元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「キングダム 見えざる敵」

2007-10-26 06:49:50 | 映画の感想(か行)

 (原題:The Kingdom )この映画のハイライトのひとつは、冒頭タイトルのバックに示されるサウジアラビアの歴史である。イラクを中心とした中東の不穏な情勢を描いたアメリカ映画は数あれど、本作はその“黒幕”とも言えるサウジを真っ向から捉えようとした、ある意味画期的な作品と言える。

 サウジアラビアの国家主体はサウード家による王朝だ(国名の一部にもなっている)。この一族は厳格な戒律を持つワッハーブ派を擁護してのし上がってきた。そのワッハーブ派こそが一般にイスラム原理主義と呼ばれて知られている過激な復古主義・純化主義的イスラム改革運動の先駆的存在なのである。映画の序盤でワシントンポスト紙の記者が駐米サウジ大使に対し、サウジがテロリストグループに資金供与していることを暴露されたくなかったらFBI捜査官の入国を認めろと迫るくだりがある。あのオサマ・ビン・ラディンもサウジアラビアの人間であるし、サウジがテロに関与していることはアメリカ当局ならずとも承知している。

 その割にはアメリカとサウジは表面上は仲が悪くないように見える。裏に見え隠れする石油利権は元より、一部の特権階級に富が集中して国民の間に不満が絶えない状況で、サウジとしては隣国イラクが民主化してその影響がこっちの国民に来てもらっては困るのである。アメリカの立場ではヘタにイラクが平静を取り戻すと派兵の大義名分がなくなり、イランへの牽制が覚束なくなるばかりか中国へのエネルギー補給路に睨みを利かすことが出来なくなるってことだろう。価値観のまったく違う国家が共通の利害のために仲良くなり、泣きを見るのは国民ばかりという、歪な国際社会の現実がある。この矛盾に切り込んだ本作の存在意義は大きい。

 リヤドの外国人居住区で起こった自爆テロを解決するためFBIのエージェントがサウジに乗り込み、国情の違いに戸惑いながらも犯人を追いつめるという筋書きは、ブラッカイマー作品のような派手なドンパチ映画のように見えながらも、複雑な国際情勢が背景にあることから一筋縄ではいかない奥行きの深さを垣間見せている。国同士が利権ゲームに興じている間に、民衆レベルでは憎しみの連鎖による悲劇は絶えない。アクションに次ぐアクションの果てに、終盤で主人公が絞り出すセリフは苦く重い。そのあとの暗然とするラストの処理など、お決まりの展開とはいえ考えさせられてしまった。

 ピーター・バーグの演出はテンポが良く、製作にタッチしたマイケル・マンの過度にドライな作風を巧みにカパーしている。ジェイミー・フォックスやクリス・クーパー、ジェニファー・ガーナーらキャストも好演。ダニー・エルフマンの音楽、マウロ・フィオーレのカメラ、いずれも納得できる仕事ぶりだ。なお、サウジでの撮影はさすがに無理だったらしく、UAEで撮られているのも興味深い。
コメント
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