広域指定爆笑団・全日本茨咲連合会

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今年の節目・その3 ~母の自立~

2018年07月08日 | 介護部
今年は年明け早々に父が亡くなり、そして4月には僕も異動で現場復帰。
いろいろと「節目」を迎える年になっていますが・・・先日もう一つの動きが。

実家にて気丈に頑張っていた母。
しかしさすがに80歳代半ばという年齢による身体機能の衰えや心身の不安も口にするようになってきたので、
先日の週末に実家と同市内にある某「ケアハウス」さんへ入居となりました。

一昨年より母と共に近隣各種施設を方々観て回ってましたがここが最も気に入った模様で、
人気施設ゆえに待期期間もありましたが希望通り無事入居出来てほっと一安心。

ヘルニア持ちでの引っ越し作業はかなりしんどかったですけどね(笑)

しかし今後は本人はもちろんも家族にとっても「いつでも誰かが見守ってくれている」場所に移れたことが
何よりだと思っています。



振り返れば・・・・
父の介護開始から足掛け10年、ここ3年ほどは実家での家事全般も担ってきました。
調理のスピードup及びレパートリーの増加には大変寄与してくれたし(味は相変わらず?ですが)
週3回の実家通いもスケジュール管理&タスク処理スキル向上には大変役立ったと思います。
そして何より「両親への悔いない恩返し」を出来ている自負も多少はありましたが
遠距離介護というハンデもあり気持ちだけではどうにもならないシンドさを感じることも多くなり
(腰を痛めて以降は特に)
仕事や家庭とのバランスが崩れてしまいそうになることも多々ありました。


今回の「節目」を機会に今後は今までとは違った形での見守りを模索しつつ、
他に振り向けられる余裕も少しは出来るのかなあ・・・とも思っています。
ま、直後なのでちょっと寂しい気持ちも出ちゃってたりしてますけどね(^^😉


一方当事者の母は人の気持ちも知らずかw
新居で早速友人などを作りつつも食事以外は一切自分で行う環境
(ケアハウスはそういった「自立」している方が集うところです)にて
「新しい住まいのルール」を覚え実践するのに楽しみながら取り組んでる様子。
元々前向きな人だっただけに、これをきっかけに生活に張り合いを取り戻してくれれば何よりです。


介護生活も新たな展開を迎えました!
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95歳の大往生 ~父、旅立ちました~

2018年02月08日 | 介護部

2/8 午後10時26分 父が旅立ちました。

2年ほど前から施設に入所しており足腰は衰えたものの他は大変健康かつ気力も十分で
昨年11月に行った血液検査の値は僕より正常なほど(笑)
これはまだまだ長生きしてくれるなと誰もが思っていました。

しかしそんな父も昨年末より「傾眠」の傾向が強まり、正月明けには風邪をこじらせ肺炎を起こし入院。
一時は重篤な状況に陥り主治医からもその旨を宣告され家族も覚悟をしていたものの、
持ち前の体力を見せその後見事に回復を果たし退院へ。
しかし喜んでいたのもつかの間、施設に戻った当日午後に急変が起こり・・・という慌ただしい展開でした。

約10年前に要介護認定を受けてから前半は母が、後半は主に僕が介護を担ってきましたが
最後の看取りに立ち会えたのは僅かながらでも親孝行ができたかなと思っています。
(最期は僕が午後9時55分に父の自発呼吸及び脈がなくなったのを確認し、その後職員さんに連絡→病院へ)



父が49歳の時に僕が生まれました。
年齢的にもいわゆる「恥かきっ子」でありその照れもあってか学校行事などには一切顔は出してくれませんでしたが、
父なりの表現で大変かわいがってくれたことをよく覚えています。
(ただ、父の趣味である「釣り」「狩猟(ハンティング)」の場や、父の職場である建築現場やはたまた酒席など
およそ子供にはあまり適さないであろう場所へ僕が幼少期から連れまわされている図に母はあまりいい顔をしていませんでしたが(笑)
でもそういう場所の記憶って強烈に印象に残ってるんですよね。今となっては貴重な財産です。)

年齢的に軍隊経験もあって厳格で仕事にも厳しく、戦後は鳶の親方から建設会社を興しその後78歳まで現場に立ち、
退職後は更にシルバー人材センターにて84歳まで常に働き続けていた父。
それでいて(上記に記したように)遊ぶときは遊ぶ!とばかり多趣味な人でもありました。
僕も仕事が好きで(時代遅れなワーカホリックなタイプかもしれません)
更にプライベートも充実させるべく励んできたつもりですがまだまだ父の足元にも及んでません。

また現在「人と仕事の関係」を生業とする仕事についているのも、そんな父の後ろ姿から無意識に何かを学んでいたのかもです。


晩年の介護を担わせてもらったおかげで父との「絆」や「思い出」を改めて沢山作ることが出来たのが
振り返れば最後の親孝行にもなったかなと思っています。
しかし介護中にはこちらの都合でいろいろと希望しないことで振り回したり、
介護ストレスからついついひどい言葉を投げつけてしまったこともあったよなあ・・・その時はホントゴメンなあ。
心から謝ります。


