京都で、着物暮らし 

京の街には着物姿が増えています。実に奥が深く、教えられることがいっぱい。着物とその周辺について綴ります。

KIMURAの読書ノート『マンガ万歳 画業50年への軌跡』他

2021年04月12日 | KIMURAの読書ノート

『マンガ万歳 画業50年への軌跡』
矢口高雄 語り 秋田魁新報社 2020年

『釣りキチ三平の夢 矢口高雄外伝』
藤澤志穂子 著 世界文化社 2020年
 
私事ではあるが、幼い頃、家の決まりとして「漫画を読んではいけない」というものがあった(高校生頃から解禁にはなったが)。しかし、その決まりを作っていた父親が刊行される度に自ら購入していたのが、矢口高雄氏の『釣りキチ三平』(講談社)であった(全67巻全て揃って、未だに実家の本棚に鎮座している)。そのため、父がこの作品を本棚に並べる傍らから私もせっせと読んでいたのが漫画に関する思い出の一つとなっており、私にとってはとても身近な作品でもある。その作者の矢口高雄氏が昨年11月81歳で亡くなった。今回取り上げた2冊は彼自身の生涯最後の書籍となったもの(前書)と、彼が亡くなる直前まで足掛け5年に渡る取材を通して彼という人となりをまとめたもの(後書)である。
 
『マンガ万歳』は、秋田魁新報に2019年10月23日から11月27日に連載された「シリーズ時代を語る」をまとめたものである。彼自身が語る生まれ育った当時の秋田地方のこと。家族のこと。進学のこと。脱サラして漫画家をめざしたこと。『釣りキチ三平』への思いと現在の漫画に対する評価に関して。そして、最後は矢口高雄氏が『釣りキチ三平』のシリーズの中でもお気に入りの作品の1編をそのまま掲載してある。本書で強烈に印象を残したのは、最初に彼が語った「漫画は害虫じゃない」(p18)。これは彼が中学生の時の先生から「漫画は害虫である」と言われたことにある。この言葉は彼の心に鋭く刺さり、大人になってこの状況を変えたいと思ったという。それと同時に彼の生い立ちの中に語られてある弟の死、この二つを知って、彼の語るそれぞれのエピソードを読んでいくと、彼の漫画に対する姿勢がとても重いものであることが分かってくる。と同時にサブタイトルにもなっている「画業50年」の軌跡が漫画界にとっての軌跡でもあることも分かってくる。
 
『釣りキチ三平の夢』は図らずとも前書と重なる部分は多い。しかし、彼に興味を持った著者がひたすら取材を行い、「矢口高雄」という人物を丁寧に掘り下げているだけでなく、前書で彼が語れなかった言葉も引き出している。また、彼に関わる周辺の人たちや彼の数々の作品に関してもスポットを当てており、より「矢口高雄」という人物像が明確になっている。本書は彼が亡くなった後に出版となり、追悼版のような形となってしまっているが、それは結果論であって、本来ならば、漫画家生活50年、戦後75年の節目に出版したいという思いで取材、執筆をしていたようである。ここでは、「矢口高雄」という人物から「地方創生」への思いが一つの柱になっていることも特記しておきたい。
 
また両書で強調されていることの一つに、日本文化となっている漫画文化が実は崩壊の危機にあるということを述べていることである。現在漫画はデジタル化されているが、それ以前の原画は作者の手元にあるものは少なく散逸されているそうである。それは江戸時代の浮世絵と同じ運命を歩いてしまう、つまり日本の文化でありながら、国内にそれがとどまらず、海外のコレクターや美術館に所蔵されてしまうということであり、このことを矢口氏は危惧した。そのため彼は原画保存のための美術館を秋田に設立している。そして、それは文化庁の「メディア芸術アーカイブ推進支援事業」に指定されている。かつて「害虫」と言われた漫画が、文化庁指定の事業となった今、矢口氏の漫画に対する思いを改めて感じ入ることとなる。
 そして、かつての漫画禁止令の我が家が、なぜ『釣りキチ三平』だけ例外だったのか。まさか当時から作者の思いを父親が汲み取っていたということはないであろう。しかし、この偶然に不思議な縁を感じる。

======文責 木村綾子



  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする