鬼平や竹鶴~私のお気に入り~

60代前半のオヤジがお気に入りを書いています。

お気に入りその1330~インゼル文庫⑤

2017-02-27 12:33:57 | 鬼平・竹鶴以外のお気に入り
今回のお気に入りは、インゼル文庫⑤です。

インゼル文庫Nr.724「昆虫」が届きました。
「熱帯の植物」「蝶」「鉱物・鉱石・宝石」に続く4種類目。
昆虫の細密画が好きでいろいろ鑑賞してきましたが、これも一級品。
アンティークショップArchangelさんのHPによると本書の元絵は、1930年代の生物学者のアドバイスを元に、画家が水彩画で描いたものだそうです。
届いたNr.724は、1961年発行の初版本でしたが、これまでで一番保存状態が良かったです。

図版は、昆虫の硬質な輝きが見事に表現されていて、見応え十分!
カゲロウ、トンボ、バッタ、甲虫、ハチ、ハエ、カなど、どれをとっても素晴らしい。
一通り鑑賞が終わってから、昆虫の名前を知りたくて、翻訳ソフトを使って主要な昆虫の名前を調べましたが、判ったのはわずか3種だけ。
ルリボシヤンマ属のトンボ、ヨーロッパサイカブト、ヨーロッパミヤマクワガタ。
以前も書きましたが、1930年代のドイツの昆虫図鑑なんてとても手が出ないでしょうから、インゼル文庫を通して細密で美しい図版を間近に鑑賞するだけで、とても満足しました。

その考えから次の候補を考えると・・・。
「野草」「草花」「樹木」「きのこ」「小さな猛禽類」「小鳥と巣」・・・。
美しい図版が掲載されているナンバーが、次々と思い浮かびます。
でも、すでに予算オーバーの状態。
これ以上は、とても付き合いきれません。
インゼル文庫は本書をもって打ち止めとし、宝くじでも当たったら、続きを集めることにしましょう。

とりあえず今は、これらの美しい図版を、本のままインテリアとして飾ることができないかを考えています。
具体的には、立体額装、書見台、飾り棚などの方法を検討しています。
どこに、どの方法で、どの図版を・・・と、考えるのは楽しいです。

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お気に入りその1329~吉田博

2017-02-24 12:43:18 | 鬼平・竹鶴以外のお気に入り
今回のお気に入りは、吉田博です。

先日、NHKの日曜美術館で版画家・吉田博特集を観ました。
これは昨年7月に放送したものの再放送だそうです。

これまで吉田博は、大正期の新版画時代に活躍した版画家のひとりとして、作品を何点か見たことがあるくらいでした。
新版画時代を特集した画集でも、人気のある川瀬巴水の作品がたっぷり紹介されているのに比べ、吉田の作品は数えるほどでした。
今回の番組を見てあらためて知ったのは、吉田は国内の評価が低いが、海外での評価が高いということ。
番組ではその理由を、日本美術界の重鎮・黒田清輝との確執にあると紹介していました。
才能を正しく評価せず、有力者が認める作家・作品しか評価しない、日本の悪いクセがここにもありました。
番組のオープニングは、ダイアナ妃のバックに飾られている2作品でした。
吉田作品が海外でいかに愛されてきたかがよく伝わるシーン。
特に、右に飾られていた「光る海」は実に美しい作品です。

番組では吉田博の知られざる魅力をたっぷり紹介していました。

という訳で、今回「吉田博 全木版画集」を購入しました。
他にも何種類か画集が発行されていますが、番組で紹介されて気に入った作品が載っているかどうかが判らなかったので、確実に載っている本書にしたのです。

ちなみに本書は、山田書店美術部オンラインストアから購入しました。
1996年に阿部出版が発行した第2版を、今回再び刷った新書です。
(第9刷でした)
山田書店は、再放送終了時点で後日新書が発行されるという情報提供とともに、予約を受け付けていました。
その時アマゾンと楽天は、新書を刷る情報を提供していませんでした。
そのうちに楽天は、遅ればせながらも新書の予約受け付けを始めました。
ところがアマゾンは、その時点でも高値が付いた古書の販売を続けているだけでした。
本日時点では新書が販売されていますが、入荷日未定と但し書きがあります。

