大福 りす の 隠れ家

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虚空の辰刻(とき)  第7回

2018年12月31日 23時06分48秒 | 小説
『虚空の辰刻(とき)』






                                        



- 虚空の辰刻(とき)-  第7回



領主がすぐに阿秀 (あしゅう) を呼ぶように言う。 呼ばれた阿秀は静岡にいたが、昨日、沖縄の離島にある東の領主の日本での屋敷に帰ってきたところだった。

「疲れている所をすまんが、独唱様が紫さまの住まいと思われる所を確定された」

「はい」 一瞬、驚いた顔をしたが、すぐに冷静を取り戻す。

「この時間から出られるか?」

「私、一人でしたら」 暗に領主には出られないと言っている。

「船か?」 この時間に飛行機などない。

「はい」

領主を高齢とは言わないが、船にも乗り慣れていなく老齢の域に達していては、大型船でもない船での移動など明らかに堪えられないものだと分かる。
先に出ていた時も船で出ている。 そして昨日帰ってきた時もその船で帰ってきていた。 ここ離島は、頻繁に飛行機が飛んでいるわけではない。 飛行機を待っているくらいなら、飛行機よりは時間がかかるが、すぐに出られる自分で操舵する船の方がいくらかいい。

「やはり、わしには無理か?」

「ご無理をされない方が」

「・・・分かった。 では、明日一番の飛行機でこちらを発つ」

「では、私は一足先に参らせていただきます」 顎を引いて頭を下げると、その場を後にした。

「塔弥!」

「はい、ここに」 開けられていた襖の後ろから片膝をついて現れた。

「北の動きがどうなっているか聞いたか?」

まさか北が動いているとは思わなかったこの数十年。 だが、先日、塔弥から独唱が北のことを言っていたと聞かされ、北も未だに紫さまを探しているのだと知った。
北が何故、どんな力を持って紫さまのことを知るのか、それは東の領主の知るところではなかった。 時間があれば、力があればそれを探ることが出来たのかもしれないが、全くもってそれを持ちあわせていないはずなのに。 それにこの日本のことをどうして知ったのか。 詳しく独唱に訊く暇 (いとま) もなかった。 それは東の地の領主の暇ではなく、独唱の暇である。

「はい。 警察署内に入り込んでいる野夜 (のや) が、同じく潜伏していた北の関係者のことを報告してきました。 今日の昼間に紫さまに関する何かを見つけたようなのを知りそれは阻止したと。 ですが、再度この時間に探ってくると思われるので、それを止めたのち先に向かっている者に遅れて地図の場所に行くということでございました。 こちらが半日早ければそれで良いであろうと・・・」 領主と阿秀が話している間に、ちりじりに散っている仲間に全ての連絡を取っていた。

「・・・北が見つけおったか。 いや、出来ることならもう一日延ばすように言っておいてくれ。 北がどこから来るかは分からんが、こちらは飛行機で出ねばならん。 少なくとも一日の余裕が欲しい」

「承知しました」

「それと」 手を動かしかけた塔弥の動きが止まった。

「はい」

「此之葉 (このは) も連れて行く」

「承知しました」 襖を閉めるとその場を去った。

屋敷を出るとすぐに今も警察署内に潜んでいる仲間である野夜に連絡を入れ、携帯を切ると洞穴に走った。 岩屋に見える隧道の奥へどんどんと入って行き、その更に奥にいる此之葉を呼びにいったのである。


塔弥から連絡を受けた署内に身を潜める二人。 北の関係者はまだ来ていない。

「どうする?」

「ここに此之葉がいてくれれば、どの資料を北が手にしたかわかるのにな・・・」

北の邪魔をするにはその資料をこの漆黒の間だけ隠しておけばいいのだが、その資料がどれかが分からない。

「少なくともこの夜を過ぎなければならん」

「ああ。 此之葉に頼る事もできんのだからなぁ・・・。 それではこの場所でなく、玄関から行くかぁ?」

「玄関?」

「最終的なピンポイントで止めるんじゃなくて、その前に止めるってやつよ」

「しかし、この建物の中に入ってくるには警察官が立っているし、北のやることだ、正面からは来ないだろう」
北のやることとは言ったが、警察署内で見たのは北の人間ではなかった。 瞳の色が違う。 警察署内に入っていたのは、北が雇ったこの地の者だろう。

「う・・・ん、そうかぁ」

「お前は真っ直ぐすぎる。 お前の様に北は考えない」

「クッソ、北め!」

結局この日、北に雇われていた者は資料室には来なかった。 余裕をブチかましたんだな、と 「クッソ、北め!」 と醍十 (だいじゅう) と呼ばれている男が言った。
朝になりもう一人の男、野夜 (のや) が問いを投げかけた。

