大福 りす の 隠れ家

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虚空の辰刻(とき)  第114回

2020年01月20日 21時58分47秒 | 小説
『虚空の辰刻(とき)』 目次


『虚空の辰刻(とき)』 第1回から第110回までの目次は以下の 『虚空の辰刻(とき)』リンクページ からお願いいたします。


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- 虚空の辰刻(とき)-  第114回



「シユラ様、破壊などとお考えになされませんように。 ただ、シユラ様のお身体の安全を考えて、感情を知り力を抑えることを知っていただければと思います」

「感情を知って力を抑える?」

「出過ぎた言でありますことは承知しております」

「そんなことない。 なに? 私って淋しさを感じたら電気系統をおかしくするんですか?」

「シユラ様、感情を抑えられますように。 お心を庭に向けて頂けますか?」

「庭?」

「はい。 今日、沢山のお花を咲かせて下さいました」

花畑のようになった庭。
あの時ニョゼに抱きついた。 感情の全部を恥ずかしげもなく出した。 でもそれは正直な感情だ。

「ニョゼがどれ程うれしく思いましたことか」

「・・・うん」

ニョゼという響きが脳髄に響く。

「シユラ様、シユラ様の想いはとても大きくあらせられます」

「え?」

「わたくしなどが、心で思ったとて何某かはおきません。 ですがシユラ様のお心は形になって現れます。 それがムラサキ様のお力です。 シユラ様はシユラ様です。 ニョゼは分かっております。 ですがシユラ様にはムラサキ様の血が通っておいでです。 ムラサキ様のお力をシユラ様にご理解していただけなければ、シユラ様がいつお怪我をされるか分かりません。 ニョゼはシユラ様がお怪我をされることだけは避けたいと思っております。 我が身に変えてもシユラ様をお守りしたいと思っております」

「・・・ニョゼさん」

「ですが、わたくしに出来ることなど知れております」

「・・・そんなことない。 イッパイ教えてくれまし・・・」

言った途端、思い当たることがあった。
そうか。 さっき風呂場で腰が抜けるようにニョゼが座り込んだのがそうなのか。
だがそこは正しくも誤解が大きい。
紫揺は電気系統のことを思ったが、ニョゼは湯船に沈む紫揺に息がないのかと、心がはち切れんばかりになっていたのだ。

「ゴメンナサイ。 私が湯船に潜ってたからニョゼさん慌てたんですよね?」

「シユラ様、その様なことはお考えになられませんように」

ニョゼの言いたかったことは、力を知ってほしいという事であったが、紫揺が頓珍漢珍の返事をしてくる。 それは紫揺ならではと思う。 それが暖かいものだと。

「私って・・・起伏が激しいんでしょうか?」

「そのようなことは御座いません。 シユラ様は歳相応のお気持ちをお持ちです」

「でも破壊したり、ちょっと寂しいと思っただけで電気を消してしまったり・・・」

破壊はもちろんあったが花を咲かせたことを言わない。 その後にあった今の電気のことを言う。 紫揺は幸せを心にとどめられないのかもしれない。

「シユラ様、お花を咲かされた時のことを思い出してくださいませ」

それは己、ニョゼが関わっただけに恥ずかしくて言い淀みたいが、今はそんなことを言っている場合ではない。

「シユラ様はお幸せに満ちておられるのですよ。 淋しいなどということは御座いません」

「え?」

風呂場で思った。 ニョゼか此処に居ないことが寂しかった。 それを否定された。

「だって・・・」

そんな稚拙なことは言えない。 でもそれは捨てきれないもの。

「シユラ様はお幸せなのです」

「・・・」

ニョゼの目を見て少し考えるような様子を見せてから、うな垂れる。
そんなことはないと言いたかった。 わけも分からず此処に連れてこられて此処に縛られて。
でもそのお蔭でこうしてニョゼと知り合うことが出来たのは事実だ。 分かっている。 それにもし此処に来なければ、あのままシノ機械で働いて・・・。 暗い顔をして働いていただけだろう。 両親に対して罪の意識だけを持って毎日暮らしていただけだろう。

でも今は違う。 両親は自分を見守ってくれていると思っている。 ホテルで聞いた声は間違いなく母親の声だった。 両親に心配をかけないように、恥ずかしくないように生きていこうと心に誓った。 そう、リツソにもそう言った。

