大福 りす の 隠れ家

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虚空の辰刻(とき)  第110回

2020年01月06日 22時11分43秒 | 小説
『虚空の辰刻(とき)』 目次


『虚空の辰刻(とき)』 第1回から第100回までの目次は以下の 『虚空の辰刻(とき)』リンクページ からお願いいたします。


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- 虚空の辰刻(とき)-  第110回



あの時言った。
『あの・・・私、自分に出来ることがあれば何でもします』

それなのに話をはぐらかすようにトウオウが言った。 だけど
『へぇ・・・んじゃ、この傷を消してくれる?』

そう言われた時には何も返答できなかった。
『自分に出来ることがあれば』 などとはへりくだった言いようなのかもしれないが、聞きようでは高圧的な言い方だったのかもしれない。
実際、謝りたい紫揺を置いてトウオウがそう言ったのだから。

『・・・え』
『出来ないだろ? 出来ないことを言うんじゃないよ』

たしかに 『自分に出来ること』 と言った。 『何でもする』 とは言っていないが、嘘か本気か、では古参を黙らせろなどと言われたが、それも出来るはずがない。 やれと言われて出来ない事ではないが、やれるはずがないのは明白だろう。

トウオウの異なる双眸が今をもって、念を押すかのように紫揺と目が合った。 気がした。

「トウオウさん・・・」

紫揺の考えの中で、トウオウはこう言えばよかった筈。
“背中の傷に紫揺が責任を負いたければオレの言うことをきけ。 自分の力を知れ” と、そういう交換条件でも良かったはずだ。
だが、トウオウはそんなことを一言も言わなかった。
それどころか。 傷の事は自分の選んだことなどと言っていた。

「やめて欲しいんだけど・・・」

そんな言葉が出た。
借りは作りたくない。
でも、今の状況でそんなことは言ってられない。

「どうしたらいいんだろうか・・・」

何度も逡巡しては自分を言いきかすのに、また考えてしまっている。
大きく溜息を吐く。

「トウオウさんが女子だった・・・」

思い出すと北の領土でアマフウと一緒にお風呂に入ったのも頷ける。 あの時は恋人同士だと思っていたし赤面しかけたが、なにより同時に聞いたムロイとセッカが婚約していたという方に驚き、セイハの言う『婚前混浴』 という言葉に驚いてしまって、トウオウとアマフウのことを訊くこともなかった。

窓の外を見る。 月が上がっている時間。

「なる様にしかならないかな・・・」

脱出できるとも限らないのだから。
窓を開けると身を踊らせた。


夜な夜なガザンに会いに行く。 ガザンを利用しているようで離れるまではガザンに謝りたいという気持ちもあるが、それ以上にガザンの身体の暖かみに触れると心が落ち着くからだ。

謝るのはセキに対してもそうであるが、セキとは言葉で通じ合えた。 だがガザンに通じ合えるのはセキだけ。 どれだけ紫揺が思おうとガザンに伝えられない。 それを歯がゆく思うが、ガザンの暖かさに触れるとそれさえも忘れられるほど心穏やかになれる。

「あ、そう言えば・・・」

春樹のことを思い出した。 ガザンの次に脱出に貢献してくれる人間なのにすっかり忘れていた。
『明日も此処だよね』 そう言っていた。 船を出してくれる話が展開する可能性があるのだろうか。

「わっ! 先輩、待たせたかな」 思わず回廊を走る。



丁度、休憩に入った時だった。 馬車を降りようとした薬師が、薄目を開けたムロイに気付いた。

「領主! お気が戻られましたか!?」

骨折からの発熱も口に運んだ薬湯でなんとか治まっていた。

「・・・?」

マツリの言うところの疲れから寝ている、と発熱からの混濁から今回はやっと、はっきりと意識が戻ったようだ。

「セッカ様をお呼びします」

「セッカ?」

馬を駆ってかけつけたセッカが先ほど馬車に追いついていた。
ムロイは単に領土に残っていると思っていたのに、馬を駆っていた時に目の前を走る馬車。 訝しんで馬車を止めた。
するとそこにムロイが横たわっていると聞いた。 驚いたセッカが馬車から下りて来た薬師の説明を聞いた。

「ご心配をされております」

「セッカが?」

薬師が首肯するとすぐにセッカを呼びに行った。

「まぁ・・・!」

ムロイの姿を見て第一声がそれだった。
セッカに止められた馬車であったが、まだ目覚めていないムロイの姿を見せるには酷だろうと、薬師はその時にムロイの説明をしただけで姿を見させなかったのである。

