AD際族

コロナ共存の広告表現の近未来観

殺戮のコースター(3)

2014-07-24 12:01:41 | アイディアの屋内観戦



英国統治の頃の殺戮事件だ。アムリットサル事件(アムリットサルじけん,Amritsar Massacre)は1919年4月13日、インドのパンジャーブ地方アムリットサル(シク教の聖地)でスワデーシー(自分の国の意で国産品愛用)の要求と、ローラット法発布に対する抗議のために集まった非武装のインド人市民に対して、グルカ族およびイスラム教徒からなるインド軍部隊が無差別射撃した事件。アムリットサル虐殺事件、事件の起きた市内の地名をとってジャリヤーンワーラー・バーグ事件Jallianwala Bagh massacreとも呼ばれる。欧米諸国(特に大英帝国・アメリカ合衆国)の植民地支配から東アジア・東南アジアを解放し、東アジア・東南アジアに日本を盟主とする共存共栄の新たな国際秩序を建設しようという「大東亜共栄圏」は、第二次世界大戦における日本の構想であったが、日本は惨敗した。しかしその後、戦後アジアの国々が雪崩をうったように革命が起こり、白人の植民地支配から脱していった。そう言う意味、日本が起こさざるを得なかった太平洋戦争は、多くの犠牲を払ったが、意味が会ったと思う。ただあまりにも無謀だった。