やっと見に来る事が出来たなぁ…..
我が母校、大阪府高槻市立第九中学校はサッカーの名門。 今年も3年連続で全国大会出場を決めてくれた。
今年の全国大会はてここ関東地方の茨城県で開催された。 ようやく九中サッカー部の全国大会での試合を見られる事が出来た。 前のブログで書いたけど私はサッカー経験者ではありません。 中学、高校時代は水泳部。そして大学に入って陸上競技を始めた。 中学のサッカー部は超が付く程の強さ。1学年上の先輩達が全国大会に出場した。同級生達も強かったけどさすがに2年連続は….と思っていたけどあれよあれよと勝ち進み遂に2年連続での全国大会出場を果たした。
ある3年の7月の試合だった。運動場でまたサッカー部が試合をしている。 まぁどうせ勝つんだろう?と思って見ていた。
圧倒的に試合内容で押しまくりながらなかなかゴールが決まらない。 終盤GKと1対1になるチャンスがあった。しかし、グランドに脚を取られてシュートをミスった。 おいおい、と思った。当時は土のグランドだったからなぁ~。そしてPK戦にまで縺れ揉んだ。
最初のうちの中学のキッカーが外してしまった。見ていた女の子や同級生達からは驚愕の悲鳴があがった。あいつが外したのか?
しかしGKが頑張って相手のPKを止めてこの試合は何とか勝った。 そして最初にPKを外した奴とGKが抱き合っていた。
なんだ、やっぱり勝ったんじゃないかぁ….と思った。 しかし、今から考えればもしGKが頑張って相手のPKを止めなかったら、彼らの全国大会は無かったのだった。 それは後になって思いだして解った…
当時私はサッカーが大嫌いだった。 理由は簡単、強いサッカー部を妬んでいたからにすぎない。 女の子達は強いサッカー部や練習試合で勝った事さえない野球部員にキャーキャー言っていた。 我が水泳部だった高槻大会総合2位の実績であったがサッカー部の栄光にはとても太刀打ちできない。
中学を卒業してもいつの日かスポーツで成績を上げて女の子達にもてたいなぁ~っと思い、全国大会に出場するサッカー部はやっぱし過ごいんやなぁ~と常に思っていた。
高校に進学して続けた水泳はさっぱりだったけど大学で始めた陸上競技はあっという間に強くなりついに全国大会、日本インカレの出場権も手に入れた。 初めてインカレの出場権を得た時は中学校のサッカー部に追い付いたと思い嬉しかった。 そして自分は彼らが中学時代に全国大会に出場したのを見たからここまでこれたんだと思った。 今では妬んでいた彼らを本当に感謝している。
母校の試合の前に行われた試合を観戦した。 東北学院中学対鹿児島育英館中学。 共に私学同士の対戦だ。
中学生の試合を生観戦するのはほぼ初めてだ。 やっぱり中学生。高校生とは絶対的な体力、パワーの違いがある。 ボールの飛ぶスピード、距離が違う。そして遠くに蹴る時にはどうしても“せ~の”と反動のタイミングが入って来る。
試合は東北学院が早々と先制するとすぐに育英館が追い付く。だけど同点ゴールはちょっとGKのミスっぽかった。
以降はどちらかと言え育英館がボールを繋ぐのだけどシュートに迄は持ち込めない。
そして東北学院が追加点を上げる。右サイドで得たFKを中央でヘッドで合わせて育英ゴールに叩きこんだ。
ヘッドも見事だったけど東北学院の14番のFKが素晴らしかった。
この14番の選手が他の選手よりも能力が頭一つ上回っていると思い、彼のプレーに注目をする事に。 実際にボールの繋がりが今一つの東北学院であるが14番にボールが入った時は何かが起こりそうだった。
