大福 りす の 隠れ家

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虚空の辰刻(とき)  第207回

2020年12月11日 22時16分29秒 | 小説
『虚空の辰刻(とき)』 目次


『虚空の辰刻(とき)』 第1回から第200回までの目次は以下の 『虚空の辰刻(とき)』リンクページ からお願いいたします。


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- 虚空の辰刻(とき)-  第207回



セノギに支えられダンが戻ってきた。

「なんだ、その情けない姿は」

ケミが嘲るような目を向け嘲弄の言葉を吐いた。
売られた言葉を買う気などさらさらない。 いや、そんな事さえも考えられない。 

「言い返すことも出来んのか!」 

そのケミの横を抜けてセノギが背を向けたゼンの後ろにダンを座らせる。 座り込んだダンがタオルで顔を覆って静かに泣き崩れた。

その姿を追って見ていたハンとカミとケミ。 ゼンは落ち着いてきたのか、嗚咽が聞こえなくなってきていた。 だがまだタオルで顔を覆っている。

(ゼンの奴・・・)

ケミがゼンを一瞥する。

(何も出来なかった。 何もしてこなかった。 騙されたのか・・・師匠に。 それともムラサキ様を見つければ、姉さんの為に父母の為になることが何かあったのだろうか。
吾らを手中に収めていたショウワ様はそう考えておられたのだろうか。 ・・・いや、ショウワ様もあの術に封じ込められていたとムラサキ様が仰っていた。 何がどうなって・・・)

『あとはゆっくりとご自分の過去と向き合って下さい。 あなたは何も間違ってなどいなかったのです、あなたのせいではないのですから』

此之葉の言葉だ。

(吾のせいではない・・・。 吾は間違っていなかった・・・? どうしてそんなことが言える。 吾は吾はただ、姉と父母の為に・・・。 そうだ、ただそれだけを思っていた)

『名は何と申す』

『ミノオ』

『そうか』

『なぜここに来ようと決めた』

『えっと・・・姉さんと父さんと母さんのためになるから』

『そうか。 では励め』

(そうだ・・・ショウワ様は一言も師匠のようになれとは仰らなかった。 術をかけられて師匠に教えを乞うている内にそう考えるようになったんだ・・・。 優しい師匠だった、だから・・・)

『全てはこの術から始まっただけなのです。 ゆっくりと術をかけられる前のあなたを見て下さい』

これも此之葉の言葉。

(術をかけられて全てを忘れた。 ただ師匠のようになりたいとだけ思っただけ、だった)

嗚咽を漏らすほどの状態になっていたゼン。 此之葉の元を去る時には考えられないくらいに心の中が整理できてきた。

「どうする」

ハンがカミとケミに尋ねる。

「どうするも何も、あそこに行って腑抜けにされるのがおちだ。 東の者が何やら画策しているだけだろう。 それに吾は待ったぞ。 もうゼンはここに居る。 待つ必要などない」

「だがショウワ様のお言いつけだ」

紫揺の言ったショウワからの伝言というやつだ。

『これより東の領土の “古の力を持つ者” に、封じ込めを解かせる。 それを万事に受けること』

「それだって怪しいものだ。 それならそうと手紙に書いておかれるだろうが」

「だが手紙を見ただろう。 あの字は間違いなくショウワ様の字だ」

その手紙には『驚くことがあるやもしれん。 だがムラサキ様の前に姿を現し、必ずやムラサキ様の言に従え。 ムラサキ様の言はわしの言と思え』 と書かれていた。

「驚くことがある、そう書かれていた。 それがこれなのではないのか? 手紙に東の領土の者に何やらと書かれていては、吾たちは足を運ばなかったかもしれん。 ショウワ様はそれを見越されたのではないのか?」