これまで新書・古書を問わずAMAZONを一番利用してきましたが、今回のことで信頼が揺らぎました。
カスタマーレビューを読むと、昨年の7月の番組放送後に高価な古書を購入し、その1週間後に新書の販売を知った人が、このときに入荷予定の案内がなかったことへの苦情を綴っていました。
今回もおそらく同じ。
入荷予定があるなら新書の2倍前後もする古書を買いません。
美術書はそれでなくても高価なのですから。
他社にできるこのような情報提供を、AMAZONにできないはずがありません。
苦情を半年も放置するなんて・・・。
いち早く対応するよう改善を求めます。

とりあえず日曜美術館のHPで吉田博特集を振り返りながら、「吉田博 全木版画集」をゆっくり鑑賞したいと思います。

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お気に入りその1328~伊藤計劃

2017-02-22 12:40:03 | 鬼平・竹鶴以外のお気に入り
今回のお気に入りは、伊藤計劃です。

伊藤計劃(けいかく)の「虐殺器官」を読みました。
作家の名前はとても特徴的ですが、全く知りませんでした。
中江有里が著書の中で、次のように紹介していたため、興味を持ちました。

=====
才能あふれるSF作家だったが、若くして亡くなった。
病室のベッドで仕上げた「ハーモニー」が日本SF大賞を受賞したが、その時には亡くなっていた。
この作品は、デビュー作「虐殺器官」の世界観の延長線上にあると思う。
=====

ナルホド、面白そう!
そういえば最近、SF小説を読んでいなかったなぁ。
という訳で「虐殺器官」「ハーモニー」の順で読むことにしました。
まず「虐殺器官」。
AMAZONの内容紹介を引用します。
=====
9・11以降の、“テロとの戦い”は転機を迎えていた。
先進諸国は徹底的な管理体制に移行してテロを一掃したが、後進諸国では内戦や大規模虐殺が急激に増加していた。
米軍大尉クラヴィス・シェパードは、その混乱の陰に常に存在が囁かれる謎の男、ジョン・ポールを追ってチェコへと向かう…
彼の目的とはいったいなにか?
大量殺戮を引き起こす“虐殺の器官”とは?
ゼロ年代最高のフィクション、ついに文庫化。
=====

以下は、ネタバレありの感想です。

物語は、子どもたちの死体の生々しい描写から始まります。
気が重くて、ページをめくる手が進みませんでした。
途中、題名にある“器官”の説明があります。
“器官”とは生存を維持するためのモノ。
“内臓”などを思い浮かべますが、“言語”もヒトの生存に欠かせない“器官”である、と解釈を拡大します。
また、サーベルタイガーが巨大化しすぎた牙により滅んだように、生存を維持するためにあるはずの“器官”により、生存が脅かされる場合もある、と解釈をさらに拡大します。
表題になっている“虐殺器官”とは、人類の生存を脅かすモノののようです。

そして中盤、特殊部隊員である主人公シェパードは、世界各地で大量虐殺を引き起こしている張本人ジョン・ポールと言葉を交わします。
そこでシェパードは、軍から知らされていなかった事実を耳にします。

ジョン・ポールが、かつて米軍の管理下で極秘研究をしていたこと。
それは、ヒトラー、ポル・ポトなどの演説音声を元に、大量虐殺を起こす脳内“器官”についての研究。
やがて彼は、大量虐殺を引き起こす“虐殺器官”を操る方法を編み出し、次々実行に移した。
彼は、米軍が育て上げた怪物だったのだ。

終盤、彼は本音を語っています。

妻子をテロで失ってから、次々と発展途上国の指導者に取り入り、大量虐殺を引き起こしてきた。
テロは、困窮した国民の怒りが外に向かうことが原因。
それを阻止するためには、国民の怒りを内側に封じ込めるために、大量虐殺を引き起こすことが一番。
発展途上国で大量虐殺を引き起こすことを続けることが、テロから母国を守るための決めてであり、妻子への償いなのだ。

何という狂った考え!
この後、ポールはこの活動を明るみにしようとしますが、軍の手により倒され、代わりにシェパードが明るみにするとともに、アメリカで大量虐殺を引き起こしたところで物語は終わります。

読後、これがフィクションで本当に良かった、と安堵の溜息が出ました。
そして脳内にそのような器官がみつからないことを祈らずにいられませんでした。
9・11以降のテロとの戦いを見据え、その後の世界を描いた著者のデビュー作。
実にスケールの大きな物語でした。
この世界観の延長線上にあるという著者最期の作品「ハーモニー」。
今度はどんな物語世界を体験させてくれるのでしょうか。
とても楽しみです。

