風雅遁走!(ふうがとんそう)

引っ越し版!フーガは遁走曲と訳される。いったい何処へ逃げると言うのか? また、風雅は詩歌の道のことであるという。

つげ義春『峠の犬』のこと(その3)

2007-04-21 23:52:49 | アート・文化
●(その3)/何故『カムイ伝』は「カムイ」なのか?●

 『カムイ伝』がなぜ「カムイ」なのかという疑問には、まず証言がある。月刊漫画誌『ガロ』の編集長にして社主だった故長井勝一氏の証言である(『「ガロ」編集長/私の戦後マンガ出版史』ちくま文庫)。

 「いま、できあがっている「カムイ伝」(といっても、あれで第1部だが)では、初めのほうに白い狼のことが少しでてくるが、構想の段階では、あれがもっと大きな比重を占めることになっていた……白い狼は、その差別をはねのけようとして必死に闘い、たくましく成長していくのだが、それと、の子として生まれ、社会的な差別を受けながらひたすら強くあろうとしたカムイとが重ねられるのだ。結局、カムイと狼は自由を求めて北海道にわたり、そこで自分たちと同じように差別されているアイヌの人々と出会い、やがてシャクシャインの大叛乱に加わっていく……」

 と、「忍者武芸帳」の次回作の構想として白土三平が長井氏に語ったというのだ。
 この構想通りに物語が進行していったならば、これ自体でも大変な先見の明のある物語となったはずである。アイヌの人々が明治時代に制定された「旧土人保護法」にしばられ、就職差別やさまざまな差別に苦しめられ、自らの出自をかくさざるを得なかった1960年代初めの構想だからだ。
 ところが、物語は、そのような展開ではすすまず、連載途中の学生運動(全共闘運動)のたかまりに合わせるかのように、主人公は交替し、下人正助がリーダーシップを握った百姓一揆の話の展開がメインになっていった。

 もっとも、初期の『ガロ』には佐々木守・文のアイヌ民族を主題にした物語が掲載されていた。アイヌの伝承物語、神話を下敷きにした話だったと記憶するが、その物語にたおやかなイラストをつけていたのは、白土三平の実妹である岡本颯子さんであった。この神話的な物語の存在が、もしかしたら白土の当初の「カムイ伝」構想を変えて行ったのかも知れない。

 それに、物語が第2章に到達した時に作者自身が、その過ちに気付いたことによって軌道修正を余儀なくされていた。「白い毛並み」という異和を背負って生まれたオオカミと、「」という(社会的歴史的な)差別を背負ったカムイの有り様がけっして同じではないと作者自身が気付いたからなのだ。

 これらのことを踏まえてボクはこう考える。
 「カムイ」はこの国の基層に埋もれる先住民族アイヌやエミシの集合的な記憶を顕わしている。柳田国男が「山人」と名付けたひとびととその文化や工芸を継承するサンカや、マタギなどの流浪の山の民や、歴史的な差別を受け続けてきたひとびとのシンボル的なスティグマ(聖痕)としてアイヌ民族の「神」の名前が選ばれた。
 アイヌのひとびとにとって「カムイ」は、いずこにも遍在する神の名前である。それは、すべての動植物つまり森羅万象に神をみるアイヌの世界観、宇宙観だった。
 そしてこれは、白土三平の構想とはかけ離れてしまうが、大和民族がこの国を平定する以前に、各地に棲んでいた先住民族、や地方部族すなわちクマソ、隼人、土蜘蛛、エミシなどなどの隠されてしまった系譜を「カムイ(神)」と呼んだのでなかろうかと言う拭いがたい思いだ。ボクは、強大な権力に真っ向から立ち向かう「影丸」にもその系譜をみるが、これらの人々はのちの「鬼(オヌ)」の原イメージとなっていく。


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4 コメント

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こんばんは。 (allie)
2007-04-23 21:53:48
こんばんは。

風月のJUNさんは何故こうも様々な裏の事情をご存知なのかしらと驚いてしまいました。
知らなかったことがいっぱいあって面白く読ませていただきました。
白い狼の場面とか正助が綿の栽培を始めたあたりとかを思い出しながら。
私などは多分日本人独特の判官贔屓でカムイに惹かれていただけだと思います。
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allieさん! 熱心に読んでいただき、さらにコメン... (フーゲツのJUN)
2007-04-24 01:17:55
allieさん! 熱心に読んでいただき、さらにコメントまでいただいて感謝します!
いまさら「カムイ伝」でもあるまいというプレッシャーを感じながら(笑)書きたいことを書いています。
allieさんは御存知ないでしょうが、ボクはむかしマンガ家でした。もちろん、まったく売れなかったのですが、少なくとも一度は自分が成りたいもの(子ども時代からの夢)を叶え、そして現実に挫折したものです。
裏話を知っていると言うより、当時、ボクには劇画とSFとそしてJAZZしかなかったし、それらの文化が生み出すものの中で青春時代を過ごし、鬱屈していました。
このような「時代」を背景とした世代の、暗さも明るさも希望も絶望も知り尽くさなかったなら、臆面もなく「詩人」などとは名乗れなかったし、詩も生まれなかったでしょう!
ボクは無知のかたまりです。そのことが、あらゆることへの好奇心、探究心の原点になっています。

allieさんだから、打ち明けました(笑)。
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光栄です。 (allie)
2007-04-24 02:10:39
光栄です。
ありがとうございます。
では打ち明けますが
私は小学校の時何になりたいと聞かれて
アルセーヌ・ルパンのお嫁さんになって世界中旅すると答えました。
まじめに答えるようにと諭され驚きました。
中学校では旅行家になると答えて先生にそんな職業はないといわれ心外でした。
高校では漫画家になると答えたかったけれど親と同じ教師にしました。
いやな知恵がついてしまったから(苦笑)
私はなりたいものになれずに屈折して生きてきました。
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告白合戦になりそうですが(笑)さらに言うと、「... (フーゲツのJUN)
2007-04-24 23:50:32
告白合戦になりそうですが(笑)さらに言うと、「ルパン」や「怪傑ゾロ」のマスク姿が「義賊」の基底イメージとなってこびりついて、少年のボクがなりたかったもののひとつでした(笑)。
いまでいうところの底辺労働者の家庭に、没落してならざるを得なかったボクは世界への復讐心をそういう形で燃やしていたのだと思います。
このあたりのことは、いつか書かねば成りませんが、まだ整理できてません。
ボクは、ピーターパン症候群というよりは「義賊」コンプレックスだったのです。この世界を救済する「悪」(そんなものがあるとして……)に染まりたくて仕方なかった。

で、新宿での不良どもはみな小物でした(笑)。
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