大福 りす の 隠れ家

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虚空の辰刻(とき)  第133回

2020年03月27日 21時39分25秒 | 小説
『虚空の辰刻(とき)』 目次


『虚空の辰刻(とき)』 第1回から第130回までの目次は以下の 『虚空の辰刻(とき)』リンクページ からお願いいたします。


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- 虚空の辰刻(とき)-  第133回



アマフウの持つその目、普通なら白い筈の強膜は青く、気持ち悪がられていた。 誰からも後ろ指をさされ、ヒソヒソと聞こえよがしに嫌味を言われた。 日本本土に自分の居場所はなかった。
だが先代領主は学が必要と、五色達を日本本土と海外の学校に行かせていた。

学校になんて行きたくなかった。 それでもまだ幼かったアマフウには領主に立てつくなどという考えは無かった。 泣きながらではあったが、一人で乗り越えた。 いや、トウオウが添っていてはくれていたが、それに甘んじることはなかった。

紫揺は言ってみれば右も左も分からない迷子だ。 その紫揺を道具にすることが許せないし、何より自分の力のなさを認めず、ムロイからの軽蔑の目を送る先の代替えを作り、そして自分もその目を送る立場になろうなどと姑息なことが許せない。

他人を見下していないと立っていられないような人間。 まるであの時のコソコソと後ろ指を指して笑っていた奴らと同じだ。

最初は紫揺を単なる迷子とはしていなかった。 紫揺自身がどんな人間なのかを自分の目で確かめて、道具にされても仕方のないような人間だったら放っておこうと思っていたが、どうやら最初は暗いだけかと思っていたこの頑固者は、道具にされてもそれにも気づかず、黙々と日々を過ごしたり、ヘラヘラとしているような性格ではないようだった。
なら、この頑固者のしたいことをさせてあげようではないか。 だが手は貸さない。 でもセイハの横やりを阻むことはしようではないか。

北の領土の人間ではない紫揺が、セイハの浅慮に巻き込まれる必要などないのだから。

それに笑える。 セイハは紫揺の頑固さを知っているのだろうか。 こんな頑固な人間がそうそう簡単に騙されるはずなどないことを。

アマフウは紫揺が頑固だということを言っている。 これを当初のリツソが聞いたら両手を叩いて喜ぶだろう。 アマフウに手を叩いた後に『よくぞ言った』 と言うに違いない。
だが、そのリツソは今はシユラのことを己の奥だと思っている。 想像の中の範囲だが。 だから『よくぞ言った』 の後に、続く言葉があるだろう。 『だがシユラは我の奥だ。 言葉を慎め』 と言うだろう。

リツソのことはさて置き、アマフウの中で二つの考えが合致した。 だからここに居る。

「なにを偉そうに言ってんのよ!」

セイハの腕が上がった。

「おっと、巻き込まれるのはごめんだ」

そう言うとトウオウがアマフウから離れた。

アマフウが右手を前に出すと、人差し指だけを残して他の指を握りその手首を返した。 人差し指の先からセイハの足元に小さくはあったが、雷電のようなものが走った。 足元の砂がバンと弾け、セイハの腰辺りまで砂がはじけ飛ぶ。

アマフウの持つ青の強膜の力。

同じ青の力を持つセイハにはない力だ。

砂にまみれた腹のあたりに目をやったセイハの動きが一瞬止まったが、傷つける気はないようだと踏んだのか、動きを再開し、ガザンに浴びせたように風で砂をまき上げるとアマフウ目がけて砂を打った ――― 打ったはずだった。

セイハが起こした風より、強い強風が一瞬におき、撥ね退けられた。 アマフウはセイハのように動きに時間がかかるわけではない。 きっと腕の一振りで強風をおこしたのだろう。

