大福 りす の 隠れ家

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虚空の辰刻(とき)  第111回

2020年01月10日 22時12分57秒 | 小説
『虚空の辰刻(とき)』 目次


『虚空の辰刻(とき)』 第1回から第110回までの目次は以下の 『虚空の辰刻(とき)』リンクページ からお願いいたします。


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- 虚空の辰刻(とき)-  第111回



紫揺と紫。 阿秀にとっては同一人物のはずだが、此之葉にとっては違う人物・・・ではなく、紫揺の中に紫がある様な言い方をしている。 それも一般人には理解しがたい気として。

醍十がキョトンとした目をしている。 だが阿秀は少なくとも醍十より、領主を除く他の者より古の力を持つ者の“力” を分かっている。 古の力を持つ者を祖に持ち、阿秀自身も僅かだがその力があるのだから。

「それで、どうなった?」

「今は紫さまの気が沈まれましたように思います」

阿秀が沈思黙考しようとした時、明かるい声が間に入った。

「此之葉、何を言っているのか意味が分からんのだが? そうか、この時間だからな。 腹が減っているんだろう」

阿秀が整理しきれない間(ま)を醍十が天然か本気かで埋める。

「阿秀、此之葉に飯を食わせに行く。 いいだろ?」

真実、天然のようだ。

「あ、ああ・・・頼む」

「此之葉、飯を食ったら頭が回転するかもしれんぞ」

此処に野夜が居れば、それは此之葉の事でなくお前の事だろうと言うだろう。

「え?」

「コンビニ弁当はやめにして美味いものを食いに行こう。 ここは海沿いだから美味いものが沢山あるはずだからな」

此之葉の手を取ることなく歩を出しドアを開けた醍十。

「ほら、此之葉」

ドアを開けた醍十が振り返り此之葉を呼ぶ。
戸惑った目で此之葉が醍十を見てから阿秀を見る。

「行っておいで」

阿秀に促されたと思った途端、踵を返した醍十に腕を掴まれた。

「歩けないほど腹が減ってるんなら、抱っこしてやろうか?」

此之葉が悲壮な顔をしている。

古の力を持つ者にそんなことを言うのはこの男だけだろう。 ましてや本気のようだ。
それに先程、領主がすぐに来られないと知った時に見せた憂慮の顔、紫揺がまた北の領土に入ってしまうかもしれないと懸念していたのに。 それはどこに行ったのだろうか。
疲れた顔をしていた阿秀が思わず笑いを殺すように喉の奥で笑った。



「ねぇ、聞いていいかな?」

「はい?」

今晩も春樹と会っていた。 一室からの明かりが零れる窓際の壁にもたれ、二人して体操座りをしている。

「紫揺ちゃんはどうしてここに居るの?」

「・・・あ、それは」

顔を俯ける。 攫われてきたなんて言えないし、そう言いたくもない。 北の領土を見てからは何となく事情が分かってきたから。 とはいえ、北の領土にも此処にも居たくないことには変わりない。

「言えない?」

春樹の中で紫揺の立場をアレコレとを考えてみたが、どうしても分からない。

「すみません。 図々しくお願いをしておいて何も言わないなんて」

「・・・」

「言わないことで協力を願えないのでしたら―――」

「そんなこと言ってないよ」

紫揺の言葉を遮って春樹が言う。

「ゴメン、言いたくない事ってあるよな。 俺に出来ることはするよ。 でもさっきも言ったけど、親父さんなかなか帰って来ないみたいだけど、それでもいい?」

退職前に有給消化をしている春樹の友達の父親。 ヨーロッパ周遊をしても余る有給に足を伸ばしたらしい。

「それは全然。 それにお友達のお父さんが帰って来られても、伸ばしてほしいというかもしれませんから」

セノギのこともニョゼのことも気にかかる。 それに何よりトウオウのことが。
春樹が瞼を閉じた。 何かを考えようとしたのだろうが、今の紫揺の置かれている状況に春樹の考えなど到底発想に無いだろう。