「ああ、そうだとしよう。 だとしてムラサキ様は強制はなさらないと仰っていた。 吾は戻る」

ハンとカミの間に座っていたケミがそう言うと立ち上がり桟橋を歩いた。
あと少しでゼンの後ろを通るという時「どこへ行く」 顔を覆っていたタオルを横に置いたゼンが背中越しに言う。

「戻る」

「父母様のことを訊かんのか?」

「そんなことが東のナントカで分かるわけがなかろう」

「吾は知った。 吾が誰なのか、どうしてここに居るのか。 ここに来る前に何を考えていたのか」

「幻妖でも見せられたか」

ゼンがゆらりと立ち上がる。

「このまま放っておいてどうする」

「お前には関係のないことだ」

歩き出しゼンを通り過ぎようとした時、手を取られた。

「なにをする。 離せ」

「お前はこれからも苦しむ道を選ぶのか」

「たわけたことを。 離せ」

「ずっと痛みを堪えていくというのか」

ショウワのあの痛がる姿を思い出した。 誰が自分の背をさすってくれるのだろう。 だがそんな不安より・・・。

「離せと言っておるだろう!」

「吾は姉と父母様の元に帰る。 お前はこのままでは帰ることは出来ん」

姉? ゼンに姉が居た?
下唇を噛んだ。

「吾のことなら放っておけばよかろう! お前はお前のしたいようにすればいいだけだ! 離せ!」

パン!!

