大福 りす の 隠れ家

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--- 映ゆ ---  第140回

2017年12月25日 20時20分58秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



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- 映ゆ -  ~ Shou ~  第140回




「お願い冷静になって!」 真名の声がする。

「身体に障るよ、落ち着いて!」 続いて翼の声だ。

カケルを目に置いていた奏和が一番に閉じられている襖を見た。 続いて貴彦と宮司、雅子も襖を見る。
見ながらも、何が起きているのか分からない。 雅子と宮司が目を合わす。 腰を浮かしかけた貴彦、途端、荒々しい足音が聞こえたと思ったら、乱暴に襖が開けられた。

渉が立っている。 襖を開けたのは渉であった。

一瞬、渉が誰かを探すように部屋に居る全員に目を這わした。 その誰かは奏和。 いつもと違う席に座っていた。 いつもならそこには雅子とカケルが座っているはずだった。 そしていつも自分と奏和が座る席には、雅子とカケルが座っている。

正面に座る奏和と目が合った。

「奏ちゃん、シノハさんのところへ行くの。 行きたいの」

一歩部屋に足を踏み入れ、ゆっくりと二歩三歩と奏和に近づいていく。

渉を追ってきたものの、どうしてここに貴彦とカケルが居るのか。 廊下には翼が所在無し気に、真名が困惑を隠せない顔で立っている。 
渉は足元に座る父親の姿には気付いていない。 奏和しか目に入っていない。

「渉・・・」 卓上に手を着いてゆっくりと立ち上がる。

「行けるはずなのに行けないの。 奏ちゃんが一緒に行ってから行けなくな・・・」 虚ろな目が卓上に置かれている磐座の欠片を捉えた。

「・・・どうして?」

渉の視線の先を奏和が見た。

「渉・・・」 磐座の欠片から渉に目を戻す。

「どうして? どうして石がここにあるの? シノハさんが持ってるはずなのに・・・」

「渉・・・」

石を見ていた渉の目がゆっくりと奏和に向けられた。

「奏ちゃん、どういうこと?」 虚ろだった目が据わろうとしているかのように、目の中に息が入った。

「どうしてその石がここにあるの? ここにあったらシノハさんの所に行けないじゃない。 奏ちゃんが持ってきたの!?」 声が段々と大きくなって語気も荒れてこようとしている。

