大福 りす の 隠れ家

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虚空の辰刻(とき)  第90回

2019年10月28日 21時42分45秒 | 小説
『虚空の辰刻(とき)』 目次


『虚空の辰刻(とき)』 第1回から第80回までの目次は以下の 『虚空の辰刻(とき)』リンクページ からお願いいたします。


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- 虚空の辰刻(とき)-  第90回



身を低くして人里から離れると山の中を走る。 山に入ると今度は先程より近くでキョウゲンの声がする。

「チッ、開いたところがないねぇ」

木々が空を覆っていてキョウゲンの下に姿を出せない。

「二手に分かれるよ」

言うと違う方向に足を向けた。
頷いたハクロ。 二匹が各々に走る。

シグロがいくらも走らないうちに、陽の光が射すところを見つけた。

「ここらでは、あそこしかないかね・・・」

幾つもの岩を跳び越える。 時々陽の光が背中にあたるのを感じる。
その一瞬を見逃さなかったのはキョウゲン。

「居りました」

言うとシグロの走る方向に翼を乗せる。

「・・・あそこに姿を出そうとしているのか」

シグロの姿は見えないが、キョウゲンの飛ぶ方向からしてその場所が分かったようだ。 木々がなく開けた場所がある。

「そのようです。 一度下りられますか?」

「ふむ・・・そうだな」

「では」

スピードを上げて木々のないところまで飛ぶ。 そして地をめがけて滑空すると、マツリが跳び下りた。 キョウゲンは一つ大きく縦に回ってマツリの肩にとまった。
あと大きな岩五つ分迄やってきたシグロがマツリの姿を見止めた。

「さすがはキョウゲンだね、既にアタシを見つけたのか・・・」

岩五つを難なく跳び越えマツリの前に出た。

「話は聞いた。 セノギのことはさておいて、領主の様子はどうだ」

「かなり良くないと民が話しているのを聞きました」

現段階シグロには民からのほんの少しの情報しかない。 夜にでもなれば忍んで詳しく話声を聞くことが出来るが。

「生死にかかわるという事か」

「民には詳しいことは分かりますまい。 その様なことは聞きませんでした。 ですが中心まで連れて行くことすら出来ないようで、今まだ医者も来ていない状況です。 が、数刻前に薬師がやってまいりました」

「・・・そうか」

「山の中を馬で歩かせていたようです」

マヌケ三匹がそう言っていた。

「そういうことか・・・」

本領に向かっていたという事か。

「馬が倒れて置き去りにされておりましたので、落馬をしたものと思われます」

頬に手を当て何度も擦る仕草を見せる。

「マツリ様?」

初めて見るマツリの仕草に何事かと、シグロがマツリの名を呼んだ。

「あ? ああ、そうか。 うむ、承知した。 セノギのことだが、セノギの言伝は聞いた。 セノギが何故そのような言伝をいったのやら・・・。 何か他に聞いておるか」

「いいえ」

「セノギはどこに行った」

「申し訳ありません、領主の後を追っていただけで、まだ茶の狼たちに何も聞いておりません」

「そうか。 何か分かったらすぐに知らせてくれ。 領主の具合を見に行く、案内を頼む」

キョウゲンがマツリの肩から飛びあがった。

この間にハクロを呼ぼうと口を開けかけて止めた。

『ハクロのやつ・・・今度会ったら問答無用に叩きのめしてやる!』 それがいつ叶うかは分からない。 叩きのめすわけではないがもう少し走らせておこう。 そしてそれで勘弁してやろう。

ハクロにしてみれば何もしていないのにいい迷惑である。 だがシグロにしてみればその何もしていないことに腹を立てている。

麓まで走ることはキョウゲンも知っている。 その先の案内が必要なのだから。 マツリがキョウゲンに乗るより先に地を蹴り上げた。
シグロは先程走って来た道を逆走する。 今は山の中、人間の姿は見えない。 だが、麓に下りると人間の世界に出る。

麓近くまで出ると既にキョウゲンは上空を旋回していた。
麓に目をやるとこの辺りの民は皆、わけの分からない状態の領主の元に集まっているのだろう。 人っ子一人見つからない。

シグロがどの辺りまで案内するか・・・。 己の姿を見られては困る。 それにマツリはどうやって近づこうとしているのか。

「マツリ様はどう考えておられるのか・・・」 

目のまだまだ先に何棟もの茅葺き屋根が見える。 シグロが足を止め、身体を茅葺屋根の方に向け、物陰で伏せの体勢を取る。 これ以上は近づけないという事だ。

「あの辺りか?」

いくつもの点在する茅葺屋根が見える。

「あそこか?」

マツリの向けた視線の中に民が群れかえっている家がある。

「そのようです。 ですが民が居ります。 どういたしましょう」

「そうだな・・・。 ふむ、構わん行ってくれ」

「御意」

(あのままで行かれるおつもりか・・・)