アマフウの黒の瞳の力は水を操ることが出来る。 水というそこには海水も入るのだろうか? 海水も操ることが出来るのかどうか、セイハは知らないが、きっと海水は操れないと思っていた。
だからセイハの瞳の青と、アマフウの強膜の青の力の出しあい。 それに勝てばいいことだと思っているが、その青の力比べで自分が劣っていることは百も承知だ。 だが、だからと言って、引くわけにはいかない。
矜持を汚され、獲物まで手からこぼれようとしているのだから。

更にアマフウが腕を振る。 今度は風の刃(やいば)でセイハの服を切った。

「カマイタチ・・・?」

紫揺が北の領土でドヘドを吐いていた時に、アマフウが木を切ったことを思い出した。 その刃は弧を描いて曲がり、セイハの後ろに居る紫揺を傷つけるものではなかった。

と、そこでガザンが動いた。

「ガザン、巻き込まれる。 じっとして」

そう言ってガザンの体を押さえたが、ガザンの力にかなうはずもなく、ガザンがノソリと歩き出した。

「ガザン!」

セイハが切られた服の部分に手を置きアマフウを睨みつける。

「本気を出していいのよ、いくらでも。 ああ、それとも、さっきのあれが本気だったのかしら?」

「黙りなさいよ!」

一気に気が上がった。 大きな動きもなく腕を一振りする。 するとアマフウの比ではないが、まるで風が半月刀のような姿を見せてアマフウの身体を襲った。
その下を既に風を見切ったようなガザンが身を低くして駆け抜ける。

「ゆるい」

アマフウが風で風をまっ二つに切った。
半月刀は左右に分かれ片方がトウオウを襲った。 その風を火の勢いで消した。 オッドアイであるトウオウの右の赤色の瞳の力、火の力。

「ふん・・・、軽いな。 重さがない」

独り言ではない、間違いなくセイハに対して言っているのだ。

「な、なによ! アンタたち二人で人を馬鹿にしてるんじゃないわよ! それにっ!」

視線の先をガザンに向けた。

「犬ごときが!」

セイハの放った風を読んだガザンが許せない。
ガザンに向けて腕を動かした。

「やめて!」

セイハの元に走り寄り全身で突進する。
体当たりをした。 セイハの動きは大きい、間に合った。

「アタ―、他に方法があるだろうよ」

トウオウが額に手をやったのは言うまでもない。

倒れ込む二人を目にしながら、冷ややかな声が降ってきた。

「アナタ、邪魔をするんじゃないわよ」

セイハの上にのしかかっていた紫揺がアマフウを睨みつける。

「邪魔? 何が邪魔って言うの? 大事な、大切なガザンが傷つけられようとしたのよ! 止めて当然でしょう! アマフウさんもセイハさんも勝手にやってればいい! でもガザンを巻き込まないでよ!」

「アナタ・・・」

事の発端は自分だと気づいていないのだろうか。 まぁ、自分から足を入れたのではないのだから気付かないのかもしれないが、でも今までのことをどう考えても気付くのは普通じゃないのか?
大きく歎息を吐いたアマフウ。

「・・・本当の馬鹿ね」

「は!?」

さっきはヘタレって言ったし。 いや、認めるけど。 
セイハの身体の上から身を外した紫揺が怪訝な目をアマフウに向ける。

「馬鹿って言う方が本当の馬鹿なんだって知ってます!?」

立ち上がりセイハを後ろにすると、ずいっと一歩進んだ。
コイツは救いようがないと思ったのか、これこそ紫揺と思ったのか、アマフウが紫揺に投げかけた。

「もういいわ。 アナタは黙っていなさい」

「な! なにそれ!?」

「そこをどきなさいって言ってるの。 邪魔をするんじゃないって言ったわよね」

「邪魔なんかする気はないわよ! でも、アマフウさんとセイハさんでやり合いたいならここから出て行ってよ! 居なくなってよ! ガザンを傷つけないでよ!」

紫揺の後ろでセイハがほくそ笑んでいる。 このままこの二人のやり合いになればいいんだ。 どちらかが傷つけばそれに越したことはない。

紫揺が勝てばアマフウにザマアミロと言える。 それにもし、アマフウにスキが出来たら自分も打つことが出来る。 そうなれば紫揺に感謝されても当然だ。 そしてアマフウが勝てば紫揺が自分の力に劣等感を持つだろうから。 自分が出るまでもなく、紫揺を潰すことが出来る。 潰れた紫揺には甘い言葉をかけて服従させられる。

