京都で、着物暮らし 

京の街には着物姿が増えています。実に奥が深く、教えられることがいっぱい。着物とその周辺について綴ります。

KIMURAの読書ノート『お寺の掲示板 諸法無我』

2024年07月03日 | KIMURAの読書ノート

『お寺の掲示板 諸法無我』
江田智昭 著 新潮社 2021年

お寺の門前にある掲示板が急に気になり始めたのは今から遡ること3年前、2021年のことである。プロ野球広島東洋カープのファンの面々がSNSでお寺の掲示板に貼られた言葉を投稿したのである。次から次へと流れてくるタイムラインでその言葉は埋め尽くされた。それが、「カープのファンでいることは、修行である」。広島市内にある超覚寺の住職が掲示板に張り出した言葉であった。当然私もこの世に生を受けて以来カープファンであるので、住職が言わんとする深い意味を理解することができ、そして爆笑させてもらった。と同時にそれまでお寺の掲示板に書かれている言葉というのは「仏陀の言葉」もしくは「御仏の言葉」と思っていたため、このように仏陀が語った言葉でなくても構わないのかということに初めて知ったのである。それ以来お寺の掲示板を目にすると、思いのほか自由にかつ端的に書かれていることに気付いた。

そして、このお寺の掲示板の言葉を集めたものが本書という訳である。本書を書店の書棚で目にした時思わず「あるんだー」とまさにつぶやいてしまったが、ただこれは掲示板の言葉を集めただけに収まっているものではない。ここに掲載された言葉の背後にはどのように仏教との関りがあるのかというところを著者は説いているのである。例えば、鹿児島県の東本願寺鹿児島別院の掲示板「今月のことば 老いることも 死ぬことも 人間という 儚い生き物の美しさだ 鬼滅の刃 煉獄杏寿郎」(p11)。人気を誇るマンガの登場人物の台詞をそのまま掲示板に載せている。この言葉を踏まえて著者はお釈迦様も「老」や「死」の問題に関して深刻に悩んでいたと記し、そこからお釈迦様がこの問題に対してどのようにして向き合っていったかということが綴られている。

東京の妙円寺の掲示板は「お釈迦様を嫌いな人もいた 『誰にも嫌われたくない』なんて思わなくていい」(p36)と言う言葉を掲示している。実際に初期仏教の記録によるとお釈迦様やそのグループが迫害された歴史が残っているらしい。ここから著者はお釈迦様が『法句経』の中に残した言葉を紹介し、掲示板の言葉について論じている。

本書に取り上げられている掲示板の言葉だけをここに幾つか列挙するが、これら全てが仏教と通じるところがあるというのが不思議でもある。
・「隣のレジは、早い。」延立寺(東京都)
・「ボーッと生きてもいいんだよ」恩栄寺(石川県)
・「ご先祖になるまでが人生です!!」龍岸寺(京都府)
・「拍手されるより 拍手した方が ずっと心が豊かになる 高倉健」鳳林寺(静岡県)
・「セカンド7番で死んでいく。 芸人オードリー若林」超覚寺(広島県)
など。
 
最後の言葉は最初に紹介した「カープ」に関する言葉を記した超覚寺である。本書でも取り上げられていたのかと思わず突っ込んでしまったが、この掲示板界隈で有名なお寺であることを本書で知った。因みにこの超覚寺の他のカープネタには、「つまづいたっていいじゃないか カープだもの」。というのもある。かなりファン心理をついた言葉である。そして、我が家にいちばん近いお寺の本日の掲示板「かみそめまみれの日常」。こちらはアニメ『SPY×FAMILY』オープニングテーマ曲の一節である。

お寺は「仏教」という戒律の厳しい世界のように思っていたが、これらの掲示板から想像以上に自由で弾けている世界であると感じた。そして、その掲示板から発せられる言葉を見ていると、殺伐とした世の中になっているようで、実は掲示板を通してお寺がとても温かい目で見守ってくれているということを感じるのであった。

 

文責 木村綾子

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