呆気にとられるが、祭の時にはその姿を現している。 その時に一部の民はマツリの姿を見て、その姿を知らないわけではない。 とは言っても、祭の時以外にもキョウゲンに乗って北の領土を見回り飛び回ってはいるが、まず上を向くものはそうそう居ない。 上を向いてみたとして、大きな姿の梟、キョウゲンが見えるくらいである。 キョウゲンの背に乗ったマツリの姿など、ハッキリ見ることはないのだから。 ましてやキョウゲンから跳び下りるところなど見たことが無いだろう。

点在する茅葺屋根の一つに目を絞ったシグロ。

「・・・そろそろ疲れたかねえ」

ゆっくり歩きだすと山の中に入りハクロを呼んだ。


「ヒィ・・・」

一人の男が声にならない声を発した。

その声を訝しく思った他の民達が、その視線の先に目をやる。 誰もの目が大きく見開かれた。 風が起きたと思ったらマツリが空から降って来た。 そして先程までの巨鳥がクルリと一回転すると小さくなってマツリの肩に乗ったのだから。

「マ・・・マツリ、様?」

ざわめきが起きる。
今のキョウゲンを見ればマツリ以外いないであろう。

「領主の具合はどうだ」

「は・・・はい、それが・・・わしらには何も分かりませんです」

「薬師が来たそうだな」

「は、はい、な、中に居ります」

家に張り付くようにしていた民が波を引くように戸口までの道を開けた。 一人がそっと戸を開ける。 民たちの戦(おのの)きなど意に介さず戸口まで歩く。 開けられた戸から中に入ると、そっと戸が閉められた。

布団に横にされた領主に寄り添うように薬師が居る。 手元では何かを水で溶いている。

「どんな具合だ」

薬師が驚いて振り返る。

「こ! これは、マツリ様!」

振り返ったのが、祭の折に顔を合わせた若い薬師と分かる。 マツリと同じ歳ほどの薬師。

「傷には薬を塗りまして血は止まっております。 分かるところだけですが、骨を折っている所には添え木をしました。 顔色から頭を打ったかも知れませんが、今のところ吐瀉(としゃ)は御座いません」

いつ吐瀉があってもいいように、顔を横に向けているのであろう。 チラリと視線を動かすと、領主が着ていた皮の服だろう、泥まみれになって置いてある。

領主に視線を戻すと右足と右肩に添え木がまかれている。 塗り薬は顔にも身体中のあちこちにも塗られている。 皮の服を着ていたといえど、顔や手先は服で隠されてはいない。 そこには切り傷が見えるが、あとは皮の服が切り傷からは守ってくれたようだが、打ち身の跡が見える。

「一度でも気は戻ったか?」

「私が来てからは一度もありません。 民からも同じことを聞いております」

言いながらその場をマツリに譲る。

マツリが掌をムロイの頭にかざした。

「打ったのは打ったが、軽いたんこぶ程度で終っているだろう。 あとでそこを見つけて冷やしてやれ」

「は、はい」

頭は撫でてまわったつもりでいたが、たんこぶに気付かなかった。

マツリの掌がそのままゆっくりと下におろされていく。

「鼻にも添え木を。 折っておる」

「鼻? 鼻でございますか?」

「見てみろ」

まじまじと見ると、本当だ。 僅かだが歪んでいる。 顔は酷く腫れていて薬を塗っていたが、まさか折っているとは思わなかった。

そのままゆっくりと掌を移動させる。 左右の腕と胴が終ると左右の足にも掌をかざした。

「ふむ、あとは喉がやられておるな。 それも軽いものだ。 後で見てやれ。 薬のことは分からぬが、腫れを引かすものを塗れば良いと思う。 五臓も、六腑も心配ない」

「では、どうして目覚められないのでしょうか」

「身体の痛みもあろうが、まずは疲れが溜まっているのだろう」

「は?」

思いもしない言葉に素っ頓狂な声を出す。

「悪運があるやもしれんな。 寝ていると思えばよい」 

身体の切り傷、打ち身からは想像できない程、内臓が元気である。 マツリの掌がそう判断した。

薬師から全身の力が抜けた。

薬師もそうだが、マツリも少々気が抜けたところがある。 己の発した言によってであろう、領主が倒れていたと聞いてきたのだから。 その責任を感じここまで来たのだから。
まぁ、骨を折らせてしまったことには重々責任を感じてはいるが。

「よい見立てをした・・・と我からは見える。 良い薬師になれるだろう。 不安であるならばこれからは熱は出るであろうが、熱を気にしながら中心に運ぶとよい。 医者も居よう。 それ以外はどこにも障はない」

