京都で、着物暮らし 

京の街には着物姿が増えています。実に奥が深く、教えられることがいっぱい。着物とその周辺について綴ります。

KIMURAの読書ノート『お任せ!数学屋さん』 

2016年01月18日 | KIMURAの読書ノート
『お任せ!数学屋さん』 
向井湘吾 著 ポプラ社 2015年4月

ここ数年大型書店を覗いてみると、専門書の分類のところに学術書や評論だけではなく、それに関連した小説も目に付くようになった。とりわけ、その傾向は自然科学の分野に多い感じがする。もちろん、小規模な書店だとそれらの書物は一般の文芸書や文庫の棚に並べられているわけであり、専門書に分類されているからと言って、それらが専門を要する人たちだけが読者であるとは全く想定しておらず、逆に専門書が常に必要な人にもうっかり手を出し、楽しんでもらうのが目的なのではないだろうか。もしかすると、普段から小説しか読まない人が、これまたうっかり専門書の棚に足を踏み入れた時、自分が読んだ本が専門書だったのかと少し高尚な気持ちにさせてくれる目的もあるのかもしれない。本書はまさにそのような作品。

主人公は数学が嫌いな天野遥、中学2年生。彼女のクラスに神之内宙(そら)という転校生が来る。宙は転校の挨拶で、「特技は数学。将来の夢は数学で世界を救うこと」と言ってのけ、クラスを呆気にさせる。そんな転校生、宙の席は遥の真横。ある日、遥の席に「数学屋」という幟が縛りつけられている。宙が「世界を救う」一歩として始めた活動。とりあえず、学校のみんなの悩みを数学で解決するというもの。遥はなぜ「世界を救うのか」そもそも、日常生活にも役に立っていないのではないかと、宙に尋ねる。そこで彼の口から語られる数学と日常生活の密着性。結局遥は宙の「数学屋さん」を手伝うことになる。

というのが、大筋の流れである。この作品は中学生の悩みが各章立てになっており、その悩みは思春期真っ盛りのいわゆる「あるある」なものばかりである。男子VS女子での陣地争いから、部活の問題、そして恋愛絡み。これを宙は数値に変換し、公式に代入して回答(解答)を導き出している。そこには、数字だけでなく、歴史上の数学者の話題を盛り込んだり、登場人物たちの青春真っ盛りの諸事情を丁寧に描くことで、物語が数字の羅列だけで終始せず、あくまでも青春小説に徹するというスタンスを保っている。

この中で私が気にいったのは、恋愛相談の話。数学屋さんに直接相談できない人のために、作った投書箱に「最近気になっている子がいて、頭の中がぐちゃぐちゃになる。『恋』という言葉も知っているが、これが『恋』だとすれば、自分がどうしたらいいのか。『告白』するべきなのか。そもそも、今の自分の気持ちが分からない。僕はどうしたらいいのか」という内容のものが入っていた。これに対して宙は「この相談内容に、『数値』が入っていない」と言いだし、遥に「恋」ってどういう気持ちなのかと問う。そこから遥と宙、そしてその仲間たちがあれやこれやと話し合い、数値と公式を導き出してしまう。この過程がまさに青春。とりわけ、すでに先輩と付き合っている葵はみんなから、どうして付き合うようになったのか話すくだり。最初躊躇していた葵であるが、案外あっさりと話してしまう辺り、思春期特有の症状であり、読んでいて微笑ましい。無論、登場人物と同じ世代の子ども達が読んだら「あるある」と彼らに同調するだろう。

著者は高校在学中に日本数学オリンピックに出場した経歴の持ち主である。かつて数学オリンピックに関連した図書を読んだ時、これに出場する子ども達のほとんどが幼い時から、数字を遊び道具のように楽しんでいると記されていた。おそらく、著者も同じように数字と親しんでいたのだろう。最初は数学に嫌悪感を抱いていた遥や同級生たちは、宙を通して数字と親しくなっていく。宙はもしかしたら、著者自身なのかもしれない。文責   木村綾子