「フッ、それ程可笑しいか?」

顔を動かそうとして痛みが走る。
薬師がセッカを呼びに行っている間に己の姿を見た。 腕にも足にも固定するように木が添えてある。 そして見ることは出来ないが顔の中心にも違和感があるし、顔中に晒(さらし)がまかれているのを感じる。

「イヤですわ、可笑しいなどと。 さぞ痛いでしょうね」

ムロイの姿を見れば誰もがそう思うだろう。
セッカがムロイの枕元に膝を着いた。

「痛いかどうかも今は分からない」

「え?」

「痛すぎて分からないのか、薬師の薬草で分からなくなっているのか」

「痛みすぎて分からなくなっているようには、お見受けしませんわ」

「そうか。 では、薬師が良くやってくれたのかもしれんな」

「薬師・・・。 そうですわね。 薬師が調合する薬草はいいものかもしれませんわね。 あちらの副作用があるような薬と違って」

見た目はギプスより随分と粗雑な添え木を使っているが、痛みを感じないのであればそれは彼の地(日本)での医療と匹敵するのではないかと思われる。 ましてや副作用のない調合。 今まで後進と思えるこの地を疎んじていたが、薬師の力を改めて知った。

「心配をかけたようだな」

「当たり前ですわ」

少し拗ねたように言う。

「そう言うな。 ・・・相談がある」

「え?」

ムロイの口からそんなことを今までに聞いたことがない。

「それは今すぐでなければいけませんの?」

「いや・・・」

マツリは『待つ』 と言ってくれていた。
マツリに甘えたくは無いが、今どれだけ話そうとも、この身体で紫揺を連れて行くことなどできない。

「では、身体の具合が戻ってからではいかがかしら? あまり話しますと鼻の骨が歪んでくっ付きますわよ」

「え? ・・・っつ!」

「あら、ご存じありませんでしたの? 鼻の骨も折れているそうですわよ。 お喋りは余りなさいません方がよろしくてよ」

言い終わるとそっとムロイの左手をとると両手で包み込んだ。

そう言われれば、薬師から鼻の骨が折れていると聞かされたことを思い出した。

セッカを婚約者に選んだのはそろそろ跡継ぎを考えないと、と思ったのが最初だった。 セッカでなくても誰でも良かったが、あの屋敷を知る者、彼の地である日本を含む海外を知る者でないと、最初から説明するには時間がかかり過ぎるし、説明したものの受け入れられなくては元も子もない。 我が母親のように。

では、屋敷も彼の地も知る者といえば五色とニョゼしかいない。 アマフウ、トウオウ、セイハ、ニョゼなどはムロイから見ればまだ子供。 残るのはセッカとキノラ。

キノラは仕事の上でよく働いてくれる良いパートナーであるとは思うが、ぶつかり合うこともある。 無論どんなにぶつかっても、領主という職権乱用と言われればそれまでだが、最後にはムロイの言う方になる。 そんな間柄で夫婦になれば職権乱用も使いづらい。 結局、消去法でセッカを選んだのだが間違ってはいなかったようだ。

セッカの手の暖かさを感じる。
馬鹿ほど寝たはずなのに深い眠りに落ちていくのが分かる。



塔弥に説き伏せられ領主は一旦屋敷へ戻るということになったが、塔弥はそのまま空港に残った。 その二日後、ようやく明日、空の便が動くと聞いた。
やっと居座った台風が去り、定期便の時刻から随分と遅れてだが飛行機が出ることになった。 塔弥からの連絡で領主がすぐに屋敷を出た。

空港で塔弥に会い、阿秀に連絡をすると眉根を寄せた。

『今から那覇空港まで飛び、それから小松空港に飛ぶには直行便はないと思います。 那覇空港に着かれたころにご連絡いたします』

そう言って電話が終わった。

前回同様、那覇空港までは分かるが、本土の地をよく知らない領主に代わって阿秀がチケットの手配をするようだ。

「塔弥、疲れただろう。 悪かったな」

疲れもあるだろうし、あの風雨の中を走って来ていたのだ。 今は濡れていた服は乾いているが、塔弥の体力あっての事だろう、風邪を引いた様子も無ければ声さえ掠れていない。