前を向いて歩こうと、目の前のことに対峙していこうと、あの北の領土で心に決めたはずだった。

「・・・そうかもしれません」

「何もかもがお幸せとは言いかねますが」

「え?」

うな垂れていた顔を上げると、真っ直ぐにニョゼを見た。

「お帰りになられたいお気持ちは重々察しております」

どう返事をしていいのだろうか、困惑の視線だけを送る。

「ですがどこに行かれても、お力はシユラ様の中にございます。 ですからお力を抑え・・・お力の加減を知っていただかなければ、ずっと危険が付きまとってしまいます」

先程は力を抑えると言ったが、紫揺の頭の構成力を考えると抑えると言ってしまえば、封印に近いことでまとめるかもしれないと思い言い直した。 だがそのチョイスが良いのかどうかは自信がない。 紫揺の頭の構成力はニョゼにとっては未踏の地であるのだから。

「どこに居ても・・・?」

「はい」

どうして気付かなかったのか。 脱走に成功したところであの破壊のようなことが起きたら、突然花畑が目の前に広がったら・・・。 それに会社に戻ったときにどうするのか。 機械が並ぶ会社。 その電気系統に異常を起こしてしまうかもしれない。 どんな言い訳も通用しない。
此処では何があってもこの異常な現象自体を問いただされることは無い。 知らずそれに甘えていたのかもしれない。

「・・・それは。 困ります」

ニョゼは危険が付きまとうと言ったが、紫揺はニョゼの言う事からズレて返事をした。 だがそんなことはニョゼには分かっている。

「少しずつ、少しずつ。 感情が現象に現れないよう、シユラ様のお力を知り、加減を覚えていきましょう。 ニョゼも出来ることは何でもお手伝いいたします」

ニョゼにもトウオウにも何度も言われたことなのに、今更にして喉を通って腹に落ちた。

コクリと頷く紫揺であった。

「では、今日はもうお休みになられますか?」

「はい・・・」

「そんなに気を落とされずに。 明日からゆっくりと始めましょう」

ニョゼに手を取ってもらいベッドに入る。

「では、ゆっくりとお休みくださいませ」

電気を消して歩き去る気配を感じる。 パタンとドアが閉められた。

「・・・どうしよう」

帰った時のことを思う。 家の中を破壊してしまうかもしれない。 それで怪我をしても自業自得だ、それは仕方がない。 でもこんな状態では会社にも行けないし、買い物一つ出るのにも不安を感じる。
風呂の中で淋しいと思った。 そう考える自分が情けないと思った。 それだけで点いていた電気が消えてしまうなんて。

もし偶然に友達と会ったりしたら、嬉しくなってその辺に花を咲かせてしまったら。
考えただけでもゾッとする。 白い目で見られるのだろうか。 後ろ指を指されるのだろうか。

「あ、ダメ。 不安になったりしたらまた電気がおかしくなるかもしれない」

少し離れた所にあるニョゼが点けていったベッドサイドライトに首をまわす。 大丈夫だ。 緩く照らす灯りは点いたままだ。

「・・・ん?」

小首を傾げて眉根を寄せる。

「何か忘れてるような気がするけど・・・」


「紫揺ちゃん、来ないのかなぁ・・・」

壁にもたれてボォーっと夜空を眺める。



「―――そうか、分かった。 ああ、それと醍十をそちらに戻す」

まともに食事も摂らず不規則な生活を続けていた阿秀だが、領主をそれに付き合わすわけにはいかない。 よって此之葉のことを醍十に頼んでいたが、領主と共に此之葉の生活をみていけばいい。 それに領主への細かい気遣いは此之葉にしか出来ないのだから、そこに醍十がウロウロしていると領主も気が休まらないだろう、と考えての事であった。

スマホを耳から外した。

「という分けだ。 明日から船に戻ってくれ」

醍十がチラリと此之葉を見た。

「此之葉のことは心配する必要はない」

此之葉が醍十を見て阿秀の声に頷く。

「しっかり飯を食えよ」

眉根を寄せて此之葉に言う。

「そうだな、醍十と一緒に居ることが多くなってから、此之葉の頬がふっくらしたようだな」

阿秀に言われ、此之葉が両手で頬を覆う。

此処は船着き場に一番近いホテルの一室。 とは言っても港に行こうとすれば車が必要になる。 台風を避けて避けて在来線などを使ってやっとやって来た。

阿秀が領主に向き直った。

「で? どうだと?」

「船の一往復を目にしたそうですが、やはり簡単には島に上がれないようです」

「逆に言えば、それだけ厳戒であれば間違いなく北の居る島という事だな」

「獅子は会ったことがないからよく分からんが、残りは犬だろう? 鼻先にワサビを溶かしたスプレーでもかければ大人しくなるんじゃないのか?」

「それが、警護というか・・・どちらかと言えば凶暴に躾けられているそうだ。 スプレーをかけようとした手を噛み千切られるのがおちだ。 それに一匹じゃない。 他の犬が吠えだしたら調教師が感づくだろう。 その調教師には服従している場面が見られたそうだが、それでも船が出る時にはわざわざ船まで車で来ていたそうだからな」