ゼンがケミの頬を打った。 取っている手は離していない

「なにをする!」

「過去を知るのがそんなに怖いか」

「・・・なにを」

「来い」

ケミの手を取ったまま船に向かって桟橋を歩く。

「吾は何もされる気など無い! 離せ!」

ハンとカミの横を歩き過ぎようとした時。

「ゼン・・・」

ハンが言う。

「お前たちも己を知れ。 己が何を考え何をしていたのか。 何と呼ばれていたのか。 誰と暮らしていたのか」

「誰と暮らす?」

ハンが聞き返したが、それに応えることなく暴れるケミを船に引っ張って行った。

「離せと言っておろうが!」

船の横についていた紫揺の前まで来ると一礼し、ケミを引きずるようにラウンジに入れ肩を押すと椅子に座らせた。 立ち上がろうとするケミの頬にもう一度ゼンの手がとんだ。

「そのような乱暴なことはお止め下さい!」

此之葉の叫びが聞こえて、デッキに立っていた紫揺が思わずラウンジに入る。

「落ち着いて下さい! この方はまだここに居ます。 時間はあります。 焦らないでください」

ケミが椅子に座りうな垂れている。

「・・・失礼した」

ゼンが頷くように頭を下げた。

「ケミ、お前の為を思ってのことだ。 分かってくれ」

ケミは顔を伏せたままで言い返すこともなければ、分かったとも言わない。

「吾がここに居てはいけませんか?」

此之葉を見て言う。

「この方の支えになるのならば、お願いいたします」

「有難うございます」

「ですが、私が良いというまではこの方に触れられませんように」

頷いて返事とした。

紫揺がデッキに戻るとすぐにタオルケットとタオルを取りにセノギの元に走った。

「中はどうなって・・・」

「中でまた一度叩かれました。 でも今は落ち着いたみたいです。 女の人にゼンさんがついています」

それを聞いてハンとカミが目を合わせた。

「どうです? 落ち着かれましたか?」

いま此之葉の目の前にいるケミとゼンの怒鳴り合う声はラウンジまで聞こえていた。 ラウンジ内の様子からもどんな様子だったかは想像できる。

ケミに何の動きもない。
椅子に座り下を向かれていたのでは、術の力がまっすぐに入らない。 それにゼンやダンと違って背も低い。

「立ち上がって頂けますか?」

何を言ってもピクリとも動かない。
ケミがゼンを拒んでいるのなら、ゼンにケミを触らせない方がいいのだが、仕方がないかとゼンに目を向ける。

「このままの状態ではうまくいきません。 この方を立たせて頂けますか」

頷くとケミの腕を取って立ち上がらせようとしたが、ケミにそのつもりは全くないようだ。 仕方なく後ろに回ってケミの両方の上腕を握ると引き上げた。

「お顔をお上げください」

「・・・」

「ケミ」

「何故そのようなことをせねばならん」

俯いたまま言う。

「いいから顔を上げろ」

「お前に―――」

「上げろと言っておるだろう!」

後ろを振り向き憎々し気にゼンを睨みつける。

「そのまま前を見ろ」

「ああ! お前の顔など見とうもないわ!」

まっすぐ前を向いた。 今は自分の足で立っているケミだが、それでもこの手を離すといつ飛び出すか分からない。 ゼンの手が離されることは無い。

「お力を抜いて私の声をよくお聞きになって下さい」

フッ、と拒むように鼻から短い息を吐くと此之葉から顔を逸らした。 此之葉が回り込んで真ん前に立つ。

「まっすぐ前を見られる方が、楽ですよ。 それともこのまま行いますか?」

「ケミ!」

「うるさいわ! 黙れ!」

そう言うと真っ直ぐに前を向いた。
また此之葉が回り込んで前に立つ。 ケミの眉間が寄り、口を引き結んでいる。

「お力を抜いてください」

此之葉をひと睨みすると寄せていた眉間を開き口の力を抜いたが、眼球はそっぽを向いている。

「ではわたしの声をよくお聞きください」

此之葉が人差し指と中指の二本の指を立てるとフッと息を吐きかけ、ケミの額に二本の指を充てた。
ケミの頭部が僅かに後ろに避けたが、それ以上は此之葉の指がそれを許さなかった。

「そなたの泉の深き深き深淵に落ちしもの、その縄を解き蓋を開けよ。 怖るることは無い。 其はそなたの心。 其はそなた自身」

ゼンとハンにしたと同じく、口を閉ざしたまましばらく待つ。

素早く指を離すともう一度二本の指に息を吹きかけ額に充てる。 ケミの目は見開かれたままだが、今は此之葉の目を見ている。

「ゆるりと浮上し水面(みなも)に上がり、そなたの泉と溶けあい、其がそなたのものとなる。 そなたの深淵、我が閉じし」

ゆっくりと、最後は静かに本を閉じるかのように此之葉の声が終わった。 此之葉の声に言葉に誘われるように、開けられていたケミの目は閉じられた。

しばらく置いていた指をゆっくりとケミの額から離した。 

「座らせてあげてください」

力の抜けているケミをゼンがそっと座らせる。 ケミは此之葉の手が離れた瞬間に顔を垂れている。
此之葉がケミの顔を覗き込む。 ケミの目は伏せられ、瞼が痙攣を起こしているようにピクピクと動いている。

「手をとってあげてください。 安心なさるでしょう」

ゼンがケミの横に回り込んで手を握ってやる。 ケミの顔を見ると苦しんでいるかのような表情をしている。

「ケミ、安心しろ。 吾が居る」


目元だけをさらした全身黒ずくめの女が家を訪ねてきた。

『この子を? どうして?』

『領土の為』

『領土の為って、領主がアタシらに何をしてくれるって言うんだ?』

『領主ではない。 これから迎える方が何もかも良くして下さる』

『何もかも? この寒さもなくしてくれるというのかい? 野菜が凍ってしまう寒さを!』

『それもあり得るかもしれん』

『適当なことを言うんじゃないよ。 この子はこれからのうちの働き手なんだ。 今あんたらに渡してしまえば、今までの苦労が水の泡になるじゃないか! なんのために今まで育ててきたと思ってんだい!』

(母さん・・・)

『お前のところにはまだ子がいよう』

『足りないんだよ。 野菜が凍ってまともに食べられもしなけりゃ、米にかえることも出来やしない。 これからもう一度畑を耕さなきゃいけないんだよ。 あんたらにこの子を持って行かれたら働き手が一人なくなるんだよ』

