大福 りす の 隠れ家

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虚空の辰刻(とき)  第127回

2020年03月06日 22時20分49秒 | 小説
『虚空の辰刻(とき)』 目次


『虚空の辰刻(とき)』 第1回から第120回までの目次は以下の 『虚空の辰刻(とき)』リンクページ からお願いいたします。


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- 虚空の辰刻(とき)-  第127回



独唱ならば幼かったとはいえど、先(せん)の紫を知っている。 だからして、その気をもとに紫揺を追うことが出来たのだが、それでもかなりの疲労がついて回った。 それが紫を知る事のない北の領土の人間が紫揺を探し当てたとは、尋常ならぬ力の持ち主ではなかろうか。

「これは簡単にはいかんかもしれんな」

それ程に強い古の力を持つ者であれば、島に足を踏み入れた時点で気を悟られるだろう。 現に同じく古の力を持つ此之葉があの島に紫揺の気を感じたのだから。 古の力を持つ者の力は量りしれない。

それに東の領主としては、無理矢理に紫揺を東の領土に連れて帰るつもりはない。 此の地で話し、納得を得てから東に帰ってもらうつもりだった。 だがそんなことを悠長にしていては、またすぐに北に攫われるかもしれない。 北のやり方は丸く言ったとしても強引である。

「でも、その老人の具合が悪いのなら、力も何もあったもんじゃないんじゃないですかぁ? ってか、このチャンスを逃しちゃいけないってことなんじゃないですかぁ?」

のほほんと醍十が言うが、確かに的を射ているかもしれない。 領主と阿秀の目が合った。 その時、船がエンジン音を立てて進みだした。

「領主、阿秀、獅子の居る方を見て頂き相談があります」

硬い顔で野夜が言う。
船が向かっているのは大陸側にあたる方の海岸だ。
以前、野夜からは獅子の居る方は岩礁が多く、近くまでとなるとかなり無理があると聞いていた。 よって船をつけるには犬がいる方が容易いと。 


船内のサロンで領主が腕を組んで座っている。 その隣には阿秀。 向いには野夜が座している。 他の者は野夜からデッキで待っていろと言われた。

「野夜のヤツ、領主と阿秀に何の話をしてるんだぁ」

苛立たし気に醍十が言う。

「まぁ、あとで訊くさ」

梁湶が涼し気に言うが、それが恐い。

サロンで野夜の話を聞いた領主が首を振った。

「ですが! さっき醍十も言っていました。 今を逃す手はありません」

「余りにも大きな賭けがすぎる」

「ですから! 俺が一人で乗り込みます!」

いつもなら ”私” というところ、冷静でいられないのであろう。

「一人であろうが何人であろうが、命を危険にさらすわけにはいかん。 それでもし、お前がその身を投じて万が一のことがあってみろ、紫さまをお救いできたとしても、紫さまは嘆かれるだけだ。 紫さまがそういうお人だということを分かっているであろう」

紫とは、紫の人となりは東の地でずっと語られている。 それだけに今も尚、東の領土の人間は紫の居ないことを嘆いている。 領主はそのことを言っている。

野夜は自分一人小舟で岩礁のある獅子の居る海岸に近づき、島に上がると言った。 では、獅子からどうやって身を守るのか? それが醍十と剣呑な雰囲気にあった時、醍十が言った言葉で閃いた。

『犬っころのことなんて何でもないだろ。 きっと御馳走でも出されてるんだよ。 犬猫なんてそんなもんだ』 そう言った。 そう、獅子と言えど猫。
まだ確実には一頭しか確認できていないが、恰幅のいい獅子だった。 ということは充分に餌が与えられているということだ。
一頭が恰幅よければその他に獅子がいても皆同じな恰幅だろう。 餌を十分に与えられているのだろう。 では、捕食をしないだろう。 とは言え、夜行性の獅子に挑む勇気はないが、夜を除けばその力をかわせるのではないかということだった。