鹿児島育英館はこちらも右サイドの14番の選手が切れのあるドリブルを見せる。しかしボールは繋がるのだけどゴール前での正確性がやや欠けていてシュートに持ち込めない。 そうして追加点を上げるのは東北学院で更に2点を追加し 4-1 となった。 試合内容はそんなに変わらないのに。やっぱりサッカーは相手ゴールにシュートを決める数を競う競技と再確認してしまう。
後半、水飲みタイムを過ぎると鹿児島育英館の14番が中央に入って来る。 東北学院も疲れが出て来たのだろう、14番そして育英館FW陣を捕まえられない。 ここで頼りになったのが東北学院のCB背番号15番。 この15番体格も大きく今はあまり聞かれないストッパー的な役割をしPA内に侵入する選手を止めていた。
試合終了時間が近づくが鹿児島育英館も何とかもう1ゴールを必死にボールを前に運ぼうとする。この炎天下、中学生をこんなに走らせて大丈夫かと思う。 しかし2点目は生まれず東北学院が 4-1 で勝利を納めた。
両チームの選手とも丁寧に挨拶をし、御父兄方々からも温かい拍手が。
35年前同級生達が全国大会に出た時はどれだけの人が見に来たのかなぁ~と思った。
敗れた鹿児島育英館の選手達も多くがそのまま付属の高校に進学し同じメンバーでサッカーを続けるのかなぁ….と思った。そういう意味では私学は良いかもしれない。 サッカーのスキルアップも同級生と続けられると言う事も。
母校の試合迄1時間以上あるのでとりあえず清涼飲料水の自動販売機を探す事に。 競技場には屋根が付いていないのでこんな炎天下試合を見るのも大変だけどこんな試合をする方も大変だなぁと改めて思った。
少しぶらついていると母校でコーチをしている同級生とほぼ30年振りで再会した。試合前の忙しい時間に立ち話をした。
最近は中学生とて私学がスポーツにも力を入れ出し、サッカーも例外ではないらしい。 元Jリーガーをコーチとして雇用したり、特に高校と併設されている中学は施設、設備も充実している。
彼は“私立だけ別の大会を作って欲しいくらい。”と話していた。 今大会も出場32校中11校が私学。 全国優勝となるとずっと私学が続いている。 高槻九中はこれで全国大会が6度目であるがそれは大阪勢では最多出場とのこと。 母校の様に普通の公立中学が連続して大阪府、近畿地方様な学校の多い地区を勝ち抜くなんて本当に奇跡に近いらしい。それだけに頑張って少しでも長く大会に残って欲しいなぁと思う。
またJリーグが創設されて以来、各チームがジュニア・ユースチームを持つようになってから中体連とクラブチームとの差が広がり始め、今や全国中学校大会はこの年代の最高の大会とは言えなくなっているらしい。それは高校サッカーにもあてはまるらしい。
すると見憶えのある顔が数人、同級生達が高槻から観戦に来たのだった。 懐かしい彼らと色々話しが出来た。 当時の試合の話し何かをしていた。そこには私は入っていけない。改めてサッカー部員が羨ましく思った。
1人は最近結婚したばかりで奥さんと一緒に来ていた。ずいぶん若々しい奥さんだなぁと羨ましく思った。 1人はまだ独身。こいつは高校でも大阪選抜に選ばれるくらいの選手で女の子には一番人気があったなぁ。 高校の時大阪選抜対京都選抜の親善試合を観に行ったんだぞ、お前が出ていたんだぞというと、そんな試合に出ていた事を憶えていなかった。 おいおいと思った。
1人は家族で柏に住んでいて今は単身赴任で仙台。敬虔な柏レイソルのサポーターらしく、“この前は仙台でレイソル戦行ったンやろ?よくぞ引き分けてくれたってレッズサポーターの息子が言っていたぞ。”と言ったら笑っていた。 昨年、さいたまスタジアムでレイソルが優勝を決めた試合は当然見に来たらしい。水泳部の友人の近況を知っていて驚かされた。 そして1人は今でも高槻在住。今でも中学の同級生達とはどこかでばったり出会うそうだ。高槻も変わったぞ…と言われた。もう何十年離れたかなぁ…..