「俺は・・・」

「はい?」

「どうしたらいいんだろうか・・・」

「え?」


紫揺と別れて・・・と言うか、話の途中に犬の唸り声が聞こえてきた。

「ガザン、大丈夫。 すぐ行くね」

犬の唸り声がした方に向かって紫揺が言い、そして春樹を振り返り続けた。

「あの・・・ガザンが呼んでるので」

そう言って紫揺が立ち上がったときには犬の唸り声はおさまっていた。

「紫揺ちゃんの言ってた土佐犬だよね?」

「はい」

「その土佐犬、紫揺ちゃんのことをよく分かってるよね」

「え? どういう意味ですか?」

ガザンが紫揺のことを分かっているのは疑いようのないこと。 だがガザンに気持ちを伝えることが出来るのはセキだけ。

「ほら、紫揺ちゃんが声を掛けただけですぐに唸りを止めるしさ。 俺も実家で犬を飼ってたけど、犬って何でも分かってるよね。 不思議なくらい」

「え?」

「そのガザンっていう土佐犬、紫揺ちゃんのことを守ってない?」

「・・・どうして?」

どうしてそんなことを言うのか? そう問うた。

「俺から紫揺ちゃんを守っているように思えるから」

そして続けて言う。

「俺が紫揺ちゃんにとって危険人物じゃないって誤解を解くために、その土佐犬に挨拶させてもらえる?」

いや、やめてください。 ガザンは誰をも、人間を敵対視していますから。 そう言いたかったが、実家で犬を飼っていたと言った。 犬飼いの経験に甘んじているのだろう。 そんな人間ほど、そんなことを言っても引かないだろう。

「土佐犬ですよ?」

今時の手に乗る愛玩ペットではないことを強調する。

「うん。 分かってる」

紫揺がどうして此処に居るのかも分からない、教えてももらえない。 それなら知っていることだけでも紫揺と分ちあいたい。

「私が夜な夜なウロウロしているのを、誰にも知られたくないんです。 ガザンが吠えたらなだめることなくすぐに帰りますけど、それでもいいですか?」

そう質問されて勿論、春樹が頷いた。

結果、懐中電灯を持つ紫揺の誘導の元にガザンと顔をあわせた春樹だったが、途端ガザンに吠えまくられた。
すぐさま紫揺がその場から居なくなった。

アチコチの部屋の電気が点き、窓から明かりが零れる。 身を低くした春樹が慌ててその場を去ったが、勢いよく階段を上がろうと一歩目で三段目に足を置き、もう一方の足を蹴り上げかけた時、点けておいた部屋の電気を消し忘れていたことに気付き、足を止め方向を変えた。 すると一瞬だったが、横目に小さな女の子が走っていく姿が見えた。

「え?」

一瞬の間逡巡したが、すぐに部屋の明かりを消しに行くとソロっと歩き出した。
ガザンの吠える声はもう聞こえない。 まだアチコチの部屋の電気が点いている。 足元は良く見える。 窓に自分が映り込まないように屈んで壁沿いに歩く。
と、呼ぶような甘えるような 「くぅ~ん」 という声が聞こえた。

「ガザンどうしたの? 何かあった?」

幼い声が聞こえる。 先程の女の子だろう。 時間が時間だけに声を殺してガザンに近寄っていく様子が見える。

「ふぅーん・・・」

ガザンと呼ばれる土佐犬は紫揺にも懐いているが、この少女にも懐いているという事か。 だが紫揺に対してとは随分と違う印象を受ける。
紫揺には鉄の壁となって守っているように思えるが、今のガザンの甘えた声からはガザン自身が少女に甘えているように思える。 自分と別れて紫揺がガザンの方に歩いて行く姿を見ていたが、ガザンが今のように甘えた声を出したことなど一度も聞いたことがない。

「試してみようか・・・」

と、その時、二階だろうか三階だろうか、とにかく上の方の一つの窓が開く音がした。 一瞬にして亀のように首を引っ込める。

「セキ、ガザンがどうかしたのか?」

途端、ガザンの唸り声が聞こえる。

「何ともない。 父さん、ガザンがまた吠えるから」

唸り声が大きくなる。

「まぁ、何ともなきゃいいけどな」

そしてとうとうガザンが吠えだした。 父親が首をすくめると窓を閉めた。

「ガザン、吠えちゃダメ」

窓に向かって吠えているガザンの首に腕をまわし、今にも窓に飛びつきそうなガザンの身体を止めている。

「バフ・・・」

止められても何度か吠えてから、最後は吠えにならない吠えで声が止んだ。

ガザンが唸ると紫揺は姿を見せずとも『大丈夫』 という声だけでガザンを黙らせる。 だがこの少女は紫揺ほどにガザンを黙らせる力がないのだろうか。 それとも唸るのと吠えるのとでは止めるのに時間の取られ方が違うのだろうか。