「犬のことなんて知らないわよ。 アナタの後ろで機を狙っているセイハが勝手にやったことでしょう。 それにどうしてアナタにここから去れと言われなければいけないわけ?」

アマフウの言いようにセイハがビクリと肩を震わせた。

紫揺は気付いただろうか、アマフウの語尾に疑問符が付いていることを。 呆れてはいるが、怒っていないということを。

「あなたたち二人で争いたいなら、どこか遠くでやってって言ってるの! ガザンも私も巻き込まないでって言ってるのよ!」

「退屈だな」

トウオウがポソリというと、右の瞳の赤の力で紫揺の足元に火を放った。

「どわっ!」

思わず紫揺が足を上げる。

「シユラ様どけよ」

「トウオウさん」

「アマフウの邪魔をするんじゃないよ」

「トウオウさんまで・・・。 ・・・もう! 三人でここから出て行ってよ! 私の邪魔をしないでよ!」

「あらら、あんまり怒るとどうなるか分かってるだろう?」

「そんなこと知らないわよ! なんでこんな瀬戸際になって邪魔をされなくちゃなんないのよ! ガザンを危険な目に遭わせなくちゃなんないのよ!」

「瀬戸際? エラク古臭い言葉を吐くんだね。 それにその瀬戸際ってナニ?」

何故か笑っている。

「・・・だっ!」

だ?

「だ? だ、で? でナニ?」

特に意味はない。 『だって』 でも『だから』 でもない。 ちなみに『脱走』 でもない。 単に口から出ただけだった。

それを分かっているのか、アマフウが呆れたように目先を夜空に上げた。 目先を上げた一瞬、紫揺の後ろに明かりが見えた。 それは下弦の月ではなかった。

「トウオウさんには関係ない! 放っておいてよ!」

紫揺の頭の上に小さな稲光が発光した。 それは紫揺の叫びを聞いた者の想像的なことではなく、確かに具現化していたものだった。
日が昇っていれば、紫揺の瞳の色が変化していたことを見ることが出来ただろう。 だが今はそれが何色なのかは誰にも分からない。

話題に乗っていた当のガザンは、セイハの風を避けた後、斜めに進んでピタリと止まったままだ。 今は紫揺から離れた斜め左手に居て一点だけを見ている。

「どうする?」

アマフウに問いかける。
問いかけたトウオウの目を見ることなく応える。

「一興だわね」

それは先程紫揺が起こした発光を見てのことであった。
アマフウの応えに鼻白みながら視線を紫揺に転じた。

「んじゃ、好きなようにすれば? シユラ様がオレたちをここから出したいんだったら、力ずくで追い出せば? あ、言っとくけどセイハとアマフウだけね。 オレは関係ないから」

アマフウがチラリとトウオウを見て、すぐにシユラに目線を戻す。

「そうね。 私を追い出したければ力づくでやってみるのね。 ついでにアナタの後ろに身を潜めているセイハにもね」

「なっ! 何を言ってるのよ! アマフウ、アンタが最初に力を使ったんでしょ!」

紫揺を盾にセイハが叫ぶ。

「セイハさん・・・」

歎息交じりに振り向く。

「シユラ! 今がチャンスよ、あなたをコケにしたアマフウをやってしまいなさい!」

「・・・セイハさん」

もうやめてください、そう言いかけた時にアマフウの操る稲光が光り、セイハと紫揺の間に入り込んできた。 前後に居る二人の間に見事なカーブを描いて。
アマフウの青い強膜は風のみならず閃光や雷をも操る。 同じ青の瞳の色を持つセイハには出せない力だった。