「まだ今日一日、北を資料室に入れることはできない。 どの手を打つ?」

「俺には無理だぁ。 お前が考えてくれ。 昨日、坂谷を資料室に行かせたように」 実行したのは醍十だったが、手を考えたのは野夜だった。

「じゃ、俺の好きなようにしていいな?」

「任せる」

任せられた野夜は朝から坂谷に近寄り、北の関係者のことをほのめかせた。

「志貴さんと親しいんですよね。 あの噂は本当なんですか?」

「なんの事?」 坂谷が言う。

「知らないんですか? ほら、暫く前からおかしな二人がいたでしょう?」 粗忽な巡査を装っている。

北の関係者は今まで無骨にそこら周りを漁っていた。

「ああ、昨日も一人資料室にいたよ」

「今日も朝から可笑しなことを言ってたんです。 志貴さんのことを」

「志貴さんのこと?」

「ええ、志貴さんの頬の傷は女の子にきせられたって」

署内に潜り込んでいた野夜が、昨日急遽応援を頼んでいた。 隠れ家のホテルに帰った北の関係者二人を監視してほしいという事であった。 するとその二人の間に新たに一人が加わり、そのホテルのロビーで交わされた話を聞いていると 『高校生』 『志貴』 『傷』 というキーワードが出てきたというのである。 紫揺のことを調べているのは分かっている。 『高校生』 というキーワードを 『女の子』 に置き換え、志貴の顔は知っている。 その頬に傷があるのは簡単に見て取れる。

「え! そんなことを!?」

「ええ。 本当に志貴さんの頬の傷はそうなんですか?」

「そんな筈ないじゃないか!」

「そうなんですか? ですけどあの二人は、そんな噂を振りまいていますよ。 それじゃあ、志貴さんも迷惑な話ですよねー」

坂谷に昨日のことが頭を過ぎった。

「すまない。 ちょっと・・・」

「ええ、どうぞ」

自分が報告書に志貴のことをどこかに書いてしまっていたのかと不安に思う。 足早に資料室に向った。

「それにしても、なんだって今頃この話が出てくるんだ。 どこの部署か分からないやつをひっ捕まえるしかないか」

その坂谷の後姿を見送った二人。

「坂谷に絞っておいて正解だったな」

「正解かどうかは俺には分からん」

「これで少なくとも今日一日は坂谷が資料室で北の関係者の奴らを待ち構えるだろう」

「お見事と言おう」

「その言い方は何だ?」

「・・・俺には想像ができないやり方だ」

「だから言っただろう。 お前は真っ直ぐすぎるって」

それに反して 「イヤミではないぞ」 と前置きをして言葉を続けた。

「お前は北のようだな」 と、横目でチラリと野夜を見る。

「あんな奴らと一緒にするな。 知恵があるといって欲しいな」 すげなく返す。

(知恵ね。 悪知恵か・・・) と思ったがそれを口にすることはなかった。

「それにしても夕べの男が気になるな」

「え?」

「北の奴らのホテルに尋ねてきたっていうガタイのいい男だ」 

夕べ隠れ家のホテルに帰った二人の監視を頼んでいた男から聞かされていた三つのキーワードをその男に話していたという。 かなり身体が大きかったということであった

「俺にはよく分からんが、ここの人数を増やすためだけなんじゃないのかぁ?」

「単純にそれだけだったらいいんだが・・・」 拳を口元に当てると、少し考える様子をしてから 「考え過ぎか」 と拳の横から声を漏らすと続けた。

「さっ、今日一日は坂谷がずっと資料室に居るはずだ。 俺たちはあの場所に行こう。 紫さまの元に」

「え? ・・・いや、それは危ないだろう。 何があるかわからない。 いつ、坂谷が呼び出されるか分からないじゃないか」

「おい、坂谷の普段の行動を見ていなかったのか? 何のために坂谷に絞ったか分かってないのか?」

「え?」

「こういうときに坂谷は連絡を一切きっているだろう」

「え?」 もう一度同じ言葉を発した。

「坂谷は今日一日、資料室からは出ない。 自分に強情な性格だ。 だから何かあったときにはと、坂谷に絞ったんじゃないか」

「・・・そうなのか?」

「お前・・・。 ずっと塔弥のうしろに仕えるか、今回の此之葉付きにしてもらえ」 大きく嘆息を吐くとその身をひるがえした。

「遅れを取るわけにいかない。 行くぞ」 言葉を投げかけるが、最後に吐かれた言葉の意味が分からないといった顔をしている醍十に視線を送る。

「分からないのかよ。 ・・・冗談だよ。 俺はサッサと領土に帰って楽な服を着たいんだ。 ほら、デッカイ図体をサッサと動かせ」 そう言うと背中をバンと叩いて、にわか警察の制服を脱ぎながら先を歩いた。


