元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「ぼけますから、よろしくお願いします。」

2019-01-19 06:11:12 | 映画の感想(は行)

 いろいろと考えさせられる映画だ。テレビディレクターの信友直子が、年老いた両親の日常を題材に撮り上げたドキュメンタリーで、示唆に富んで納得させられる場面もあれば、疑問点も少なからずある。いずれにしろ、観る価値はある作品だとは思う。

 信友監督は61年に広島県呉市で生まれ、現在は東京で映像作家として活動している。未婚で、ひたすら仕事に打ち込んでいたが、45歳の時に乳がんが見つかる。一時は絶望の淵に追いやられた彼女だが、両親の支えもあって手術も成功し、見事に復帰する。信友監督は両親との思い出を記録しようと、父と母にカメラを向け始める。しかし、2013年に母親は認知症に罹患する。とうに80歳を超えた母を、90歳代の父が介護するという大変な事態になるが、信友はそれでも冷静に2人の様子を撮り続ける。

 かなりシビアな状況なのだが、タッチは明るい。もちろん、陰々滅々とした語り口だと観る者が“引いて”しまうので、マーケティング的(?)にはこのやり方は妥当であるが、それでも一種突き抜けたようなポジティヴな姿勢は印象的だ。

 特に、それまで家事をほとんどやらなかった父親が、妻のために炊事洗濯さらには裁縫までもマスターしてしまうくだりは面白い。また、父親は90歳超という年齢の割には元気で、愛嬌もユーモアもあるところは、暗くなりがちな題材を取り上げた中で一種の“救い”になっている。

 しかしながら、彼らの生活と住居には問題がある。実家は古く、もちろんバリアフリーなんか関係ない。特に、父親が段差の大きい勝手口から出てくる場面にはヒヤヒヤした。また2人は吝嗇家で、洗濯機はあるが電気代と水道代を節約するため、濯ぎを“手作業”で行うあたりは身体に負担が掛かるだろう。

 夫婦は結構な額の年金をもらっていると思われるし、信友監督の収入も安定しているはずだから、建て替えは無理だとしてもリフォームぐらい考えても良いのではないか。そして最も疑問を感じたのが、夫婦の兄弟あるいは親戚、また近所の人たちが一向に現れないことだ(まあ、ヘルパーは登場するが)。もしも2人が地域や血縁から孤立しているのならば問題だが、映画はそのあたりに言及していない。

 斯様に状況説明が不十分なので、諸手を挙げての評価は差し控えたい。なお、場内は満員。この題材に対する関心の高さを再確認した。
コメント
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