「キャ!」 「わっ!」 セイハと紫揺が飛んで更に前後に別れた。 二人がアマフウを睨んだ。 その目にしっかりと応える。

「アナタ、やりたければやりなさいよ。 それにセイハ、まだ続けるつもり」

姑息なことをということだ。 そして疑問符が付いていない。

「いい加減にしてください! セイハさんはもう何もしてないじゃないですか!」

セイハを庇うつもりはないが、この流れではそうなってしまうだろう。 と、芸のない紫揺が考えた。 いや、考える前に口から出た。

「アナタにやる気がないのなら、それはそれでいいわ。 でもセイハは別よ。 セイハ、前に出てきなさいよ」

「だから! セイハさんはもう、何もしてないって言ってるじゃないですかっ!」

ピキンと空気が割れた。

「へぇー、そんなことも出来んだ」

他人事のようにトウオウが呟いた。
まさにアマフウが言った一興である。

「アナタ、いい加減になさい。 そこをどきなさい」

「アマフウさんに命令される覚えはない!」

紫揺は手を動かしてなどいない。 それなのにアマフウの頬の横に垂れていた髪に細くはあるが鋭い炎が飛んだ。 髪の毛は一瞬にして縮れて気分の悪くなる臭いが鼻を突いた。

今日のアマフウのコスチュームは膝上のセーラーワンピースに、髪型は左右の髪の毛をほんの一つまみ垂らし、残りの髪の毛は頭頂部を中心に左右に括っていた。 その垂らしていた髪の毛を焼かれた。

焦げて短くなった髪の毛に手をやり、眼球だけを動かしその毛を一瞥すると、まるでスローモーションのようにその視線を紫揺に戻した。

「そう。 アナタがその気なら、やってやろうじゃないの」

髪を触っていた手を一振りすると、紫揺が小脇にかかえていたジャージの上着を風の力で弾きとばした。 上着は波打ち際まで飛んだ。

「なにするのよ!」

あの上着のポケットには大切な現金が入っている、などと考えてはいない。 頭に血が上った紫揺は単に自分の持っていた上着を弾き飛ばされたことに憤慨しただけだ。
弾き飛ばされた上着からアマフウに目を転じる。 途端アマフウに頭上から海水が落ちた。

「キャ!」

頭から濡れたアマフウを見て三日月のような目をしたセイハ。

「ザマアないわね」

紫揺との間に僅かだが距離の出来たセイハが紫揺の真後ろに移動し、いかにも嬉しそうにこぼす。


懐中電灯とランタンの灯りをつけたゴムボートが暗闇に沈んでいる岩礁をゆっくりと避けながら近寄ってくる。

遠くに揺れる灯りに気付いているのはアマフウと、一歩遅れてトウオウも気付いていた。 海を背にしているセイハと紫揺は気付いていない。


「へぇ・・・水も操れるようになったんだ。 それも海水をねぇ」

感心したようにトウオウが腕を組みながらこぼしたが、紫揺にしてみれば先程からのことは全て初めてのことだった。

トウオウの左の瞳の薄い黄色の力は、沢や空中にある水分を操ることはできるが、塩分を含んでいる海水を操ることは出来なかった。

「よくもやってくれたわね!」

「何言ってんのよ! そっちが先にやったんでしょ!」

低レベルな言い合いを聞きながら組んでいた片腕を解くと顎に当てた。

「狙ってやったか。 まさに感情一つで力を出せるのか。 ・・・それにしてもあの時とエライ違いだな。 ちょっとは出来るようになったのか、それともまだあの時ほど感情が高ぶってないだけなのか。 どっちだ? ・・・って、気づいてないってことはないよな? 何かが偶然におきたって考えてないよな?」

紫揺には一番有り得ることだ。

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