大福 りす の 隠れ家

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--- 映ゆ ---  第141回

2017年12月28日 21時55分04秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



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- 映ゆ -  ~ Shou ~  第141回




八畳間に真名を寝かせ和室に戻ってきた貴彦。 和室には宮司と奏和が居る。 雅子は台所で茶を淹れなおしている。
貴彦が座るとすぐに奏和に声をかけた。 

「奏和君―――」 が、奏和がそれを拒んだ。

「小父さん、今、俺がしたみたいにして欲しいんです。 って、俺もまだ慣れてませんから、足らないところもあったと思うんですけど、とにかくシノハの名前を出す。 シノハの存在を認める。 お婆さんの言ってたことは、こういうことだと思うんです」

貴彦と宮司が苦い顔をする。

「今すぐには無理かもしれません。 最初は俺が頑張るつもりでいます。 でも、いずれは小父さんたちも」 

そう。 そう腹を括っていた。
渉を神社で引き取り、まずは自分が渉の面倒を見ると。 だから音楽と縁を切った。

父親である宮司にはまだ何も話していないが、宮司を説得する自信はあった。 だがこの腹づもりを貴彦が受けてくれるかどうかは分からない。 でも渉の苦しみとシノハの血を吐くような決断を目の前にした自分にしか出来ないと思っている。
簡単なことではないとは分かっている。 シノハと渉のことを知っているのは自分だけだと思い上がっているわけでもない。 簡単ではないからこそ、この関係者の中では自分が一番適役だと思っている。 もっと、あのお婆さんのように何もかも分かっている人間がいたならば別だが。
二人のあの姿を見た、あの会話を聞いた者にしか、針山は踏めない。 二人の苦しみから比べると針山も小さな丘のようなものだ。
それに勝手に反古にしてしまっていたお婆さんとの約束がある。


『では、頼むぞ。 シノハの片割れじゃ。 シノハ同様、娘も我らの子と同じじゃ』

そうセナ婆から頼まれたのだから。

だが、貴彦が奏和の申し出を断ってしまえば、貴彦たちに頑張ってもらわなければならない。 今、奏和のしたように。 それが出来ないというのであれば、自分に任せてもらいたい。

「・・・無理だよ。 ・・・渉を悲しみのどん底へ陥れるようなものだ。 どれだけ年月がかかってもいい。 毎日渉を抱きしめる。 私にはそれしかできない」

「小父さん!!」

「それに、真名は・・・きっと真名は渉を産んだことに自責の念を抱くだろう。 苦しむ渉を産んだことに・・・。 これ以上なく自分を責めるだろう」

ああ、どうしてこの時にそんなことを言ったのか、今は渉の話なのに。 言ってしまったことはなかったことに出来ない。 貴彦が己の不甲斐なさに唇を噛んだ。
仕事ではこんな下手は踏まない。 が、真名と渉のことになると全く仕事と同じように冷静に物事を考えられない。 それが不甲斐ない。 仕事よりも何よりも大切な真名と渉なのに。


貴彦の内なる声を知らない奏和。 貴彦が言うと同じに真名がそう思うだろうとは思っていた。 だから、真名をこの席から外した。
それに一番のキーである貴彦が魂と命を一緒に考えているのだろうとも思った。 一緒にしてはいけない。 全然別なのだから。 そこを分かってもらいたい。

「小父さん、俺も小母さんのことは考えました。 けど、小母さんが居なくちゃ渉はこの世に生まれてこなかったんです。 渉自身のことは・・・渉の命(いのち)のことはシノハと切り離しましょう。 シノハの世界と渉を結ぶのは魂です。 命と身体の存在ではないんです。 命と身体は・・・渉がこの世に生を受けたことは、小父さんと小母さんが居たからです。 小父さんと小母さんが居なければ渉は生まれてこなかった。 それを渉に分からせることも必要ですが、小母さんにも分かってもらわなくちゃいけない。 小母さんのことは小父さんしか出来ないんです」

二人で話していて『彼』 から『シノハ』 に変わっていた。 それはすぐに気づいていた。 此処大事な所では収拾がつかなくなるのに、変な所で冷静に聞き取れる。 そんな自分を持て余す。