話は変わりますが、先日読んだ北海道新聞の「読書コラム」について。
その日は、お気に入りの中江有里が担当の日。
いつも楽しみにしていたのに、「またいつか、どこかでお会いしましょう」ですって!
北海道新聞の野郎、何てことしやがる!
失礼、言葉が過ぎました。
日曜版の書籍紹介コーナーが、特殊な専門書に偏っていて閉口しているのに、「読書コラム」まで終了するとは・・・。
一般的な読者に読書の魅力を紹介するコーナーを大切にして欲しいと思います。
書店の店員が感想を添えることで、その本の魅力を紹介しているように・・・。
NHKの「週刊ブックレビュー」に続いて、道新の「読書コラム」まで終わってしまいました。
彼女は、新たな本との出会いをコーディネートしてくれる、頼りになる存在でした。
どこかで「読書コラム」を書いていないかな。
ご存知の方がいらしたら、ぜひお教えください!



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お気に入りその1327~インゼル文庫④

2017-02-20 17:38:57 | 鬼平・竹鶴以外のお気に入り
今回のお気に入りは、インゼル文庫④です。

前々回「天文古玩」さんというブログがお気に入りと書きました。
「天文古玩」さんで紹介されている図版を手元で観察しながら、詳しい記述を読みあわせることが、楽しみであることも書きました。
という訳で、前回の「蝶」に引き続き、Nr.54「鉱物・鉱石・宝石」を購入しました。

購入元は1934年発行と紹介していましたが、届いてみたら再版本でした。
80年以上経っていたらボロボロだったでしょうから、初版本でなくてよかったかもしれません。

丁寧に制作された美しい図版を「天文古玩」さんの解説通り、細部まで観察しました。
ホウ、ナルホド・・・と判ったフリをしながら、今度も楽しい時間を過ごすことができました。

ここで「天文古玩」さんの解説を一部引用します。
=====
水晶の一部を拡大。
何となく全体に絵がボンヤリしているのは、元の挿絵画家の筆致もあるでしょうが、印刷技法による部分も大きいと思います。
図をよく見ると、地色には網目がなく、そこに明暗を示す黒刷りのドットが重ね刷りされています。
ここには2種類の製版技法が混在していることが分かります。
これはこれで、また別の製版技法によっています。
色刷りの部分も含めて、全体がドットによって表現されています。
ただ、それが後のカラーグラビアのように、赤青黄のドットによる加法混色になっているわけではなくて、おそらくは、クロモから発展し、今は失われた過去の技術に属するものと思いますが、正確にはどういう技法に分類されるかは不明。
ここに来て、再び画像が締まってシャープな印象になっています。
蝶の本に準ずる美しい印刷ですが、そこで用いられている技法は、蝶の本とはまったく異なります。
拡大すると細かい円環状の模様が画面を埋め尽くしており、ここに来て新式の、現代のオフセット印刷と同一の写真製版技法が導入されたことが分かります。
インゼル文庫という小さな世界に限っても斯くの如し。

写真製版とカラー印刷に関する技術は、19世紀後半から20世紀にかけて、あたかも「進化の爆発現象」のように、多様な技法や機械が生まれ、試みられ、消滅していきました。
今も生き残っているのは、それらの内のごく一部でしょう。
=====

「おそらくはクロモから発展し、今は失われた過去の技術」で印刷された図版・・・。
「進化の爆発現象」のように、多様な技法や機械が生まれ、試みられ、消滅していった・・・。
インゼル社の印刷技師が、日夜、美しさを追求している姿が目に浮かぶようです。
「鉱物・鉱石・宝石」や「印刷技術の発展」には興味がないのに、「天文古玩」さんの解説が添えられると、とたんに輝きが増します。
「日本蝶類図鑑」が、横山光夫によるロマン溢れる解説文で輝きを増すのと同じです。

こういう組み合わせに出会えて、実に満足です。


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お気に入りその1326~ドミノ

2017-02-17 12:03:42 | 鬼平・竹鶴以外のお気に入り
今回のお気に入りは、ドミノです。

恩田陸が直木賞を受賞したので、どれか一冊読んでみようと思い、選んだのは「ドミノ」。
同時並行にたくさんの物語が進行し、徐々に重なっていく、という珍しい構成です。
小説でドミノを表現しようとするとは、すごい発想ですね。
とても面白い試みですが、物語が複雑になることは避けられません。
特に登場人物が多くなるため、最初に人物紹介のコーナーを用意しています。
登場人物の中には「人以外」も含まれています。

