五感で観る

「生き甲斐の心理学」教育普及活動中。五感を通して観えてくるものを書き綴っています。

良寛さんから学んだこと

2012年11月03日 | 第2章 五感と体感
「うらを見ておもてを見せて散るもみじ」良寛

豊かな家に育った良寛は、若いうちに家督を弟に譲り出家しました。

その時代、長男に出家された親の悲しみは、とてつもなく大きなものだったでしょう。

良寛が出家して間もなく、父が亡くなり、母が亡くなり、結局良寛は家を出て5年目に新潟に戻ってくるのです。

どうすることもできない情動は、括られることよりも強いもので、良寛自身が良寛で居られたのは、自分の時空を早くに気付いたからなのだろう、と私は思います。

晩年の尼僧との出会いから生まれた歌は、愛そのものでありましょう。人を愛することを自ずから知ることとなる良寛にとって年齢など関係ありません。

美しいものは美しい

愛しい人は愛しい

人は、地球の自転と銀河の法則によって作った時間の中で生活を営んでいるわけですが、果たしてこの時間は、自分にとって相応しい時間の流れであろうか。。。と、思う事があります。

「社会」は、すべて24時間という時間で括られ、人は一年で一歳ずつ歳を重ねていきます。
時間を24時間に括くられていることで、生まれ落ちた時から自然とその法則に縛られていきます。

その法則に心身がついていかないこと。つまり、その法則によって苦しめられていることに気付かない人の方が多いかもしれません。

幼稚園に行くこと
小学校に行くこと
中学校に行くこと
高校に行くこと
社会に出て働くこと
結婚すること
子育てすること

それらの前に「朝日と共に目覚め、夜暗くなったら寝る」
という、シンプルな一日のサイクルに一度自分を戻してみると、何を吸収し何を吐き出すかが、自分の体感で感じ取られてい
くように思うのです。

世の中の皆が、自然の法則のままに生きていたら、きっと自ずから生まれるものは、共存のための知恵ではなかろうか、と。

括られ過ぎているものを自ら外すことは、改めて共に生きる意味を模索するよき機会かもしれません。

深まる秋に良寛を一句
「月読みの光を待ちて帰りませ山路は栗の毬(いが)の多きに」



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