その後の『ロンドン テムズ川便り』

ことの起こりはロンドン滞在記。帰国後の今は音楽、美術、映画、本などなどについての個人的覚書。SINCE 2008

東京春祭ワーグナー・シリーズ vol.15 《トリスタンとイゾルデ》(マレク・ヤノフスキ指揮、N響)

2024-04-01 07:30:50 | 演奏会・オペラ・バレエ・演劇(2012.8~)

世界の名だたる音楽都市でも、「トリスタンとイゾルデ」が同時期に、その国を代表するトップ楽団(/劇場)によって公演されるというのは殆どないであろう。この春、東京では、大野和士さん・都響の新国立劇場とヤノフスキさん・N響の東京・春・音楽祭(演奏会形式)が重なった。残念ながら、前者はどうしても日程が合わず行けなかったが、後者を鑑賞。5時間(休憩込み)の時間を全く感じさせない、ワールドクラスの素晴らしい公演だった。

主要歌手陣を外国人歌手で固めた布陣はほぼ盤石。とりわけ、トリスタン役のスケルトンさん、マルケ王のゼーリヒさん、クルヴェナール役のアイヒェさんの男声陣が強力。2月にタンホイザーでサイモンオニールさんも巨漢だが、一回り以上大きいのではないかと思わせるスケルトンさんは、力と伸びのあるテノールで、長丁場を歌い切った。そして、主役を食うほどの存在感を示したのはゼーリヒさん。地底から絞り出されるような迫力の低音が文化会館大ホールに響き渡り、終始痺れまくった。クルヴェナール役のアイヒェさんのバリトンも聴きごたえたっぷり。自席が4階Rの2列目だったこともあり、センターから右サイドの男性歌手陣の様子が殆ど見えなかったのが非常に残念だった。イゾルデ役のクリステンセンさんは、聴きごたえあるシーンもあったが、声量面で物足りなさを感じる面があるなど、波があった印象。

歌手陣に全く引けをとらず、大きな感動の源となったのはヤノフスキ指揮のN響。毎回のことではあるが、ヤノフスキさんの音楽はシャープで研ぎ澄まされたもの。私の経験値では他の「トリスタン」の演奏とは比較できないものの、本題目の官能的な濃さは抑えられているが、この物語の流れのうねりが、豊かな表現ととともにスケール感一杯に展開された。楽員さんたちの、集中度の高さが、私の4階席からも手に取るように伝わってくる。

春祭のコンサートマスターは、例年キュッヒルさんが務めていたが、今年はベンジャミン・ボウマンさん。Xのポストの情報だと、METのコンサートマスターの方のようだが、力強く美しい音がとっても良く届いた。管・弦・打、夫々のパートが素晴らしかったが、とりわけ、第3幕で登場したオーボエの吉井さんの芯の強い音色や第三幕の池田さんのコール・アングレの美しい響きは悶絶ものだった。ただ、ここでも、私の席からは池田さんの演奏姿は全く見えず、残念通り越して地団駄踏む思いだった。

演奏会方式で、数年前にはあったスクリーンでのイメージ映像等も無く、照明の色のみでの演出だが、演奏と歌唱に集中できてこれで十分。終演後は割れるような大拍手と歓声が飛んで、ヤノフスキさん、歌手陣らも嬉しそう。N響メンバーも、やりきった満足感が表情に現れていた。

それにしても、この物語で描かれる愛の形は(まあオペラにはよくあることだが)私にはちょっと理解の範囲を超えていて、幸か不幸か、経験も無ければ経験してみたいとも思わないが、私を含めて熱狂させるこのオペラの吸引力はいったい何なのだろう。間違いなく、ワーグナーの音楽の至高の美しくさで、背筋をぞくぞくさせる魅力を放っている。自分には無い世界に没入させ、無いものねだりの隠れた願望を満たしてくれているのだろうか。

(2024年3月27日)

(揃い踏み)

 

(もう階段降りてたら、題名役の2人が再登場してくれたので、2階正面席から)

 

東京春祭ワーグナー・シリーズ vol.15

《トリスタンとイゾルデ》(演奏会形式/字幕付)

日時・会場
2024年3月27日 [水] 15:00開演(14:00開場)
2024年3月30日 [土] 15:00開演(14:00開場)
東京文化会館 大ホール

出演
指揮:マレク・ヤノフスキ
トリスタン(テノール):スチュアート・スケルトン
マルケ王(バス):フランツ=ヨゼフ・ゼーリヒ
イゾルデ(ソプラノ):ビルギッテ・クリステンセン
クルヴェナール(バリトン):マルクス・アイヒェ
メロート(バリトン):甲斐栄次郎
ブランゲーネ(メゾ・ソプラノ):ルクサンドラ・ドノーセ
牧童(テノール):大槻孝志
舵取り(バリトン):高橋洋介
若い水夫の声(テノール):金山京介

管弦楽:NHK交響楽団(ゲストコンサートマスター:ベンジャミン・ボウマン)
合唱:東京オペラシンガーズ

合唱指揮:エベルハルト・フリードリヒ、西口彰浩
音楽コーチ:トーマス・ラウスマン

曲目

ワーグナー:楽劇《トリスタンとイゾルデ》(全3幕)
上演時間:約5時間(休憩2回含む)

Tokyo-HARUSAI Wagner Series vol.15
"Tristan und Isolde"(Concert Style/With Subtitles)

Date/Place
March 27 [Wed.], 2024 at 15:00(Door Open at 14:00)
March 30 [Sat.], 2024 at 15:00(Door Open at 14:00)
Tokyo Bunka Kaikan Main Hall

Cast
Conductor:Marek Janowski
Tristan(Tenor):Stuart Skelton
König Marke(Bass):Franz-Josef Selig
Isolde(Soprano):Birgitte Christensen
Kurwenal(Baritone):Markus Eiche
Melot(Baritone):Eijiro Kai
Brangäne(Mezzo-soprano):Ruxandra Donose
Ein Hirt(Tenor):Takashi Otsuki
Ein Steuermann(Baritone):Yosuke Takahashi
Stimme eines jungen Seemanns(Tenor):Kyosuke Kanayama

Orchestra:NHK Symphony Orchestra, Tokyo(Guest Concertmaster:Benjamin Bowman)
Chorus:Tokyo Opera Singers

Chorus Master:Eberhard Friedrich, Akihiro Nishiguchi
Musical Preparation:Thomas Lausmann

Program
Wagner:”Tristan und Isolde”
Approx. 5 hours including intermissions.


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