大福 りす の 隠れ家

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虚空の辰刻(とき)  第126回

2020年03月02日 21時50分59秒 | 小説
『虚空の辰刻(とき)』 目次


『虚空の辰刻(とき)』 第1回から第120回までの目次は以下の 『虚空の辰刻(とき)』リンクページ からお願いいたします。


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- 虚空の辰刻(とき)-  第126回



「シユラ様?」

「あのね、高校時代の友達が言ってたんです」

友達には弟がいる。 友達は夜のトイレが恐かったらしく、寝ている弟を起こしてトイレに付き合わしていたという。 おまけにトイレの外で歌を歌わせていたとか。

もう一人の友達は二人姉妹の妹だったという。 姉は何かにつけ妹を気にしてバイト代からお小遣いをくれたりしていたが日頃は顎で使われたという。

他には、五歳上の兄がいた友達。 幼少の頃から兄とは全く話をしなかったそうだ。 兄が高校生になった頃には体臭が臭くてたまらなかったという。 でもその友達が高校生になって友達を家に連れてくると、兄が妹の友達を退屈することなく遊んでやったと聞いた。

それは紫揺にとって羨ましい話であった。

「友達が兄弟姉妹の悪口を言うんです。 その時は兄弟姉妹がいた友達に憧れましたけど、でも兄弟って、姉妹って無二なんだと思います。 それは血が繋がっているからだけではないと思います。 血が繋がっていなくとも、想いがあれば互いのことを想えると思います。 私はニョゼさんのことをお姉さんだと思っています。 出来の悪い妹を持ったお姉さんだと」

「シユラ様・・・」

「あはは、独りよがりです」

紫揺は正直な思いを大きなマットで覆うように言ったつもりだったが、全く覆われていない。

「そのようなことは御座いません。 出来が悪いなどということは御座いません」

え、そこ? と突っ込みたかった。 そこじゃない所を聞いて欲しかったのだから。

「あ、あはは。 そうかな」

そうかなと言いつつ、そうじゃないと思っている。

「そうです。 シユラ様はご自分にもっと自信を持ってくださいませ」

「・・・はい」

無意識に頭が下がってしまう。 伝えたいことはそんなことではないと。

「それに、シユラ様から “お姉さん” そう言っていただいて、わたくしがどれ程嬉しく思いますことか」

そう、そこ。 そこを何よりも言いたかったのだから。 ここを否定されては撃沈してしまう。

「有難うございます。 正直にその言葉を受け取らせていただきます」

パッと明るくなった顔を上げる。

ここのところニョゼに対する紫揺の言葉は崩れた言いようになっていたが、心からうれしかったのだろう、ニョゼの言葉への返答を噛みしめた。

「全く嘘などございません」

ニョゼが微笑んだ。

ニョゼの言葉が嬉しかった。 心に充満する幸せを感じる。
その幸せを感じながら切断する。 そうしなくてはならない。 ずっと一緒に居られないのだから。

「有難う。 ・・・私はニョゼさんの幸せを想います」

何度自分に言いきかせたことか。 この言葉を最後に思う。 もうニョゼに自分の心の内を今後二度と言わないと心の内で誓った。
これ以上言うと未練と思われるだろうと。 それはニョゼにとって後ろ髪を引くことになるだろうと。 思い上がりかもしれないが。
執心はあった。 だがそれを声高に言ってはならないと思った。 声高になどと言うものではない、声を潜めても言うものでもない。 ニョゼの幸せを願う者ならば。

紫揺が食事を済ませると、すぐにニョゼとショウワが屋敷を出て行った。
本土に入りあらゆる検査をしたが、ショウワの身体に異常は見つからなく、鎮痛剤と寝不足が見られるからと入眠剤を処方されただけとなった。



広い海原に船が浮いている。 太陽が差し、波のまにまにキラキラと光る。 一筋の風が吹いた。 髪の長い女が居ればその髪を美しく遊ばせただろう。
だが船に居るのは右を見ても左を見ても、残念ながら短髪の男だけであった。

「ん?」

野夜が双眼鏡の中で眉根を寄せた。

「どうしたぁ?」

立っている野夜の足元に座っている醍十(だいじゅう)が間延びした声を出しながらボォーっと目の先のさざ波を見ている。

「バカ犬たちが居なくなって長い」

「はぁ?」

双眼鏡を覗いていない醍十には何のことだか分からない。

野夜の言いたいことはこうだった。
いつも通りに野夜曰くのバカ犬であるドーベルマンたちが海岸と木立の中を行ったり来たりしていたが、もう20分以上もバカ犬たちが海岸に出て来ていないということだった。

「飯の時間じゃないのかぁ?」

「いや、確かに飯の時間はあるにはあるが、バカ犬たちは交代で食べさされているようだ。 いつも何匹かはうろついている。 ・・・こんなに長い時間一匹も居なくなるなんてことは今までになかった」