AMAZONの内容紹介を引用します。
=====
ファンタジー、ミステリ、ホラーと、傍流系文学すべてにわたるジャンル開拓者としての恩田陸の仕事は注目すべきものだ。
本作は、2つの紙袋が偶然入れ違うという小さなできごとが、まさにドミノ倒しのごとく、しだいに大事件へと膨れあがっていく様子をコミカルに描いたスラップスティック・コメディである。
7月のある蒸し暑い午後、営業成績の締め切り日を迎え色めき立つ生命保険会社から、差し入れ買い出しのためにOLが東京駅に向かって走りだす。
ここを物語の出発点として、ミュージカルのオーディションを受ける母娘、俳句仲間とのオフ会のため初めて上京した老人、ミステリーの会の幹事長のポストを推理合戦によって決めようとする学生たち、従妹の協力のもと別れ話を成功させようともくろむ青年実業家、訪日中のホラー映画監督など、さまざまな人間が複雑に絡みあうなかで、物語は日本中を揺るがす大事件へと発展していく。
状況ごとにかき分けられたプロット同士が因果律によって綿密にリンクしあい、登場人物の内面に深く入り込んだ視点によってできごとが相互主観的に語られていく。
井上夢人の傑作『99人の最終電車』を連想させる作品だ。
人物造形や状況描写などが多少パターン化されている感は否めないが、登場人物が東京駅に集うクライマックスに向けて、ジェットコースターに乗っているかのような気分で一気に読ませる手練には驚嘆せざるを得ない。
エンターテイメントに徹した快作である。(榎本正樹)
=====
些細な事件が大騒動に発展していく、パニックコメディの大傑作!
一億の契約書を待つ生保会社のオフィス。
下剤を盛られた子役の麻里花。
推理力を競い合う大学生。
別れを画策する青年実業家。
昼下がりの東京駅、見知らぬ者同士がすれ違うその一瞬、運命のドミノが倒れてゆく!
Oh,My God! !
怪しい奴らがもつれあって、東京駅は大パニック!
=====

内容紹介の通り、いかにも漫画的なコメディ小説。
複雑になりがちなストーリーを分かり易く描き、ぐいぐい読ませる力は見事です。
多少厚めの本ですが、さらっと読むことができます。
あー面白かった、という感想は持ちましたし、こんなに込み入った物語をよくも書いたもの、と感心しますが、それだけ。
感動も思い入れも無く、再読したいという気持ちも湧きません。
使い捨ての紙皿や割り箸のように、あると便利だが、二度は使わない、そういうモノと同じ存在。

恩田陸の代表作を読もうと思って、レビューの多い作品から選びましたが、とんだ勘違いだったようです。

次こそは代表作「夜のピクニック」を読もうと思います。






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お気に入りその1325~インゼル文庫③

2017-02-15 12:31:54 | 鬼平・竹鶴以外のお気に入り
今回のお気に入りは、インゼル文庫③です。

以前、インゼル文庫Nr.351「熱帯の植物」で、二度続けて残念な目に会ったことを書きました。
・・・といっても再版本の色彩が、初版本より少し大人し目だっただけ。
今思えば大げさな反応でした。
図版が十分細密で美しく仕上がっていることには違いありません。
多色石版画を描いた画工の技術の高さは称賛すべきものです。
現実問題として、メーリアンの本物の図譜を購入することはできないのですから、インゼル文庫の画工により正確かつ美しく模写された図版を細部まで鑑賞できることで満足すべき。

そう考えると、本物は買えないけれど正確かつ美しい模写ならぜひ鑑賞したい、という気持ちがムクムクと・・・。
という訳で、もう1冊購入してしまいました。
Nr.213「蝶」です。
表紙にタイトルが張り付けてあり、タイトルページに「1956」と発行年表示があることから、初版本のようです。
発行から61年経っているとは思えないほど保存状態がよいです。
1枚1枚の図版は、輪郭線と着色が細部まで見事に仕上げられています。
元本はヨーロッパの蝶・蛾の図鑑だそうですが、タテハチョウ類を四足に描いていることからも正確に模写されていることが窺えます。
これも、求めていた科学と芸術が重なる作品、納得の一冊です。

さてここで、たくさん発行されているインゼル文庫から今回Nr.213を選んだ理由を書きます。
それは「天文古玩」さんのブログを読んだからです。
元々「天文古玩」さんは、「手仕事の素晴らしい図鑑」について魅力的な文章をたくさん書いているため、お気に入りのブログでした。
今回、インゼル文庫についても魅力的な文章を書いていたことを知り、改めてじっくり読みました。
そこにはインゼル文庫の図版が、いかに高度な印刷技術を駆使して、その美しさを表現しているかが克明に書かれていました。
その中でも特に、Nr.213「蝶」についての記述にハマり、実際の図版を確認したくなったのです。
以下、一部を引用します。

