Mr.コンティのRising JAPAN

マスコミの書かない&書きそうもない!スポーツ界の雑学・裏話を、サッカーを中心にコメントを掲載していきます。

モチベーションの差で開催国が3位

2006-07-10 | FIFA World Cup
ワールドカップでは3位決定戦というのは五輪に比較するとかなり異なったものがある。前者は既に “ Semi-Finalist “ の称号が入手済みで後者は“銅メダル”と言う報奨が待っている。ワールドカップではこの試合を “ Consolation Match :慰めの試合 “ と呼ばれる事もある。だがその Consolation Match ( Race ) でもとんでもないハプニングも起こる。1984年ロス五輪水泳競技男子400m自由形。アメリカの George=DiCarlo が3分51秒 23の五輪新記録で優勝を収めた。ところがこのレースの数分後に行われた 9位- 16位決定レース、 Consolation Race で西ドイツの Thomas Fahrner が DiCarlo の記録を上回る3分50秒91の記録を出してしまったのだ。まぁもっと言えばこの五輪、ソ連、東ドイツ、東欧諸国といった東側陣営がそろってボイコットし、3分48秒32の世界記録保持者、ソ連のサルニコフが出場していなかったと言う事もこの様な混戦を招いたのだろうが。だがサッカーの様な球技種目ではこの様な事は起こらない。従ってワールドカップでの3位決定戦は準決勝で力を使い果たした後、どれだけ精神的、体力的に残ったもの振り絞って試合に臨めるかが勝敗を決める。1982、1986年大会フランスは連続で3位決定戦に臨む事になったが当時の中心選手プラティニ、ジレス、ロシュトーは両大会とも試合に出場しなかった。(それでも1986年メキシコ大会はベルギーを延長で 4-2 と破ったが。)フランスはこういうことがある。1978年大会も1次リーグでイタリア、アルゼンチンに連敗し2次リーグ進出の可能性が無くなったハンガリー戦では第三GKドロシーが先発し、ラコンブ、ミシェル、バティストン、プラティニ(後半から出場)がスタメンを外れた。(それでも 3-1 で勝利 )この試合はフランスがユニフォームを間違って準備し近所のスポーツ用品店から急遽借りたもので試合をしたというワールドカップ史上屈指の珍試合であったが、もし連敗なければこうもならなかったのではなかったか?? 
3位決定戦が行われたシュツッツガルトはドイツ代表クリンスマン監督の地元でもある。かつてシュツッツガルト・キッカーズというチームに所属し、その後 VfB Stuttgart, Inter Milan, Tottenham Hotspur Bayern München と世界のトップチームを渡り歩くようになった。 クリンスマン監督の両親は今でもシュツッツガルトでパン屋を経営していると言う。そして話題になったオリバー=カーンの起用に就いてケプケGKコーチ、そしてレーマンまでもが肯定的な発言をして話題を呼んだ。クリンスマン監督が現役時代に既にカーンは代表入りしていた。1994年のワールドカップアメリカ大会では第三GKとして当時カールスルーエに所属していたカーンは代表入りしていた。両者はその後1996年欧州選手権イングランド大会、1998年ワールドカップフランス大会と共に代表メンバー入りをするがクリンスマンはエースストライカーであったが、GKはケプケがレギュラーを張り、カーンが代表のレギュラーを勝ち取ったのは2000年の欧州選手権からでその時はクリンスマンも代表から引退していた。ただローター=マテウスはまだ代表入りしていたのだ。一方のレーマンもワールドカップフランス大会には第三GKとしてメンバー入りし、大会後ケプケが代表引退をした後に使われる様になったがカーンの方が2000年欧州選手権、2002年ワールドカップ、2004年欧州選手権に渡ってレギュラーとして使われていた。準々決勝のアルゼンチン戦ではPK戦が終わった直後にレーマンがカーンの所に飛んで行ったシーンが印象的だった。 それからドイツはクローゼの大会得点王がかかっている。既に5得点を挙げており3得点で2位タイ同僚のポドルスキーとフランスのアンリの追撃に対して“安全圏”に入る事が出来るのでこの試合、彼に得点を取らせるという目的もある。90年大会の3位決定戦では得点王争いの渦中にいたイタリアのスキラッチに普段は蹴らさないPKを彼に蹴らして得点王を手中に収めさせる事が出来た。クローゼはあと1点取ればクリンスマン監督の持つワールドカップ通算11得点に並び、これはゲルハルト=ミュラーの14点に続いてドイツでは歴代2位タイとなり世界歴代ではロナウド(15)、ミュラー(14)フォンテーヌ(13)に次いで歴代4位タイ(クリンスマン、コチシュが11得点)となる。