「んじゃ、全員で風呂入ってるとか」

さざ波から目を外し野夜を見上げると思いっきりねめつけられていた。

「ウソだよ。 冗談ってくらい分かるだろうよ」

デッキに居る二人が剣呑な雰囲気を出す中、サロンに居た梁湶(りょうせん)のスマホが鳴った。

「阿秀?」

梁湶の声にサロンから遠目に島を見ていた全員が振り返った。

「・・・はい、分かりました。 今すぐにこちらを出ます」

スマホをポケットに入れると誰を見るともなくすぐに話し出した。

「領主が来られるそうだ。 迎えにいく」

全員の顔に渋面が生まれでた。 それは領主を迎えたくないといった意味ではない。 何日もここに居てまともな報告が出来ないということに対してだった。 全員が己の不甲斐なさに臍(ほぞ)を噛んだのだ。

領主はさっき此処に着いたのではない。 数日前に着いていた。 だが阿秀からの報告でここに来なかった。
どれだけ来たかったか。 それは誰もが分かることだった。 だが領主は阿秀からの報告を聞いて、紫揺が居るはずの島に一歩たりとも踏み込めない事情を聞かされていた。

「阿秀が言うには、領主は此処に来るのを躊躇っていたそうだ。 俺たちに気を使ってくれていたんだろう。 決して俺たちを急かす為じゃない、俺たちに解せない、踏み込めない島がどういうものか見るだけだとな」

本来なら梁湶たちが一日とかからず島の状態を把握して、領主と共に紫揺をこの島から出していたはずだった。 それが未だに何も掴めていないどころか、片足さえも目の前の島に上陸出来ていない状態だ。

「野夜たちに言ってくる」

若冲(じゃくちゅう)が立ち上がった。

「頼む」

若冲がそのまま操舵席に座ることを意味している。
若冲から話を聞いた不穏な雰囲気を発していた二人もまた、渋い顔になった。

「今すぐ出るのか?」

犬が居なくなったことに何かあるのでは? と思っていた野夜が訊いた。

「ああ」

言いながら操舵席に足を向ける若冲。

「犬っころのことなんて何でもないだろ。 きっと御馳走でも出されてるんだよ。 犬猫なんてそんなもんだ」

若冲の後姿を追う野夜に醍十が言う。

「え?」

「え、って?」

「・・・そうか」

二人の会話を背に聞きながら若冲が操舵席に着いた。

「獅子だ」

「へっ? 今度は獅子か?」

「どうして気付かなかったんだ・・・」

エンジンのかかった船がゆっくりと動き始めた。


「無理を言って悪かったな」

乗船してきた領主がサロンに座る者を見渡し改めて言った。

「いえ、俺たちの力のなさです」

口を開きかけた梁湶をおいて醍十が言った。 その醍十を見て領主がコクリと首肯したが、醍十の言葉を是としたわけではない。

「お前たちがどれほどに紫さまの事を想っているか知っておる。 お前たちに力及ばずなどとはありはせん。 ただ、状況に手をこまねくことはあるわのう。 それは当たり前のことだ」

エンジン音を立てて船は前進している。

「お前たちが手をこまねいている島を見たいだけだ。 北のやり方をな」

全員が頭を下げた。 何故なら、あの島はかなり遠目の位置からは建物の上部が見えるが、それは中の状況を知るに何の役にも立ちそうにない。 近づくと徹底的に外から見ることが出来ないようになってる。
ほんの小さな島。 その島の四方にはちゃんと滑らかな海岸がある。 だが海岸の先には凶暴な犬と獅子が姿を見せ、獅子が姿を見せる奥にはぐるりと岩壁があり、その岩壁の上に高木が林立している。

犬達が守る桟橋のある先は車が出入りし、その先はカーブをしているようで、その両側に木々が立ち、全く中を見ることが出来ない。 獅子と犬が出入りしている隙間にも木々が林立していて全く島の中を覗き見ることが出来ない状態だ。

ついでに言うと、この状態があるからして、三階の紫揺の部屋からは空しか見ることがで出来なかった。 島の外、海面が見られなかったわけであった。
と言っても今では海岸を目にし、岩壁があるのも目にしたのだから何もかも分かっている。

沈黙がある中、遠目に島を見ることが出来る距離まで近づいた。 サロンから出てきた領主と阿秀、そしてちんまりとついてきていた此之葉がこれまたそっと阿秀の後ろについている。

誰知れず、その此之葉がじっと先の島を見て目を閉じた。

「四方が全てあのようになっています」

デッキに出ていた野夜が領主に言う。

「ほぅー。 見事に隠しているという体だな」

木々の高さからして樹齢はかなりのものだろう。 北の領主が植えこんだのか、その前の持ち主が植えこんだのか、それとも自然のものなのかは分からないが、東の領土からすれば隠しているとも言いたくなる。

ちなみに獅子の居る場所と犬の居る場所の境には頑丈な柵があり、海水に浸かっている所には柵が錆びないように、足元はセメントで固められている。 これは間違いなく北の領主がしたものだろう。