=====
蝶の画像。
当たり前の話ですが、印刷物とその刷版は同寸同大です。
つまり、この図とぴったり同じものを、その細かい毛の1本1本に至るまで、製版師(石版画家)は、手作業で版面に描き込んだわけです。
おそらく拡大鏡を使い、持てる技術のすべてを傾けて制作にあたったのでしょう。
そして色版ですが、朱色の部分を見ると分かるように、その色合いの濃淡は、細かい点の粗密によって表現されています。さらに目を凝らすと、青い模様も、黄色い羽も、その他の色も同様の表現をとっていることが分かります。
これは恐らく細密な砂目石版と、手で描き込んだ点描(黙描)の併用によるものと推測します。
石版画の土台となる石版石は、製版に先立って、粗さの異なる金剛砂を使って表面を研磨し、さらに砥石でツルツルになるまで磨き上げてから用いるのが基本です。
上の蝶の図も、シャープな画線が必要な、毛や輪郭線の部分(墨版)は、そうした石を用いていると思われます。
一方、濃淡表現が必要な色版には、目の細かい金剛砂を撒いた上から他の石版石でこすって一様な凹凸を付けた(「砂目を立てる」といいます)石版石を使います。
その上から製版用のクレヨンで描画すると、筆圧に応じて濃淡のある版ができる仕組みです。
原図を与えられた製版師が、経験に基づき必要な色数を判断し、その色ごとに繊細な版をすべて手作業で作り、それらを寸分の狂いもなく重ねて刷り上げる…まったく気の遠くなるような作業です。
ともあれ最初の印象どおり、この蝶の図には、当時最高の石版技術が投入されていることは間違いなく、今ではとてもこれと同じものを作ることはできないでしょう。
そして、この図はあらゆる色が単色で表現されており(使う色の数だけ版を用意したわけです)、全体が三原色のドットに還元されるプロセス平版とは、根本的に違うものであることが明らかです。
以上のような特徴は、(網点の細かさを除き)すべて鉱物や鳥の図と共通するものですから、やはりこれも石版に分類できるのでしょう。(ひょっとしたら、版面は石版ではなく、金属版かもしれませんが、いずれにしても旧来の平版技法に拠っていることは確かです)。
=====

いかがですか?
こんな称賛の文章を読んでしまったら、Nr.213「蝶」を鑑賞したくなるでしょう?

実際にハズキルーペや単眼鏡で図版を細部まで観察しつつ、この文章の一言一句を読み返すと、画工の作業風景が目に見えるようです。
これは満足、満足。

それにしてもインゼル文庫は、評判通り高価ですね。
3冊で1万円超えとは、サイフに堪えます。
あまり深入りしてはいけない領域です。




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お気に入りその1324~やなせたかし

2017-02-13 12:07:18 | 鬼平・竹鶴以外のお気に入り
今回のお気に入りは、やなせたかしです。

やなせたかしの「アンパンマンの遺言」を読みました。
本書の初版は1995年(著者76歳)、妻が亡くなったことを機に、自身もそろそろかなとの思いから、人生を総決算するために書かれました。
いつも元気で何でも器用にこなす妻は、当然、病弱な自分より長生きすると思っていたので、体調の変化に気づいてあげられなかったことを随分後悔していました。
ところが著者は、病弱ながらも、それから20年近く活躍し続けます。
本書は2013年(著者94歳)のときに、「94歳のあいさつ」を追加して復刊されました。
著者は復刊が発行される2か月前に亡くなっていますが、追悼企画ではなく、ご本人による本当の意味での総決算となりました。

AMAZONの内容紹介を引用します。
=====
「手のひらを太陽に」の作詞者でもある戦中派の作者が、自身の風変わりなホップ・ステップ人生を語る。
銀座モダンボーイの修業時代、焼け跡からの出発、長かった無名時代、そしてついに登場するアンパンマン――。
手塚治虫、永六輔、いずみたく、宮城まり子ら多彩な人びととの交流を横糸に、味わい深い人生模様が織り上げられていく。
図版多数収録。
=====

