京都で、着物暮らし 

京の街には着物姿が増えています。実に奥が深く、教えられることがいっぱい。着物とその周辺について綴ります。

KIMURA の読書ノート『ぷくぷく、お肉』

2019年01月16日 | KIMURAの読書ノート
『ぷくぷく、お肉』
赤瀬川原平 他31名 著 河出書房新社 2014年

新しい年を迎え、早半月。それでも、まだまだ気持ち的には「新春」という言葉が私の頭をかすめる。そのような状況で出会ったのが本書。私の中で勝手にイメージする「新春」は「美味しいもの」。人によって「美味しいもの」というのは異なるが、本書を読み終わった頃には、タイトル通り「お肉」がその筆頭に来るように上書きされてしまうのが、本書の最大の恐るべき点である。

本書は「お肉」に関して32名の作家がそれぞれ綴ったエッセイのアラカルトである。しかも、すでに歴史上の人物にすらなっている作家から、現在もバリバリに活躍している作家までと幅が広い。しかしである。どの作家が語る文章を読んでもそこに時代を感じさせない。例えば、「すき焼き」が、当時関東では「牛鍋」と言っており、次第に「すき焼き」に浸食されていったという古川緑波の随筆も掲載されているが、それすら古臭さがなく、昨日、今日語られた文章のようである。みんな「お肉」に対する愛は横一線である。それでも、一口に「お肉」と言っても、細かいところでは好みが分かれるようで、「すき焼き」について語る人、「ステーキ」について主張する人、「焼き鳥」、「豚肉」と枝葉が分かれてくる。それでも、どの「お肉」に関しても、一文字追うごとに、読み手は口の中に唾液が広がってくることは間違いない。

この32名の「お肉」の話の中で、私がいちばん何度も唾液を飲みこんだのは、実はエッセイではなく、唯一の漫画で描かれている園山俊二の「ギャートルズ」。私と同年代以上の人なら記憶にあるかも知れないが、原始時代の生活を描き、かつてアニメにもなったあの作品である。主人公の一家やその周辺の仲間たちが、マンモスを追いかけ、それを輪切りにして木に串刺しにして焼き、大胆にほおばっているその姿は、かつて幼稚園児だった私に、素直に「食べてみたい」という古代(マンモス)に憧れを抱かせ、かつ未だに「美味しい」記憶として強烈にインパクトを残している(もちろん、マンモスなど実際に食べたことはない)。それに再会した喜びと、色あせぬ記憶にいたく感動した。しかも、マンモスを直火で「焼く」という印象しか残っていなかったが、ここでは、何と、マンモスを「煮る」という行為が描写されている。私にとっては、あの作品に初めて出会ってから数十年後の今、マンモスの新たな「美味しい」記憶が追加されることになった。

しかしながら、これだけ「お肉」で埋め尽くされると、途中でお腹いっぱいどころか、消化不良を起こしても何ら不思議ではないのだが、まだまだ腹八分目で読了となってしまった。大好きな「お肉」に対して角田光代は「わくわくする。やっぱり愛だなあ。普遍の愛だなあ」と記し、東海林さだおは「おかず一筋。この道一筋。その一途なところもいとしい」とし、菊地成孔は「一羽全部食べ終えてフーッといって点を仰ぐと店員が力強くウインクした。力強い秋の到来だ」と締めている。32名の「お肉」に対する貫く愛だけで、身も心もほっこりとできる1冊である。


======= 文責 木村綾子


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KiMURAの読書ノート『日本の小さな本屋さん』

2019年01月02日 | KIMURAの読書ノート

『日本の小さな本屋さん』
和氣正幸 著 エクスナレッジ 2018年7月

明けましておめでとうございます。平成最後のお正月。皆様いかがお過ごしでしょうか。この5月には元号も変わり、心機一転という方も多いのかと思われますが、私の読書に関しては、何も変わらずいつもように気の赴くままに乱読していくことになると思います。この「読書ノート」を読んでくださる方の嗜好とは全く異なる方向になるかもしれませんが、宜しければ本年もお付き合いくだされば幸いです。


さて、新年の第一弾として取り上げた本書。本好きとしてはどうしても数か月に1度は目にしたくなる「本」絡みのもの。写真集ともガイドブックともどちらとも捉えることのできる本書。全国23の本屋さんの内部の写真とそこで著者が感じたことが文章としてしたためられています。著者によると、「本屋にあるのは本だけではない。店主が本を通してきてくれる人に伝えたいもので溢れている。それは音楽かもしれないし、空間そのものかもしれない。漂う匂いもそうだろう。それらすべてが合わさって、その本屋を構成している。本屋はただ行くだけ、五感全てを楽しませてくれるのだ」。


最初に紹介されている本屋さんからまさにそう。見開き1ページに大きく撮影されている店舗は、「店舗」ではありません。本好きの家のリビングか、本好きでなければ、学者さんの書斎としか見えない空間。壁一面びっしり誂えられた木の本棚。その手前にはソファとその高さに合わせられたテーブル。光は極力抑えられ、間接照明だけで空間を浮かび上がらせています。都内の別の本屋さんは猫本専門の本屋さん。もちろん、4匹の猫がスタッフとして加わっています。しかし、特徴的なのは、本棚の最上段はその猫スタッフのためのキャットウォークになっており、本棚の間には彼らがくつろぐスペースが作られています。ここの優先順位はまずスタッフであることが一目瞭然です。かと思えば、中国地方のとある本屋さんは、その店舗をみる限り、「ギャラリー」。生活を彩る器や布製品が丁寧に並べられ、別の一角には絵画が展示されています。本に関してはそのまたほんの一角といったところでしょうか。店主によると「ひとえにそれらが好きだから」という理由。それと同時に当時市内にあった文化的な要素を含む本屋が閉店してしまったため、悲しみよりも憤りを感じ、それならばと奮起して自分で本屋さんを開くことにしたようです。


近年、(諸外国はどうかは定かではありませんが)、国内では小さな書店は店を畳み、大型書店が台頭しています。その理由の一つに出版物が売れなくなっているため、小さな書店では店主の食い扶持を稼ぐことすら難しくなったということがあります。それでも、あえて「小さな本屋さん」にこだわる店主の思いが本書では余すところなく詰まっています。そして私個人的な話にはなりますが、本好きと言っても、頻繫に各地の本屋さんや図書館を巡ることはなかなかできません。そのような意味においても、このような本は私にとってはとても重要な位置づけになります。旅に出た時は、このような店主のこだわりの詰まった本屋を一つでも訪れ、そして本について少しでも語ることができたらと、妄想してしまうのです。新年の幕開けには少なからず本好きにはたまらない1冊ではないかと思います。

======. 文責 木村綾子

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