実家の犬は恐がりですぐに尻尾を股に挟んで吠えることすらなかったから、そこのところはよく分からない。

「ふーん・・・『大丈夫』 か」

顎に手をやると一瞬考えたが、少女が伏せをしたガザンに寄り添ってその場に座り込む姿を目にすると方向を変え、元来た道を辿りだした。

「また吠えたらあの子に迷惑がかかるもんな」

それに試したいことは試す必要がなくなった。 此処に自分が居るのをガザンは臭いで分かっているはずだ。 なのに唸らない。 もしかしてそれは少女が横に居るからかもしれないが、少なくとも唸った時には紫揺がガザンに声を掛けているし、それよりなにより犬なのだ、離れていても臭いで紫揺が居ることは分かっているだろうし、耳の良い犬が紫揺の話し声が聞こえない筈はない。 少女のように横にこそ居ないものの、紫揺の存在は分かっていたはずだ。
ということは、やはりあの唸り声は紫揺を守っているのだろう。 自分と長く話している自分に威嚇を送ってきているのだろう。 もしそうなら

「なかなかやってくれるな」

壁伝いに歩いていた腰を伸ばすと丁度、三階の一室を残して部屋の明かりが消えた。 その一室はさっき父親が明けた窓。 少しでもセキに足元を見やすくさせるために点けているのだろう。
その明かりを最後に見て、建物の中に入り部屋に足を運ぶ。

「俺だって出来ることはするさ」

だが、その出来ることは友達の父親に船を出してもらう算段をするだけ。 今はそれしかない。
さっき紫揺と話していた時、ついうっかり口にしてしまった迷い。

『俺は・・・どうしたらいいんだろうか・・・』

それは紫揺を此処から出した後のことを言っていた。

紫揺の話からは、誰にも分からないようにここを出ようとしている。 ということは、紫揺を出したことがバレて此処を追い出されるかもしれない。 こんな給料のいい所はそうそう見つからないだろう。 だがそのことで此処を出されたなら諦めをつけるしかないし、そうなると逆に此処に括られることは無いのだ、紫揺に会いに行くことが出来る。
もしバレなかったとして、このまま高級が続くし何より好きな仕事だ。 だが紫揺が此処を出てしまっては、そうそう簡単には紫揺と会うことが出来なくなる。

どちらも蹴り難い、選び難い。

「クッソ、俺ってこんなに優柔不断だったのかよ」

時間が時間だ。 バン! と自室のドアを閉めたい衝動を押し殺してそっとドアを閉めた。


部屋に戻った紫揺。 とは言ってもムロイの仕事部屋である。 自室なら木を上って枝から窓に向かい飛び込み前転をしなければならないが、一階にあるムロイの仕事部屋は鍵を開けていた窓を開ければそこから入ればすむことである。 自室に帰るより数段早く戻って来られる。

「ガザン、どうしたんだろ」

一旦止んだはずのガザンの声が大きく聞こえてくる。
気になる。
窓の傍でウロウロしているとそのガザンの声が止んだ。 と、紫揺の足も止まる。

「セキちゃんが見てくれてるのかな」

暫く耳を澄ますが何も聞こえてこない。 ホッと胸を撫で下ろして窓を閉めるとシャワー室に向かった。 ガザンが吠えたことによって全速力で此処まで走って来た。 その汗を流したい。
ふぅー、っと息を吐く。
濡れた髪をバスタオルで拭きながらソファーに座る。

「髪、大分伸びたな・・・」

タオルドライだけでは乾かなくなった。

ホテルに居た時はニョゼが部屋に美容師を呼んでくれたが、屋敷に来てからは髪の毛など切っていない。

「どれくらいになるかな・・・五か月くらいかな」

あと数日で七月になる。 十一月になれば攫われてから一年になる。

「明日また、トウオウさんのところを訪ねなきゃいけないかな」

『シユラ様は自分の力を知り、使い方を知る』 それは力を試せという事。
そして『最初は花を咲かせることから始めたらどうだ?』 とも言われた。 何故なら 『誰にも迷惑をかけないだろうからな』 と。

紫揺は感情がそのまま具現化するといい、また破壊でも起こさない為に言ったのだろう。 それはニョゼからも言われていた。 とは言え、ニョゼはもっと優しい言葉を選んで言ってくれていたが。
だがその忠告さえも虚しく何もしていない。

嘘でもトウオウの元に行く前に何かを試してみようか。

ニョゼに聞かれて 『嬉しい時に・・・嬉しく思った時にお花が咲いた・・・』 そう答えた。

「ふん」

何か得心したように一人首肯する。

「嬉しく思うか・・・」

そして部屋を見渡した。

「えっと・・・本と文房具以外何にもないけど」

花を咲かす種もなさそうだ。
一つ腕を組む。 が、何にも頭に出てこない。 口を尖らせ顔を左右に振る。

「・・・明日にしよ」

トウオウの元を訪れる前に庭で試してみよう。 
当たるも八卦、当たらぬも八卦の域である。

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