また初版時の内容紹介も引用します。
=====
やさしいヒーローを生んだ、やわらかな生き方。
アンパンマンは、人の心の一番やわらかい片隅から飛び立つ。
アンチ・スーパーマンを育んだ、しなやかな人生70年。
アンパンの顔に隠されたもう一つの戦後漫画史。
=====

幼少時の家庭環境は複雑でした。
父の死後、生まれたばかりの弟は叔父に引取られます。
自身は母と暮らしますが、母の再婚を機に、自身も叔父に引取られます。
ただし養子縁組をしたのは弟だけで、著者は同居していただけだったそう。
それでも叔父夫婦を、おとうさん、おかあさんと呼び、高知から東京の大学に進学させてくれました。
復員時には泣いて迎えてくれたそう。
実の親でない人たちから、親以上の愛情を受けて育ったことを知りました。
だからこそ、愛情深い作品を描くことができたのだと、納得しました。

兵役時は重火器部隊に所属していました。
台湾を経由して陸路上海を目指しますが、重火器は海上輸送のため手ぶらで移動しました。
移動中の戦闘には関わらず、目的地に到着する前に終戦を迎えます。
教練が厳しかっただけの戦争体験は、不幸中の幸いでした。
反面、弟は南方で亡くなっています。
戦争を断固否定する気持ちは、自身の戦争体験よりも弟を思う気持ちによるものかもしれません。

面白かったのは、兵役時の食事についての思い出。
移動中は薄い粥ばかりだったそうですが、終戦を知ったあとは、取り上げられる前に食べてしまえ!と、毎日豪勢な食事が続いたそうです。
お腹を減らすために走り回ることまであったそう。
食糧事情の悪い当時としては驚きのエピソードです。

三越時代に現在の包装紙の文字をレタリングした話。
高知新聞で同僚だった女性と結婚した話。
何でも屋の会社がサンリオになり、そこで「詩とメルヘン」を創刊した話。
などなど、とにかく面白いエピソードが満載。
その中でも、漫画家として大成したかったにもかかわらず、なぜか交流のない人からやったことがない仕事を頼まれることが多かったという話が面白かったです。
舞台美術に始まり、放送作家や果てはアニメ映画のキャラクターデザインまで、多種多様な仕事。
それも手塚治虫や宮城まり子、永六輔、いずみたくなど、そうそうたる顔ぶれからの依頼です。
本人も不思議がっていますが、読んでいるこちらも不思議でした。
ただ、先ほどwikiを読んで納得しました。
そこには、こう書かれていました。
業界内では「困ったときのやなせさん」とも言われていた、と。
とかく「俺が、俺が」という人が多い世界だからこそ、人柄の良さと溢れる才能を買われたのだと思います。
いかにも著者らしい、素敵なエピソードでした。

そしていよいよアンパンマンがヒットした時のお話。
出版社や父兄からは嫌われたが、3~4歳の幼児から支持されて人気に火が付いた話。
2%の視聴率しかとれない時間帯だから期待しないで下さい、とテレビ局から慰めを言われつつスタートしたアニメが、大ヒットした話。
こうして70歳の老・新人がようやく誕生したのです。
信じられないほどの遅咲きです。
例え才能に恵まれていても、その道で成功するとは限らないのが世の常。
著者が夢を追い続けることができたのは、その人柄が自然と引き寄せた「会ったことがない人々」のおかげでした。
彼らがもたらした「やったことのない仕事」で、生活が安定していたから、夢を追い続けることができたのです。
まさに「情けは人のためならず」。
人への情けが、まわりまわって自分を助けました。
まさにそれを立証した人生でした。
自分自身の「人柄」を磨くことが、いかに大切なことであるかを学びました。

そしておまけは復刊に際して追加された「94歳のあいさつ」。
=====
こんなに長く生きるとは思ってもいなかった。
この2年間で12回入院した。
手術もいっぱいした。
目はかすみ、身体はガタガタ。
それでも仕事は次から次へと舞い込んでくる。
あれもこれもと今後の計画は目白押し。
=====
最期まで忙しかったようです。
遅咲きでしたが大輪の花を咲かせて、著者は幸せだったことでしょう。

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お気に入りその1323~インゼル文庫②

2017-02-08 12:30:24 | 鬼平・竹鶴以外のお気に入り
今回のお気に入りは、インゼル文庫②です。

先日、インゼル文庫Nr.351「熱帯の植物」のことを書きました。
色鮮やかな初版本が届くと思っていたら、大人しい色彩の再版本だったため、とてもがっかりたと・・・。

