大福 りす の 隠れ家

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--- 映ゆ ---  第93回

2017年07月13日 22時20分27秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



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- 映ゆ -  ~Shou & Shinoha~  第93回




《シノハ! この寒い時にどこでそんな草を取ってきたんだ!?》
 
幼き頃のことを思い出す。 

(そうだ。 トワハに言われた・・・) シノハが目をむくのが分かった。

「思い出した?」 シノハに問う渉を見た。

「幼い頃・・・そうだ。 寒かったのに急に暑くなって、目の前が葉いっぱいに・・・」 渉を見て言ってはいるが、その目に渉は映っていない。

「そう、そう。 その時に私と会ったのを覚えていない?」 私を想いだして。

「あの時の・・・」 シノハの目が大きく見開かれ、その目に渉が映った。

「うん、そう。 そして私はそこからやって来たの」 シノハが喜んでくれると思った。 なのに、まだ難しい顔をしている。

「我は・・・」 顔を下げた。

「どうしたの?」

「そこへ3度行っていたのか・・・」 タム婆の話を思い出した。

タム婆から聞いたことを思い出す。


「一に出会い
呼び呼ばれ
糸が触れあい
名で結ぶ」

言い終わって納得するかのように呟いたタム婆。

「オロンガには5度目が始まりと言う語りがあるじゃろう」 シノハが頷く。

「まさしくその女も5度目が始まりじゃったんじゃ」 

「始まり? なんのですか?」

「居なくなることへのじゃ」

タム婆の話はそう始まった。

一に出会いは、最初の出会いのこと。
呼び呼ばれは、二度目三度目のこと。
四度目に糸が触れあった。 何の糸かは分からないが縁(えにし)のことだろう。
縁を結んだのは名。 名で結んだことにより始まった、と。

そう、シノハと渉は確かに名を呼び合った。 あの時の心臓をギュッと鷲掴みにされた感覚は忘れていない。
シノハは3度渉の所に行っていた。 そして4度目に渉がトンデンに来て名を呼び合った。 頭が色んな過去を追う。

あの時、タム婆がきかせてくれた時には

「ですが・・・我は最初、ラワンとそこに居ましたが、他に誰とも出会っておりません。 それに・・・婆様にもう一度あの水を飲んでいただきたくて、あの場所に行きたいとは思っていましたが、呼んだり、呼ばれたりしたわけではありません・・・」 

初めてと思っていたあの場所に行ったときのことを話した。 が、そうではなかった。 あの時が2度目だったんだ。
聞いておきながら、タム婆に逆らっているようで困り顔になったあの時には、幼少の頃既に渉と会っていたなどとは思いもしなかった、記憶にもなかった。 それに呼びもしなければ呼ばれもしていないはずなのだから、と思っていた。
だが、今考えると『呼び呼ばれ』 というのは、そういう意味ではなかったのではないのだろうか。
あの時には己がそんな風に言ったから話が続かなかった。 たしかに、タム婆もその話の詳しいことを知らなかったこともあったが、それでもあの時、オロンガに帰ってセナ婆に聞いてみると言っていたが、余りにも忙しすぎてすっかり忘れてしまっていた。

「3度?」 下を向いているシノハが呟く言葉を拾った。

渉を置いて思惟に没頭しかけたシノハが、ゆっくり顔を上げると渉の問いに答えた。

「はい。 トンデン村に向う途中とトンデン村に居るときにです」 いうとしゃがみ込んでしまった。

「来てたの?」 渉が驚いてシノハに合わせてしゃがむ。

「はい。 ショウ様とお逢いする前、トンデン村に居るときはほんの僅かでしたが、村に向う途中ではとても美味しい水を頂きました」 渉の顔を見る。

「ああ、山のお水ね。 ねっ、どうやって来たの?」

「それが、気付くとそこに居りました」 頭を傾げる。

「ああ、そうだ。 2度とも澄んだ音が聞こえていた・・・」 独り言の様に言う。

「澄んだ音?」

「はい」

「澄んだ音・・・」

「ショウ様?」

「私もどこかで・・・聞いた」 考える。

思案顔の渉の横でシノハもまた考える。
そうだ、この澄んだ音のことはタム婆からは聞いていない、と。 だから、己も渉も居なくなることなどないはず。 タム婆の話と、己と渉の話は違うはず。 そう、きっと。