そして何より開催国。地元からの大きな後押しがある。ホスト国が3位になったのは1962年チリ、1990年イタリア。そして破れたのは前回の韓国だけだ。一方のポルトガルはどうだろう?恐らくフィーゴの代表最終戦の花道を、としかモチベーションを掻き立てる理由が無かったのではないか?両国の直接対戦はこれまで14試合あり、ドイツの6勝5敗3分。得点はドイツ18、ポルトガル13。ワールドカップでの対決は無いが、欧州選手権ではポルトガルの1勝( 2000年 3-0 ) 1分 ( 1984年 0-0 ) だ。 
ポルトガルのスタメンにはフィーゴの姿は無かった。準決勝で負傷退場したミゲウに替わって投入されたP.フェレイラがそのままスタメンに入り、痛恨のPKを献上し、累積警告で出場停止となったRカルバーリョの替わりにリカルド=コスタ。そしてフィーゴがスタメンから外れFW登録のシモン=サブロッサが起用された。一方の地元ドイツはオリバー=カーンが遂に登場。DFにはヤンセン、2000年欧州選手権のポルトガル戦でプレーしたベテランのノボトニーが起用され、中盤には出場停止空けのフリンクスと準決勝では途中出場だったシュバインシュタイガーがスタメンに。そしてバラック(2000年ポルトガル戦では後半から出場)が怪我の為ユニフォーム姿では現れなかった。もし決勝戦に進んでいたならあと1日あったこともあり無理をして出ていたかも。
前半は序盤は縦横の早い動きでドイツが主導権を。ロングパスを起用するドイツに対してショートパスを繋ぐポルトガルと特色の出た立ち上がり。しかし13分にCKを得ると以降はショートパスをワンタッチで回すポルトガルが主導権を。14分にはスルーを受けたパウレタがフリーで撃つがカーンが好セーブ。観衆はカーンがボールを受ける度に大歓声を送る。しかし、ロングパスからチャンスを掴むドイツがシュバインシュタイガーやクローゼがミドルを放つがポルトガルGKリカルドが“俺もGKだ”とばかりに好セーブを連発。 前半はシュート数ドイツ7に対しポルトガル4、しかしボール占有率ではポルトガル57%に対してドイツは 43%であった。 そしてゴール枠を捉えたシュート数ではポルトガル3、ドイツ2であった。それだけドイツのシュートはミドル、ロングが多く、ポルトガルは相手DFを崩してのシュートであったということだ。 後半にはいるとポルトガルがディナモモスクワ所属のMFコスチーニャに替えてベンフィカリスボンのプティを投入した。しかし先制点はドイツ。56分シュバインシュタイガーがミドルを叩き込む。今大会初ゴールとは以外だったが、彼には大会前の試合で加地に不用意な反則タックルを食らわして怪我をさせた恨みがある。おかげで日本は苦戦をする羽目に。先制から5分後、今度はシュバインシュタイガーの低くて早いFKがポルトガルDFプティの足にあたりそのままゴールイン。これでポルトガルの勝利は非常に難しくなった。65分にはクローゼが下がりベテラン、ノイビルが投入された。クローゼのワールドカップ通算11得点目は次回南アフリカ大会以降に持ち越しとなった。69分にはヌーニョ=ゴメスが投入され、パウレタとの2トップに。この2人は2000年欧州選手権のドイツ戦で出場した2人だ。そして75分にはパウレタに替わってフィーゴが登場した。しかしポルトガルが“躍進”を世界に見せた EURO2000からの生き残り3人がこの試合では揃わなかった。前線にN.ゴメス、パウレタと的が2枚になったと思ったのだが。ドイツはゴール前に選手を集めてポルトガルのラストパスを遮断する。シュートに持ち込んでもカーンが待っている。78分、再びいや三度シュバインシュタイガーの強烈なミドルがポルトガルGKペレイラを破りリードを3点とする。そして地元 VfB Stuttgart 所属のヒツルスペルガーと御役目御免の交替に。ドイツはポドルスキー、シュバインシュタイガーが21歳。他にもDFフート(チェルシー)、長身DF196cmメテルザッカー(ハノーファー)が21歳。DFヤンセン(ボルシアMG)が20歳。FWハンケ(ボルフスブルグ)、DFラーム(バイエルン)、MFオドンコー(ドルトムント)が22歳と若い選手が多くいて次の南アフリカ大会も期待できる。一方日本は….. 終了3分前にフィーゴからの鮮やかなクロスをNゴメスがダイビングヘッドでドイツゴールネットを揺らし一矢報いる。さすがのカーンもこれだけは止められなかった。そしてタイムアップ。4年前のトルコ対韓国の様に試合後両選手が肩を組んで繰り歩く様なシーンは見られなかったが、ほぼ全選手が満足そうな表情で表彰式を迎えた。そして日本サッカー界に歴史的な1頁が。この試合の主審に上川徹氏がそして副審に広嶋禎数氏と韓国の金大英氏が担当。3位決定戦に日本人審判が登場したので次は代表選手だ?? 
オリバー=カーンの登場、N.ゴメスのゴール、日本人審判の起用、そしてフィーゴを始めベテラン選手の出場、そして観客席にはミハエル=シュマッハーが居て私にとっては非常に印象的な試合であった。 さぁ残りは決勝戦。でももうすぐ終わるのかぁ……


最新の画像もっと見る

コメントを投稿