元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「永い言い訳」

2016-11-21 06:01:52 | 映画の感想(な行)

 西川美和監督作品としては「ゆれる」(2006年)には及ばないが、「ディア・ドクター」(2006年)や「夢売るふたり」(2012年)よりは上出来だ。食い足りない部分が無いではないが、鑑賞後の満足感は決して小さくはない佳編だと思う。特に主人公の年齢に近い層が観ると、身につまされるものがあるだろう。

 人気作家の津村啓こと衣笠幸夫は、妻の夏子と連れ添ってからかなりの年月が経つが、夫婦としての間柄はとうの昔に終わりを告げ、今は単なる“友だち関係”でしかない。夏子が友人のゆきとバス旅行に出かけている間、幸夫は浮気相手を家に連れ込んでよろしくやっていると、バスが川に転落して友人もろとも妻が死亡したことが知らされる。

 仕方なく悲しみにくれる夫を演じる幸夫だが、そんな彼にゆきの夫である大宮は、妻を失った悲しみを切々と訴えるのであった。トラック運転手である大宮は家を空けることが多く、幼い2人の子供を抱えて途方に暮れていた。夏子の死に特別な感慨を持たなかった幸夫は、その後ろめたさを帳消しにするためか、大宮の子供達の面倒を見ることを申し出る。直木賞候補にもなった西川美和自身の小説を映画化したものだ。

 主人公のダメさ加減が良い。妻からはとっくの昔に愛想を尽かされていて(おそらく、長い間セックスレス状態)、だから彼女がいなくなっても感情を揺さぶらせることは無く、しかし何か贖罪になるようなことを実行しなければならないという義務感だけはある。この身勝手な男を、嫌味にならずに観る者に共感を覚えるようなキャラクターに練り上げる作者の力量には感心するしかない。

 それは具体的には、幸夫のマンションと大宮の住まいとの空気感の違いや、大宮の娘を自転車に乗せて坂道で難儀する場面などの、ディテールの積み上げによる。さらには、幸夫が初めて子供を前にして立ち往生してしまうバツの悪さや、大宮と彼が好意を寄せる女性に対する微妙な屈託をぶちまけるシークエンスなど、その追い込み方は尋常では無い。有名作家である幸夫を興味本位で取り上げるマスコミの嫌らしさも相当なものだ。

 そういう徹底的に辛口なスタンスだけではなく、主人公が徐々に人間関係を修復していくプロセスを、ポジティヴな視点を忘れずに的確に積み上げていく姿勢は見上げたものである。たとえ自己嫌悪でドン底に落ちようとも、自分を少しでも必要としてくれる人間を見出すことによって、立ち直っていく。その心理の不可思議さを、噛んで含めるように追った本作のクォリティは侮れない。

 ただし、終盤付近の展開は無理があり、それと共に説明的なセリフが大々的に挿入されるのはマイナスだろう。もっとストイックに物語を締めて欲しかったが、そこは作者の“どうしても言いたかった”という正直な真情の吐露と捉えるべきかもしれない。

 主演の本木雅弘は好演。どこから見ても立派なヘタレ中年で、気取った様子も無く実直に役柄を自分のものにしようとしている。大宮に扮する竹原ピストルも、無骨ながら好感の持てる役作りで及第点。夏子役の深津絵里や、池松壮亮、黒木華、山田真歩、そして子役2人と、脇の面子も実に良い。
コメント
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