遠くからラワンが走ってくる音がした。

「あ、ラワン」 シノハが立ち上がり、まだずっと先を走ってくるラワンを見ると、その視線の先を渉も立ち上がって見た。

「え?」 立派な角を持った大きな動物がこちらに向かって走ってくる。

「我のズークです」 今までと違った表情で渉に向かい合う。 渉にラワンを会わせたい。

「ズーク?」

「はい。 ラワンといいます。 我が水を汲んでいる間に走って遊んでいました。 そろそろ汲み終えたと思って戻ってきたのでしょう」

いつもならシノハの横につくはずのラワンが、シノハから少し離れた所で止まった。

「どうした?」 

すると、口を上に上げてゥオーンゥオーンと大きな声で啼きだした。

「ラワン?」

ゥオーンゥオーン、ずっと啼き続ける。

「ラワンどうしたんだ?!」 血相を変えラワンに駆け寄ったシノハに顔をこすり付けて声が小さくなったものの、まだ啼いている。

「どうした? 何をそんなに悲しむんだ」 シノハが首を優しく撫でる。

ラワンの声が段々小さくなっていき、やっと落ち着きを戻した。

「ラワン・・・いったいどうしたんだ」 

「私のことが恐いのかしら」 少し離れているから大きな声で話す。

「ショウ様、決してそんなことはありません。 何かを悲しんでいたみたいです」

「悲しい?」

「はい。 でも、こんな啼き方は初めてです」

「初めてきいた啼き方なのに悲しんでるって分かるの?」

「はい。 ラワンのことは分かります」

「ふーん」 ちょっと近寄ってラワンをまじまじと見る。

「ズークって鹿?」

「鹿ではありません」

「立派な角があるのに?」 美しく捻じれた角。

「はい」

「まるでおとぎ話の中にいるみたい。 こんなに大きな動物と触れ合うなんて」

「ショウ様のところにズークはいませんか?」

「いるのかなぁ? いても野生じゃないのかなぁ? 人に馴れる大きな動物って馬くらいじゃないのかなぁ?」

「そうですか。 我が村に馬はおりませんが、他の村には馬がいます」

「触ってもいい?」

「はい、もちろんです」

渉が一歩踏み出すとラワンがシノハの手から離れ後ずさった。

「ラワン?」

「やっぱり私のことが恐いのかしら」

「いったいどうしたんだ?」 ラワンの元に寄る。

「ラワン、ショウ様は我の大切な方だ。 ラワンにもショウ様と・・・」 そこまで言うとラワンが走り出した。

「ラワン!」 ラワンの後姿を目で追う。

「嫌われちゃったみたい」 渉もラワンを目で追っている。

「申し訳ありません」 向き直ったシノハが渉に言う。

「うううん、いいの。 でも大丈夫? ちゃんと戻ってくる?」

「はい。 ご心配には及びません」

シノハの返事を聞いて渉が微笑むと、互いの目を見て無言の時が流れた。 その無言の時を終わらせたのは渉であった。

「さっき、私の事を大切な人って言ってくれた?」 真っ直ぐにシノハの目を見る。

「はい」 嬉しい返事。

「どうして?」

「我は・・・いつからでしょうか」 渉を見ているが渉のその先を見ているような目で語り始めた。

「我には誰かがいると思っていました」 そう言うと渉に焦点が合った。

「その誰かがショウ様ではないかと」

「私?」

「はい。 畏れ多くもそんな事を考えておりました」

「それで逢いたいって思ったの?」

「違います。 お逢いしたいと思ったのは、ただただ、もう一度お逢いしたかった。 その想いの中でこのことを思い出したのです」

「・・・」 渉の返事がない。

「己の身分も考えず、畏れ多いことを申しました。 お許しください」

「うううん、そうじゃないの」

「ショウ様?」

「私、ずっと考えてたの。 なんでこの世なのかな、なんで私なのかなって」

「はい」 相槌を打つ。

「私のいる世はもしかしたら、私のいるべき世じゃないんじゃないのかなって。 それに私が私じゃないような気がしたの。 息を抜いたら自分が居ない気がしてた」

「居ない?」

「うん。 息を吐くの。 そしたらそこに自分が居ないの。 身体はちゃんとあるの。 心も考えも。 でも、その身体に自分が居ない気がしてたの。 そう思う時点で自分はその身体に存在するんだろうけど。 だから気のせいかもしれないんだけど。 でも、自分の身体の中に自分が居ないと感じても全然恐くなかったの。 それが・・・当たり前って言うか、当然のことの様に感じてたの。 でもその先が分からなかった」