翌朝一番の飛行機に乗ってやってくる予定だった領主だったが、運悪く西からやって来た台風が速度を速めこの日一日飛行機が飛ばなくなってしまった。
荒波を泳いでいくわけには行かず、仕方なく翌日の飛行機に乗ることになった。
朝一番の飛行機に乗ってやってきた領主と此之葉。 福岡空港で待ち構えていた阿秀と合流した。
深夜先に出ていた阿秀は1分1秒を惜しんで島を車で走り、そのあと船で海を渡っていた。

「調べはすすんだか?」 足早に空港内を歩く。

「はい、役所に忍び込んだ梁湶 (りょうせん) が申しますには、紫さまはお生まれになった時からずっと今の場所に住まわれているようです」 領主の横に付いて小声で話す。

「では、その土地に旧知が多いという事か?」

「それが、思うほどではないようです」

「どういうことだ?」

「学校関係は中学を卒業してからは他の地域の高校に行ってらっしゃいます。 地元での友人関係は絶たれているようです」

「だが、連絡をしていたかどうかまでは分からんであろう」

「それが、今時のスマホも持たず、高校は部活に入って休みの日なく朝から夜まで練習をされていたという事で連絡など取られる時間はなかったと思われます」 

「そうか」

「高校からは進学も就職もされなかったようです。 その理由はまだ分かっておりません」 

まで言うと下を向いて言葉を止めてしまった。

「どうした?」

「御祖母様も御祖父さまも、既にお亡くなりになられています。 紫さまがお生まれになる前です」

「・・・そうか」 足を運ぶ速度が落ちた。

紫揺の祖母が生きていれば84歳になっているはずだった。 存命を期待していたが、年齢を考えると、或いは、ということを思わなくもなかった。

「お労 (いたわ) しい。 どれほど無念であられただろうか・・・」

「はい・・・」

「紫さまの母上から、先 (せん) の紫さまのお話をお伺いするしかないな」 足の速度を元に戻そうとした時だった。

「・・・紫さまには、ご両親がおられないという記録になっているそうです」

領主の足が止まり、驚駭 (きょうがい) の様子を隠せず阿秀の目を凝視した。

「ど・・・どういうことだ・・・?」

「昨春、5月にご両親とも亡くなられているという記録になっているそうです」

「・・・昨春・・・お叫びになっておられたあの頃か・・・」

「その時だと思われます」

「なんとしたことか・・・」 

阿秀から目を外すと下を向き顔を歪めた領主が再び足を運び出した。 先の紫の話を聞けない上に、今の紫揺のことを思うと心が痛む。

「ご両親を亡くされたその2ヵ月後に今の会社に就職されています」

「1年と半くらいか・・・」 就職先にいる期間のことだ。

「はい」

「紫さまのご性格はまだ分からんな」 先の紫のこと、今の紫揺の心情を思い、心を塞いでいる時ではない。 事を進めていかなければ。

「はい」

「活発であられれば1年半もあれば、周りと溶け込んでおられるだろうから、そうなると始末が多すぎるな」 斜め後ろを歩く此之葉に僅かに視線を流した。

「はい。 ですが、ご両親を亡くされてまだ2年と経たないことを思いますとなんとも言えません」

「・・・うむ。 独唱様の言っておられた毎夜の紫さまのお悲しみがご両親の事であられれば、まだ塞いでおられるかもしれんか・・・」

「近所付き合いは殆どなかったということです。 ご両親がお亡くなりになったこともあまり知られていない状態だったようです」

働き詰めの両親はすれ違いざま会釈こそすれ、近所付き合いをすることはなかったようだったし、近所周りも借家で人の出入りが激しかった。 近くで働く母親のパート先はすぐにわかり、そこでも特別の付き合いはなかったようだ。 だが付き合いがなかったが故、父親の勤め先が今も分からない。 近所の人間からも聞くことが出来ない状態であるらしい。

車で待ち構えていたスーツ姿の男が車のドアを開け、領主と此之葉が後部座席に乗り込み、阿秀が助手席に乗った。

「北が嗅ぎつけたらしい」 後部座席で羽織袴姿の領主が腕を組んで阿秀に言う。

「どこで、でございますか?」 眉がピクリと動いた。

「独唱様の言われた警察署内だ。 だが、昨日の時点では詳しくはまだ分かっておらんだろう。 少なくとも昨日一日はそれ以上嗅がせる事のないようにと言っておいたが、まさか台風で飛行機が飛ばんようになるとは思ってもいなかったからな。 今日は速やかに動きたい」

「紫さまのお父上の勤め先が掴みきれておりませんが、先に紫さまにお会いになりますか?」

「・・・仕方あるまいな」

「僚友がおられなければ良いのですが」

「ああ、紫さまを探されてはあとで厄介が残る」

「まだ暫く車で走らなければなりません。 そうなるとお疲れでございましょう。 紫さまのいらっしゃる近くで一度腰を下ろされてはいかがですか?」 ホテルという事である。

「ああ・・・そうしようか」

ハンドルを握る者が頷いた。

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