Mr.コンティのRising JAPAN

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Asian Cup に臨む列強達 破壊力のイラン

2007-06-30 | Asian Cup
私が初めてワールトカップ予選を“見た”のはアルゼンチン大会予選であった1977年3月に東京で開催された日本対韓国戦だった。この試合のテレビ中継のハーフタイムにワールトカップの紹介がなされ、世界から16カ国が翌年アルゼンチンで開催されるワールトカップに出場が許され、既に開催国のアルゼンチン、前回優勝の西ドイツには出場権が与えられ、残る14の出場枠を世界中が大陸別に争い、アジア大陸からは僅かに1カ国の出場枠が与えられているだけと言う事を知った。そしてそれでも、欧州、南米のサッカー先進国は “アフリカやアジアになんで出場枠が1つ保証されるのか?” と不満を抱いている事も説明された。(この時の解説は岡野俊一郎氏であった。子供にも素人にも非常に解かり易い解説を瞬時にしかもいいタイミングで話されていた。)
そしてそのアルゼンチン大会のアジアからのたった1つの出場権を勝ち取ったのはイランであった。当時国を治めていたファーレビ王朝の絶大なる支援と豊富なオイルダラーをバックに1968年から1976年までアジアカップ3連覇と言う偉業を成し遂げ1974年地元開催のアジア大会での金メダル、そしてその集大成がワールトカップアルゼンチン大会予選であった。 1次予選でサウジアラビアを連破(ホーム 2-0 アウェー 3-0 ) シリアの対戦拒否、イラクの棄権で難なく最終予選に進出するとホームアンドアウェーで行われた最終予選を8試合6勝2分け得点12失点4の圧勝で終了し、悲願のワールトカップ出場を決めたのだが、圧巻だったのが同じ中東の強豪クウェート、前回ワールトカップ出場のオーストラリアをホーム、アウェーともに勝利を収め、韓国とは2分けに終わったが他を寄せ付けない強さであった。
その原動力はハッサン=ロウシャン、カブール=ヤハニといったアジアでは抜きんでた攻撃力。それは当時日本DF陣がどうしようもなかった韓国FW陣、車範根、金鎮国、李栄武、朴商寅らの上をいくものと当時の専門誌は表現しており彼らがワールトカップでどれだけやるのか楽しみであった。そしてオランダ ( 0-3 ) 、ペル― ( 1-4 ) には完敗し2次リーグには進めなかったがスコットランドと 1-1 で引き分け勝点1を記録した。大会後スコットランド戦で自殺点を“得点”したエスカンダリアンは New York Cosmos に移籍し来日も果たしている。
しかしワールトカップの翌年にイスラム革命が始まりファーレビ王朝が倒れ1980年にはイラン、イラク戦争が始まりイランサッカーは停滞期に入る。そんな中1982年のニューデリーアジア大会で日本がイランを 1-0 で破ってしまう。そのニュースを知った時私は“革命と戦争はどうなったのだろう?”と最初に思い次に“やった。アジアの強国イランに勝ったぞ”と嬉しく思った。そのアジア大会では日本は韓国も破りベスト8に進出。そして準々決勝でイラクに延長戦の末に敗れ、そのイラクがアジア大会で優勝を収めた。その時も“戦争はどうなったのだろう?”と思った…..
以降イランは1990年の北京でのアジア大会で優勝するなどアジア盟主の地位を回復させ始め、日本もJリーグ発足後の劇的な進歩で歯が立たなかったイランとは何度も激戦を相まみえる様になる。そして1996年12月 UAE で開催されたアジアカップの準々決勝で韓国を 6-2 と粉砕し、私は今でもイランと言えば“破壊力”と言う印象をもっている。
今大会のイランは1976年大会以来8大会ぶりの優勝のチャンスが大いにあると思う。恐らく日本以上に可能性はあるだろう。前回北京大会でエントリーされたメンバーの中では欧州でプレーする選手はマハダビキア ( HSV Hamburg ) とレザエイ ( Messina ) の二人だけであった。今大会は予備メンバーも入れた30名の中ではあるが7人の欧州組が入っている。カリミ( Bayern Muenchen ) マハダビキアア( Eindracht Frankfurt ) ネコーナム ( Osasuna ) ティモリアン ( Bolton Wandrers ) ハシュミアン ( Hanover 96 ) ザンディ ( Apollon Lemesos : キプロス ) レザエイ ( AS Livorno ) の7人。特に注目の“欧州組”は Bolton の ティモリアンだ。