その話には、さらに続きがあります。
落胆の最中、皮肉にも、ネットオークションに初版本らしきものが出品されました。
今度こそ「1950年代の発行」と明記されていますから間違いなさそう・・・。
元々、メーリアンの色鮮やかな図版を鑑賞したくてスタートした話。
乗りかかった船ということで、思い切って落札しました。

しかし、本が届いて間もなく、またもや初版本でない!ということが判明しました。
真っ先に確認したタイトルページに、初版本にあるはずの「1954」という発行年表示がありません。
あわてて表紙を見直すと、タイトル部分が張り付けられた旧式ではなく、同時印刷された新式です。
諦めきれずに中の図版を確認すると、色彩は前回の再版本とあまり差がありません。
やっちまったー!

オークションのサンプル画像では、色鮮やかに見えたんだけどなあ・・・。
商品説明にも「1950年代の発行」って書いてあったし・・・。

オークションの出品者に抗議することも考えましたが止めました。
色彩は撮影条件などで変わります。
発行年も「表示がなかったので他の資料で調べた。再版しているとは知らなかった。」と言われたらそれまで。

二度目の落胆。
こりゃ参ったなぁ・・・。

でも、ただ参ってばかりもいられないので、再版本2冊をじっくり比べました。
悔しいけれど、図版の色彩に大きな違いはありませんでした。
そのかわりに、新たに判ったことがあります。
インゼル文庫の再版本は1種類だけではない、ということです。

手元の2冊は、どちらもタイトルページに発行年の表示が無い再版本です。
ところが12ページの図版は、写真の通り違います。
解説ページに至っては、この図版の解説だけでなく、他の図版の解説まで違っています。

つまりインゼル文庫Nr.351には、再版本が複数種類存在するのです。
他の巻も同様なのかは判りませんが、Nr.351だけが特別ということはないような気がします。
インゼル文庫の美しさに魅せられて購入を検討される方は、同じ巻でも同じ図版が入っているとは限らないので、事前に良く確認することをおすすめします。

それにしても、いろいろ調べて購入したはずのインゼル文庫で、2回続けて失敗談を書くハメになるとは思いませんでした。
古書の蒐集っていうのは難しいものだと、改めて勉強になりました。

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お気に入りその1322~原田マハ

2017-02-06 12:08:00 | 鬼平・竹鶴以外のお気に入り
今回のお気に入りは、原田マハです。

原田マハの「デトロイト美術館の奇跡」を読みました。
相変わらず、美術モノ、感動モノを書かせたら上手ですね。

いつもならここでAMAZONの内容紹介を引用するところですが、今回は自分なりの内容紹介です。
=====
巨額の負債を抱えて財政破たんしたデトロイト市は、資産を売却することで、年金生活者の暮らしを守ろうとします。
財政破たんした市の土地や建物は、二束三文の価値しかありません。
市の資産として、最大の目玉となったのは、デトロイト美術館に収蔵されている多くの美術品でした。
美術品よりも市民を守るべき!と考える市民は多かったことでしょう。
そこに、ある年金生活者の老人が登場します。
彼は、美術館で展示されている「マダム・セザンヌ」に、亡き妻の面影を見ていました。
彼はこの絵を救いたい一心から、美術館の学芸員に500ドルの小切手を手渡します。
学芸員は、美術品の売却がほぼ決定的なことに絶望感を感じていましたが、老人の行動により、再び前を向くことになります。
老人から学芸員に手渡された祈りのバトンは、やがて美術ファンの裁判官の手に渡り、ついには国内の多くの財団を動かしました。
年金生活者の年金は守られ、デトロイト美術館の美術品も売却を免れたのです。
この出来事は、後に「デトロイト美術館の奇跡」と呼ばれたそうです。
=====

「楽園のカンヴァス」「ジヴェルニーの食卓」に続く、原田マハらしい美術界を舞台にした感動ストーリーでした。
この物語で一番光ったのは、老人の妻です。
彼女は、パートの仕事を何度解雇されても、次の仕事を見つけ、常にやりがいを持って働きました。
そして夫が溶接工の職を解雇されて絶望したときには「私がパートで稼ぐから大丈夫」と元気づけました。
さらに「あなたにようやく時間ができたので、デトロイト美術館に一緒に行きましょう」と恥ずかしそうに誘います。
このように彼女は、前向きで明るい上、恥じらいを忘れない可愛いらしい女性でした。
そんな彼女が大きな病を得てどんどん痩せ衰え、亡くなります。
読むのがとても辛かったです。
老人が亡き妻の面影を見たという「マダム・セザンヌ」を守りたかった気持ち、よーく伝わってきました。