そして1級上、2級上更に数年上の先輩も。でもサッカー部員で無い私はだれだか解らなかった。 4級上の先輩は今は引退したけど国際審判員も務められたらしい。
そして1級下ではJリーガーだったのも。今では彼も高槻九中でコーチをしているらしい。
そうこうしているといよいよ母校の試合時間が近づいてきた。 午後2時半キックオフであるが太陽が雲に隠れる事もありやや気温が下がったみたいだ。 出来れば良いコンディションでプレーさせてあげたいなと思う。
対戦相手は中国地方・岡山県代表の総社東中学校。前の試合と異なり公立中学同士の対戦だ。こちらが勝手に緊張をする中、キックオフの笛が鳴った。総社東のキックオフで始まった試合、全国大会とはいえ選手は中学生。メンタルな部分がかなり支配する。はやく緊張が解けないかと思う。しかし心配をよそに主導権を握るのは我らが高槻九中。
開始早々14番がヘッドを放ち、9番からボールを受けた11番がシュートを放つ。3分には14番が今度はシュートを撃つがここはGKがキャッチ。 サイドでボールを受けると後方の選手がサイドラインぎりぎりのところを掛け上がったり、ダイレクトパスを繋いだりまたボールを出し受けする選手だけでなく第3の選手の動きが多い。比べるのはよくないが前の試合よりはレベルが高そうだ。その後も 相手PA内に侵入するが大事に行こうとなかなかシュートを撃たず相手DFに身体を入れられてしまう。
“OB達”からは、立ち上がりなのだからちょっとは強引に行けば…. との声が出る。 しかしシュートシーンも徐々に増えて来る。中には決定的なチャンスも。
相手ボールになってもパスコースを切ったり中に入れささず外に外にと出させる。
“あの10番が前線に張られた方がこっちは脅威なんだけどなぁ” と同級生の1人が言った。
上背のある総社東中の10番はキックオフ前からどんな選手だ?と警戒していたが以外に中盤に居る事が多かった。
主導権を握れない総社東ベンチは18分に早々と1人目の交替カードを切る。
ここで出て来た18番はスピードあるドリブルを見せていた。それでも高槻九中は前半は最後までシュートを撃たす事はさせなかった。 20分にはカウンターから波状攻撃をしかけ11番がシュートを、22分にも11番がドリブルシュートを放つが決まらない。 前半終了間際には14番がシュートを撃つがGKがストップ。 攻勢が続くもあとはこちらがシュートをゴールにいれるだけなんだけどと思った。
後半に入り高槻九中は選手を右サイドバックの選手を替えた。その3番が後半開始早々にサイドを上がりそこから波状攻撃を作る。しかしゴールは決まらない。 40分に掴んだCKのチャンスも決まらない。
“そろそろ決めないとちょっと嫌な展開になるでぇ。”後ろに座っていた同級生が漏らす。
46分またもCKのチャンスを得る。 “ここは決まりそうな気がするなぁ~。”同級生の1人が呟く。 するとそのCKに飛び込んだ11番がヘッドが総社東ゴールネットに突き刺さり待望の先制点が決まった。 一斉に立ち上がり大歓声を送る。 なかなか決まらなかった11番のシュートがやっと決まった。 やったぁぁぁ~と云うよりも安心感の方が大きかった。
以降も高槻九中が主導権を握り続け総社東ゴールに迫る。 しかしGKが素晴らしくなかなか追加点が奪えない。 相手DF陣をかわしてフリーでシュートに持ち込むもGKがファインセーブを連発する。
