大福 りす の 隠れ家

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虚空の辰刻(とき)  第3回

2018年12月17日 23時07分14秒 | 小説
『虚空の辰刻(とき)』






                                        



- 虚空の辰刻(とき)-  第3回



「・・・私です」 

坂谷は紫揺の両親が利用したツアーの会社からの情報で、藤滝紫揺 (ふじたきしゆら) という少女が18歳だと聞いていたが、このドアの向こうにいる少女はどう見ても自分が知っている18歳には見えなかった。

「あの? 藤滝紫揺さんの妹さんですか?」

「違います。 私が藤滝紫揺です」

藤滝紫揺本人が目の前にいた。 坂谷が思う18歳とはかけ離れた18歳が。

「あの・・・」 紫揺が釈然としない顔を向けた。

ドアの向こうにいるこの少女が藤滝紫揺なのか、とまだ納得できていない坂谷が紫揺をじっと見ている。

「紫揺さんの妹さんではなくて、アナタが紫揺さん?」

「はい」

紫揺という少女が18歳とはわかっていたがあまりに幼すぎる、と一瞬焦ってしまった。 いつも相手にしている18歳と全く違う。 彼女たちがマセ過ぎているのか、紫揺が世間の波に乗っていないのか・・・。

坂谷の知っている18歳は、髪の毛をウエーブさせていたり直毛であったとしてもその色は茶色だ。 いや、茶色だったらまだマシ、金髪や赤やピンク、紫とあったりとする。
が、この目の前にいる少女は短髪で真っ黒。 それに化粧などしたことがないのだろう、肌が艶めいている。 服装もジャージ。 それも高校の名の入ったジャージであった。 坂谷が知っている18歳の中にも確かにジャージを着ている子はいたし華奢な子も居た。 だが、この目の前にいる子とは違ったジャージを見に纏わせていた。 というより、この目の前にいる子の方が普段見ない身体つきをしている。 それになにより幼さの残る顔をして、言葉尻もなにもどこにもスレたところが見当たらない。 ついでに言うなら、胸も幼そうでツンツルテンの断崖絶壁だ。

「アナタが藤滝紫揺さんですか?」 念を押して聞いた。

「・・・はい」

坂谷はどうしようかと思った。 が、事を言わないわけにはいかない。 今更ながら婦警を連れてきたらよかったと後悔した。

「申し上げにくいんですが、藤滝十郎さんと藤滝早季さんが事故に遭われまして・・・」

「・・・え?」

「一緒に来てもらえますか?」

「・・・あの・・・両親は今、ツアーに出ています」

「はい。 ・・・そのツアーで事故に遭われました」

何を言われているのかわからない。

「ツアー会社の連絡先の名前が藤滝紫揺さんだけだったんですが、ご親戚が居られればそちらの連絡先を教えてもらえますか? ご親戚に来てもらいますが」

「どうして? どうして警察と一緒に行かなくちゃいけないんですか?」 得も言われぬ不安から声が震える。

「それは・・・。 あの、ご親戚の連絡先を教えてください」 坂谷がもう一度紫揺に言うが紫揺は口を開こうとしない。

「藤滝さん?」

「私が行きます。 どこに行けばいいんですか?」

「静岡県の掛野署です」

「警察署? どうしてですか? どうして病院じゃないんですか?」

「藤滝さん・・・」

「事故に遭ったなら病院じゃないんですか?」

「藤滝さん、お願いです。 ご親戚の連絡先を教えてください」

「・・・着替えてきます」


地下霊安室前に通された紫揺。 

着替えてきた服は高校の名が入ったジャージから、鞄につめた物をひっくり返したスポーツメーカーのジャージだった。

「藤滝さん、無理だったらいいんですよ。 今からでもご親戚の連絡先を教えてもらえませんか?」

紫揺は無言で頭を振った。

「・・・それじゃあ」 大きく息を吐くと隣にいた職員に目顔を送った。

職員の手で霊安室のドアが開けられた。

「藤滝さん、手をつないでもいいですか?」 坂谷が言うが、紫揺には聞こえていない。

(無理だろ。 こんな子に親の顔を見せるのは・・・) 坂谷が心の中で嘆声を漏らす。


上司からこの話を聞いたとき、紫揺の家に電話を掛けるように言われたが、18歳と聞いて電話では収まらないものがあるかもしれないと思った。
だから、坂谷が直接家に迎えに行ったのだったが、こんな風になるとは思ってもいなかった。