「いえ、私が言い出したことですから」

領主を説き伏せるための手段だったのだから、領主の謝罪を受けてもいい筈なのにそれを受けることをしない。

「独唱様がお身体を起こしておられる。 添うてもらえるか?」

「え? お身体の具合は・・・?」

「随分とよくなられたようだ」

「葉月が良くしてくれたからでしょう」

何を言っても頑固なほどの謙虚の持ち主。 今すぐにでも独唱の具合を確かめたいだろうに、領主を見送ろうとしているのがありありと分かる。

「わしは車だ。 塔弥は歩いて帰らねばならん。 さすがの塔弥も車より早くは走れんだろう? 一刻でも早く独唱様に付いてくれ」

「葉月が付いております」

「こう言っては何だが、独唱様のことは葉月は此之葉ほど出来んぞ。 それに此之葉も塔弥ほどに出来ん。 独唱様の我儘にお仕えできるのは塔弥くらいだ。 分かっているだろう」

「我儘などと決して」

「頼む。 独唱様の元に付いてくれ」

「・・・分かりました」

「では、留守の間、独唱様を頼む」

領主が身をひるがえすと、塔弥の去る足音が聞こえた。

「塔弥・・・未だ行方不明の曾祖叔父のことが・・・」 そこまで言うと頭を振った。

塔弥の頑固さは曾祖叔父のことがあるからだと領主は思っている。 塔弥は曾祖叔父に会ったことは無いが、伝え聞いて曾祖叔父の存在を知っている。

「・・・独唱様も同じか」

独唱と塔弥の絆に誰も入ることが出来ないのは尤もなことだと思う。


那覇空港に着いた領主が、阿秀からの連絡を受けて呆然自失となった。

前回は穏やかに消えた台風だったが、今回は領主の進行方向と同じに進んでいて、ましてや勢力を上げているらしい。 尚且つ、ゆっくりと進んでいるという事である。

『空港近くにホテルを取りました』


「阿秀・・・」

スマホを切った阿秀に醍十が不安げに問う。

「何を言っても始まらない。 相手は自然なんだからな」

「でも、紫さまがまた北に行ってしまわれては・・・」

「取り越し苦労はやめろ。 今あることに専念するしかない」

スマホをテーブルに置くと醍十に向き直った。

「今の問題は・・・」

「容易に島に上がれないということ」

「そうだ。 領主が来られるまでにそこを解決せねばならん」

野夜からの連絡では、島の周りに吠えたくる数頭の犬と、現段階で確認できている獅子が一頭いると報告があった。

『あれだけ吠えられれば容易に島に上がることも出来ませんし、かなり凶暴なようです』

双眼鏡で見ていた時、偶然にも船が一隻入ってきてその時にかなり威嚇する声が響いたということであった。

『凶暴?』

『そのように躾けられていると思います。 それに―――』

と、野夜が続けたのは、桟橋は犬の居る方にしか無いという事であった。

『獅子は?』

『見るからに恰幅のいい獅子を一頭確認しました。 獅子だけに近寄ることも出来ず、何頭いるかの確認は容易には出来かねると思います。 島の四分の三は常に犬が闊歩しています』

『残りの四分の一が獅子か・・・』

『はい』

『・・・獅子の居る方に船はつけられるか?』

『岩礁が多く近くまでとなるとかなり無理があります。 船をつけるには犬がいる方が容易いかと』

「北もやってくれるな」

そう言うと醍十の横に座っている此之葉に目を移した。

「此之葉、領主を迎えるには少々時間が必要だ。 自分の部屋に戻って休むといい」

ここは小松空港にほど近いホテルの一室。
返事のない此之葉を阿秀が見遣る。

「どうした?」

「・・・此処に来て何か違和感を持ちました」

「それはどういうことだ?」

距離的に北の領土の者の土地に近くなってきたのが、此之葉に何かを示したのだろうか。

「これは紫さまの気でしょうか・・・」

紫の気と言われてしまっては阿秀には何も分からない。 勿論、醍十にも。

「何か感じるのか?」

分からないままにも、古(いにしえ)の力を持つ此之葉にそう問うしかない。

「どこかで気を感じていましたが、これはもしかすると紫さまの気かもしれません。 とても薄いので言い切るには自信がないのですが」

「どういうことだ?」

「これが紫さまの気であられるなら、紫揺さまの中で紫揺さまの気を置いて紫さまの気が大きくなっておいでのようです。 ですが途切れ途切れで把握しかねていましたし、紫揺さまの気は感じませんし・・・」

紫揺のことはずっと紫さまと言っていたのだ、此之葉が紫揺さまと言って一瞬誰だろうと思ったが、紫揺さまとは紫さまの事だとすぐに頭の整理がついた。

「紫さまに何か変化があったという事か?」

「具体的には分かりませんが、紫揺さまの中で紫さまの気が大きくなられたのではないかと、感じています」

同じことを繰り返して言う。 それ以外の説明のしようがないのだから。

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