京都で、着物暮らし 

京の街には着物姿が増えています。実に奥が深く、教えられることがいっぱい。着物とその周辺について綴ります。

KIMURAの読書ノート『サラリーマン球団社長』

2020年11月15日 | KIMURAの読書ノート

『サラリーマン球団社長』
清武英利 著 文藝春秋 2020年
 
新型コロナウイルにより、今年は3か月遅れの6月19日よりプロ野球のペナントレースが開幕。野球ファン(正確には広島東洋カープファン)の私としては今年は贔屓チームの勝敗よりも120試合を無事に選手たちが罹患することなく戦い抜いてくれることだけを正直祈っていた。途中で一部球団の中では罹患した選手がいたものの11月13日現在、無事に閉幕を迎えようとしており、ホッとしている。と同時に選手にとっては過酷な日程となったがファンとしては公式戦最中ほぼ毎日試合を応援できるというありがたい環境下でもあった。そのような今シーズンであったが、更にこの夏プロ野球に関して面白い本が出版された。それが本書である。
 
著者は1975年に読売新聞社に入社し、東京本社編集委員などを経て2004年に読売巨人軍取締役球団代表(局次長相当)・編成本部長に就任。球団のチーム作りなどに尽力を注いだ。しかし、2011年に著者は緊急記者会見を開き、読売新聞グループ本社会長兼主筆・読売巨人軍球団会長である渡辺恒雄氏が、重大なコンプライアンス違反を侵していると告発。そのため、著者は球団の一切の役職から解任されている。この件に関しては報道でも大きくとりあげられ、野球ファンでなくても記憶に残っている人も多いのではないだろうか。
  

本書は阪神電気鉄道航空から阪神タイガースに人事異動となった野崎勝義氏と、東洋工業(のちのマツダ)に入社した後、東洋工業創業者の一族で現広島東洋カープのオーナーとなる松田元氏の誘いを受け、東洋工業を辞職後カープ職員となった鈴木清明氏の二人を焦点化し、両球団内で何をしたのか、何が起こっていたのかという内部事情を2人の目を通して記されたルポタージュである。
 

親会社・阪神電鉄を持つ阪神球団と親会社を持たない市民球団としての広島球団との対比がやはり本書の核となる部分ではないかと思う。広島球団については、一昨年まで三連覇をしたため、その球団史などがメディアで取り上げられ、詳細はともかく球団背景について知識として知っている人もそれなりにいるのではないだろうか。翻って、阪神球団であるが、世間一般には全国的に見て親会社よりも球団の方が有名である。しかし、本書によると、球団役員は電鉄本社の部長級であるということ、また球団社長は本社からの天下り先であり、チームが負け続けていても球団が儲かってさえすれば何年も社長職を続けられるため、下手に改革の旗を掲げたりすると、下からの反発や本社から嫌われたりするため、じっとしておくことが鉄則のようである。その中で野崎氏は球団に異動してからは改革をしていこうとするのだが、やはり徒労に終わってしまうことや、球団職員が他の球団へ引き抜かれ、その改革案を他球団で施行してしまうという憂き目にあう。改革ひとつひとつが球団内の事柄として全く進まないことが赤裸々に綴られている。それでは親会社をもたない広島球団はというと、運営資金が潤沢ではないため、鈴木氏は何でも屋として国内だけでなく、海外まで足を延ばして一人奔走する姿が描かれている。決してどちらの球団運営がいいのかという単純な話ではなく、それぞれの立場から球団運営の難しさというのをひしひしと感じ取ることができる。ましてや今シーズンはコロナ禍でのペナントレースとなっている。それぞれの立場の球団はそれぞれの事情を持ちながらそれぞれに厳しい運営を更に担っていたに違いない。
 と共に、このルポタージュの合間に、著者が解任された巨人球団の事情というのもひそかに織り込まれており、著者はこの二球団の事情よりも本当は自身がいた球団のことを深く掘り下げたかったのではないのかと穿った目でみてしまった。今月21日から始まる日本シリーズが終わると、プロ野球はオフシーズンに入る。このオフシーズンにファンは本書を読んで、来シーズン、贔屓球団を応援しながらその裏で働く職員にも是非思いを馳せて欲しい。そして野球に興味のない方も、球団職員の奔走記として読んで頂くとサラリーマンとしての悲哀がひしひしと伝わり、自分自身の立場や職場での事象と重ね合わせ、決して球団職員が遠いものではないことを感じるのではないかと思う。    

