『家族喰い~尼崎連続変死事件の真相~』(一般書)
小野一光 著 太田出版 2013年
2011年11月、複数の家族を崩壊させ死者・行方不明者は10人を超え、主犯格の角田美代子容疑者はその約1年後留置所で自殺をはかった、あの事件のルポタージュである。
実際事件が報道され始めた時、ここまで死者が増え、更にはよく分からない人間関係と家族関係が展開されるとは思ってもみなかった。次々と発表される驚愕の事実に、我が家では「誰か相関図を書いてくれ」と言うのが不謹慎ながら合言葉になってしまっていた。それくらい事件の上面だけでも飲み込めない複雑さがこの事件にはあった。
著者は、最初からこの事件を追いかけていたわけではない。取材を開始したのは美代子容疑者が逮捕され、約1年後の2012年10月からである。どちらかと言うと、他の取材班にいたってはすでに陰りを見せていた頃である。たまたま、単発の仕事としてこの取材を依頼されたために、尼崎に入ったまでであった。しかし、単発の仕事とは言え、すでに報道されていることを書いても意味がないことを知っていた著者は1週間尼崎に滞在することにした。その間に得た情報が美代子容疑者が自殺した後も、事件を追いかけることになったのである。
本書はライターとしての著者の執念が浮き彫りとなる1冊でもあり、主犯格の美代子容疑者の半生を追いかける内容とも読める。更には、「家族」とは、「犯罪」とは「事件」とは、多角的な視点で考えさせられる。中でも、「民事不介入」という言葉に多くのひっかかりを感じた。本書ではこの言葉がたくさん出てくる。この事件の発端は正直どこまで遡ればよいのか分からないほど根深い。しかし、「尼崎連続変死事件」のみにクローズアップした場合、何度も美代子容疑者を捕まえることの出来るチャンスがあったようである。黙って10年も彼女を野放しにしていたわけではなかったのである。後に殺されてしまう幾人かや近隣の人が警察に訴えていたのだが「家族だから、民事不介入」として、警察が動かなかったようである。「虐待」や「DV」という家庭内暴力が話題になっている近年「民事不介入」で終わらせてしまった警察の態度には開いた口がふさがらない。
直接的に美代子容疑者に暴力を振られていない人たちも今でも「あの時」という心に大きくしこりを残してしまっている。いわゆる、2次被害が続出しているのである。それを見通しての美代子容疑者の巧みさというのも否めない。だからこそ、遠い親戚を次々と離婚させ、自分の近くにいる人物と結婚させたり、養子縁組して彼女は「擬似家族」を作っていったのである。と同時に、著者や彼に語った人たちの言葉を借りれば、彼女が自殺した理由は、事件がばれたことではなく、「家族と信じていた者に裏切られた」という思いが強いということ。つまり、自らが作っていった擬似家族が逮捕され、自供していったことが彼女にとって青天の霹靂であり、「裏切り」に感じてしまったということである。そこまで血のつながっていない「擬似家族」を信じきっていた彼女の心のうちはいかばかりだったのだろうかと思うと切なくもなる。
表には報道されていないこの事件の後と前、そして渦中。更には複雑に絡まった人間関係と彼女の歴史が本書によって白日にさらされているようにみえる。しかしそれは錯覚かもしれない。ますます、闇が深くなっただけのような気がする。
小野一光 著 太田出版 2013年
2011年11月、複数の家族を崩壊させ死者・行方不明者は10人を超え、主犯格の角田美代子容疑者はその約1年後留置所で自殺をはかった、あの事件のルポタージュである。
実際事件が報道され始めた時、ここまで死者が増え、更にはよく分からない人間関係と家族関係が展開されるとは思ってもみなかった。次々と発表される驚愕の事実に、我が家では「誰か相関図を書いてくれ」と言うのが不謹慎ながら合言葉になってしまっていた。それくらい事件の上面だけでも飲み込めない複雑さがこの事件にはあった。
著者は、最初からこの事件を追いかけていたわけではない。取材を開始したのは美代子容疑者が逮捕され、約1年後の2012年10月からである。どちらかと言うと、他の取材班にいたってはすでに陰りを見せていた頃である。たまたま、単発の仕事としてこの取材を依頼されたために、尼崎に入ったまでであった。しかし、単発の仕事とは言え、すでに報道されていることを書いても意味がないことを知っていた著者は1週間尼崎に滞在することにした。その間に得た情報が美代子容疑者が自殺した後も、事件を追いかけることになったのである。
本書はライターとしての著者の執念が浮き彫りとなる1冊でもあり、主犯格の美代子容疑者の半生を追いかける内容とも読める。更には、「家族」とは、「犯罪」とは「事件」とは、多角的な視点で考えさせられる。中でも、「民事不介入」という言葉に多くのひっかかりを感じた。本書ではこの言葉がたくさん出てくる。この事件の発端は正直どこまで遡ればよいのか分からないほど根深い。しかし、「尼崎連続変死事件」のみにクローズアップした場合、何度も美代子容疑者を捕まえることの出来るチャンスがあったようである。黙って10年も彼女を野放しにしていたわけではなかったのである。後に殺されてしまう幾人かや近隣の人が警察に訴えていたのだが「家族だから、民事不介入」として、警察が動かなかったようである。「虐待」や「DV」という家庭内暴力が話題になっている近年「民事不介入」で終わらせてしまった警察の態度には開いた口がふさがらない。
直接的に美代子容疑者に暴力を振られていない人たちも今でも「あの時」という心に大きくしこりを残してしまっている。いわゆる、2次被害が続出しているのである。それを見通しての美代子容疑者の巧みさというのも否めない。だからこそ、遠い親戚を次々と離婚させ、自分の近くにいる人物と結婚させたり、養子縁組して彼女は「擬似家族」を作っていったのである。と同時に、著者や彼に語った人たちの言葉を借りれば、彼女が自殺した理由は、事件がばれたことではなく、「家族と信じていた者に裏切られた」という思いが強いということ。つまり、自らが作っていった擬似家族が逮捕され、自供していったことが彼女にとって青天の霹靂であり、「裏切り」に感じてしまったということである。そこまで血のつながっていない「擬似家族」を信じきっていた彼女の心のうちはいかばかりだったのだろうかと思うと切なくもなる。
表には報道されていないこの事件の後と前、そして渦中。更には複雑に絡まった人間関係と彼女の歴史が本書によって白日にさらされているようにみえる。しかしそれは錯覚かもしれない。ますます、闇が深くなっただけのような気がする。