こんな時心配なのがカウンターから同点ゴールを決められてしまう事。 そしてPK戦に….まだ独身の同級生は2年の時からレギュラーで1級上の先輩に混じり全国大会に出場したけどその試合はPK戦で敗れたらしい。 相手は鹿児島県の桜島中学。そして対峙したのが帝京高校でも活躍し今はたまにサッカー解説もする川添だったらしい…
そう考えていいたらカウンター攻撃を受け最後は8番の選手にシュートを許す。その弾道は大きくクロスバーを越えたけど見ているこちらは一斉に胸をなでおろす。 “ヒヤっとするな~。”誰かが云った。 私もそう思った。
しかし結局総社東中が放ったシュートはこのシュート1本のみ。 1分あったロスタイムも過ぎ、我が母校高槻九中が見事に1回戦突破を果たした。
試合終了後、敗れた総社東中学がスタンドに向かって丁寧に挨拶をするのを見てこちらも感動を覚える。
同級生達も“ 偉いなぁ。”と感心する。そしてこの試合一番ボルテージの高い拍手が送られた。
旧友達とはまたいつか再会したいな…と言葉をかわして別れた。
そして自分が陸上競技であれだけやれた事を今になって良かったと思った。もしそうでなければ私は今でも彼らを妬んでいただろう。こういう場所には出て来なかっただろう。 やっぱり俺は小心者なんだなぁと思った。
でももっともっと練習すればよかったなぁ。そうすれば陸上で、もっと上に行けただろうなぁとも思った。
だけどやっぱりサッカー部員のあいつらは羨ましいなぁとまた思った。
翌日高槻九中は千葉県代表の中学に 0-1 で敗れたと友人から連絡があった。 あぁそうか、残念。 一昨年は準決勝、昨年は準々決勝まで進出した。 同級生達は1回戦で惜敗したけどその相手は千葉県代表だった。 千葉県代表は鬼門なのか?
だけどここまでこれた事は人生の糧になるぞ。 これからもがんばれよ。そして試合に出られなかった3年生、ベンチ入り出来なかった3年生、君たちこそ高校になっても続けろよ。 チャンスはまだまだあるぞ。
そして高槻九中からサッカー部の活躍に刺激を受けて頑張る中学生が1人でも多く出て来る事を望む。35年前の俺の様に。
だけど俺みたいな半端な人間になるなよ…
我が母校、大阪府高槻市立第九中学校はサッカーの名門。 今年も3年連続で全国大会出場を決めてくれた。
今年の全国大会はてここ関東地方の茨城県で開催された。 ようやく九中サッカー部の全国大会での試合を見られる事が出来た。 前のブログで書いたけど私はサッカー経験者ではありません。 中学、高校時代は水泳部。そして大学に入って陸上競技を始めた。 中学のサッカー部は超が付く程の強さ。1学年上の先輩達が全国大会に出場した。同級生達も強かったけどさすがに2年連続は….と思っていたけどあれよあれよと勝ち進み遂に2年連続での全国大会出場を果たした。
ある3年の7月の試合だった。運動場でまたサッカー部が試合をしている。 まぁどうせ勝つんだろう?と思って見ていた。
圧倒的に試合内容で押しまくりながらなかなかゴールが決まらない。 終盤GKと1対1になるチャンスがあった。しかし、グランドに脚を取られてシュートをミスった。 おいおい、と思った。当時は土のグランドだったからなぁ~。そしてPK戦にまで縺れ揉んだ。
最初のうちの中学のキッカーが外してしまった。見ていた女の子や同級生達からは驚愕の悲鳴があがった。あいつが外したのか?