「藤滝さん?」

何を言われようが、坂谷の言葉は紫揺の耳に入ってこない。

紫揺が一歩を出した。

「きみ、大丈夫?」 身体が揺れているわけでも、足がおぼつかないわけでもないが、思わず職員も声をかけてしまった。


この時、署内ではあちこちで緊急地震速報を知らせる警報音が鳴っていた。


一歩を踏み出したあと、そのまま白い布に覆われたベッドの横につくとその隣に横たわっているであろう父か母を見た。

「お父さんとお母さん・・・?」 乾いた声が硬く冷たい部屋に響く。

誰に聞いているのだろう。 いや、聞いているのか独語なのかさえもわからない。

「藤滝さんやめよう。 出よう」

警察官が犯罪者でもなく何もない者の腕をとるなどということは禁じられているが、思わず坂谷が紫揺の腕をとった。 途端、紫揺が遺体の顔にかけられていた白布をはぎ取った。

坂谷がとった腕を離すと頭を下げる。

「・・・お父・・・さん・・・?」 父親の顔をじっと見つめる紫揺。

「お父さん・・・お父さん」 ただその場に立ち、泣くわけでもなく何度も父親を呼んでいる。

何度か父親を呼ぶと父親から目を離し、隣に横たわっている母親であろう方に目を移した。途端紫揺が坂谷にとって思いもしない行動に出た。 その場から走って隣のベッドで顔を覆っていた白布を引っ剥がしたのだ。

「・・・お母さん」 母親の方は窓際に座っていたのか顔に多数の傷がある。

「お母さん、お母さん、お母さん・・・」

何処からともなく風が吹き、点けられていた蝋燭の炎が揺れる。
紫揺の瞳が揺れる。
が、その瞳を坂谷も職員も見ることができなかった。 いや、紫揺の目を見るどころではない、紫揺自身をまともに見ることさえできなかった。

「わ・・・私が殺した・・・。 私が殺した・・・私が殺した、私が殺した」 まるで自分自身に呪詛でも唱えるかのように何度も紫揺が唱える、いや、口にする

坂谷が慌てて紫揺の横に付こうとしたが、足が縫われたかのように動かない。
坂谷にとってこの18歳の少女は今までの自分が知り得る18歳の少女とあまりに違っていたからだったのかもしれないが、また違うものもあったのかもしれない。

「坂谷さん!」 声を殺して叱咤するように、ドアの前に立っていた職員が坂谷に叫んだ。

「あ、ああ。 分かっています」

「藤滝さん!」 やっと縫われたように動かなかった足が解放され、坂谷が紫揺の横に駆け寄った。

「藤滝さん? しっかりして」

「・・・お父さんとお母さんを殺したのは私だ・・・私が殺した、私が殺した・・・」 このツアーを両親にプレゼントしたのは自分なのだから。

「藤滝さん、藤滝さんのせいじゃない。 事故なんだ」 

だが坂谷が何を言おうとも紫揺の呪詛は終わらない。

「藤滝さんもうやめよう。 一度出よう」

と、その途端、紫揺が大声を上げた。

「私がお父さんとお母さんを殺したー!!」 裂帛の絶叫であった。

床に膝と手をついて何度も何度も同じ言葉を叫ぶ。

「私が殺した! 私が殺したー! 私が殺したー!」

「藤滝さん! しっかりして! 君のせいじゃないんだ! 事故だったんだ!」 思わず紫揺の肩を両手で握り締めた。

職員がドアの前で顔を背ける。


署内が揺れ、物が次々と落ちた。

「地震!」 誰かが叫んだ。 ロビーや窓口では来署者の足元が揺れ、その場に座り込む者や、悲鳴を上げて逃げ惑う者、署員が 「落ち着いてください!」 と言うが、その揺れは大きく、来署者が落ち着けるものではなかった。 署内の警察官が慌ただしく走りだした。