「その調教師が居ても北の者を噛むってことか?」

「その危険性があるんだろうな。 船が出る時には犬は一つ所に集められるそうで、鍵もかけられているようだ。 その上でまだ車を使うという事は、人の気配で思わぬことをするかもしれないという事だろう」

「その調教師バカじゃないのか?」

「さぁ、それは私の知る範囲ではない」

醍十に向けていた視線を領主に移す。

「野夜が言うにはその時が狙い目だというんですが・・・島の中がどうなっているのかも分からない状態では簡単に踏み込ませられません」

「中にも何かあるかもしれないという事か・・・」

「外堀を固めているので案外中には危険性がないのかもしれませんが、島の大きさから考えますと、たとえ小さいと言えど数人暮らすだけには大きすぎます」

阿秀の言葉を引き継いで領主が言う。

「だがわしらのように、この地の者と島を同じくしているようではない」

阿秀が首肯すると続ける。

「醍十が見ていたことから考えますと、この地の者は島に入れていないようですし、この地の者はあんなやり方についていけないでしょう」

醍十が見たというのは、此之葉と共に船着き場で紫揺を見た時だ。 船に乗り込んでいたのは数人のグレーの瞳の者だけで黒い瞳、いわゆるこの地の者は船に乗らず、暫く見送ってはいたがその場で解散したようだった。

阿秀の懸念は尤もだが、まさか島の中にホテルのような屋敷を建て、プールや馬場、テニスコート、それに使用人まで置きその住居まであるとは思ってもいない。

阿秀たち東の領土の人間は、他に住む島の人間と同じく質素な平屋の木造の家に住んでいる。 今の東の領主の祖父がこの地に足を踏み入れ、当時築何十年という古家を購入し、後々それに少々手を入れたくらいのものである。 だが住んでいるというと語弊がある。 そこに居を構えているだけ。 こうして紫揺のことがあった時すぐに出やすいように居るだけで、基本は東の領土に居るのだから。

「だがいつまでも島の周りをウロウロしていては怪しまれる。 早急に何か講ぜんと」

「私もそこを考えていましたが、野夜が上手くやっているようです。 それに北の領土の人間はあまり海の方は気にかけていないようです。 船が出入りする時だけ気にすればいいようです」

「高い双眼鏡を買いやがったからな」

阿秀が苦笑いをする。

「それは仕方がない」

「金は足りてるのか?」

事情を知らなかった領主が尋ねる。

「今のところは。 ですが足りなくなりましたらいつでも私が此の地で働きに出ます」

領主の祖父の代でこの地を見つけた。 まずは屋敷の有る島だったが、そこに紫揺の祖母である紫は居なかった。             
何か手掛かりは無いかと島民と話していると、紫らしき情報を聞くことが出来た。 紫は本土に行ったと。
そこから本土に目を向けたが働かなくては金がない。 それに東の領土とこの地はあまりに違い過ぎる。 この地を知ることも必要だった。 よって時のお付きと呼ばれる者達が本土に向けられ、働きながら金を貯めこの地を知るという役を仰せつかった。 その中に野夜たちの曾祖父や領主の父親もいた。 それを束ねていたのが少し年上の阿秀の曾祖父だった。

そして代々それは息子に引き継がれている。 引き継いでいないのは今の領主と独唱に付く塔弥だけだった。 他の者はいつでも紫揺を探しに出られるようにこの地の移り変わりを知る為、金を稼ぐためにこの地で何年か暮らしていた。

「そんなことの無いようにせねばな」

領主としてはこの地で働かせたくない。

「なぁ、此之葉」

ソファーの端に座っていた此之葉が醍十を見る。

「此之葉の力で犬を黙らせられないかぁ?」

「・・・」

目を何度も瞬かせているのが返事だ。

「残念だがそれは出来んな」

此之葉に代わって領主が言葉にした。

「ふーん、そうなのかぁ」

「出来なくはないであろうがな」

「あ! ではその手で進めませんか?」

「おい、醍十。 先に出来ないと仰っただろう」

「でも出来なくはないって、今領主が言ったじゃないですか」

「だが、出来ない。 一匹にかかりっきりでいられるわけじゃないんだぞ。 他の犬もいる。 吠えられてはすぐにバレるだろう。 それにその一匹にもお前がさっき言ったスプレーと同じで、近づかなくては出来ない事だ。 此之葉の腕なら骨ごと一噛みで終わりだ」

思わず此之葉が腕を抱え込んだ。

先ほど頬を覆ったこともそうだが、何事にも動じないはずの此之葉の様子を見て阿秀が小首を傾げた。

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