彼は 2000-01 のシーズンにかつてのイランの英雄カリミ=バケリが Charlton Athletic でプレーしていらいイランサッカー界市場二人目のプレミアリーグ選手。昨シーズン第32節の 2-2 で引き分けた Wigan 戦では2ゴールを挙げ、Sunday Telegraph 紙では Man of the Match レベルの活躍との評価。アジアカップではどの様な布陣になるのだろう?
昨年ワールトカップでの1次リーグ落ちと言う結果から当時の協会幹部の何人かが解任されたが、それはアフマディーネジャード・イラン大統領によって選ばれた Physical Education Organization の主導によるもので、その行為は FIFA の定めた “ 政府機関が直接その国の Football 協会に関与してはならない。“と言う加盟国への規約に抵触 するもので、すぐに FIFA はこの解任の撤回を求めるの事態は変わらず、同年11月、韓国を破りアジアカップ予選突破を決めた直後に FIFA から”事態の改善が見られぬ場合は国際試合禁止にするぞ“との警告が発せられた。結局国際試合禁止の処分は撤回され、新代表監督には前年度のイラン・リーグ王者 Esteghlal の指揮を執った Amir Ghalenoei 氏が就く事になった。 Ghalenoei 新監督は”代表チームへの素早い取りかかり“と批判され続けていた”保守的な戦術からの脱却“を掲げたが、結局代表のアジアカップへの準備は遅々として進まず、また戦術も前任者の Ivankovich 氏の戦術を踏躍するものと批判にさらされる事に。
そして Ghalenoei 氏とは直接関係ないが前に指揮を執っていた Esteghal は ACL への出場権がありながら“必要書類の提出が期限を過ぎた。”との事で失格と言う日本では考えられない顛末に。こう言うていたらくがイラン協会の諸悪の根源かも知れない。イラン国内ではアジアカップへの準備不足が懸念されているが、日本よりはテストマッチは組まれていると思う。
3月24日にはドーハでカタール代表とテストマッチを行い、欧州組7人も合流。アウェーながら見事にAlireza Vahedi Nikbakhtのゴールで 1-0 で勝利を収めた。


6月2日 Mexico City で行われたメキシコとのテストマッチは 0-4 で完敗し、ワールトカップでの雪辱はならなかったが、この遠征にはマハダビキア、カリミ、ハシュミアン、そしてティモリアンといったドイツ、プレミア組が加わっていなかった。 Mexico にとっては6月末から始まる Copa America の調整試合であった。そして何とブラジルを破ったのである。


そして昨日6月29日はホームの Azadi Stadium にナイジェリア代表(Bチームらしい)を迎えて Enayati の2ゴール等で 4-2 で勝利を収めている。



このナイジェリア戦のメンバーは下記の通り。

GK : Talebloo - Mahdavikia (C), Aghili, Rezaei, Zandi (86' Asadi) - Nekounam - Teymourian (70' E. Sadeghi), Karimi (46' Nouri) - Kazemian (63' Kaabi), Enayati (82' Madanchi) - Hashemian (46' Khatibi) Goals: 1-0 Enayati (11' / Assist: Kazemian) 2-0 Nekounam (15' / Pen. / Kazemian) 3-0 Enayati (27' / Karimi) 3-1 Kumordi (31') 3-2 Addo (48') 4-2 Aghili (50' / Zandi)

恐らく上記のメンバーにティモリアンを加えてスタメン候補では無いか?最近ではイランのFW選手の能力の高さが目立つが元々イランの強さは他の中東諸国と異なり組織だった守備が敷ける事であった。それはペルシャ系は欧州系の民族と言う事に寄与するのか? Ghlenoei 監督は 4-4-2 か 3-5-2 のシステムのいずれかを選択すると思われているがアジアレベルではより攻撃的に 4-4-2 を採用していくのではないだろうか?その中心となるのはやはりマハダビキアでは無いか?



2005年3月、Azadi Stadium で行われた日本とのワールトカップ予選。縦横無尽に、攻撃に守備の非常に効果的な働きをし、見事“強敵”日本を破った立役者。ワールトカップでは格上相手に下がったポジションでの仕事に終始したが、最後のアンゴラ戦では引き分けに終わるも中盤から前線にキーとなる動きを見せた。
しかし、そのアンゴラ戦ではカリミが監督批判をしたと言う理由で出場出来ないなどチーム内の問題が露呈。(俺は折角 Leipzig までその試合を観に行ったのに….) またワールトカップを通してハシュミアン、カエビもメキシコ、ポルトガルと言った列強相手に思い切りの良いパフォーマンスは披露出来なかった。そう言えば前回のアジアカップ1次リーグ、オマーン戦ではノスラティが相手選手を踏みつけて4試合出場停止。レザエイ、バダビの二人は試合中に喧嘩をして2試合出場停止というていたらく。
それだけにアジアカップは名誉挽回のチャンスか? 
そのアジアカップでは1次リーグ Group C をウズベキスタン、中国、マレーシアと戦うがまず2位以内から漏れる事は無いと思う。そうなると準々決勝は Group Dインドネシアラウンドから勝ち上がって来るであろう、サウジアラビア、韓国のいずれかとの対戦になる。 7月21日または22日のこの準決勝はアジア屈指の好カードとなりそうだ。そして準決勝ではオーストラリアとの対戦があるかもしれないが、イランと戦う事を誰よりも待ち構えているのが優勝候補最右翼のオーストラリアかもしれない。 1997年11月29日 Melbourne Cricket Ground でのワールトカップ最終予選、キューウェル、ヴィドマーのゴールで 2-0 とリードしたオーストラリアはフランス行きのキップが見えていた。しかし71分にバゲリ、75分にアジジの連続ゴールに沈みワールトカップは更に8年待たねばならなかった。その時のオーストラリアのメンバー、GK Schwarzer, MF Kewell, FW Viduka, Aloisi の4人はメンバーとして対戦する可能性があり、更に10年前の試合で途中出場をした Graham Arnold こそアジアカップでの Socceroos の監督としてイラン戦に臨むかもしれない。このオーストラリア、イランに続く優勝争い….. 日本は果たして続いてくれているのか……

そしていよいよあと1日となりましたがコージさんの企画するアンケート

アジアカップの結果による、オシム監督の去就を考える

http://fk2.ty.land.to/blog/enquete.html

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ご参考までにコージさんのブログ Football Kingdom は下記の通りです。

http://blog.goo.ne.jp/rossana75jp

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