生まれてから今まで、本当に本当にお世話になりました。ここまで育ててくれてありがとう。
ずいぶんと長生きした分、どうぞゆっくり休んでな。

合掌



2/14日に告別式を済ませ、ちょうどひと月となる本日になってようやくブログに記す余裕も出来ました。
と思ったら来週にはもう四十九日法要が!そして諸手続きの数々はまだまだ・・・
「人がひとり旅立つ」ってのはこんなにも様々なことが発生するんですね。ふう。。。
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倒れられない時に限って、「ガラスの腰」が・・・(涙) 【よいお年を】

2015年12月29日 | 介護部
↑座骨神経痛発症につき、いつものモーラスではなく「温感」のコレのお世話になることに…


○12/29(火)

ここ二か月近く実家にて介護・家事全般を担う「絶対に倒れられない」状況がずっと続いていましたが、
その過酷さ?にワタクシ最大のウィークポイント「腰」が遂に悲鳴をあげてしまいました(^^;)

しかもよりによって年末に(涙)

まだ手付かずだった大掃除、ゴミ捨て、年賀状作成、料理、etc・・・
無念ながら全て年明けに繰り延べし、開き直って「寝たきり年末年始」に入ります。

ご迷惑おかけする方がおりましたらスミマセン。



ブログにも書けてないきたい出来事やネタも沢山あるんだけどねえ。。。
「いば教授@女子大編」の顛末や年末飲みの模様、
さらには歌舞伎鑑賞や恒例のカヤック他振り返りネタもぜーんぶ持ち越しって事で。
いつか書きます。




そな状況なのでちょっと早いですがこれにて本年最後のブログとさせていただきます。
それではみなさん、くれぐれもよいお年を。
(ってこんな状況のヤツに言われたかあないだろけどね(笑))


来年はもう少しだけ「いい年」にしたいなあ…
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朝晩、実家で親と一緒にメシを食う毎日を過ごしてます 【ダブル介護】

2015年12月12日 | 介護部
5~6年前から父は要介護状態にあり、これまで母がそれを担ってくれていました。
(僕は週1,2回程度実家に行きサポート)

その「実家での大黒柱」でもある母が先月白内障の手術をしたのですが、
その術後にベッドから転落し腕を骨折するというアクシデントが発生。

結果父の介護はもちろん自らの身の回りの始末も出来ない状態(ギプスで完全固定)となり、
それ以降両親二人の面倒一切を僕が担うことになり現在に至っています。

もちろん介護保険サービスは徹底活用し、
さらに家族・親族の応援も大いに得ていますが(ありがたい限り)、
仕事をしつつのダブルケア(←本来は介護+育児の意ですが、ここは2人の介護を担うという意味で)は
正直かなり、いや相当シンドイです。

今世間でも問題となっている「介護離職」なんて言葉も時折り頭をよぎったりしちゃってます。
(絶対せんけどね)

よって仕事も超時短モードで介護休暇・半休・遅刻・早退カード切りまくりで遂行中。
関係各位にはご理解を感謝するとともにご迷惑をおかけして申し訳ない限りです。

更に毎年この時期恒例「忘年会耐久マラソン」は当然ながら平日・休日問わずほぼ全休。
こちらも各方面にご迷惑をおかけしております。カラダ的には好影響なんですがw

もちろん休日のアクティビティも然り(T_T)。
このブログもしばらく手を付けるヒマがありませんでした。


こんな状況ですので、しばらくの間多くの皆さんとも不義理になってしまうことをお許しください。

ふう。



しかし・・・
今回の事態により、実に高校時代以来実に20年以上ぶりに
「実家の茶の間で朝晩親と一緒にメシを食う」毎日が続いてるわけですよ。
(当時と違うのは僕が全部支度してるってコトなんですがw)

こんなことにならなければこういう機会もなかったろうなー・・・
なんて感慨も感じつつ、もうしばらくは頑張ってみまっす。
無理し過ぎない程度にね。





<おまけ>

弁当男子 その44 〜親孝行弁当⁈〜


筑前煮 / 焼き鮭 (寒麹漬)/ 卵焼き / 高菜ご飯

母が白内障の手術をした際、
「ここはひとつ「手作り弁当」でも差し入れて激励してやるか」とガラにもないサプライズを計画。
(画像上 :母用 下:自分用w)

しかし「手術前に食事なんて摂れないよ!」な母のにべもない一言で計画は見事に頓挫(ーー;)
眼の手術だから食事は大丈夫だと思ってたんたけどやはりNGなんだね…💦


手術は無事成功。
しかしそのあとにあんなことが起こるとは・・・

それ以降弁当どころか「手作り料理」を繰り出しまくってます(^^;)


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