「阿秀はどう思います?」

難しい顔をして聞いている阿秀に矛先を向けた。

「そうだな・・・」

見目良い男は涼やかな顔になり、言葉を続けた。

「私が行こう」

「なっ!?」

野夜の目が大きく開いた。

「いま阿秀が! いや、今でなくともこれからも阿秀が居なくてどうするんですか! 誰が俺らをまとめるって言うんですか!」

「そんなことは誰にでも出来る」

「誰にも出来ません!」

「出来る。 私のしていることなんて知れたものだ。 誰にでも出来る。 だが、そこに私の代わりになる人が居なければならないがな」

「何を言ってるんだか! 領主! なんとか言って下さい!」

二人の様子に我関せずといった具合に見ていた領主が僅かに相好を崩した。

「阿秀だけでなく、誰であってもその場所に必要な人間が居なければいけないということだ」

領主の説明に阿秀が一つ頭を下げると「そういうことだ」 と一言いった。 
阿秀の意図が見てとれて、してやられたと悟ったときには遅かった。



紫揺がガザンの元に行こうとして窓を開けた時、ドアの向こうで何やら慌ただしくする人の声が聞こえた。

「こんな時間になに?」

開けた窓をそっと閉めるとドアの方に歩き、ドアを開けると手すり越しにセッカ付きが早足に階段を降りて行くのが見えた。

「なんだろ?」

部屋を出て手すりに身体を寄せると、階下にセッカの姿が見えた。

「お疲れ様でございます」

階段を慌てて降りてきたセッカ付きが頭を下げながら上着を受け取る。

「ああ、本当に疲れたわ」

グッタリという体でソファーにもたれこんだ。

「お部屋でお休みになられてはいかがですか?」

「そうしたいけど・・・」

そう言うとセッカ付に目を合わせた。

「シユラ様は起きていらっしゃるかしら?」

「え? ・・・シユラ様でございますか?」

思いもかけない言葉にセッカ付が目を泳がせた時だった。 階段の手すりにチョコリンと摑まる紫揺の姿が見えた。

「ああ、いいわ。 起きていらっしゃるみたいね」

セッカが顔を上げ紫揺を見た。 しっかりと目が合ってしまった。

「シユラ様、お話があるので降りてきていただけるかしら?」

シーンとした時間だ。 階下からセッカの声が響く。

何を言われるのだろうか・・・。 キノラにしてもセッカにしても今までさほど嫌味を言われた覚えはない。 逡巡するが、何も聞こえなかったことにしてこのまま部屋に消えるわけにはいかない。 しっかりと姿を見られているのだから。 目もあったのだから。

仕方なく階段を降りる。 その間にもセッカは疲れの色を見せている。
セッカ付きが茶の用意でもしようとしたのか、その場から居なくなっていた。

(セッカさんはムロイさんの様子を見に行ったいたはず。 ムロイさんに何かあった? それともまたあの土地に行かされるの?)

心の中でアレコレと考えるが、全く先が見えない。
考えながらも一段づつ階段を降りていたが、とうとう階段を降り切ってしまった。 これ以上時間を稼ぐことなどできないし、時間を稼いだところで何が変わるわけではない。 せいぜい自分の心の整理くらいのものだ。
セッカの前に立った。 気怠そうにセッカが紫揺を見上げる。

「明日・・・。 明日の早朝、北の領土に行ってもらいますわ。 よろしいわね」

「え?」

え? っと驚いたところで、その危惧は階段を降りていた時にあったが、実際に言われると驚きを隠せない。

「どうしてですか?」

「シユラ様を探している方がいらっしゃるの。 その方に逢ってもらいます」

「私を?」

「ええ」

「それは誰ですか?」

「シユラ様の知らない方ですわ」

どういうことだ。 北の領土で誰が自分と会いたいと思うのか。 どこのどいつだ。

「知らない人? そんな人に逢いたくはないです」

ましてや、あの北の領土で。 お婆様が来るはずと言われた嘘の領土に。

「シユラ様が逢いたいとか、逢いたくないとか思うのは自由ですけれど、明日、此処を出て頂きます」

セッカが言い切った。

「行きません」

今までになくハッキリと断った。 お婆様が来るはずだったと言われた土地、その嘘を言われた土地に行く理由など皆目見当たらないのだから。

「駄々をこねられては困りますわ」

そうねぇ・・・と言ってセッカが身体を起こした。

「その方とお話すると・・・もしかしてシユラ様の力の元が分かるかもしれませんわよ?」

「は?」

ここにきてまた力の話か。

「マツリ様なら上手くお話して下さると思うわ」

突拍子もない名詞が耳に降りかかった。

「マ! マツリー!?」

紫揺が怒声に込めたマツリの名詞とは知らずセッカが続ける。

「ええ。 マツリ様。 ああ、この土地ではマツリと言えば祭や、祀りですわね。 ああ、何か勘違いしないで頂けるかしら? 屋台が出る祭でもないし、神を崇める祀りでもありませんことよ。 マツリ様と言うお名前の方がいらっしゃるの。 その方がシユラ様に逢いたいと仰っておられるの」

