京都で、着物暮らし 

京の街には着物姿が増えています。実に奥が深く、教えられることがいっぱい。着物とその周辺について綴ります。

『時をつなぐおもちゃの犬』

2014年05月21日 | KIMURAの読書ノート
『時をつなぐおもちゃの犬』(児童書)
マイケル・モーバーゴ 作 マイケル・フォアマン 絵 杉田七重 訳
あかね書房 2013年

1966年イギリス東部のサフォーク州の農場に住む12歳のチャーリーが、弟のアレックスと犬のマンフレートと一緒に近所の海岸で遊んでいたところ、2人の男性と出会う。彼らはかつてイギリス海兵隊とドイツ人捕虜であったこと。ドイツ人捕虜のヴァルターはその時期にチャーリー達の農場に住んでいたことなどを彼女達に語りかけていく。そして、マンフレートという名前に込められた思いと、男性二人の友情が温かく描かれた作品である。

4月に翻訳家金原瑞人氏の講演を聴講した時、彼が語ったこと一つに「文学に問わず、芸術面で日本は高水準となり、海外作品を読まずとも十分に満たされる環境になった。それでも海外作品を読む理由は、そこから他国のことを知ることができるからだ」というものであった。この物語はまさにその好例とも言える作品である。

第2次世界大戦後、日本軍がシベリアで捕虜となった話は有名だが、それは日本だけではなく、他の国でも行われていたことは案外想像しにくい。実際私も本書を読むまで想像に及ばなかった。イギリスと言えば、アメリカと同様に第2次世界大戦の戦勝国で、ドイツと言えば、ヒトラー率いるナチスドイツのことしか思い出すことができない。まさに教科書のみの知識である。しかし、ここでは、イギリスとドイツがどのように戦争を繰り広げたか、そしてその中に芽生えた友情のドラマがあったことをわずか140ページに濃縮されて描かれている。この物語は実話が元となっているが、このような友情はあちこちで現実に生まれていたのだろうと思う。しかし、それが美談となってはいけないこともこの作品では綴られている。

「わずかな時間ではあったけれど、わたしたちはドーセットシャー号に乗りあわせ、あのおそろしい一日に起きたことを目撃した。きっとそれが、ふたりを結ぶきずなのような働きをしているんだろう」(p110)

戦争での恐怖、怒り、不安、そして亡くなった人達への哀しみと生き残ってしまった苦しみ。その上で成り立ってしまった友情にこの物語の男性2人が問いを与えてくれている。

この作品は本年度「青少年読書感想文全国コンクール」小学校高学年の部の課題図書となっている。たくさんの子ども達に読んでもらいたいと素直に思うが、これを読んだ多くの小学生がきちんと感じることができるのかはなはだ疑問が残る。確かに装丁からすると小学生向きには出来上がっている。文字も大きさと、140というページ数からすれば、高学年どころか、中学年レベルである。しかし、第2次世界大戦のしかもイギリスとドイツの関係性のテーマは、明らかに中学生以上のもの。いや、大人が読んでも遜色がない。知識が豊富で早熟な小学生が自ら手にとるのは全く問題ないが、平均的な多くの小学生に「課題図書」として「読ませる」には、かなりハードルが高いように思える。出来れば、この作品は中学生もしくは高校生の課題図書として取りあげてもらいたかった。

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『祖母さまのお手々はだるまのお手々』(漫画)

2014年05月02日 | KIMURAの読書ノート
『祖母さまのお手々はだるまのお手々』(漫画)
大石智教 大石哲史 大石晶教(雅美) 監修 濱田麻衣子 作画
大石順教尼かなりや会 2012年

図書館の郷土資料を集めたコーナーを眺めていたところ、「マンガ」という表紙が目に飛び込んだ。丁度、軽めのコミックが読みたいと思っていたところだったので、何も考えずに本書を手にした。表紙は尼さんと少女が描かれ背景は淡いピンクに桜が散りばめられており、それだけでほんわかした和の京都を醸し出す。おそらく、京都のわらべ歌をモチーフとした内容なんだろうと理解し借りて自宅にてページを開いた。そして、のけぞることになった。

「はじめに」の冒頭に次のように書かれてあった。

「今から約百七年前、大阪で起きた凄惨な事件『堀江の六人斬り』の被害者となり、わずか十七歳という若さで両腕を養父に切り落とされるという壮絶な体験を経て苦難の道を歩んだ後、仏道に入り、身障者のための福祉活動に障害を捧げた大石順教は、姉と私たちきょうだいにとっての祖母でもありました。」

私は本書を読むまで大石順教という名も知らないばかりか、「堀江の六人斬り」という事件も知らなかった。養父が子どもの両腕を切り落とすというのはどういうことなのか、いや、「六人斬り」とあるからには、斬られたのは彼女だけではない。ましてや、「はじめに」を読み進めると彼女は後に障害者福祉に力を注いでいる。まかりなりにも、教育と福祉の世界を行ったり来たりしている私が彼女の名前を知っていなかったとはそれだけでも十分に恥ずかしいことである。図書館で本書に出会った時の軽い気持ちはふっとび、まさに襟を正して読むこととなった。

本書は「はじめに」に書かれてあるように大石順教の伝記を漫画化したものであったのである。マンガの語り手は彼女の孫であり、順教の心を継ぐため得度した大石晶教さんが行っており、第一章では、順教が踊りの才能をかわれ、養父のもとで生活するようになったところから、「堀江の六人斬り」の事件、そして、養父の死刑執行までのエピソードが語られている。第二章では、結婚から仏道に入るまでが、そして第三章では得度してから鬼籍に入るまでが描かれている。その後に、順教の交遊録と年譜と続く。しかし、マンガとしてはかなり薄いものであり、正味106ページである。しかし、その中は濃厚で「事件」だけをワイドショー的に取り上げているものではない。順教をはじめ、加害者となった養父やその周囲に人々の感情を丁寧に描いており、悲惨出来事でありながら、かなり冷静に読むことができる。どこを切り取っても人々の心のうちをそこから見つめることができるのである。そして、当時の社会状況の中、障害者福祉に尽力したその立ち振る舞いは学ぶところが多く、本書の軸となる部分と思われる。そこから、より順教のことを知りたいという思いに駆られる。

「ごあいさつ」では、

「尼僧の心の足跡を末永く伝承するため、この仏縁深い孫達が奇しくも順教尼の障害をマンガ化するという構想を描いていたことが端緒となり、今回の出版の運びになりました」

とある。まさに、本書はそのねらい通りと言えよう。私のように順教のことを知らなかった人、そして福祉に関心のある人、まずは一読して、そこから枝葉が伸びることを期待させてくれる1冊である。

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