しかしGKが頑張って相手のPKを止めてこの試合は何とか勝った。 そして最初にPKを外した奴とGKが抱き合っていた。
なんだ、やっぱり勝ったんじゃないかぁ….と思った。 しかし、今から考えればもしGKが頑張って相手のPKを止めなかったら、彼らの全国大会は無かったのだった。 それは後になって思いだして解った…
当時私はサッカーが大嫌いだった。 理由は簡単、強いサッカー部を妬んでいたからにすぎない。 女の子達は強いサッカー部や練習試合で勝った事さえない野球部員にキャーキャー言っていた。 我が水泳部だった高槻大会総合2位の実績であったがサッカー部の栄光にはとても太刀打ちできない。
中学を卒業してもいつの日かスポーツで成績を上げて女の子達にもてたいなぁ~っと思い、全国大会に出場するサッカー部はやっぱし過ごいんやなぁ~と常に思っていた。
高校に進学して続けた水泳はさっぱりだったけど大学で始めた陸上競技はあっという間に強くなりついに全国大会、日本インカレの出場権も手に入れた。 初めてインカレの出場権を得た時は中学校のサッカー部に追い付いたと思い嬉しかった。 そして自分は彼らが中学時代に全国大会に出場したのを見たからここまでこれたんだと思った。 今では妬んでいた彼らを本当に感謝している。
母校の試合の前に行われた試合を観戦した。 東北学院中学対鹿児島育英館中学。 共に私学同士の対戦だ。
中学生の試合を生観戦するのはほぼ初めてだ。 やっぱり中学生。高校生とは絶対的な体力、パワーの違いがある。 ボールの飛ぶスピード、距離が違う。そして遠くに蹴る時にはどうしても“せ~の”と反動のタイミングが入って来る。
試合は東北学院が早々と先制するとすぐに育英館が追い付く。だけど同点ゴールはちょっとGKのミスっぽかった。
以降はどちらかと言え育英館がボールを繋ぐのだけどシュートに迄は持ち込めない。
そして東北学院が追加点を上げる。右サイドで得たFKを中央でヘッドで合わせて育英ゴールに叩きこんだ。
ヘッドも見事だったけど東北学院の14番のFKが素晴らしかった。
この14番の選手が他の選手よりも能力が頭一つ上回っていると思い、彼のプレーに注目をする事に。 実際にボールの繋がりが今一つの東北学院であるが14番にボールが入った時は何かが起こりそうだった。
鹿児島育英館はこちらも右サイドの14番の選手が切れのあるドリブルを見せる。しかしボールは繋がるのだけどゴール前での正確性がやや欠けていてシュートに持ち込めない。 そうして追加点を上げるのは東北学院で更に2点を追加し 4-1 となった。 試合内容はそんなに変わらないのに。やっぱりサッカーは相手ゴールにシュートを決める数を競う競技と再確認してしまう。
後半、水飲みタイムを過ぎると鹿児島育英館の14番が中央に入って来る。 東北学院も疲れが出て来たのだろう、14番そして育英館FW陣を捕まえられない。 ここで頼りになったのが東北学院のCB背番号15番。 この15番体格も大きく今はあまり聞かれないストッパー的な役割をしPA内に侵入する選手を止めていた。
試合終了時間が近づくが鹿児島育英館も何とかもう1ゴールを必死にボールを前に運ぼうとする。この炎天下、中学生をこんなに走らせて大丈夫かと思う。 しかし2点目は生まれず東北学院が 4-1 で勝利を納めた。
両チームの選手とも丁寧に挨拶をし、御父兄方々からも温かい拍手が。
35年前同級生達が全国大会に出た時はどれだけの人が見に来たのかなぁ~と思った。
敗れた鹿児島育英館の選手達も多くがそのまま付属の高校に進学し同じメンバーでサッカーを続けるのかなぁ….と思った。そういう意味では私学は良いかもしれない。 サッカーのスキルアップも同級生と続けられると言う事も。
母校の試合迄1時間以上あるのでとりあえず清涼飲料水の自動販売機を探す事に。 競技場には屋根が付いていないのでこんな炎天下試合を見るのも大変だけどこんな試合をする方も大変だなぁと改めて思った。