    文責 木村綾子


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KIMURAの読書ノート『コロナ黙示録』

2020年11月02日 | KIMURAの読書ノート


『コロナ黙示録』
海堂尊 作 宝島社 2020年7月
 

物語は2019年11月から始まる。翌年の東京五輪開催に政権が浮かれていた頃、中国湖北省・武漢の海鮮市場に勤務している男性が風邪症状で病院を受診。胸部CTで肺の異常所見が発見される。その後、この症状は原因不明の感染症ではないかと中国CDCに連絡が入る。これが今世界で蔓延している新型コロナウイルスである。この頃の日本と言えば、「満開の桜を愛でる会」の醜聞が吹き荒れていた。年が明け、元浪速府知事を筆頭とした政策集団・梁山泊ではこの新型コロナウイルスが話題に上がる。そして安保政権はオリンピック開催のために、トンデモなことをやり遂げるだろうと推測する。それが、検査をしないことで日本の感染者を少なく見せかけるというものだった。とその時、梁山泊に入った一報が横浜に寄港したクルーズ船内で新型コロナウイルス感染者が発生したというものであった。そして、陽性患者の受け入れ先がこの物語の主人公田口公平が所属する東城大学医学部付属病院となる。
 
小説なのか、ノンフィクションなのか。この作品は2006年に刊行され、第4回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞した『チーム・バチスタの栄光』シリーズの最新刊である。つまり、小説のはずなのだが、出てくる人、出てくる人、誰もが知っている人ばかり。少しだけ小説風に名前を変えているだけ。安保宰三内閣総理大臣、安保明菜夫人、酸ヶ湯内閣官房長官と書けば誰もが実在の人物が誰か安易に想像つくだろう。そして、2019年11月からの新型コロナウイルスに関する国内での出来事が今年の5月まで時系列に描かれるのである。
 
私自身はこの作品に関して3つの注目すべき点があると思った。
 
1つ目は新型コロナウイルスが日本に上陸してからの政府内のやり取り。表向きは私たちがメディアで報道され知っていることであるが、その裏での政治家の思惑や心情が微細に表されている。この作品に関する作者のインタビュー記事を読んだが、この部分に関しては言葉を濁しているところがあった。もしかすると作者の妄想ではなく、作者の人脈を通して漏れ聞こえてきたことを小説という形で表現しただけなのかもしれない。となると、私たち国民はとんでもない人達に国の舵取りをさせていたのかもというのが、これまで事実としてメディアで報道されて知っていたこと以上に実感として捉えてしまうかもしれない。事実は小説よりも奇なりである。
 
2つ目は現実の横浜でのクルーズ船に搭乗して、その様子をYouTubeに流した感染症専門医と思われる人物についての描かれ方である。彼の著書に関して、この読書ノート本年5月第1回で紹介しているが、まさにそれに書かれていることがこの作品ではそのまま描かれていた。本作品と彼の著書を合わせて読むと面白いかもしれない。
 
3つ目はこのシリーズの世界観をファンは「桜宮サーガ」と称しているが、この世界観に現実の世界を上手く重ね合わせて違和感なく、もともと「桜宮サーガ」で活躍していた人物を融合させているところである。つまりエンターテイメントとしての小説をきちんと確立させているところである。
 作者は更にインタビューでこの作品を書いた理由について語っていた。この政権が公文書を破棄してもいいということを閣議で決定させてしまったことに怒りをもっており、この新型コロナウイルスに関する政府の対処方法についても残されていないのではないかということ。そのため今回の出来事において日本で何が起こったのかという事を自分自身が残さなければ後世に伝えられないのではないかという使命感からだそうである。先にも書いたがこの作品は5月の時点で終了しているが、その使命感があるなら収束するまで5月以降も是非「桜宮サーガ」で書き続けて欲しいと願う。
===== 文責 木村綾子

 
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