奏和が『男』 から『彼』 に変え、続いて今、固有名詞の『シノハ』 に変えていた。 それはシノハの事を貴彦に敵対視させないためであった。

「奏和君・・・」

「小父さんお願いします・・・。 小父さんと小母さんの大切な渉です。 シノハと逢えないことに理解が出来たら、あとは小父さんと小母さんがどれだけ渉を・・・渉とシノハを想っているかを知らせなくちゃならないんです。 そうでないと渉が抜け殻になってしまいます。 渉を抜け殻にさせないでください」

渉に向けられたシノハの言葉はきっと、シノハ自身が身をもって感じたことを言ったのだろう。 自分と同じように、渉を抜け殻にさせたくない言葉だったのだろう。


『ショウ様を想っている方々が居られる』 渉の周りの人が渉のことを想っている、と。 一人じゃないんだ、と。


宮司が何も言わず二人の会話を聞いていた。
雅子は遠慮がちに茶を置くと台所に戻り、硝子戸を閉めテーブルの椅子に腰かけていた。



奏和の意に沿って、渉を神社で預かることにした。

「宜しくお願いします・・・」 貴彦が玄関で深々と頭を下げた。

「渉ちゃんが大きな声を出すとご近所さんに何事かと思われますでしょう。 ここなら安心です。 誰も渉ちゃんの声を聞きませんから」

奏和の言と共に宮司に言われ、貴彦が頭を下げた。 奏和の考えを後押しをする宮司の言葉だった。


奏和と貴彦、二人の話を静かに聞いていた宮司が、奏和が何を言わんとするか、何を考えているかが分かった。
たとえよく知る渉といえど、人様の大切な一人娘である。 そして宮司にとっても大切な渉でもあるが、その渉を易々と神社に、奏和の元に置いていいのか。 それは悩むところではあったが、奏和の話を聞いて、渉の様子を見て、今の貴彦夫婦を見て、宮司から見ても渉を家に帰すより、奏和に任せるのが最良と思われた。
だから「それに・・・真名さんは今の渉ちゃんに向き合えないでしょう」 と添えた。

宮司の言葉は奏和に驚きをもたらした。 自分は宮司に何も言っていないのに、と。


貴彦が頭を下げている中、翼が真名を支えながら、ゆっくりと先に歩いている。

頭を下げる貴彦の心中、今は渉より真名を立て直そう。 真名があっての渉なのだから。 先程の話で奏和に言われた。 真名のことは自分にしか出来ない。 それに情けないが、自分より奏和の方が渉のことを理解してくれている。 今は奏和に頼るしかない。

「奏和君、渉を頼む」

「はい。 ・・・小母さんが回復して渉のことを理解してくれればいいんですけど」

「真名には厳しい話だからね・・・」

「それほどに渉を想っているのに・・・」

普通の親子でも親は子を思う。 だが、渉と真名は並みのそれ以上だ。 それは奏和も重々分かっている。
だからこそ、真名はシノハと渉の繋がりを理解できないのだろう。
そして今は真名と渉の間で陽炎の如く揺らめく貴彦は足元が宙に浮いてしまっていた。 その中で今は奏和に頼るしかないと、今の自分には何も出来ないという思考が働いた。 その思考を認めるしか今の道はない。

「・・・奏和君、向こうでのことを本当に感謝している。 渉を止めてくれてありがとう」

「小父さん・・・」

「さっきの渉は・・・わたしには見ていられなかった。 ただただ、真名を支えているだけで渉に何も言ってやれなかった。 それなのに・・・向こうでの渉はそれ以上だったんだろう?」

その疑問が何を示すのだろうか。

「はい。 でも・・・シノハが居たんです。 渉もそうなりますよ。 それに、俺は特別に何もしていないです。 渉をシノハに触れさせないように止めたぐらいですから」

「そんなことはないよ」

シノハ・・・。 そうか、彼が居たことで、自分には想像もし得ぬ渉が居たのか、シノハの存在がそれ程までに渉に影響を及ぼしていたのか。 いや、影響ではない。 同調なのだろうか、そう考える。
だが影響、同調と思ったことで、そんな言葉は要らない。 まだ自分に真に渉のことは理解ができていない、それだけだ。 渉とシノハのことを語る奏和の言葉の端々がそう言っているように思える。