少なからず、マツリはこの薬師を気に入った。

「は、はい」

踵を返したマツリ。

「ああ、そうだ」

と言って振り返る。

「頼まれてはくれんか」

「なんなりと」

「領主が目覚めたら伝えて欲しい。 待つ、と」

「待つ・・・それだけでよろしいのですか?」

「ああ、そうだ。 では頼んだ」

今度こそ踵を返して家を出た。

民の見る中、堂々とキョウゲンに乗り、暫く飛んでいるとシグロとハクロが姿を見せた。
低く飛んできたキョウゲンの背からマツリの声が飛んでくる。

「領主の心配はない。 戻って良い」

言い残すと再び空高く舞い上がった。



セノギの容態は芳(かんば)しいとは言えなかった。

確かに膝頭に打ち身の後はあるが、頭を打ったわけでもなければどこかを骨折をしているわけでもない。 膝の靭帯はかなり傷めてしまったようだが、それより何より意識が目覚めない。

医者曰く

「おかしいなぁ・・・。 どうして意識が戻らないんだ」

MRIやCTなどの検査でも異常は見られなかったし、体温は低くはあるが、他のバイタルも安定しているのに、この三日間ピクリとも動かない。

担当医は首を捻るが、そうだろう。 この地には無いものにあたったのだから。
ヒオオカミの居る深山の中に入ったという事は、時間差があるにしろ、ヒトウカもそこに足を運んでいたという事だ。

ヒトウカの作る冷えすぎる冷えにあたったのだから。 だからと言って単純に体温が奪われるだけではない。 ヒトウカの作る氷の上に立つとヒオオカミには力がみなぎる。 足元は氷ってはいなかったが、言ってみればヒトウカの作るその力の残滓にあたってしまったのだ。 ヒオオカミはヒトウカの力を己に取り込み力とするが、到底人間にそんなことが出来るはずはない。

「ふぅ・・・」

担当医が出て行った後に、特別室のソファーに座ったセッカが溜息をもらす。

特別室を指定したのはセッカである。 パイプ椅子なんかに座っていられない。 というのが一番の理由であった。

屋敷からスーツを着た男がやって来たが、その中にセッカを除く五色はいなかった。

「心配じゃないのかしら」

疑問符はつかない。

「それにしても、ショウワ様は何を考えていらっしゃるのかしら」

男がやって来た時、付き添いを代わってもらえると思ったのだが

「ショウワ様からのご伝言です。 領主のご婚約者として、このまま病院に居られるようにとのことです」

そう言って、ご丁寧にもセッカの着替えを手渡された。

セノギは領主の片腕である。 これからのことを考えて他の者に威厳を示せと言っているのだろうとは分かるが、チラッとセノギを見た。

「退屈この上ないわ・・・」

どこかが悪いのだったら心配もするが、医者が首を傾げる状態だ。 買い求めた雑誌をパラパラとめくった。 と、その時僅かにセノギの声が聞こえた気がした。 雑誌を横に置くとセノギの横に立った。

「セノギ?」

腰を折ってセノギの顔を見る。

「う・・・ぅ」

すぐにナースコールを押した。



やっとダンが屋敷に戻った。

「どうした?」

疲れ切ったようで、時折ふらついているようだ。
実は領主を受けとめた時に、身体にそれなりの衝撃を受けていた。 大の大人が転げ落ちてきたのだ。 それを受け止めたのだから。

「は・・・このような姿で申し訳ありません。 領主が山の中で馬と共に倒れ、そのまま昏倒してしまいました」

「なんと!」

「もう少し近くに居ればよかったのですが離れ過ぎておりました。 自力で馬から抜け出た後、斜面を転がって来たところを吾が受けましたが意識はありませんでした」

「それでどうした」

「馬車道まで運びまして、その後は領土の者が運ぶのを確認いたしました。 そこまででございます」

「では、領主の容態は分からんのか?」

「少なくとも意識なく手足の骨折と出血があちこちから見られましたが詳しいことは」

「そうか、お前もハンと共に休んでいろ」

「ハン? ハンがどうかしたのですか?」

「ヒトウカにあたって、未だ目が覚めん。 同じくヒトウカにあたったセノギは先程目覚めたと連絡があった」

「セノギも・・・。 ヒトウカにあたったとは、二人ともそんな深山の奥まで行ったという事でございますか?」

「お前を見ている限りはムロイはそこまで行かなかったようだな」

「はい」

「とにかく休め。 苦労であった。 ムロイのことは他の者に見に行かす故、心配することはない」

「・・・御意」

「ゼン」

「此処に」

ゼンが現れたのを見るとダンの人型が揺らぎ、ドロリとその場からなくなった。

「疲れは取れたか?」

「これしきで疲れたなどと」

セノギを此処まで運び、その後はハンも運んできた。 だが、先程のダンと違って洞窟までは馬で運んでいる。 ダンとの疲れの差は雲泥の差である。

「今、ハンを見ているのは?」

「カミでございます」

「ではケミを連れてムロイの元に行ってくれ。 ケミ」

「ここに」

ゼンの横に影が人型をとる。

「頼んだぞ」

「御意」「仰せのままに」 二人が言うとその影がドロリと消えた。

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