、と言った詩甫に浅香が物申そうとしたが詩甫に先を取られてしまった。

「私に様子は分かりませんけど、浅香さんは祐樹を守ってくれるつもりで、祐樹は浅香さんを守るつもりで。 無理をせず最低限のことをして下りてきて下さい」

互いのことを想って早々に切り上げろということか。
それに祐樹はここまで何一つ文句を言わず荷物を持っていた。 最初っから自分と一緒に社に行くつもりだったのだろう。 詩甫もそれに気付いたのかもしれない。

「・・・祐樹君、大丈夫?」

「姉ちゃんを一人置いていくのが心配だけど」

「大丈夫よ。 ここか、入っても階段の下辺りで待ってるから」

「できれば山の中には入って欲しくはないんですけど」

浅香はそこまで範囲を広げて気を配りたいと思っているのか。
だが詩甫は詩甫なりの考えがある。

「ちょっとご挨拶をする程度です」

「え?」

「もうお昼になっちゃいますよ? お腹もすいてきますから力が出なくなっちゃいますよ?」

詩甫は和菓子でお腹がいっぱいであるが。

「あ、ええ」

「姉ちゃん、大人しくしといてよ」

「分かってるって」

「じゃ、出来るだけ早く戻って来ます。 祐樹君行こ」

「うん」

二人が山の中に入って行った。 出来れば今から詩甫がしようと思っていることは誰にも見られたくない。 腕時計を見る。 急いでいる浅香の足では階段と坂を上がるに二十分もかからないだろうが、祐樹がいる。 ましてや荷物も持っている。

「三十分後に入ろうか」

それまで退屈だが待つしかない。
ポケットに手を突っ込むと木々を背に空を見上げた。

祐樹がへこたれることなく荷物を持って階段を上がり切った。 あとは坂だ。

「ここまで持ってくれたから助かった。 荷物持つよ」

祐樹の持っている袋には木片が入っている。 いくつも入っているのだから重いだろう。

「これくらい何ともない」

男のプライドを傷つけるのは良くないか。

「そっか、じゃ、頼む」

「頼むのかよ」

「あん?」

「お兄さんが言ってたけど、修理をしてた人で先の尖った木で刺された人がいるらしいぞ、浅香、気を付けろよ」

どうして高校を卒業したばかりの男をお兄さんと呼んで、浅香のことを浅香と呼ぶのか。 突っかかりたかったが、今の話は放っておけない。

「それ初耳なんだけど?」

「なんだよ、大人同士の話で聞かなかったのか?」

「違う話を聞いたけど・・・そうだ、初耳で思い出した。 最初にさっきの人と野崎さんが会った時に、どうしてさっきの人が謝ってたのか知ってる?」

祐樹の足が止まった。

「ん? どした?」

「話してやるから持て」

持っていた袋を浅香に差し出す。
やはり重かったのだろう。


詩甫が時計を見た。 二十五分が過ぎていた。

「あと五分・・・か」

だが五分の違いなど知れているだろう。 山の中に足を入れる。
一人で歩く山の中は静寂であった。 それが恐怖をそそる。 音のない世界にやって来たようだ。
木の枝に枝葉がかろうじて残ってはいるが、薄茶で硬く水分のなくなった葉だけである。 近い日に雨が続いて降ったのだろうか、足元の雑草は枝葉と逆に水分を含み過ぎて腐って横たわっている。

階段の下辺りまで歩く。 階段を見上げ、勇気を振り絞るように胸の前で左手で右手の拳を握った。 目を瞑って三回深呼吸をする。 こんな場所で、ましてや何があるか分からない場所で目を瞑ることは余計と怖かったが、それでも気を落ち着けたい。
詩甫の瞼に次いで口が開いた。

「花生さん、いらっしゃいますか?」

山の奥に向かって少し大きな声で花生を呼んだ。
こんな時には一分が五分にも十分にも思える。 勘違いをしないように、組まれた手にある腕時計を見る。
五分経った。

「花生さん、いらっしゃればお話をさせて下さい」

ぐるりと辺りに顔を巡らせながらもう一度花生の名を呼ぶ。
更に五分。
居ないのだろうか。 詩甫の思い違いだったのだろうか、昔語りが間違っていたのだろうか、それとも花生の耳には詩甫の声は届かないのだろうか。

「花生さん、お願いします、お話をさせて下さい」

更に五分が経った。
無駄だったか・・・。 他に方法を考えなくてはいけないか。
あまり一人で長くここには居たくない。 詩甫が最後に言葉を残す。

「花生さん、お話が出来なく残念です。 聞いて下さっていたのならば、それだけでも有難うございました」

聞こえていなくても礼は尽くさなければいけないだろう。 それに相手は霊だ、少しの間違いでどう出てくるか分からないのだから。

「誰が呼んだかと思えば・・・お前か・・・」

どこからか声がしたと思ったら、目の前の先、階段の途中に一人の女の影が薄く見えた。 それが段々と濃くなってくる。
美しい着物を着ている。 髪の長い美しい女性だ。 一段ずつ階段を降りて来た。

「花生さん、ですか?」

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