もう一人、美術ファンの裁判官も魅力的な人物でした。
あの追い込まれた状況で、彼が「年金生活者と美術館のどちらか一方ではなく両方を救う」という発想の転換をして、行動を起こしたことが奇跡をもたらしました。
美術品に対する愛情、柔軟な思考、行動力。
それらすべてを兼ね備えた人物が、その時、その場所にいたことに運命を感じます。
この人物はこの物語のキーマンでありながら、登場場面が少なかったことは少々不満です。

それにしても著者の作品は、相変わらず良い人ばかりが登場しますね。
そのため薄っぺらと批判する人もいますが、私はほっこりした読後感が大好きです。
またその内に読みたくなるだろうと思い、もうすでに次を用意してあります。
「総理の夫」
どうやら政治モノらしいので、さすがに悪い人が登場するのではないかと想像しています。
楽しみにしています。


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お気に入りその1321~苔

2017-02-03 12:18:36 | 鬼平・竹鶴以外のお気に入り
今回のお気に入りは、苔です。

たまには違う世界を覗いてみようと思って読んだのは「苔とあるく」。
古書店・蟲文庫の店主、田中美穂が2007年に書いた本です。
写真やイラストが豊富なので、文字だけでは分かりづらい苔の世界に、するっと入門することができました。

AMAZONの内容紹介を引用します。
=====
コケを愛する著者が贈る、コケ初心者のための骨太ビジュアルエッセイ。
読みながら疑似体験し、すぐに出かけて実体験したくなる参加型ブック。
知れば知るほどコケの魅力にはまる・・・。
女子のための理科実験本!
=====
家のまわりをグルグルすれば、さっそく発見。
ルーペで覗くと、美しい世界が広がる。
標本を作ってみたり、友達をコケ散歩へお誘いしてみたり。
つ、ついにコケを食べてみる!?
胸がときめき、わくわくする、暮らしのなかの、小さな理科体験。
=====

紹介文の「女子のための理科実験本!」は余計です。
せめて「女子による理科実験本!」くらいにして欲しかったです。
男性だって苔は面白いのですから!

それにしても著者の苔に対する愛情は深い。
10倍ルーペを目前にかざし、額がくっつくほど接近して、苔を観察する。
乾いて丸まった苔の葉に、携帯霧吹きをかけて、見事に復活させて楽しむ。
水分を十分吸収した苔の、柔らかでしなやかな葉触りが、ネコを撫でているようでうっとり。
気が付けば1mしか進んでいないってこともザラ。

知らない人が見たら、何しているんだろう?って思うでしょうね。

散歩では猫と苔を撫でることが楽しみ。
猫はそのときの気分で撫でさせないで逃げてしまうことがありますが、苔は逃げません。
時を忘れて苔を撫でたり観察したりしていて、気が付くとさっき逃げた猫が隣にいた、なんていうこともあったそう。
一体何をしているのかなぁ、と不思議に思うのは、人も猫も同じようです。

たくさんの種類の苔を写真つきで紹介しています。
写真が小さくて違いがわかりづらいのが難点ですが、紹介文は個性的で面白かったです。

著者は本書の中で苔を食べていますが、決してゲテモノ食いではなく、山菜として食べられている種類だそう。
念のため苔好きでない友人たちにも食べてもらい、好評だったと書いています。
山菜好きとしては、ぜひいつか収穫&試食してみたいです。

生き物好きの私が、これまで本やテレビでは知り得なかった苔の不思議を、本書ではいっぱい学びました。
・踏みつけられても丈夫で、都会の厳しい環境にも適応するのに、部屋での生育は難しいこと。
・根はなく、葉と茎で空気中の水分を吸収することで成長すること。
・体の水分が抜けるとカラカラになって枯れたようになるが、水分を補給すると青青しく復活すること。
・そのため山林では、ミクロなダムの役目をしていること。
・一般的には胞子で子孫を残すが、葉や茎を刻んで土に混ぜると数か月後に姿を現すこと。

本書を読み終わり、さて、わが家のまわりにどんな種類の苔が生えているのかな、と興味が湧きましたが、今は冬。
すべては分厚い雪の下です。
春になったら、単眼鏡やハズキルーペを屈指して観察しようと思います。
そのときには、もしかしたら、同じ著者の「ときめくコケ図鑑」を片手に観察しているかもしれません。

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