元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「愛の町」

2008-01-22 06:44:21 | 映画の感想(あ行)
 1928年日活作品。本作は「五番町夕霧楼」(63年)「冷飯とおさんとちゃん」(65年)などで知られる名匠・田坂具隆監督の現存する唯一のサイレント映画である(私は某映画祭にて鑑賞)。

 満州からの船に乗るヒロイン(夏川静江)は、死の床にある母から、峻厳な実業家である祖父を嫌った父が母と駆け落ちして大陸に渡ったことを知らされる。その父も病死し、唯一の肉親である祖父と幸せに暮らすように言い遺し、母は息絶える。帰国後、苦労して探しだした祖父は山ぞいの町にある紡績工場を経営していた。業績は順調であったが、過労のため目が見えなくなり、厳しい性格がますますひどくなっていた。自分が孫娘であることをすぐに明かすよりも、頑なな祖父の心を開くことが重要だと考えた彼女は、まず工員として工場に入り込むことにする。だが、社長の椅子を狙う悪徳専務は、着々と祖父の追い落としを画策しているのであった・・・・。

 とにかくびっくりした。なんとこれは無声映画のくせにミュージカル映画なのである! 登場人物が歌うシーンが出てくる。ちゃんと歌詞も字幕に出る。画面はまさしくミュージカル。しかし音はない。たぶん上映当時は、劇場にバンドと歌手が出演し、歌詞の通りに歌ったのであろう。そして観客も唱和したのであろう。そう考えるとうれしくなってしまう。

 フランク・キャプラばりの人情コメディ。結末はわかっている。しかし、田坂監督の演出力はこの頃からすでに完成されていて、ダイナミックな群衆シーンや、たたみかけるようなギャグの連発、堂に入ったキャストの動かし方などにはうならされた。

 サイレントなので当然音は出ないが、画面には絶えず“音”があふれている。字幕にも工夫がほどこされ、縦書きはもちろん、状況に合わせて横書きや斜め書き、画面いっぱい大きな文字や、中央に小さく出したり、考えられるだけのアイデアをぶちこんでいる。映画が娯楽の王様であった時代のパワーを目の当たりにするようだ。1時間20分ほどの映画だが、見事な娯楽大作である。
コメント
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