『フィンランド育ちと暮らしのダイアリー』。
藤井ニエメラみどり 著 解説 髙橋睦子 かもがわ出版 2017年8月10日
今年も残すところ半月ばかりとなった。今年の読書を振り返ってみると、少しだけ興味の幅が広がったことと、かつて読んだ大掛かりなシリーズ物の小説を読み直し始めたことだろうか(小説は読みっぱなしで、余り再読することはない。しかもシリーズとなっては皆無である)。読書の幅が広がったという理由は間違いなくフィンランドという未知の国を訪れる機会に恵まれたことにある。それまでフィンランドは私の中では、ステレオタイプの「福祉の国」「サンタクロースの国」「ムーミンの国」というだけであった。しかし、このような機会が与えられたということで、訪問前の事前学習という名の関連本をむさぼることで、より具体的な福祉の制度を知るばかりか、建築の世界においても名だたる国であ
り、おかげで世界各国から視察団が訪ねてくる図書館も見学することができた。帰国後も旅の余韻を消すことなく、書店や図書館に行けば「フィンランド(もしくは北欧)」と冠のつく本を当たり前のように目にするようになり、世の中にはこんなに関係する著書が出版されているのかということを今も目の当たりにしている。そのような訳で、今年を締めくくる読書ノートもフィンランド関係にしたいと思う。
本書はフィンランド人との結婚を機会に夫の地で生活することになった著者のフィンランドでの日々を綴ったものである。本書のタイトルは「ダイアリー」となっているため日記のように日付入りで記されているが、ただの日記ではなく各項目にまとめられていて、重なる内容はほぼない。著者が見聞き・体験したフィンランドの姿であり、それがフィンランドという国全体を表すわけではないが、少なからずステレオタイプのフィンランドを脱却することはできるのではないだろうか。
著者自身が3人の男の子の母ということ、そしてフィンランド国内で「学習支援員」という資格を取得し、現地の学校で働いているため、内容的には教育や福祉の割合が本書では多くなっている。しかし、それだけでも興味深いことが多く書かれてあった。
・筆記試験の入試はないものの学校での成績で進学先を振り分けられること。
・公教育に母語教育が保障されていること(フィンランド公用語以外を母語にする人達に対して)。
・義務教育の間は、ノートや鉛筆1本に至るまで無償であること。
・授業は現場の教師の采配に任されていること。
・18歳から立候補権あるため、10代の市議会議員も比較的多いということ。
などなど。
そして何よりもあえて特記しておきたいことが一つ。ここ何年か日本では「待機児童問題」つまり、保育園が足りないことが問題となっている。しかし、フィンランドでは共稼ぎが当たり前でありながら、「待機児童問題」はない。それは「保育園」がたくさんあるからではない。3歳まで、育児休業が夫婦で取れること、それに対して給与(生活)が保障されているため、0歳児から入園は可能であるが、あえて3歳までは「保育園」入れないのである(そのため、フィンランドでは「保育園」という概念はなく、全て「幼稚園」と言われている)。この件に関しては、著者の綴ったことに併せて第3章で、フィンランドの社会の仕組みや歴史を分かりやすく説明されているので是非目にしてもらいたい。「保育園」と
いうハードなものを増やせばいいのか、それ自体視野が狭くなっていないか、考える余地はないだろうか。 日本とは歴史的・社会的背景、そして自然も風土も全く異なるこの国から、様々なことを日本に取り入れるのは難しいことだと正直思う。しかし、他のことはともかく、今日本は「働き方改革」として政府は様々な取り組みをしている。「働くこと」と「生活すること」は直結してくる。生活の保障さえあれば、あっという間に「働き方」も改革されるのではないだろうか。それは国が変わっても同じ事だろう。
12月6日にフィンランドは建国100周年を迎えた。わずか100年で人々が暮らしやすい国の上位にランクインされるほどとなった。しかし、それでもフィンランドは著者の言葉を借りれば「改革と検証がこれからも続く」とある。今後フィンランドがこの「改革と検証」を進めて、どのような国に変わっていくのか、私自身もう一度訪れてこの目で確認したい。そのような思いをさせてくれる1冊であった。
文責 木村綾子