京都で、着物暮らし 

京の街には着物姿が増えています。実に奥が深く、教えられることがいっぱい。着物とその周辺について綴ります。

KIMURAの読書ノート『限りなく完璧に近い人々』

2017年07月18日 | KIMURAの読書ノート
『限りなく完璧に近い人々』

マイケル・ブース 著 黒田眞知 訳 角川書店 2016年

日本では「北欧」というと「福祉国家」というイメージである。しかし、北欧5か国(デンマーク・アイスランド・ノルウェー・フィンランド・スウェーデン)がどのような福祉政策をしているのか、またそれは同じような政策なのか、異なるが結果どの国も「福祉国家」と言われるようになったのか、案外分かっていない。著者はイギリス人であるが、デンマーク人の妻の故郷デンマークで暮らしている。2012年国連が発表した「世界で一番幸福な国」でデンマークは第1位となったが、デンマークに住むようになった著書は実生活と国連の発表にギャップがあると感じた。そこで、著者は北欧5か国全てを自分の足で歩いて、それぞれの国の状況を取材し、分析したものが本書である。

至る所に、興味深く面白い記述を目にする。「福祉国家」としての北欧は、北欧5か国のそれぞれの政策を合わせると、イメージする「福祉国家」が成立するとか、そもそも5か国を「北欧」と他国は一括りにしているが、5か国の意識は、「デンマーク・スウェーデン・ノルウェー」と「フィンランド・アイスランド」の3対2に分かれるとか。フィンランド教育は日本だけが注目したものではなく、世界各国から視察が来たとか、デンマーク人は他の国よりも突出して仕事をしなければならないという感覚がないとか(早退の理由をパーティーのためと素直に伝えても問題ない)、アイスランド人の半数以上が妖精の存在をまじめに信じているとか、ノルウェーは石油と乳製品を独占しているため、他国をあまり重要視していないとか、北欧の最重要国はスウェーデンで、文化的、政治的、社会的かつ北欧の歴史について多くを解き明かす国だとか……。これまでの「北欧」のイメージを思いっきり覆される。だからと言って著者も記しているが、結局北欧5か国はそれぞれの課題があるものの、「地球上で最も幸福で、誰よりも信頼できる」国々であると結論付けている。

そして、その理由が「福祉」ではなく、「社会的流動性(一つの社会のなかで、職業や階級、場所の移動が可能かどうか)」だという。それは「アメリカンドリーム」というスローガンではなく、現実的なもので、アメリカで肩身の狭い思いをする選択肢(結婚をしながら、子どもを持たない選択や子どもをイスラム教徒として選択することなど)など皆無である。実際にデンマークでは「自分の人生を変えたくても変えられない」と、とある調査で答えた人はわずか5%だったという。そして、極め付けがこの「社会的流動性」を支えているのは、「福祉」ではなく、「学校教育」だという。行きつくところ、「人を幸福にする」ツールは教育なのであることをこの北欧からも教えてもらうことになったのは、目から鱗である。

本書の特徴は論述文でありながら、北欧ではよく使われているジョークを多用し、エッセイ風の文体で書かれており(場合によっては紀行文にも感じる)、肩ひじを張らずに読める。しかしながら、全600ページ弱となかなか読みごたえがあるばかりか、分厚すぎて、重いのが難点である。構成はそれぞれの国ごとになっているが、国ごとの章立ては共通していない。各国の共通する部分や、異なる部分はその都度その場で書かれている。これまで、「福祉大国」という言葉でしか表すことのできなかった「北欧」が、それぞれの個性を余すところなく発揮し、魅惑のある国々であり、他国と同様に多面的な部分をたくさん発見することになる1冊である。また著者は日本でもアニメ化された『英国一家、日本を食べる』(亜紀書房 2013年)シリーズの作者でもあることをここに付記しておく。

              文責 木村綾子

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

KIMURAの読書ノート『日本戦後史論』

2017年07月03日 | KIMURAの読書ノート
『日本戦後史論』
内田樹 白井聡 著 徳間書店 2015年

私がファンである内田樹さんの著書は今でも年間10冊以上出るため、現在残念なことに2~3年遅れで読んでいる状態である。彼の著書はリアルタイムの社会情勢を綴っているものも多く、本来は新刊が出るごとに読みたいのが本音である。本書は政治学者の白井聡さんと戦後日本がどのように歩み、どの過程でねじれが起こってきたのかということを検証すべく対談したものであるが、そこで、「なかなか」興味深い記述を見つけることになった。それは、今話題となっている「森友学園」及び「加計学園」問題である。もちろん、この対談が行われた会話に両学園が語られているわけではない。しかし、それはまさにそのことを暗示するものであった。

2014年内田さんが護憲集会に呼ばれて、講演を行うことになったが、これまで護憲集会で後援していた神戸市と神戸市教育委員会がその後援を降りるという連絡がきた。そのことに対して、彼はこのように語っている。「(これらのことが)役人の主体的意思であるにせよ、地方議員の恫喝があったにせよ、(中略)そもそも安倍晋三は僕のことなんか知りもしないわけだし、僕が何かしゃべったって、彼の政治基盤が揺らぐはずもない。だから『内田の言論活動を制約しろ』なんていう指示を出すはずがない。そういうことをするのは全部『小物』なのです。『お上』はこういう人間をきっと嫌うにちがいないというふうに『忖度』して、頼まれていないことをする。こういう『忖度する小物』たちが今では日本の政治機構を機能不全にしている。トップダウンでさえない。(中略)『上の人』はそんな指示を出した覚えがないわけですから、もとより責任を取ることなんかしない。つまり、『忖度システム』が作動し始めると、機構の中のどこにも責任者がいなくなるのです」(p105、106)

現首相に対する興味深い話題はもちろんこれだけではない。彼の二重人格性から、彼の「嫌米感」など、幅広く言及している。そして、とどめは、今年5月の憲法記念日に読売新聞に憲法改正のインタビューが掲載されたことで、同月8日の予算委員会でこのことを追及された際、安倍首相がこの新聞を読むように発言し、物議を醸しだしたことに関して。本書では、彼の祖父岸信介氏と元読売新聞社の経営者だった正力松太郎氏の関係が語られ、更にはそれが「特定秘密保護法」にまでつながっていることに言及している。もはや、本書は安倍首相に話が脱線するレベルではなく、安倍家の戦後史論ではないかと錯覚してしまう程である。これらのことが、その時点で話題になっているのなら、さほど驚かないだろう。しかし、ここに挙げた事例は今年に入ってからのものである。それがあたかも見てきたかのごとく、約2年前に語られていることが「興味深く」もあり、「驚き」となっている。

私の中で、本書は「予言の書」の位置づけとなってしまった。「予言の書」と言えば、この4月に取り上げた『海に向かう足あと』も「予言の書」である。「予言の書」に出会うのは読書をする醍醐味でもあるが、このような不穏な空気、あまり芳しくない方向を示唆する「予言の書」は勘弁してもらいたいものである。  文責  木村綾子

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする