AD際族

コロナ共存の広告表現の近未来観

ソーシャルメディアの不寛容の先(3)

2017-11-19 16:29:00 | メディアの一向一揆

<!-- カラー映像で蘇る東京の風景 2 Tokyo old revives in color 2 -->





詩人で駐日フランス大使だったポール・クローデルは、大正十二年の関東大震災に遭遇する。クローデルはその時の日本人の冷静さや我慢強さに驚いている。避難する大群衆を見て「唐突な動きとか人を傷つける感情の爆発によって隣人たちを煩わせたり迷惑をかけたりしてはならないのである。同じ一隻の小舟に乗り合わせた人々はみなじっと静かにしていなければならない」と、その冷静さに触れている(『朝日の中の黒い鳥』)。
 クローデルは「廃墟の下に埋もれた犠牲者たちの声も『助けてくれ!こっちだ』というような差し迫った叫び声ではなかった。『どうぞ、どうぞ(お願いします)』という慎ましい懇願の声だったのである」とも書いている(同)。この「どうぞ、どうぞ」は、震災直後にニュースで見た、救助ヘリから降りた老人が「すみません。本当にありがとうございます」と自衛隊員に深々と頭を下げたシーンと重なる。
「逝きし世の面影」幕末から明治中期 日本を訪れた外国人の書簡から、当時の日本人を探った中でも「無償の微笑み」と日本人達を皆称している。この無償の微笑みと寛容な精神が、戦後間違った「平等」と言うアメリカナイズでおかしな方向に行ってしまった。