鬼平や竹鶴~私のお気に入り~

60代前半のオヤジがお気に入りを書いています。

お気に入りその2014~今野敏

2021-04-05 12:10:28 | 鬼平・竹鶴以外のお気に入り
今回のお気に入りは、今野敏です。
今野敏を読むのは今回が初めて。
選んだのは時代小説「天を測る」。
初めて読むのが、著者得意の警察モノでなく著者初の歴史モノとはちょっと冒険だったかもしれません。
でも「知られざる幕末の英雄の物語!」というキーワードに惹かれたのですから仕方がありません。
また発行からまだ数か月ということで古書の価格が落ちていないため、思い切ってサイン本を選びました。
ここ北海道(三笠出身)の作家さんですから1冊くらい本棚にあってもいいでしょう。

出版社の内容紹介を引用します。
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『隠蔽捜査』の著者・今野敏、初の幕末小説!
激動のさなか、ただ一点を見据えて正道を進む幕臣がいた。
これまで誰も描かなかった、もう一つの近現代史がここにある。
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安政7(1860)年、咸臨丸が浦賀港からサンフランシスコを目指して出航した。
太平洋の長い航海では船室から一向に出てこようとしない艦長・勝海舟を尻目に、アメリカ人相手に互角の算術・測量術を披露。
さらに、着港後、逗留中のアメリカでは、放埒な福沢諭吉を窘めながら、日本の行く末を静かに見据える男の名は、小野友五郎。
男は帰国後の動乱の中で公儀、そして日本の取るべき正しい針路を測り、奔走することになる―。
知られざる幕末の英雄の物語!
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主人公の小野友五郎は長崎海軍伝習所の一期生にして算術・測量術の達人。
自然界のすべては単純な数式で表すことができるのではないかと考える理系人間であり合理主義者。
感情よりも論理を優先する辺りはスタートレックに登場するスポックに近い人物。
このような人が江戸時代にいたとは・・・。
しかも彼は幕臣。
算術を極めた自信が彼をそうさせたのかもしれませんが、その忖度なしの発言に周りはさぞ驚いたことでしょう。
政治や行政の世界は江戸時代も現代も変わらず、その場の空気や相手の顔色を上手に読み、自分が不利にならないように上手く立ち回る者だけが出世する恐ろしい世界だと思います。
友五郎のような男はいくら優秀でも出世するとは思えません。
ただし彼を引き立てる強力な後ろ盾がいれば話は別。
彼の高い能力と純粋な気持ちを知る木村摂津守が彼をどんどん引き上げます。
列強の脅威にさらされている当時の日本にとって、彼は喉から手が出るほど欲しい人材だったのです。
やがて彼は才能ある者たちを集め、東京湾を防衛するための砲台2か所と小回りの利く小型戦艦の建造を計画します。
当時これだけの大仕事を列強の力を借りずに成し遂げることは不可能と考えられていました。
アメリカを実際に知る彼は日本に不足しているのは設備だけと見切り、大局を見ながら合理的にことを進めます。
惚れ惚れする仕事ぶりです。
「列強の脅威に対抗するには内戦などしている場合ではない。交易で利益を上げ、製鉄業と造船業を至急増強する他はない。」
友五郎にとって自分の出世には興味が無く、ただ日本を列強から守るための最善を尽くしたかったのです。
幕末の混乱期、幕府側にも英雄がいたことを知りました。
本書は内容紹介以上に素晴らしい作品でした。
今野敏、おそるべし。
警察モノはあまり読まないので、ぜひとも時代モノ第二弾をお願いします!

それにしても本書で描かれた勝海舟や福沢諭吉、坂本龍馬の人物像は実に斬新でした。
敗者である幕府側からの視点はなかなか歴史に残らないもの。
案外とこちらの方が正解かもしれません。

勝は、長崎海軍伝習所の一期生にもかかわらず海に弱く、航海中はほとんど艦長室を出ませんでした。
たまに艦長室を出ても周囲を困らせるワガママ発言をするばかりでした。
ところがサンフランシスコに到着するや否や提督の木村摂津守を差し置いて演説をぶちます。
さらに遣米使節団を乗せたポーハタン号の護衛艦に過ぎなかった咸臨丸を、自叙伝であたかも主役ように記述したため現代の我々でさえ勘違いしています。
何でも自分の手柄にしてしまう困った人であるとともに、人々の耳目を集める華のある人だったようです。

続いて福沢諭吉。
彼は身分が低いため、アメリカ国民は初代大統領ワシントンの子孫が今なにをしているかも知らないという民主主義の制度に驚き、魅力を感じました。
彼はこうした制度のすべてを持ち帰りたくて本を買いあさりました。
また咸臨丸の船内で提督である木村摂津守が福沢のことを先生と呼ぶ姿が目撃されており、訪米前から彼が学問で身を立てていた事実もうかがえます。
日本の全てを刷新しなくてはならないと息まく福沢と、鉄鋼や造船などの設備さえ整えば列強と互角に渡り合えると考える友五郎は対立しました。
そして日本のためだからといい、公使のお金の区別をせずに本を買いあさる福沢を友五郎は持て余します。
遊興費用にあてた訳ではないにしても、公金を勝手に使いこんだ福沢は訴追されますが、大政奉還後の混乱でウヤムヤになりました。
日本のためを思っての行動とはいえ、公金を横領した事は確か。
こういう人が1万円札の顔で良いのでしょうか?

そして坂本。
彼はグラバー商会と手を組んで、薩摩と長州を組ませるとともに、彼らに最新の武器を供給しました。
これによりイギリスを富ませただけでなく、日本の内戦を長引かせ、日本全体の国力を弱めることに成功しました。
彼の暗躍により日本は列強の属国になる可能性もあったのです。
一介の脱藩浪士である彼の活躍の陰にはイギリスがいたことを何となく感じていましたが、ここまでストレートに書かれると衝撃的でした。
かつては「龍馬がゆく」をワクワクしながら読んだものですが、もしまた読むとしたら裏を考えながら読むでしょうか?
それはいやだな。


コメント
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