「奏和君・・・本当に感謝している。 ありがとう」



翼が奏和からシノハの話を聞かされた。

「やっぱりシノハはいたんだ」 ポツリと漏らす。

「なに? 翼、シノハのことをなにか知ってたのか?」 意外な事実がここにあったのかと思った。

「それって、ホントの話だよね」 言いながらも眉間に皺を寄せ、顔を歪ませている。 質問ではない。

「翼、何を知ってんだ?」 事を明快にしたい。

「・・・シノハの事って言っていいのかどうかわからないんだけど・・・」

あの日、渉をゲームのキャラクターにする為に、二人で神社に写真を撮りに来たことを言った。 そのことは雅子も知っている。

「その時に、磐座と一緒に渉ちゃんの写真を撮ってあげるって言ったんだよ」

「磐座と?」

「だって、渉ちゃんずっとブータレてたんだもん。 写真なんか撮られたくないって。 まぁ、山の中に入ってきた時には機嫌もなおって、いい写真が撮れたけどね。 だからそのお礼っていうか、渉ちゃんの大好きな磐座と写真を撮ってあげるって言ったんだよ。 そしたら運悪く電話がかかってきちゃってさ、その場を外したらその時にシノハと逢ったって渉ちゃんが言ってたんだよ」

「え? シノハと逢ったって?」

「うん。 ・・・渉ちゃんの言ってたことはホントだったんだ。 ・・・それなのに信じてあげなかった」 翼がうな垂れる。

「渉は他に何か言ってたか?」

「渉ちゃんが言ってたのは、俺が居なくなった間に全然知らないところに居て、シノハと逢った。 言ったのはそれだけだったよ。 不安そうな顔っていうか、わけが分からないって顔してた。 
だから渉ちゃんが話てる間はうんうん、って聞いてたけど、でも最終的にどこにも誰もいないし、此処は山の中だよとかって、渉ちゃんの好きな磐座の前だよって言ったんだ。 渉ちゃんの不安を取ってあげたくてさ。
でもよく考えたら、あの日以来、渉ちゃんシノハのことを言わなくなったな。
それからどれくらいたった時だったかな・・・駅前で偶然会った時に渉ちゃんがボケーっとして歩いてたから、まだシノハのことで不安になってんのかなって思って俺が名前を出したんだ」

『「まだオカシナこと言う?」
「だって、本当の事だもん」

あの時の会話を思い出す。

「『いいもん。 誰も信じてくれなくても』 って言ってたっけ」

じっと聞いていた奏和、翼の話はこれで終わりだろうと口を開いた。

「そうか・・・。 それっていつ?」

「え?・・・えっと」思考を巡らせる。

「ご・・・じゃない。 五月の連休のあと。 6月だったかな」

奏和が、渉がタコ踊りのように磐座の前で踊っていたのを見たのは7月。
今の翼の話からすると、不安そうな顔をしていた、その6月が初めて会った時と思われる。という事は、奏和が知る一か月前の6月に初めてシノハと逢っていたという事になる。

「・・・」

あの時は磐座の前でイリュージョンさながらの渉を見て驚き、元を知ろうと思ったが、今更それを知ったとてどうなる。

「奏兄ちゃん?」

難しい顔をしている奏和に声を掛けると、奏和が軽く手を上げた。

「何でもない」

奏和の返事を聞き己の世界に入る翼。

「あー! どうしてあの時に信じてあげられなかったのかなー!」 翼が頭を掻きむしる。

「そりゃ、無理だろ」 奏和がオロンガ村の風景を、鹿を操る姿を、これ以上にない美人を思い出して重ねて言った。

「ああ、無理だよ」

あの時の渉とシノハのことは余りに非現実的であり、お婆さんの言葉も宙に浮いて思い出された。


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