大福 りす の 隠れ家

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虚空の辰刻(とき)  第6回

2018年12月28日 23時08分36秒 | 小説
『虚空の辰刻(とき)』






                                        



- 虚空の辰刻(とき)-  第6回



「分かったぞ!」 ようやくムロイが声高に言い、ショウワの元に立った。

「日本の静岡県にムラサキが居たのではなかった!」

その物言いにショウワが眉を寄せた。

「あ・・・ムラサキ様が居られたのは静岡県ではなかったようです」

「どういう事だ」

「ムラサキ・・・ムラサキ様は、はるばる遠方から静岡県の警察署に来られていたようです」

「で?」

「ムラサキ様の家はあと少しの時があれば分かるでしょう」

「ほぅー。 では近くムラサキ様に話しが出来るのだな?」

「・・・ショウワ様」 どこか冷笑を浮かべてショウワを見た。

「何かあるのか?」

「話など無用です。 我が地にムラサキ・・・ムラサキ様を迎えればそれでいいのですから」

「ムロイ・・・ムラサキ様を軽々しく思うな」 諌めながらも声音静かに言う。

「これはこれは、ショウワ様のお言葉とは思えませんな」

「何を言いたい」

「なにも・・・。 では、ムラサキ様をこちらにお迎えするまでいま少しお待ち下さい」 言うと踵を返して出て行った。


「おい、何をしている」

後ろから声を掛けられ、一瞬肩をビクつかせたが平静を装って振り返った。 するとそこに立っていた者の顔を見て驚きかけたが、なんとか表情に出さず冷静を装って話す。

「資料室にいるんですよ。 資料を見ているに決まっているでしょう」 手にしていた資料から目を上げると、短い言葉の中にどこか横柄な態度が見え隠れする。

「どこの部署の者だ」

「坂谷さん、私は貴方を知っているのに貴方は私を知って下さっていないのですか?」 それは残念だ、と付け加えて資料を閉じた。

坂谷がその資料に目をやる。 自分が書いた報告書だとすぐに分かった。

「志貴さんの頬の傷はこの時につけたんですね。 いえね、頬の傷が気になっていましたから。 それより坂谷さんはどうしてここに? 調べ物ですか?」

「もうそれを片付けて出て行ってくれ」 猜疑を充分に含んだな目で見た。

両の眉を上げると「はい・・・。 分かりました」 言いながら小首を傾げるように笑顔で答えると、資料を棚に戻し軽く会釈して部屋を出て行った。

扉を閉め廊下に出ると、辺りを見回した。

「どこに行ったんだ」 見張りの者が立っている筈だった。

あと少しだったのに、と口惜しく言うと歩き出した。 その背中を見送る二人の男の足元には、気絶をして壁に身体を預けて座っている男が居た。

「やっぱりアイツは北の関係者だったかぁ」

「ああ、北がこの地の者を雇ったんだろうな。 何かを掴んだかもしれない」

「それにしても坂谷を入れて正解だったなぁ」

「ああ、俺達が入っていけばこちらが疑われるだけだっただろうからな。 それに、アイツはもう坂谷に顔を覚えられた。 これ以上は簡単に動けまい。 今度は夜を狙うかもしれないな」

「そうだな。 今夜は妨害の手を考えなくちゃならんか。 コイツはどうする?」 足元を見た。

「このままでいいだろう。 すぐにアイツが見つけるだろうからな。 それにまだ他に居るかもしれない。 下手なことをして俺達が疑われても困る」
手に持っていた気絶している男のスマホから、ついさっきかけようとしていた相手にワンコール鳴らすと着信履歴を残した。