少しぶらついていると母校でコーチをしている同級生とほぼ30年振りで再会した。試合前の忙しい時間に立ち話をした。
最近は中学生とて私学がスポーツにも力を入れ出し、サッカーも例外ではないらしい。 元Jリーガーをコーチとして雇用したり、特に高校と併設されている中学は施設、設備も充実している。
彼は“私立だけ別の大会を作って欲しいくらい。”と話していた。 今大会も出場32校中11校が私学。 全国優勝となるとずっと私学が続いている。 高槻九中はこれで全国大会が6度目であるがそれは大阪勢では最多出場とのこと。 母校の様に普通の公立中学が連続して大阪府、近畿地方様な学校の多い地区を勝ち抜くなんて本当に奇跡に近いらしい。それだけに頑張って少しでも長く大会に残って欲しいなぁと思う。
またJリーグが創設されて以来、各チームがジュニア・ユースチームを持つようになってから中体連とクラブチームとの差が広がり始め、今や全国中学校大会はこの年代の最高の大会とは言えなくなっているらしい。それは高校サッカーにもあてはまるらしい。
すると見憶えのある顔が数人、同級生達が高槻から観戦に来たのだった。 懐かしい彼らと色々話しが出来た。 当時の試合の話し何かをしていた。そこには私は入っていけない。改めてサッカー部員が羨ましく思った。
1人は最近結婚したばかりで奥さんと一緒に来ていた。ずいぶん若々しい奥さんだなぁと羨ましく思った。 1人はまだ独身。こいつは高校でも大阪選抜に選ばれるくらいの選手で女の子には一番人気があったなぁ。 高校の時大阪選抜対京都選抜の親善試合を観に行ったんだぞ、お前が出ていたんだぞというと、そんな試合に出ていた事を憶えていなかった。 おいおいと思った。
1人は家族で柏に住んでいて今は単身赴任で仙台。敬虔な柏レイソルのサポーターらしく、“この前は仙台でレイソル戦行ったンやろ?よくぞ引き分けてくれたってレッズサポーターの息子が言っていたぞ。”と言ったら笑っていた。 昨年、さいたまスタジアムでレイソルが優勝を決めた試合は当然見に来たらしい。水泳部の友人の近況を知っていて驚かされた。 そして1人は今でも高槻在住。今でも中学の同級生達とはどこかでばったり出会うそうだ。高槻も変わったぞ…と言われた。もう何十年離れたかなぁ…..
そして1級上、2級上更に数年上の先輩も。でもサッカー部員で無い私はだれだか解らなかった。 4級上の先輩は今は引退したけど国際審判員も務められたらしい。
そして1級下ではJリーガーだったのも。今では彼も高槻九中でコーチをしているらしい。
そうこうしているといよいよ母校の試合時間が近づいてきた。 午後2時半キックオフであるが太陽が雲に隠れる事もありやや気温が下がったみたいだ。 出来れば良いコンディションでプレーさせてあげたいなと思う。
対戦相手は中国地方・岡山県代表の総社東中学校。前の試合と異なり公立中学同士の対戦だ。こちらが勝手に緊張をする中、キックオフの笛が鳴った。総社東のキックオフで始まった試合、全国大会とはいえ選手は中学生。メンタルな部分がかなり支配する。はやく緊張が解けないかと思う。しかし心配をよそに主導権を握るのは我らが高槻九中。
開始早々14番がヘッドを放ち、9番からボールを受けた11番がシュートを放つ。3分には14番が今度はシュートを撃つがここはGKがキャッチ。 サイドでボールを受けると後方の選手がサイドラインぎりぎりのところを掛け上がったり、ダイレクトパスを繋いだりまたボールを出し受けする選手だけでなく第3の選手の動きが多い。比べるのはよくないが前の試合よりはレベルが高そうだ。その後も 相手PA内に侵入するが大事に行こうとなかなかシュートを撃たず相手DFに身体を入れられてしまう。
“OB達”からは、立ち上がりなのだからちょっとは強引に行けば…. との声が出る。 しかしシュートシーンも徐々に増えて来る。中には決定的なチャンスも。