『そんな理由でこの子を手放したくないのか』

『当たり前だろう!』

(母さん・・・どうして)

閉じられたケミの目から涙の筋が出来る。

(ケミ・・・)

ゼンの握る手に力がこもる。

『では、口減らしと考えよ』

『口減らし?』

『ああ、この子を働かせるにあたり食わせねばならんだろう。 その口が減ると考えよ』

『食わせなきゃいいだろう。 働けるまで働かせばいいだろう』

『お前・・・それでも母か! 今までも似たようなことをしてきたからこの子がこんなに細いのではないのか!』

『文句なら領主に言いな。 こんな領土にしたのは領主だ』

母親と話していた女が目先を変えた。

『お前はどうしたい?』

大人の女に目を向けられた。

『吾はお前の能力を買っている』

『のうりょく?』

『お前の力が吾たちには必要だ』

『キョウカ、騙されるんじゃないよ。 こいつらは人攫いだ』

(キョウカ? キョウカ? 吾の名はキョウ、カ・・・?)

『お前の母はお前に僅かな物しか与えず使い切ろうとしている』

『つかいきる?』

『お前が死んでもいいということだ』

『死んでもいい?』

(ああ、あのとき母さんの顔を見た。 母さんは・・・目を逸らした)

『ああ、キョウカ騙されるんじゃないよ。 母さんがキョウカを死なせることなんてあるはずないじゃないか。 ね、キョウカ』

(キョウカ・・・そんな風に呼ばれていなかった。 いつもいつも “この穀潰し” と呼ばれていた)

『キョウカは穀潰し?』

『何を言ってるんだい。 そんなわけがないだろう』

『どうする。 吾は二度と此処には来ん』

『なんで? なんでキョウカなの?』

『お前には質というものがある。 それを吾らは伸ばしたい』

『何を吠ざいてんだい! この子は渡さないよ! 他の子たちよりずっと役に立つんだからね!』

初めて聞いたあの時の母さんが言ったことは嬉しかったはずだ。 いつも穀潰しと言われていたのに、兄さんや姉さんたちより役に立つと言ってもらえたのだから。 でもどこかが違うと感じた。

『母に利用されるのも子の幸せかもしれん。 だが吾らはお前を使い捨てにはせん。 お前を大切に育てる。 吾らの意思を継がんか?』

『大切?』

『そうだ。 お前にしか出来るぬことを伝授する』

『キョウカにしか出来ないこと?』

『騙されるんじゃないよ! いいかい、親の元で働くんだ。 それが子のすることだ。 死ぬまで身を粉にして働くのが子だ。 お前のようなついさっきまで穀潰しだったのが、やっと役に立つようになったんだ。 これから今まで母さんや父さんがお前にしてきたことを返すんだい。 それくらいお前でも分かるだろう!』

『もう・・・もうやめて』

『何を言うか! 散々お前を食わしてきてやった恩を忘れたというのか!』

『もういい。 母さんもういい』

(誰か、誰か! 吾はどうすればいいのだ・・・誰か助けてくれ!)

ケミの指が何度も動いた。 ゼンがその手を覆ってやる。

『連れて行って。 家に居たくない』

黒ずくめの女に走り寄ると顔を見上げて言った。

『何を言ってんだい!』

母がキョウカの手を掴もうとしたのを振り切って外に出た。 外には四人の黒ずくめの大人が立っていた。 母が追いかけて家から出てきた。 その母から四人がキョウカの身を守ってくれた。

そしてショウワの前に立った。

『どうしてここに来ようと思った』

『・・・』

『黙っていては分からぬ。 それではお前を帰すことになる』

『いやだ!』

『では、どうしてここに来ようと思った』

『家に居たくなかった』

『それは何故か』

『分からない。 でも・・・穀潰しと呼ばれるのはイヤだ』

『ではここに居るというのだな』

『家に帰りたくない』

そして額に指を充てられた。

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