「きっと、アイツにかけようとしていたはずだ。 GPSですぐにここが分かるだろう」 

警察官の制服を着た二人が普段使われる事の少ない階段を降りていった。


資料室では坂谷が腕を組んで扉を見つめている。

「報告書に志貴さんが怪我をしたことなんて書いていないし、今更何を見ようとしたんだ」 組んでいた腕を解くと棚に歩き出し、資料を手にした。

「あれからもう1年半も経つのか・・・」


半年前に読んだ早季の日記。
最後に書かれていたのは、亡くなる前日だった。

≪あと10日で紫揺さんが遠くに行ってしまう。 本当にこれでよかったのかしら。 十郎さんに何度も問うけれども、紫揺さんの自由にさせてあげましょう。 私たちは紫揺さんを守る人間でもあるけれど、紫揺さんの親でもあるんですよ。 親が守るという事はずっとベッタリついていることじゃないんですよ。 紫揺さんはもう子供じゃないんですから。 いつも同じ答えが返ってくる。 そして紫揺さんがプレゼントしてくれた旅行をあり難く受け取って早季さんも心を休めましょう。 と。≫

「お母さんは東京に行くことに本当は反対だったんだ・・・。 お父さんがお母さんに言ってくれてたんだ」

早季の日記を読むと分からないところが所々あった。 それをレポート用紙に書き写していた。 そのレポート用紙を幾度となく見るが、一向に分からない。

≪お母様とお父様を早くお郷へ帰らせてあげたい。 どれ程お郷に帰りたいと願われていたか。 すぐにでもお帰りになりたいでしょうに≫ 

祖父母の命日にはいつもこれが書かれていた。 それは分骨した小さな骨のことであろうが、紫揺が高校に入った年の命日の日には

≪いつまでも部屋の中で地に足がついていない状態では、お母様もお父様もお辛いでしょう。 いつかは帰れるでしょうが・・・もしかしたら紫揺さんが連れて行ってくれるかもしれません。 それとも紫揺さんではないかもしれませんが、それまではこの地のお墓で暮らしませんか? お墓を用意してもよろしいですか?≫ 
と書かれていた。

「私がお爺様とお婆様のお郷へ連れて行くかもしれない? 何処かも知らないのに・・・」

≪紫揺さんを自由に生きさせてあげたいと十郎さんが言う。 私もそう思うけれども・・・それでも紫揺さんに何かあってはお母様へ申し訳がない≫

「どうしてお婆様がここで出てこられるの?」

その紫揺に対する早季の心配は色んな所で書かれていた。

≪十郎さんが紫揺さんの高校選びは紫揺さんに任せましょう。 と言うけれど、電車で通う高校。 何かあったら、電車の事故はよく聞くから。 と言うと、歩いていても事故に巻き込まれますよ。 と笑って言われてしまった≫

≪紫揺さんが本格的に器械体操を始める。 毎日毎日、怪我がなく紫揺さんが帰ってくるのを待つのは胸が張り裂けそうになる≫

並の親以上の心配のしようであった。
そしてとうとう肩を脱臼してしまった日。 すでに病院で治療を受け、国体が終わってから顧問の車で帰ってきた日からは何も書かれていなかったが、随分遅れて

≪紫揺さんがとうとう怪我をしてしまった≫
それだけが書かれていた。

≪夕べ、早季さんと紫揺さんは違うんです。 と十郎さんに言われてしまった。 早季さんは私が守ります。 でも紫揺さんの身にこれから何があるかわかりません。 紫揺さんですよ。 もしかすると迎えがあるかもしれません。 とまで・・・。 お母様にお迎えが無かったのに、紫揺さんにあるのかしら・・・願っている。 願っているけれど不安になってしまう≫

「誰かが私を迎えに来るかもしれない? どうして? お婆様にはお迎えがなかった?」 どれだけ頭を捻っても何も分からない。


勿論、最初に読んだ紫揺の命名のこともレポート用紙に書き込んである。

≪私は淡く見えただけなのだから。 十郎さんに相談したら、きっとそうでしょう。 見間違えではないでしょう。 でも、自信が無いのであれば、お義母さんが仰っていた 『紫揺』 と言う方の名を付けようと十郎さんが言う。 でもハッキリ見たのではないのですから。 そう言ったのだけれど、その時の為にお義母さんが考えられた名でしょう? 冷静に十郎さんが言った≫