相手ボールになってもパスコースを切ったり中に入れささず外に外にと出させる。
“あの10番が前線に張られた方がこっちは脅威なんだけどなぁ” と同級生の1人が言った。
上背のある総社東中の10番はキックオフ前からどんな選手だ?と警戒していたが以外に中盤に居る事が多かった。
主導権を握れない総社東ベンチは18分に早々と1人目の交替カードを切る。
ここで出て来た18番はスピードあるドリブルを見せていた。それでも高槻九中は前半は最後までシュートを撃たす事はさせなかった。 20分にはカウンターから波状攻撃をしかけ11番がシュートを、22分にも11番がドリブルシュートを放つが決まらない。 前半終了間際には14番がシュートを撃つがGKがストップ。 攻勢が続くもあとはこちらがシュートをゴールにいれるだけなんだけどと思った。
後半に入り高槻九中は選手を右サイドバックの選手を替えた。その3番が後半開始早々にサイドを上がりそこから波状攻撃を作る。しかしゴールは決まらない。 40分に掴んだCKのチャンスも決まらない。
“そろそろ決めないとちょっと嫌な展開になるでぇ。”後ろに座っていた同級生が漏らす。
46分またもCKのチャンスを得る。 “ここは決まりそうな気がするなぁ~。”同級生の1人が呟く。 するとそのCKに飛び込んだ11番がヘッドが総社東ゴールネットに突き刺さり待望の先制点が決まった。 一斉に立ち上がり大歓声を送る。 なかなか決まらなかった11番のシュートがやっと決まった。 やったぁぁぁ~と云うよりも安心感の方が大きかった。
以降も高槻九中が主導権を握り続け総社東ゴールに迫る。 しかしGKが素晴らしくなかなか追加点が奪えない。 相手DF陣をかわしてフリーでシュートに持ち込むもGKがファインセーブを連発する。
こんな時心配なのがカウンターから同点ゴールを決められてしまう事。 そしてPK戦に….まだ独身の同級生は2年の時からレギュラーで1級上の先輩に混じり全国大会に出場したけどその試合はPK戦で敗れたらしい。 相手は鹿児島県の桜島中学。そして対峙したのが帝京高校でも活躍し今はたまにサッカー解説もする川添だったらしい…
そう考えていいたらカウンター攻撃を受け最後は8番の選手にシュートを許す。その弾道は大きくクロスバーを越えたけど見ているこちらは一斉に胸をなでおろす。 “ヒヤっとするな~。”誰かが云った。 私もそう思った。
しかし結局総社東中が放ったシュートはこのシュート1本のみ。 1分あったロスタイムも過ぎ、我が母校高槻九中が見事に1回戦突破を果たした。
試合終了後、敗れた総社東中学がスタンドに向かって丁寧に挨拶をするのを見てこちらも感動を覚える。
同級生達も“ 偉いなぁ。”と感心する。そしてこの試合一番ボルテージの高い拍手が送られた。
旧友達とはまたいつか再会したいな…と言葉をかわして別れた。
そして自分が陸上競技であれだけやれた事を今になって良かったと思った。もしそうでなければ私は今でも彼らを妬んでいただろう。こういう場所には出て来なかっただろう。 やっぱり俺は小心者なんだなぁと思った。
でももっともっと練習すればよかったなぁ。そうすれば陸上で、もっと上に行けただろうなぁとも思った。
だけどやっぱりサッカー部員のあいつらは羨ましいなぁとまた思った。
翌日高槻九中は千葉県代表の中学に 0-1 で敗れたと友人から連絡があった。 あぁそうか、残念。 一昨年は準決勝、昨年は準々決勝まで進出した。 同級生達は1回戦で惜敗したけどその相手は千葉県代表だった。 千葉県代表は鬼門なのか?
だけどここまでこれた事は人生の糧になるぞ。 これからもがんばれよ。そして試合に出られなかった3年生、ベンチ入り出来なかった3年生、君たちこそ高校になっても続けろよ。 チャンスはまだまだあるぞ。
そして高槻九中からサッカー部の活躍に刺激を受けて頑張る中学生が1人でも多く出て来る事を望む。35年前の俺の様に。
だけど俺みたいな半端な人間になるなよ…