『国境のない生き方 ~私をつくった本と旅~』
ヤマザキマリ 著 小学館 2015年4月
映画化にもなり一世風靡した『テルマエ・ロマエ』(全8巻 エンターブレイン)や現在は『プリニウス』(既3巻 新潮社 とり・みきと共著)を連載している著者のこれまでの軌跡を自身が綴っている。
14歳でのイタリアへの一人旅を起点にシリア、ポルトガル、アメリカと世界規模で住まいを移していく生活に。サブタイトルには「本」についても確かに語っているのだが、何よりも世界に住まう彼女の視点がとても興味深く読める。例えばこれらのことを含め、全てを「経験」として一般的には捉えるが、彼女が語る経験とは、「まっさらな場所で『お前は何者なのか』と問われているような気持ちになるはずです。そうやって自分で考え、自分で感じ、自分の手と足を使って学んでいくこと」(p57、58)そして、それは「囲いの外」に出なければ得ることができないとしている。また今日本では「教養」が必要であるということを言われるがこれについてもこのようなに記している。「教養を高めるといっても『自分はたくさん本を読んだからいいわ』という話ではないんですね。見て読んで知ったら、今度はそれを言葉に転換していく。これって、日本人に書けているところではないかと思います」(p104)つまり、知識をため込むだけでなく、それを使いこなしてこその「教養」。但し、それは論破するためのディベートではないとも指摘している。
日本のことを否定的に書かれているように思えるが、実際は囲いの外から出て、日本のことを世界のオンリーワンとして捉えている文章も随時出てくる。いちばん目を引くのが宗教的なことではないだろうか。「哲学者のプラトンとキリスト、シッタータが入り乱れて、ミロク救済計画の謎に挑むあの壮大なスケールの作品(※筆者注 『百億の昼と千億の夜』光瀬龍・作)を、全国の中高生が楽しみに読んでいた。そんな国がほかにあるでしょうか」(p118)他にも、悪役が決して完全なる悪とならない日本の番組。放射能の影響を受けて生まれたゴジラすら日本人は憎まない。人魚のミイラや河童の手、幽霊の足跡が掲載された本が普通に読まれ、西洋の合理主義とはまた異なるゆるさを持つ日本の土壌。これらは著者が海の外に出たからこそ味わった実感と語っている。
現在日本では政府がのろしをあげて「グローバル化」を進めている。例えば、外務省が行っている「グローバル人材育成」における推進会議開催の根拠は次のようになっている。
グローバル人材育成推進会議の開催について
1.「新成長戦略実現会議の開催について」(平成22年9月7日閣議決定)に基 づき、我が国の成長を支えるグローバル人材の育成とそのような人材が活用 される仕組みの構築を目指し、とりわけ日本人の海外留学の拡大を産学の協 力を得て推進するため、「グローバル人材育成推進会議」(以下、「会議」とい う。)を開催する。 (首相官邸HPより)
これだけを読むとグローバル人材育成とは留学すればよいのかということにはならないだろうか。かなりお粗末な「グローバル化」である。確かに海外で留学するということそのものが無意味とは言えない。しかし、「留学=グローバル」かと言われたら誰もが「YES」とは言わないだろう。それでは、本当の「グローバル」とは何なのか。そのヒントが詰まった1冊である。著者は語る。「単純に地球があって、太陽があって、この環境の中で生きていける生命体として、私たちは命を授かったのだから、まず『生きてりゃいんんだよ』。これが基本」(p252)
文責 木村綾子
ヤマザキマリ 著 小学館 2015年4月
映画化にもなり一世風靡した『テルマエ・ロマエ』(全8巻 エンターブレイン)や現在は『プリニウス』(既3巻 新潮社 とり・みきと共著)を連載している著者のこれまでの軌跡を自身が綴っている。
14歳でのイタリアへの一人旅を起点にシリア、ポルトガル、アメリカと世界規模で住まいを移していく生活に。サブタイトルには「本」についても確かに語っているのだが、何よりも世界に住まう彼女の視点がとても興味深く読める。例えばこれらのことを含め、全てを「経験」として一般的には捉えるが、彼女が語る経験とは、「まっさらな場所で『お前は何者なのか』と問われているような気持ちになるはずです。そうやって自分で考え、自分で感じ、自分の手と足を使って学んでいくこと」(p57、58)そして、それは「囲いの外」に出なければ得ることができないとしている。また今日本では「教養」が必要であるということを言われるがこれについてもこのようなに記している。「教養を高めるといっても『自分はたくさん本を読んだからいいわ』という話ではないんですね。見て読んで知ったら、今度はそれを言葉に転換していく。これって、日本人に書けているところではないかと思います」(p104)つまり、知識をため込むだけでなく、それを使いこなしてこその「教養」。但し、それは論破するためのディベートではないとも指摘している。
日本のことを否定的に書かれているように思えるが、実際は囲いの外から出て、日本のことを世界のオンリーワンとして捉えている文章も随時出てくる。いちばん目を引くのが宗教的なことではないだろうか。「哲学者のプラトンとキリスト、シッタータが入り乱れて、ミロク救済計画の謎に挑むあの壮大なスケールの作品(※筆者注 『百億の昼と千億の夜』光瀬龍・作)を、全国の中高生が楽しみに読んでいた。そんな国がほかにあるでしょうか」(p118)他にも、悪役が決して完全なる悪とならない日本の番組。放射能の影響を受けて生まれたゴジラすら日本人は憎まない。人魚のミイラや河童の手、幽霊の足跡が掲載された本が普通に読まれ、西洋の合理主義とはまた異なるゆるさを持つ日本の土壌。これらは著者が海の外に出たからこそ味わった実感と語っている。
現在日本では政府がのろしをあげて「グローバル化」を進めている。例えば、外務省が行っている「グローバル人材育成」における推進会議開催の根拠は次のようになっている。
グローバル人材育成推進会議の開催について
1.「新成長戦略実現会議の開催について」(平成22年9月7日閣議決定)に基 づき、我が国の成長を支えるグローバル人材の育成とそのような人材が活用 される仕組みの構築を目指し、とりわけ日本人の海外留学の拡大を産学の協 力を得て推進するため、「グローバル人材育成推進会議」(以下、「会議」とい う。)を開催する。 (首相官邸HPより)
これだけを読むとグローバル人材育成とは留学すればよいのかということにはならないだろうか。かなりお粗末な「グローバル化」である。確かに海外で留学するということそのものが無意味とは言えない。しかし、「留学=グローバル」かと言われたら誰もが「YES」とは言わないだろう。それでは、本当の「グローバル」とは何なのか。そのヒントが詰まった1冊である。著者は語る。「単純に地球があって、太陽があって、この環境の中で生きていける生命体として、私たちは命を授かったのだから、まず『生きてりゃいんんだよ』。これが基本」(p252)
文責 木村綾子