霊安室でも雷のような轟音が響いたと思ったら物が割れて落ちてきた。

「え? なんだ?」 職員が言う。


既に察知していた老女二人の前には日本地図が広げられてあったが、同時に二人が地図から目を離して顔を上げた。

「お叫びじゃ!」

老女二人が同時に言った。

老女二人が・・・いや、一人は男がノートパソコンの画面を老女の前に出した。 勿論、老女にノートパソコンは扱えない。 おぼろげに老女が指さす画面を男が少しずつ拡大していく。

もう一人の老女には老女の右手離れたところで座して頭を垂れていた塔弥が思わず老女の前に進み出た。

「もう少し詳しい地図を・・・この辺りじゃ」 指さされたのは中部地方であった。

塔弥が頭を下げ、すぐに老女の横にあるいくつもの地図の中から一つの地図を取り出した。


霊安室の中では次々と物が割れては落ちる。 陶器の香炉が砕けとび、その木の台が大きく揺れ動く。 蛍光灯が大きな音を立てて割れとぶ。
職員が慌てて遺体の顔に白布を被せた。
坂谷が紫揺の腕を引いていた。

「藤滝さん! 取り敢えずここを出ましょう! 廊下に出ますよ!」

だが何を言ってもその場に両手をついて叫ぶばかり。 坂谷が紫揺を抱きかかえ霊安室を出るとドアを開けた職員が坂谷に続いた。
霊安室もさほど物があるわけではないが、廊下に出れば落ちてくるものなどはないし、割れるようなものといえば蛍光灯くらいだ。 それ以外は何もない。 が、その蛍光灯が殆ど割れていてすでに薄暗い。 廊下の端の蛍光灯の幾つかが点滅を繰り返している。

「志貴 (しき) さん、あそこの蛍光灯の近くに長椅子を動かしてください。 真下は危ないですから。 割れた蛍光灯に気を付けてください」 

点滅している蛍光灯を顎で示す。

志貴というのは先程から一緒にいる職員だ。
志貴が足元に注意しながらズルズルと長椅子を移動させる。
坂谷の腕の中で顔を手で覆いながら、まだなお泣き叫んでいる紫揺を、その長椅子に静かに降ろした。 途端、長椅子に突っ伏して 「私が殺した! 私が殺した! お父さん! お母さん!」 と大きな声で両親を呼んでいる。

一瞬見えた紫揺の左目が真っ赤になっているのを坂谷が見た。

(目の血管が切れてしまうんじゃないか?・・・) それほどに赤くなっていた。

「今はそっとしておいてあげましょう」 霊安室で飛んできた破片に頬をなぞられた志貴が赤い一筋をつけた顔を坂谷に向けた。

「はい。 あの、ここは自分がついていますから、志貴さん、治療をしてきたらどうですか?」 言うと自分の頬を指さした。

え? という一言と同時に志貴が自分の頬を触った。 ヌルっとした感覚があったその手を見ると血がついていた。 霊安室の蛍光灯が割れてその破片が飛んできたのだった。

「けっこう深いんじゃないですか?」

「あ・・・」 じわじわと痛みを感じてきた。


「・・・ここじゃ」

老女二人が同時に指をさした。 そこは掛野署と示されていた。

「警察? 間違いなく?」 ノートパソコンを操作していた男、ムロイが問う。

「わしを疑うておるのか」 老女が男を睨め付ける。

「滅相もない」 肩をすくませて机の上に置いていたノートパソコンを手に取る。

「それでは、ここからは私の役目ですので」 わずかに不遜な態度を見せて部屋を出て行った。

物言わぬ空気が流れると壁の前に5つの影が現れた。

「ショウワ様」 5つの影の内の1つが言 (げん) を発すると、その影に老女が下知する。

「ゼンとダンの二人はムロイに付け、何をするか分からん。 おかしな動きがあれば些細な事でも逐一報告せよ。 ハンはムラサキ様が分かり次第その過去を辿れ。 カミとケミはまだわしの元に居れ」

「御意」
「仰せのままに」

5つの影が消えた。


岩屋の中では

「警察署でございますか?」

「ああ、間違いない」

「すぐに領主に言ってまいります」

「ああ、行動を一刻も早く起こせと言っておいてくれ」

「承知しました」 塔弥が地図を持ち岩屋を出て行った。

「紫さま・・・どうして警察署などに・・・」 老女が紫さまと呼ぶその身を案じる。

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