「はい」 深く深く相槌を打つ。

そのシノハの目が、声が、心が、渉の心を打つ。

「それが、初めてシノハさんと逢って、もう一度シノハさんと逢えると全てが分かると思ったの」

「お分かりになりましたか?」 目を細めて聞く。

「分からない。 まだ分からないの。 でも、もう分からなくてもいい。 シノハさんに逢えればそれでいい」

「ショウ様・・・」 渉の言葉が嬉しい。

「笑っちゃう。 初めてシノハさんと逢う前にはその先が分からなくて仕事を忙しくしたの。 ずっと走ってたの。 そしたら忘れられるような気がして」

「走って?」

「うん、シノハさんと逢う前ね。 少しの間だけどずっと走ってた」 

(我は走らされた。 トンデン村に行く道で盗賊に追われて・・・ああ、我ではなく走ったのはラワンだったが) 思いながらタム婆が言っていた事を思い出した。

≪覚えておけよ。 目に見えるだけが全てではないぞ。
天や地だけがどこかと繋がっているわけではないぞ。 すべてのものが繋がっておるんじゃぞ。 わしもシノハもどこかで誰かと繋がっておる。 シノハが笑えば誰かが笑う。 泣けば泣く。 身体を大切にしなければ誰かを痛めることになるぞ≫ と。 

(そのことなのか? いや、違う気がする。 どこかが違う。 己とショウ様は何かが違う)

難しい顔をして考え込んでいるシノハ。

「シノハさんどうしたの?」

「あ、申し訳ありません。 何でもございません」

渉はこれだけ逢いたかったのに、ずっとずっと逢いたかったのにシノハは話すたび何か考え込む。 自分ほどシノハは自分と逢いとは思っていなかったのだろうか。

「シノハさん・・・本当に私と逢いたかった?」 悲しい目をして問う渉にシノハが驚いて答えた。

「勿論でございます」

「じゃ、どうして難しい顔をして考え込むの?」

「それは・・・」

「言い淀むんだ」

「・・・ショウ様とお逢いしたい。 その言葉に嘘はございません。 ずっとショウ様と共に居たい・・・そんな大それたことも思っております」

「ずっと?」

「はい」 シノハの言葉が嬉しいが、どこか合点がいかない。

「じゃ、今どうして考え込んでたの?」

「ショウ様・・・」 申し訳ない目で渉を見る。

「いいの。 何も気にしないでシノハさんが考えたことを言って」 だって納得したい。

「・・・はい」 少し考えてからシノハが話し出した。

「ショウ様が走っておられた。 きっとその時、我も走っておりました・・・実際には我ではなくラワンが走っていたのですが・・・。 “才ある婆様” から聞きました。 誰もがそうであるように、我が笑うと誰かが笑う。 我が泣くと誰かが泣くと。 その誰かがショウ様なのかと・・・でも」 そこまで言うと渉が言葉を重ねた。

「そうなのかも知れないけど、それだけじゃないと思う」

「ショウ様?」

「あ、ごめんなさい。 そんな風に思ったの」 言う渉に同じ想いを持ってくれたのだと嬉しさと安堵が心に満ちる。

「“才ある婆様” の仰ることには間違いはないのですが、我とショウ様はどこか違うと我も思ったのです」

「そうなの?」

「はい、それを考えておりました」

「そうだったんだ」 一つ考えて言葉をつないだ。

「その“才ある婆様” って何でも知ってるんだね」

「はい」 タム婆を知らない渉からそんな風に言われて、両の口の端が上がる。

渉がふとカケルを思い出した。 

(カケルが笑うと誰が笑うんだろう・・・) 伏し目がちに顔を下げた途端、シノハの叫び声が聞こえた。

「ショウ様!・・・」


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