五感で観る

「生き甲斐の心理学」教育普及活動中。五感を通して観えてくるものを書き綴っています。

スタートライン

2007年06月28日 | 第1章 意識と知覚
函館のトラピスチヌ修道院の売店で、ロザリオ(十字架)を求めたのは、私が11歳の時だったと記憶しています。

アトリウムのような明るいお店に、少女が好きそうなマリア様の御絵や、置物が所狭しと置いてあり、ペンダントヘッドのコーナーには、沢山の宝の山が箱の中に入っていました。
それらのものからたった一つのものを選ばなくてはならず、必死の想いで、たっぷりと時間をかけて吟味した時の様子を時々思い出します。

修道院の売店の初体験に、全てがキラキラして見えました。
きっと、私の目もキラキラしていたと思います。

函館は、父方の祖先が海産物を扱う商家だったため、未だに遠い親戚が住み、お墓も立ち待ち岬の手前にあります。
住んだことはありませんが、望郷という言葉が相応しいのでしょうか。私にとって、常に近いようで遠い場所です。

自分自身が選択してきたことは、全て何かの理由があるはずです。
それが意識できる場合と、そうでない場合があります。

大人になって、ふと過去を振り返ったとき、あの時何故これを選んだのか、それなりの解釈ができるようにもなってきました。

トラピスチヌで選んだロザリオは、何故か大切に大切に私の宝物箱に納まり続けて、今は、私と共にいつも一緒に生活しています。

祖先が、この地で私に持たせたお守りは、「子孫の幸せを願って、」でのことだったのだと思います。いつか、何かに繋がるよう仕組まれたようにも感じています。
そのことを感じ出したここ数日の出来事に、「新たなスタートラインを引かれた」と解釈し、もう少し走ってみようかな、という意思が生まれてきました。


人気blogランキングへ
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする