元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「お父さんと伊藤さん」

2016-11-14 06:23:10 | 映画の感想(あ行)

 上映時間が少々長いことを除けば、味のある佳作として評価できる。肩の力が抜けたゆるいタッチでありながら、決して描写は弛緩せず、大事なテーマを無理なく扱っているところがポイントが高い。演技力に定評のあるキャストの手堅い仕事ぶりも含めて、誰にでも勧められる出来だ。

 主人公の彩は30歳を過ぎているが独身で、書店でアルバイトをしながら気ままに生きている。彼女は以前のバイト先で知り合った54歳のバツイチのおっさん・伊藤と同棲しているが、身を焦がすような色恋沙汰の末にそうなったのではなく、何となくフィーリングが合って一緒に暮らしているだけだ。

 ある日、彩の父親が兄夫婦の家を追い出され、予告なく彩のアパートに転がり込んでくる。見知らぬ中年男が娘の部屋にいることに驚く彼だったが、それでも娘と住む決心は変わらない。3人の珍妙な共同生活が始まり、父親と伊藤はウマが合うところもあって、大きなトラブルも無く日々が過ぎていく。しかし、父親は“ある思い”を抱えていたらしく、突然書き置きを残して行方不明になってしまう。

 伊藤のキャラクター設定は面白い。分かっているのは以前結婚していたことぐらいで、どういう経歴を持っているのかまったく分からない。定職を持たないダメ男に見えて、手先は器用。彩の父親を探すために“意外な人脈”を活用したりする。決して感情を露わにすることが無く、泰然自若なスタンスを崩さない。彩としても一緒にいると落ち着くから付き合っているのだろう。しかし、伊藤はトリックスターに過ぎない。あくまで主役は彩とその家族である。

 約40年間にわたって教師を務めていた父親は、数年前に連れ合いを亡くし、以前からの融通の利かない性格がますます気難しくなってきた。兄と同居していた頃には兄嫁は音を上げてしまい、やむなく彩のところに来るのだが、彼女にしても決して父親を良く思ってはいない。彩がいまひとつ人生に向き合えないのは、彼の影響よるところが大で、しかも変に頑固なところは父に似ている。兄も父親と対峙することには及び腰だ。

 伊藤の出現によって兄妹は父と話し合う機会を得るが、それでも完全に打ち解けることはない。父には父の、今まで積み上げてきた日々の重みを抱え込んでいるし、子供達とは生きてきた時間も時代も異なる。両者がすれ違って当然なのだ。

 しかしながら、ほんの少し相手のことを考えれば、わずかでも歩み寄ることは可能だ。彼らがどういう選択をするのが一番良いのか、映画はハッキリとは示さない。果たして父親は誰と暮らすのがベストなのか、そういうことにも言及していない。だが、結論じみたモチーフを提示しないこと自体が、けっこうリアルである。人生には“正解”なんて無い。それぞれが手探りで進むしかないのだ。

 タナダユキの演出は丁寧で、声高に主張しない分、説得力がある。ただ、後半の展開には冗長な箇所が目立ち、編集で切り詰めた方が良かった。久々に主役を張る上野樹里は好調。改めてこの女優の実力を垣間見ることが出来る。リリー・フランキーと藤竜也の達者な仕事ぶりは言うまでもない。
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