京都で、着物暮らし 

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KIMURA の読書ノート『昭和16年夏の敗戦』

2024年08月15日 | KIMURAの読書ノート

『昭和16年夏の敗戦』
猪瀬直樹 著 中央公論社 2020年

今月2日に放送されたNHK朝の連続テレビ小説『虎に翼』において、新潟県で判事をしている人物が「自分は総力戦研究所に勤務していながら、戦争を止めることができなかった」と涙ながらに語る場面があった。放送終了後、「総力戦研究所」という言葉がSNSのトレンドにすぐさまあがった。その多くが「総力戦研究所」という言葉を初めて聞いたというものだった。私自身、それなりに数多くの戦争に関係する本を読んできたが、まさに私もそうであった。そこで関連本がないか検索をかけるとたった1冊ヒットした。それが本書である。

本書によると、「総力戦研究所」とは、総力戦に関する綜合的研究調査をめざし、1941(昭和16)年4月1日にスタートした研究所で、「とくに『人間』教育に重点を置き、研究生が公的生活はもとより、私生活においても一体的精神を浸透させ、互に感化しあい敬愛しあい、全員の生活それ自体を総力戦体制に昂める、学問的研究においても、観念の遊戯や枝葉末節に走らず、総合的判断力、直感力、透徹力、断行力の涵養に主力を注ぎ、~略~ 従来の学校広義の形式を打破した人材養成の新方式として、その成果は刮目すべきものがあろう(p25、26)」というものであった。が、実のところ何をどう展開していいのか所長をはじめ所員も試行錯誤を繰り返していたというのが現状であったようである。その試行錯誤の中でたどり着いたのが「模擬内閣」。研究生が各閣僚になり、机上において対英米戦について閣議をし、その結論とそこに至る過程を本当の内閣の閣僚たちに研究発表するものであった。研究生たちは空想の世界で閣議を行うのではなく、これまでの職場などから持ち寄ったデータを駆使して、本格的に閣議を行っていく。それはまさに「研究」であった。そして導き出された結果が「日米戦日本必敗」。1941(昭和16)年8月のことであり、その発表の場には当時の首相、東條英機もいた。

この模擬内閣の発表を東条英機らは聞きながらもなぜ日本はそのまま戦争を続けていったのかということにも本書は言及している。しかしながら、それ以上に東條英機が当時何を思い、何を考えていたのかということが細かく記されており、当時首相を請け負った東條英機の苦悩や葛藤とその背景を初めて知った気がする。そしてそれらの要因となったのが明治政府が公布した大日本帝国憲法であることも知ることとなった。また、私自身第二次世界大戦は何が目的だったのかということがずっと心の中でくすぶっていたが、それに対しての答えもここに本書には記されており、とても腑に落ちた感覚を得ることができた。

本書は著者が30代の時に取材をし、1983(昭和58)年に世界文化社から刊行されたものが、2020年に中央公論新社から新版として出版されている。私の中で著者は作家であるということは知っていても、イメージ的には政治家という肩書であったということの方が印象深くなっていた。しかし、本書を読み、改めて著者の取材力と筆力に驚嘆している。彼が当時取材をしていなかったら、このことは一部の人のみが知っていたことでこのように広く世間に知られることはなかったであろう。なぜなら、関係者はすでに鬼籍に入ってしまっている世代だからである。前回取り上げた『五色の虹』の中で著者の上司の言葉「この手の話はあと5年で聞けなくなる」を想起させる。もちろん、このことを知っていた一部の人がこうしてドラマの中で取り上げてくれたことも大きな功績である。

蛇足ではあるが、本書はドラマが放送された8月2日、全国の書店(ネット書店も含む)で一斉に在庫がなくなるという出来事となった。その日の全国売り上げ上位にいきなり喰い込んでいる。私自身、仕事から帰宅して(13:00頃)ネット書店を確認したら、すでにどこも在庫なしになっており、市内の大型書店の幾つかに電話で問い合わせをし、ようやく1件在庫があるところ(しかも1冊)を見つけ出し、受け取りに行った。その後出版元から8月9日に重版決定がアナウンスされた。ドラマを観ていた多くの人をざわつかせた「総力戦研究所」。ここから学ぶべきものはたくさんある。

=======文責  木村綾子

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