今日の波は静かだ。 その静かな波の音の合間に風に乗って僅かに犬の吠える声がする。 若冲がかなり船を近づけているからだろうか。

「ふむ、これ以上はいいか。 不審がられて何かがあっても困るからな」

野夜が首肯すると若冲に合図を送った。 ゆっくりと船が止まる。

「領主、阿秀から聞いていると思いますが」

そう言ったのは梁湶であった。

「島の周りには犬・・・ドーベルマンと獅子がいます。 共に何頭いるかの確認が出来ていません。 我らが我が身を捨てて乗り込んだとて、帰りがあるかどうかはわかりません」

行きはよいよい、帰りは・・・誰も居ない。 というわけだ。 それでは紫を我が領土に迎えられない。

「そんなことをお前たちにさせる気はない」

「ですが、下見すらまともに出来ない状態では・・・」

「この場所は間違いなく独唱様が言われた場所に違いないな?」

今更のように阿秀に念を押して訊く。

「塔弥からの知らせの範囲は大き過ぎましたが、この辺りにはこの島しか存在しません。 まず、いえ、この島に間違いありません」

阿秀が言い切るには英断がいった。 これで間違えていたのならば笑い話にもならない。 首をかけての返事だった。

「阿秀がそう言うのならば、間違いないであろう。 では、下見など要らん」

むさっ苦しい男達の声ばかり響いていたところに、さざ波の音をかいくぐって涼やかな声が響いた。

「私が船着き場で見た方が紫揺様でしたら、間違いなくあの島にいらっしゃいます」

閉じていた目をゆっくりと開ける。
古の力を持つ者、その此之葉が口を開いた。

船着き場で紫揺らしき者に落ちたひざ掛けをかけようとした。 車いすに座り意識も無かったが、その者の気は感じ取っていた。 机に残る気、紫揺だと。

「ふむ。 此之葉のお墨付きか」

言うと一旦言葉を切って続けた。

「この島の出入りは?」

「時折。 先日も一隻の出入りがありました。 その前にも」

セノギに続いてニョゼとショウワが病院に行ったときのことを梁湶が言う。

「追ったのか?」

口を開きかけた梁湶に代わって阿秀が答える。

「一度目の時にすぐに連絡が入りましたが、船で追うようなことをすればすぐに分かってしまうと私が止めました」

以前、島を出た船を確認した若冲がすぐに船着き場で待機していた湖彩に連絡を入れた。 船の特徴を聞いた湖彩が何食わぬ顔でその船に近づき下船するのを待ち、そこで何気なく話しかけると、注文のあった食材を島に届けたということであった。

そして船から食材をおろしただけで、島の中には入っていないということだった。 そのことがあったからなのか、阿秀から言われていたにもかかわらず、その時に船着き場での見張りを疎かにしていた。
セノギが出た時は、誰も船着き場にいなかった。

「尤もだ」

「それ以降は、必ず船着き場に誰かが居るようにと指示を出しています」

今は湖彩と悠蓮が船着き場に居る。

誰もが互いの目を合わせた。 それ以前に阿秀から指示を出されていたのに、それがなかったものとしている。 そしてすぐに全員が合わせていた目を下げた。 自分たちの失態を領主に言う必要がないということだ。

「で?」

阿秀が梁湶の目を見て領主の問いに答えるように促す。

「はい。 二度目は野夜と湖彩が船着き場にいましたので下船後を二人が追いました。 病院に入ったそうですが、下船したのは老人と若い女の二人だけだったそうで、老人の方がいやに顔色が悪く、女の心配ぶりも大きかったようで、詰問もなにも、声すらかけられなかったらしいです。 これが男なら構わずとっ捕まえていたんでしょうが」

甘いと言われればそれまでだが、これが東の領土の民である。

「老人と女か・・・」

和服の袖の中で組んでいた手を解くと、片手を顎にやった。

「いったいどういう生活をあそこでしているのやら」

「言ってみれば、此之葉が独唱様を病院に連れて行ったようなものだな」

のんびりと醍十が言うが、領主はそういうことを言っているのではない。 が、ふむ、と納得したように声を漏らした。

「・・・そうか。 古の力か」

領主の小声に阿秀が眉を上げた。

領主にはずっと疑問があった。 どうして北の領土が紫揺の居所を知ったのか。 それ以前に、どうして紫揺の存在を知ったのか。 その疑問がいま解けた。

「その老人が古の力を持っておるのかもしれん。 そして紫さまの居所を掴んだ。 独唱様が紫さまを探し当てたと同じ時にな。 独唱様も紫さまの後を追われて、具合を悪くされておる。 その老人も身体に無理がきたのかもしれん」

「北にも古の力を持つ者が・・・」

ポツリと阿秀がもらした。

「それにしても・・・」

領主が口の中でぼそりと言う。

「ええ。 その老人の古の力は恐ろしいものがあるようです」

厳しい口調で阿秀が言った。

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