元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「白い牛のバラッド」

2022-03-21 06:10:05 | 映画の感想(さ行)
 (英題:BALLAD OF A WHITE COW )これはかなり厳しいイラン製のサスペンス劇だ。全編を通じて作者の切迫した危機感が横溢しており、観る者を圧倒する。しかも、いたずらに扇情的にならず冷静で落ち着いた語り口に終始しているあたり、作り手の聡明な姿勢が感じられる。また、心象風景およびメタファーの多用など、イラン映画が新しい局面に入ったことを示しているのも興味深い。

 シングルマザーのミナは、聴覚障害で口のきけない愛娘ビタを抱えながらテヘランの牛乳工場に勤めている。夫のババクは殺人罪で逮捕されて死刑判決を受け、1年ほど前に刑が執行された。ある日、義弟と共に裁判所に呼び出されたミナは、夫の事件の真犯人が判明し、ババクは無実だったことを知らされる。あまりにも不条理な話に激高したミナだったが、死刑を宣告した担当判事に会って事情を聞くことすら出来ない。



 そんな中、夫の友人だったという中年男レザがミニのもとを訪れる。彼はババクに金を借りていたと言い、多額の返済金をミナに渡す。さらに彼は住処を追われた彼女のために借家を手配したり、ビタの学校への送り迎えを引き受けたりと、何かと世話を焼いてくれる。だが、レザには人に言えない秘密があった。

 レザの正体は前半で予想が付くし、映画もその通りに展開するのだが、本作の主要ポイントはそこではない。冤罪という重大な案件が持ち上がっても、遺族にはわずかな見舞金しか支給されないという現実。そもそも、1人を殺害しただけで死刑になり、判決後に間を置かずに執行されるのは、まさに無茶苦茶だ。映画はこのシビアな状況を容赦なく告発している。

 さらに、見知らぬ男と会ったという理由でアパートを追い出されたり、未亡人には不動産を提供しない等という、理不尽極まりない差別が横行しているイスラム社会の欺瞞をも描き出す。そして、都合が悪くなると“神の御意志だ”という題目で片づけてしまうのだから、市民にとってはたまったものではない。

 監督はミナを演じるマリヤム・モガッダムで(ベタシュ・サナイハと共同演出)、イランの地にあって堂々と社会問題を取り上げる覚悟が画面から滲み出ている。また、サウンドデザインの非凡さや映像構築の巧みさなど、高い映画的技巧が施されているのも評価したい。急展開を見せる終盤と、鮮やかな幕切れは、強いインパクトを残す。

 第71回ベルリン国際映画祭コンペティション部門出品ながら、自国では3回しか上映されておらず、実質的には公開禁止になっている。モガッダムをはじめアリレザ・サニファル、プーリア・ラヒミサムといったキャストの仕事ぶりも文句なしだ。

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