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KIMURAの読書ノート『きょうはぼくらがゆうびんやさん』『ぼくらがみつけたたからもの』

2016年01月05日 | KIMURAの読書ノート
『きょうはぼくらがゆうびんやさん』 2011年
『ぼくらがみつけたたからもの』 
2012年
しいなつねこ 文 いとうかな 絵 国立大学法人 千葉大学医学部付属病院

2016年の幕開けです。毎年新しい年を迎えると、今年こそはゆったりと読書を楽しみたいということを細やかに願うのですが、なぜかそれを阻む何かが毎年押し寄せてきます。それでも、あえて今年も「ゆっくりと読書をする」というのが、唯一の目標(目標になっている時点でアウトですが)。その中の一部の本を今年も皆様と共有できたら幸いです。どうぞ、本年もよろしくお願いします。

私自身、趣味の一つに国内の大学のキャンパスを巡り、キャンパス内の書店で本を購入するというものがあります。その理由の一つに、いわゆる一般市場に出回らない本、大学内で出版し、そこのみで売られているものがあるので、そのような本を見つけるのが楽しみだからです(購入するかどうかは別)。今回取り上げた2冊はまさにそれ。

この絵本は「みなみまち」というパラレルワールド。ここは、人間も動物たちも植物も全て対等の立場で生活しています、見返しにはそれぞれの登場人物の詳細が説明されており、これがまたユーモアあふれるもの。主人公は人間のじみおくん。お友達としてピーナツ三兄弟。呉服屋の京子さんも人間ですが、帽子屋はぶたのぶたこさん。花屋さんは文鳥さん。その他たくさんの登場人物がいます。

最初の作品は郵便屋さんの八木さん(動物のやぎです)が風邪をひいたために、みなみまちのなかまが手分けして、郵便を配るというお話。2作目は、願い事が叶うという石を発見したというお話。どちらもみなみまちのなかまが作品の中で自由に動き回っている様子が、何とも微笑ましく感じる作品となっています。

この本を出版することになった理由というのが、あとがきに書かれています。大学の附属病院の小児科病棟「みなみ棟」の壁一面を絵でいっぱいにして、子ども達を元気にしたいという想いがあり、まずその壁に「みなみまち」のキャラクターが多数描かれたそうです。そして、そこから更に舞台を絵本に移して、子ども達に届けたいということになったようです。

この作品の素敵なところは、このような想いがあるとつい「病気に負けるな」とか「きっと治る」というメッセージ性のある作品になりがちなのですが、「みなみまち」シリーズでは、絵本からのメッセージはそことずれているというところ。前者の場合、「お手紙は心を届ける」というのがあえて言うならメッセージでしょうか。後者ですと、「笑顔がいちばん」というのがそうなるのでしょうか。病気から視点をそらせて、ただただこの作品に出てくるキャラクターの動きを子ども達が楽しむ。そして、描かれていない部分でもキャラクターがどのような生活をしているのか想像できる、想像したいと自然に思ってくるようになっています。私はお医者さんのみちかけせんせいが推しキャラ。お月さまが素になっているようですが、困った時には顔が満月から三日月になります。顔の形が変形するこのみちかけ先生、困っている時とそうでない時が周囲の人にもバレバレでお医者さんが務まるのかなんて、思わず心配してしまいます。

ほのぼのとした何とも言えない絵本らしい絵本。個人的には大学や病院内だけでなく、もっと多くの人に「みなみまちのなかま」を手にしてもらいたいと思うのですが、あえて病院のキャラクターとしてとどめているようです。そこにこれを出版した関係者の想いがあるのだろうと、そっと受け止めています。しかし、このような本はその大学に行きさえすれば一般の人も購入可能ですので、是非お近くの大学に足を向けて、この作品でなくとも、その大学のオリジナルの本を探してみてください。   (文責 木村綾子)


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