AD際族

コロナ共存の広告表現の近未来観

Appleの誤算(4)

2016-06-02 19:14:09 | インタラクティブのattractive(魅惑)



Apple Watch が出た事で、これを機に各社 いろいろなウエアラブルの可能性を探っております。



例えば、Android Watch のダイアルをその日の気分で変えられるものです。MotoWatch他 Android Smart Watch にFacerというAppをインストールすれば、今日はRolex 明日はOmega 明後日はマスターコンプリケーションも夢ではないのです。ロレックス他のイングレは許可を得たものかどうかわかりませんが、簡易型のデイトナ にもなっちゃいます。


アポロ11号で使われた音叉時計 ブローバ・アキュトロン(スペースウオッチ)そしてクオーツウオッチが世に出た事で、数千万円もする複雑時計がいとも簡単に製作可能にもなりました。その進化は、良しも悪しも、スマートウオッチのダイアルが変幻自在に作る事も可能にしてしまったのです。個人的な私感ですが、自動巻の時計が一番人間にあっていると思っています。竜頭を巻いて、1日が終わればご主人様同様に休む。そういう時計が一番なんですが、、、、。
そういう事を考えると、医療向け時計とか、緊急時に119に繋がる時計とか、メディカルでの未来への応用は無限と言えるでしょう。でもiPhoneの様にAppleWatch Android Watchが必要かと言いますと、それは疑問です。

Apple Watchが世に出て、発想の転換が求められる「ウエアラブル スマートウオッチ」革新的なイノベーションを生むのか?破壊的なイノベーションとして、葬りせられるのか?その答えは「過去との対話」だと思います。
英国の歴史学者 EH カー が『歴史とは何か』で述べた「歴史とは現在と過去との絶え間ない対話である」この言葉は、メデイアの世界でも共通の思考だと思います。
デジタル時代のツール開発も同じ様に「アナログと対話しない限り、革新への道はないと思ってしまうのは、私だけでしょうか、、、。