「どうしてここにあるの! 返して! シノハさんに返して! その石を返して!! 今すぐ返して!!」

「渉ちゃん!」 今にも奏和に飛びかかろうとした渉を翼が止めた。

「渉ちゃん、渉ちゃん・・・いったいどうしちゃったの・・・」 真名がその場に崩れ落ちる。 その真名をすぐに貴彦が支えた。

「奏ちゃん! 奏ちゃん!! シノハさんに返してよー!!」 半狂乱になって叫び暴れる渉を翼が抑えきれない。

「渉ちゃん!」 腕を押さえようと思うが、あまりにも細すぎて、強く握れば簡単に折れてしまいそうでしっかりと押さえられない。

「渉! 落ち着けって」 翼の手から抜け出て、全身で奏和に向かう渉を抱きしめた。

「返してきてよ! 返してきてよー!!」 奏和の身体をありったけの力で叩く。

「渉、俺の話を聞いてくれ」

「今すぐ返してきてー!!」

「渉!! 聞けって!!」

奏和の腹からの大声が響いて、渉の肩がビクリと上がった。
奏和が目を瞑り大きく息を吐くと、穏やかに渉に話しかけた。

「渉、彼・・・シノハっていったよな。 俺あの時、シノハさんって言ったけど、渉と同い年なんだってな。 お婆さんが教えてくれた。 だから“さん” 付けはやめるな」

「・・・奏ちゃん?」 奏和の両腕から渉が顔を上げた。

「石はシノハから受け取った」

「シノハさんがそんな事するわけない!」

「そうだよな。 シノハがどれだけ渉と居たいか俺も聞いた。 そのシノハがどんな思いで俺にこの石を託したか、考えてみろよ」

「考えられるわけない!」

「渉、そんなことないだろ? 渉はシノハの考えてることが分かるんだろ? そう言ってたじゃないか」

「シノハさんは、シノハさんは・・・私と共に居たい、ずっと身が絶えるまで私と居たいって言ってくれた!! 奏ちゃんも聞いてたでしょ!」

「ああ聞いたよ。 それがシノハの想いなんだってわかるよ。 でも、シノハは自分の想いを通すよりも何よりも、渉の存在を選んだんだ」

「シノハさんが居なきゃ、私が居る理由なんてない!」 

「渉・・・小父さんと小母さんが聞いてるぞ。 翔だっているんだぞ。 本当にそんなことを思ってるのか?」

「シノハさんだけ居ればいい! シノハさんに返してきて!」

「そうじゃないだろう? 小父さんと小母さんがいなきゃ、渉は生まれてこなかったんだろ? シノハにも会えなかったんだろ?」

「シノハさんが居なきゃ・・・シノハさんが居なきゃ!」 頭の片隅が痛くなってきた。

「翔とどれだけ話した? 二人だけの内緒の話もあっただろ? 翔にもシノハの話をしてやれよ」

「誰もいらない! シノハさんだけ居ればいい!!」

「そんなこと言うなよ。 渉、なぁ、シノハの果断を汲んで・・・いや、信じろよ」 

「シノハさんは私と一緒に居たいの!!」

「ああ、そうだ。 分かってる」

「だからシノハさんの所に行くの!」 息が短く荒くなってくる。

「渉、一度落ち着こう」

「返してきて! シノハさんの所に行くの!!」

「これはシノハの決めたことだぞ」

「奏ちゃんお願い・・・シノハさんに返してきて!」 息がしにくい。

「渉・・・分かってるだろう?」

「なに・・・何が分かってるって言うの・・・」 手がしびれる足もしびれてきた。 

「返しになんて行けないって」 渉にとって一番聞きたくない言葉だった。

奏和を睨む渉の呼吸が、更に荒く早くなってきた。

「渉、落ち着いて息をしろ」 渉を抱く手の力を抜いた。 途端、

「シノハさん・・逢い・・」 渉が膝から崩れ落ちた。

「渉ちゃん!」 翼が崩れ落ちる渉を支えた。

奏和がフゥーっと、大きく息を吐いた。 これで良かったのだろうかという迷いはあるが、自分が迷うのはこの場にいい影響を与えないだろう。 腹の底を再度据える。
足元の様子を見ると、渉を守る気概のある翼が今は渉の肉体を支えている。

「奏兄ちゃん・・・」 訳のわからない翼が渉を支えながら奏和を見上げた。

膝を折って翼の腕の中に居る渉を見た。

「渉、ゆっくりと息をしよう。 1,2,3・・・ほら、ゆっくりゆっくり、渉も一緒に数を数えるんだ」

何度か繰り返すと、渉の息が落ち着きを戻し始めた。 が、目は朦朧としている。
万が一、息がおかしくなってきたら、とセナ婆から聞いてきたやり方だ。

「過呼吸だろう。 お婆さんが言ってた。 病院へ連れて行く方がいいかもしれないけど・・・小父さんどうしますか?」

泣き崩れている真名を支えながら貴彦が首を振った。

「今はまだ真名がこの状態だ・・・。 渉が落ち着いたのならそれでいい。 その・・・奏和君から見て渉はどんな具合だ?」

ギクシャクに言葉をつなげるが、貴彦自身、想像もしないことを話された後で何もかも収拾がつかない状態だ。 余りにも聞き覚えがない事柄が多すぎる。 が、奏和の落ち着いた様子に渉の様子を預けようと思う。 少なくとも異なる所の渉の様子を聞いたとしても、腹から分からないのだから。

「医学的なことは分かりませんが・・・向こうで見た取り乱した時の渉よりマシです。 少なくとも気を失うまでにはなっていませんから」 

「・・・そうか」

言葉はそれだけだった。

(今の渉を見ているだけで、胸が締め付けられるようだったのに、向こうではこれ以上だったのか・・・) 真名を抱きしめる力が更にこもった。

「翼、渉を奥の部屋の布団に寝かせてきてくれ。 母さん、布団を敷い・・・翔!?」 カケルが雅子に支えられて虚ろな目をしている。

「俺が敷いてくる」


渉の姿に言葉に、今まで奏和が言っていた話が真実だったのかと、全員の臓腑が下がった。
宮司は納得をし、渉の姿に驚いてはいたが、場違いと思いながらも、奏和の冷静な対応に少なくとも驚いていた。

(いい加減な奴だと思っていたが・・・) と。

貴彦は自分を責めることになった。

(奏和君があれほど真剣に渉のことを語ってくれていたのに、こんな現実を見せつけられるまで、私は本心から信じられなかった。 畢竟(ひっきょう)渉のことを何も分かっていなかった。 渉に気付いてやれなかった)


一番奥にある八畳間に3組の布団を敷いて、真名とダブルショウが横になった。

「あとでちゃんと全部話すから」 と言った奏和の言葉に頷くと、翼が3人の看護師となった。

「渉ちゃん・・・お見舞いに行っただけなのに、こんな事になっちゃうなんて・・・。 車なんかでお見舞いに行くんじゃなかった」 

翼が父親の車でやってきたのを知って、彫像のように化していた渉が、神社に連れて行って欲しいと片言で言った。

過呼吸がおさまり、今は落ち着いて寝ている渉の髪を撫でる。 ハネている部分は枕に押さえられていた。

「あ? あれ? さっき・・・たしかシノハって・・・」 撫でていた手が止まる。

渉から聞いていたシノハと言う固有名詞を思い出した。 奏和が言っていた言葉が頭を駆け巡る。


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