御免被る。 マツリと逢いたくはない。 気分が悪くなる。 それはセッカの知り得る所ではないが。

「逢いたくありませんから、行きません」

紫揺がこう言う理由を知らないセッカは、単に知らない人と逢いたくないと言っている程度にしか思っていない。

「それは困りますわね。 でも明日、必ず行ってもらいます」

いつも見ていたセッカの目と違って、初めて見る射貫くような目だ。

「シユラ様が足を動かさなくとも、使用人に担いででも行って頂きますから」

紫揺がどう言おうと、セッカの腹は揺らぐことは無いらしい。

「・・・お休みなさい」

そう言うと紫揺が踵を返して階段を上がった。

「明日からは馬車で走りますから、ゆっくりと休んで鋭気を養って下さいませね」

紫揺の背にセッカの言葉が投げかけられた。
階段を上がり部屋に入ると後ろ手にドアを閉めた。

「どうしよう・・・」

窓を見る。 色んなことが頭をかすめるが、明日になれば強制的に北の領土に連れて行かれる。 それどころではない、あの気分の悪くなるマツリに会わせられる。 いや、それ以上に考えなければいけないことがある。 北の領土に行ってしまってまたここに帰って来られる保証などない。

何故マツリが自分に逢いたいなどと言っているのか、マツリが力のことを知っているのか、それをどうして説明することが出来るのか、そんなことを考えている余裕などなかった。

「今日しかない・・・」

上着を持って窓にかけよると、誰かに気付かれるかもしれない勢いで、バンと音をたてて窓を開け、そのまま身を翻した。
いつもならそんな音をたてないのに。
数十秒後に二階の一室で、ほのかな明かりが点いたが、前だけを見ていた紫揺に気付ける余裕はなかった。

「先輩!」

いつもの所にいつもの先輩がいた。

「やぁ、今日は遅かったね」 

「先輩! 今夜、うううん、今夜でなくてもいいから、明日の早朝までに船で迎えに来てもらえませんか!?」

おっとりと構える春樹に噛みつくように紫揺が言うが、窓を開けた時と違ってちゃんと声は抑えている。

「え? どうしたの急に?」

「すみません、事情が変わって!」

「ちょっと前にも同じことを言ってたよね?」

「だから・・・、前とは違うところの事情が変わったんです! 明日、明日の朝になる前に此処を出たいんです! 我が儘を言っているのは充分に分かっています! それでも! それでもお願いします!」

「あ、ああ、まぁ後で連絡してみるよ」

「今すぐにお願いします!」

「え?」

「お願いします!」

「じゃ、じゃあ、ちょっと待ってて。 でも、あんまりアテにしないで―――」

言いかけると紫揺が大きく頭を下げた。

「お願いします!」

そのお願いしますの言葉には、連絡をして欲しいというだけではないのが分かる。 連絡をして了解を得ることを望んでいるのだ。

「・・・取り敢えず、待ってて」

紫揺の頭が上がることはなかった。
階段を上ると自室に入り、万が一にも見つかってはいけないと隠してあったスマホを手にし、電源を入れると電話をかけた。

「アイツのことだからまだ起きてるよな。 でも親父さんが起きてるかどうかだよな・・・」

呼び出しコールが鳴る中、一人ごちる。 五度目のコールで繋がった。

「どした?」

耳に覚えのある声が聞こえた。

「よっ、こんな遅くに悪い」

「全然、まだ宵の口にもなってないうちだろ」

「なってるよ。 十分に。 なぁ、親父さんどうしてる?」

「これから始まる」

「は!?」

「お袋の愚痴が・・・そうだな、あと一、二時間でもすれば、完全に酔っぱらって完全なお袋の愚痴が始まると思う。 それよりさぁ、お前の言ってた船を出す話、アレ早めてもらえない? 毎晩毎晩、お袋の愚痴を聞かされてるんだぜ? 船を出してほしいって言ったら意気込んで酒も手放して、すぐにでも海に出るんだけど? そしたら一日だけでもお袋の愚痴を聞かなくてもいい日があるってもんだし、船に乗ったのが切っ掛けで、もしかしてお袋の愚痴も止むかもしれないしさ」

「あ? え? そうなの? んじゃ、今からとか言ってもいいわけ?」

「へ? 冗談だろ? 天国へのお誘いの言葉、言ってくれるわけ?」

「いや、お互い疑問符を付けるのはやめよう。 ハッキリと言う。 いまから船を出してくれる? って、ヤッパ疑問文になってるじゃんか」

「おお、疑問文大歓迎。 連日親父の愚痴に付き合わされてる俺を救ってくれるのか?」

「いや、だから!」

疑問文の投げ合いはよそう。

「これからすぐに頼む。 無理でも明日の朝までにっ!」

「分かった! 朝なんて待ってられない。 今すぐ行く。 あ、じゃない、これから用意をして出るから待ってろ。 以前聞いた所で間違いないんだな?」

事前に場所は説明してあったが、春樹は船を操れない、その知識も無い。 この場所を説明するに一筋縄ではいかない場所であることは分かっている。
どこどこの駅を降りて何筋目を右に曲がって、などと説明できないのだから。

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