「これって、これと同じ意味なのかな?」

≪お母様、紫揺さんに何も見られません。 私はどうすればいいのですか? それとも私の見誤りだったのでしょうか≫

「私に何が見えるっていうの? 淡い何か?」 サッパリわけがわからない。

そして最後の日に書かれていた言葉も書き写してある。

≪私たちは守る人間でもあるけれど、紫揺さんの親でもあるんですよ≫

「お父さんとお母さんは私を守る人間であり、私の親でもある・・・」 目を眇めてそれを何度も読み返す。

「親が子供を守るのは、当たり前って言えば当たり前だけど・・・・。 それと違う何かがあるんだろうな」


そして、あの日かわした早季との会話を思い出しながらそれも書き出していた。

≪私もそこで生まれるはずだったのにね・・・≫

≪もしかしたらお爺様とお婆様は駆け落ちとか? それを聞いたお母さんが大きな声を出した≫ 

≪お婆様たちのお郷に帰りたかった。 お婆様のお郷に行くんじゃなくて、帰りたい≫

≪お郷に帰る、その道が分からなかった≫

この半年間、何度もこのレポート用紙を見たが、一つとして解決できないでいた。

2階に上がって両親の部屋に入った。

「何か他にヒントがないかなぁ・・・」

部屋を見回すが、半年前に見たときとなんら変わりない。 部屋には文机しかないのだから。 押入れの下段をくまなく見るがコレといった物はない。 座り込んだまま頭を上げると天袋が目に入った。 押入れの上段に軽々と乗りしゃがむと上に手を伸ばし、木枠を押入れの中から掴み足を伸ばしてもう一方の手で天袋を開けた。 中には普段使わない土鍋や、ホットプレートなどが入っていた。

片手で置いてあるものをどけていくと、奥に小さな段ボール箱があるのを見つけた。 それはガムテープではなく、紐で括られていた。 器用にその身を天袋に潜らせると、奥から箱を引っ張り出し、もう一度押し入れの上段に足を乗せると紐を持って箱を下ろした。 畳の上に置いた箱を眺めるとゆっくりと紐を解きそろっと箱を開けた。 中を見てみると風呂敷が入っていた。 その風呂敷を手に取る。 風呂敷は何かを包んでいた。 風呂敷を置いて結び目を解くと、今までに見こともない服と、アクセサリーが入っていた。

「なに?」

広げてみるとまず、子供の服が1着。 着物に似ているがどこか違う。 着物をあまり知らない紫揺にはどこが違うか分からないが、一応着物文化で育った日本人だ。 細かいところは分からないにしても、どこかが違うということだけは分かる。 

紫揺に分からない所、それは着物の形に似ているが生地が違う。 それは柔らかい生地で出来ていた。 素肌の汗を吸い取って涼しく過ごせる生地。 シルクであった。 そして帯は日本の着物のように幅があるわけではなかった。
そしてもう一つは今の紫揺が着るには大きめな上下対であったであろう甚平か柔道着のような形をした服。 だが、その生地も柔らかいものであり、帯らしき物も入っていた。

「破れてるし、この汚れって?」

その服二つともに破れが見られ、シミが付いていた。

「どうして破れたり汚れたりしているものを、風呂敷なんかに包んで?」 大切にしていたのか。

アクセサリーはなんのストーンだろうか、アクセサリーに興味のない紫揺には分からなかった。 紐に紫色のストーンがついている。 そして綺麗な水色をした首飾りに同じくストーンの付いたブレスレットらしき物が二つ。 そしてバレッタではなかったが髪飾り。 それは全て子供サイズであり、どれにも傷が入っていた。

「誰の?」 それぞれを手に取る。

「お母さんの? ・・・それともお婆様?」

謎を解くために何かないかと両親の部屋に入ったのに、更に謎が増えてしまった。


「・・・塔弥」

「はい」 独唱の横に従えていた塔弥が指差された場所の更に詳しい地図を老女の前にある地図と差し替えた。

「紫さまのお悲しみがかなり薄れてきた。 追えるのは今日が最後になるかもしれん」

独唱の言葉を受け、返事をする代わりに僅かに頭を下げた塔弥が胸の内で安堵した。


深夜、地図を手に持った塔弥が岩屋から領主の屋敷に走った。 最後の最後に、紫揺の居る所が分かった。 塔弥が手にしているのは、紫揺の自宅が分かる地図だった。

領主の屋敷に入り、明かりが零れている領主の部屋の襖に膝をついた。

「塔弥にございます」

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